都会にある、とある公園。
夜空には満月が煌々と光を放ち、周りの木々や道を照らしていた。
おそらく昼間には付近の会社のサラリーマンやＯＬ、さらには体を動かす者などで、そこそこの賑わいなのであろうが、今は帰宅途中であろうサラリーマンが一人歩いているだけである。
いや正確にはもう一人いた。
木の影から出ると、男の前に立つ。
服装は着物で、刀と思わしきものを二本腰に差している。
ぱっと見では江戸時代の浪人とも言える格好であり、テレビの撮影でもない限り、誰が見たとしてもこの上なく怪しい。
夜の公園なのだからなおさらだ。
男はその浪人もどきをイタイ奴だと思い、横を通り抜けようとしたが、そいつは腰に差していた刀の一本をすらりと抜き、男のほうを向いた。
男は一瞬何かの冗談かと思ったが、自分に向けられているの威圧が、そんな安穏なものではないと本能ですぐさま覚り、そいつから逃げようとする。
だが、鋭い踏み込みで距離を潰すと、後ろから男の背中を持っている刀で斬りつけた。
「ぐわっ！」
男は断末魔の声を上げ、血飛沫を派手に散らして、地面に倒れる。
その瞬間に家族の顔が浮かんだのだろうか、その死に顔はひどく無念を浮かべている。
だが、そいつはそんなことは知ったことではなく、その物言わぬ死体を見て口元に笑みを浮かべた。
「くくくくく……。さすがは妖刀『八房』！ 血を吸えば吸うほどに斬れ味が増しおるわ」
血に塗れた刀を月の光に照らしながら、下卑た悦に浸る。
「新たな『狼王』誕生の日は近い！ ははははははは……！！」
誰もいない夜の公園で高笑いをすると、次なる“獲物”を探し、その場を後にする。
編み笠で隠れた顔の下には、確かに狂気が浮かんでいた。
世界はそこにあるか 第２５話
――バケツ一杯の狂気――
横島とタマモは妙神山にいた。
事務所に夜になって着いた後、すぐにやって来たのだ。
理由はもちろん、犬飼の事件についてである。
横島はさっそく目の前にいる小竜姫とヒャクメに、どういうことなのか聞いてみた。
「どういうことっすか？ 八房は確かにこの前封印を強化したはずですよね」
横島と小竜姫は以前、人狼の里を訪れており、そのときにシロの父親の目の治療と、妖刀である八房の封印の強化をしている。
もちろん八房は里の所有物であるから、部外者である小竜姫がそれほど強力な封印を施すことは憚られたが、それでも神族である彼女が行なったのだ。
並の人狼の一人や二人では到底破ることなど出来ないはずだった。
「もしかすると、それが油断となっていたのかもしれません……。ヒャクメ」
小竜姫が真剣な表情でヒャクメに目配せすると、ヒャクメが調べたことを話し始めた。
人狼の里には結界が張られているが、ヒャクメがその気になれば見通せないこともない。
ヒャクメ本人に照準を合わせた結界か、よほど特殊な結界でなければ彼女の目から完全に逃れるのは不可能だ。
そうでなければ、神族の調査官などとても無理である。
隠したいことに結界を張らないなど、よほどのマヌケでなければありえないのだから。
「どうやら、実行犯は犬飼一人じゃなくて三人だったみたいなのねー」
一人で無理なら、複数で。
ただそれだけのことだが、意外に盲点だ。
シロのような人狼がいるから、彼女を基準に考えてしまうが、人間に対して負の感情を抱いているのは、なにも犬飼だけではないのだろう。
「それで、今はその三人で動いてるの？」
タマモのその言葉に小竜姫は顔をしかめる。
それを見てヒャクメが口を開いた。
「違うわ。今動いているのは犬飼一人なのねー」
それを聞いて横島とタマモはその残りの二人は、里の他の者に捕まったのか、そんなところだろうと思っていた。
実際、前のときシロの父親が死んだのは犬飼を止めようとして斬られたからだ。
だが、事実はそんな甘いものではなかった。
「残りの二人は封印を解いた直後に殺されてるのねー。……犬飼本人に」
「なっ！？」
二人は驚きの声をあげる。
特に同じ妖怪であるタマモの驚きは大きいようだ。
だがよく考えてみれば、当然のようにも思える。
前回もシロの父親を殺し、シロを平気で殺そうとしていたのだ。
彼にとってみれば、“目的”のための尊い犠牲ということなのだろう。
「ちなみにその協力した人狼は、里の中ではかなり若い人だったみたいなのねー」
なるほど、と横島は納得する。
元々人間に対して負の感情を思っていた者が、『人狼族のため』という素晴らしくて輝かしい金看板を持ち出され、さらにそこにほんの少しの狂気を与えられれば、犬飼の計画にもあっさりと賛同してしまうかもしれない。
それが経験の少ない若い者だったらなおさらだ。
犬飼もおそらくそれが分かっているから、彼らを協力者――あるいは生贄――として選んだのだろう。
実は横島は口には出さなかったが、犬飼が同じ里の者を利用するような強硬な手段に打って出たのは、自分たちのせいではないかと考えていた。
長年の自分の計画が、神族に邪魔されてしまったという焦り、そして知られてしまっているかもしれないという不安。
それが犬飼にかなりの影響を与えたのでは、ということだ。
狂気など、些細なことで容易く膨れ上がってしまうのだから。
小竜姫も似たようなことを思っているのか、顔色が悪い。
「それと……。今言うべきことかどうか迷うのですが……」
さらに小竜姫の顔に苦渋の色が浮かぶ。
「シロさんがかなりの怪我を負ったそうです。
さらにそれを助けようとして父親のほうも……」
一瞬、横島の視界が――ぐにゃりと歪んだ。
だが、次の瞬間には小竜姫に掴みかかるように詰め寄っている。
「それで！ あいつは、シロは無事なんですかっ！！？」
前回、素人に毛が生えた程度だった自分を先生と呼んで慕ってくれた、フェンリルを目の前にして自分を守りたいといってくれた少女。
彼女が負傷したと聞いては、とても平気ではいられなかった。
最悪の想像という恐怖をなんとか心の奥に押し込め、一刻も早く詳細を知ろうとする。
「はい、怪我自体は。
ほら、万が一のときのために文珠を二つほど置いてきたでしょう？
一時はかなり危険な状態だったそうですが、それを思い出して、治療したみたいです」
あんな小さな子どもが刀で斬りつけられて、生命の危機に陥らないはずない。
まさしく“こんなこともあろうかと”が役に立ったわけだが、実はこの事態を想定したというよりは、割と軽い気持ちで置いてきたので、もし置いてきていなかったらと思うとかなりぞっとする。
横島は安堵の表情で、ぺたりと床に座り込んだ。
「シロちゃんに文珠を二つ使ったみたいで、父親のほうはまだ負傷してるけど、彼女を守ることを優先したらしく、今回は軽傷みたいなのねー」
ヒャクメが補足する。
そのことにもまた横島は安心した。
復讐心を否定する気はないが、そんなもの持たないほうがいいに決まっている。
それが子どもなら尚更だ。
「あの馬鹿犬……。
どうせ妙な正義感で飛び出していったんでしょ……」
「タマモっ！」
横島がタマモの言葉を嗜めた。
だがタマモはその言葉とは裏腹に悔しそうに俯いており、それが本心からではないと分かる。
『……う〜む。馬鹿犬とは、馬なのか鹿なのか犬なのかよく分からんな』
頼みますからシリアスにノッてきてください心眼さん。
「ねえ、横島……。犬飼とは――私にやらせて」
タマモが横島を真剣な表情で見つめる。
だが返ってきた言葉は、彼女にとっては不満なものだった。
「……駄目だ。確かにタマモのスタイルはああいう接近戦一辺倒の奴にはある意味有効だが、万一相手の土俵になった場合が危険すぎる。
……それにこれ以上、お前に見せ場奪われるわけにはいかんしな」
言い方は軽いが、有無を言わせぬ断固としたものを感じる。
その時タマモは気付いた。
今自分に笑いかけてくれた人が、実は心底怒っていることを。
「じゃあ……」
「……ああ。
――――俺がやる」
横島の眼光が今まで以上に鋭くなる。
それを見て、タマモは確信した。
絶対に横島が勝つ。
何も知らない普通の人を手にかけ、身内とも言えるシロを傷つけた犬飼のことを横島は怒っている。
普段こそ横島は優しいが、怒った彼はとても怖いのだ。
だから、相手の敗因はたった一つ。
たった一つの―――シンプルな答えだ。
「あんたは横島を怒らせた」
まだ見ぬ相手に向かって、タマモは静かに呟いた。
美神の事務所には大勢が集まっていた。
「被害者はすでに七人。
例外なく鋭利な刃物でズタズタに斬られている」
西条がそう言って、現場の写真を渡す。
「くっ……！ なんてむごいことを！」
「これ、霊刀斬られた傷ね」
唐巣は被害者のあまりの凄惨さに顔をしかめ、美神はそれを見て冷静に分析する。
西条も美神の見識に驚きながらも、それに頷いた。
だがこの場の空気と言うか雰囲気は、シリアスな話し合いの場とはかなり程遠かった。
エミはピートと腕を組みながら西条を品定めしているし、タイガーはその様子を後ろから怨嗟の瞳でじっと見つめている。
冥子は事態を理解できておらず、唐巣はのん気にマリアに肩を揉んでもらっている。
横島は横島で、コーヒーを飲んでいた。
やっぱおキヌちゃんが淹れたほうがおいしいな、なんて思いながら。
つまりほとんどみんな、話に入っていなかったのだ。
緊張感がまるでない。
呼び出した西条も、その様子に脱力した様子で肩を落とす。
「貴い人命が奪われているというのに！！ 君達少しは真面目に……」
真面目な唐巣が注意するが、どこ吹く風だ。
弟子のピートでさえエミに腕を絡めとられ、苦笑いを浮かべるしかない。
「んな事言われてもなー。ワシらも生活があるから先立つもんが無い事には……」
「オカルトＧメンが出来て以来、警察は払いが渋いのよねー」
カオスとエミが不満の声をあげるが、それも当然だろう。
自分と直接何の関係もないことで命を賭けるには、それ相応の代価が必要である。
そうでなくてもカオスは「ヨーロッパの魔王」という言葉が虚しいほどの、貧乏のどん底のような生活をしているのだから、それも仕方ない。
もちろん唐巣のように、全く打算なく他者のために行動できる人物もいる。
だが普通、人はパンが無ければ生きていけないし、命を賭けるのであればケーキも食べたいのである。
「分かった……。僕が自腹を切ろう。
犯人逮捕に成功したものには一億だそうじゃないか」
その言葉が出た途端、その場にいるほとんどの者の目の色が変わった。
「マジ！？」
「さすが道楽公務員！」
「少し前借してもいいかっ！？」
「よっしゃっ！」
声をあげて西条に詰め寄る。
社会正義のためとはいえ何の躊躇もなく一億出せるのが凄い。
これが貴族の責務というやつだろうか。
「何を言っているんだ？ 横島クン、君に“だけは”あげるつもりはないよ」
「はっ！？ 何言ってんだ？
相手が霊刀の使い手なら、霊波刀使いの俺が一番有利だろ。
てっきり俺のためにあるような提案だと思ったんだけど？」
「ふん！ 君にあげるくらいなら慈善団体に寄付するさ。
何ならドブ川にでも捨てようかい？」
「ブッコロ！」
次の瞬間には横島が西条に飛び掛り、取っ組み合いの喧嘩になる。
横島は西条のうざったい長髪が全部抜けるくらいに引っ張っているし、西条は横島の頬の肉がちぎれるくらいに伸ばしている。
ガキの喧嘩以外の何ものでもないそれは、ある意味微笑ましいものであるが、大の大人がやっているのだから見苦しいことこの上ない。
「やめんかっ！」
見かねた美神が横島の顔面に膝を入れ、事態を収拾する。
もちろん横島は床に血塗れで倒れるのだった。
「なんで、俺だけ……」
まるでクリリンのようなことを呟いている。
周りの者もいる、さっきまでよりもさらに緊張感がなくなってしまった。
唐巣でさえもその光景に呆れてしまっている。
自分たちを集めたものが、そんな行動をとってしまえば当然だろうか。
だがそんな空気を引き締めるものが、一人だけいた。
『この相手は並じゃないぞっ！ 分かってんの！！』
心眼の声が部屋に響き渡る。
突然のその声に全員動きを止め、心眼を注視した。
「わ、分かってるわよ……」
突然のキャラチェンジと、あまりの正論に美神ですらそう答えるしかできなかった。
横島、ピート、タイガーの学生組は夜の街を帰路についていた。
「にしても物騒ですね……。霊刀の辻斬りなんて」
「あの西条とかいう奴、『学生は帰れ』じゃと！
ワシらの力をナメとるのう！」
ピートはともかくタイガーのほうはかなり不満そうだ。
「そうは言っても、お前免許すら持ってねえじゃねえか……。
ぱっと見では素人と変わんねえんだぞ！？」
横島とピートは、お前陰念にすら負けたくせに何言ってんだ、という視線でタイガーを見る。
横島は試験で彼に勝っているし、ピートはピートで香港での彼の醜態というか間抜けっぷりをたっぷり見ているのでそれも当然だろう。
「そうだよ。Ｇメンからあの人たちに応援が入るなんてよっぽどだ。
―――ええっと、…………カズイ？」
「タイガー！！！ なんで疑問形なんじゃあああぁぁっ！！！」
タイガーは泣きながら走っていく。
まあ、断定されるよりマシだろう。
もし断定されたらもう出てこれなくなるのだから。
二人とも少しやりすぎたかな、というような表情であるが、後悔はおろか反省すらかけらほどもしていない。
「じゃあ、僕もこれで。横島さんも気をつけてください」
「おう」
ピートも教会のほうへと歩いていき、横島一人となる。
『……で、どうするつもりだ？』
一人になったとたん心眼が話しかけてきた。
「大丈夫。あいつが現れたらすぐ駆けつけるし、今の美神さんなら、勝てないにしてもむざむざやられることないだろ」
本当は美神たちと一緒に辻斬りを探したかったが、西条の言葉に従っておいたのだ。
西条にしても彼の実力は分かっているので、捜査に協力してもらうにこしたことはなかったであろうが、犯人がどんな奴か分かってもいないうちから、学生に深夜まで動いてもらうわけにもいかなかったのだろう。
美神なら雇い主なので平気でするが、彼は一応公務員なのだ。
それに一緒にいなくても、人狼ほどの妖怪が力を出せば、心眼がすぐに察知できる。
『うむ。ワレも警戒しておるが、今言いたいのはそういうことではない。
犬飼がフェンリルになったときはどうするつもりなのだ？ タマモには大見得切っていたが、今のままではたとえ第一封印を解いたとしても勝てんだろう？』
そしてあの時自分が、カッコつけていた横島の言葉にどれだけオチをつけたかったかを力説する。
どうやら、シリアスな流れだったからなんとか思いとどまったらしい。
ありがたくて涙が出る。
「そんときゃ、何とかして第二封印を解くさ……。もしくは以前のように人狼族の守護女神様にご出陣願うか」
封印のせいで、怒りという感情に力がついてこずかなり歯痒い。
さらに言えば、たとえ第二封印が解けたとしても前回のフェンリルには及ばないし、どうやって彼の力を隠すかということも問題になってくる。
封印のことがバレれば、もはや隠すとかそういう問題ですらないのだ。
『むっ……！ 現れたようだぞ！』
心眼が犬飼の力を察知する。
「それにしても心眼って便利だよな。もうヒャクメいらないんじゃ……」
犬飼の件はヒャクメが調べたのに、かなり不謹慎なことを言う。
それより本人聞いていたら本気で泣くだろう。
『なっ、何を言っておる。ヒャクメ様はワ、ワレなど足元にも及ばん、素晴らしい調査官だ。
―――これ以上の暴言は許さんぞっ！』
なぜだか動揺しつつ、激しくヒャクメを弁護する。
「お前いつからヒャクメ教の信者になったんだよ……」
横島の手で文珠が輝く。
半ば呆れ顔で、その場から消えるのだった。
あとがき
「逝けいっ、ラクシズ！ 忌まわしい記憶とともに！！」
「負債は……。どうしてこんなところに来てしまったんだろう……。
――――僕たちの種死は……」
というわけで、あれに対するネタを小出ししつつ２５話です。
割と久しぶりな、ガンパロ物書き（爆）の仁成です。
あれはネタにしかならないのか、ネタにすらならないのか……。
よしっ！ 私の腕の見せ所だ！（泣）
前回迷走度合いが酷かったんで、今回割と軌道修正。
結構まじめなはずです。
いつものことながら、最強主人公のはずの横島は目立てるんでしょうか？ｗｗｗ
扱いが微妙に悪い（というかこの話でいいのって誰ｗ）、シロも次回出ます。たぶん。
今回も読んでいただきありがとうございます。
それとNight Talker１千万（＋２０万）ヒットを心からお祝いします。
ここまでの盛況は素晴らしい書き手の皆様方、なにより管理人の米田様のおかげでしょう。月並みではありますが、ご苦労様です。これからも頑張ってください。
＞ヒロヒロさん
いや、「あれはあれでよし！」って心眼言ってましたよｗ
＞ラルクさん
とりあえず「ごっとろーぶ」ネタが分からないんでほっとしてますｗ
これ以上、出されたら……(((（ ;゜Д゜)))ガクブル
＞なまけものさん
影響受けちゃったんでどうしようもなかったんです。
今は反省してますｗ
＞ジェミナスさん
聖剣いいっすね〜ｗ
ただ技が非常に地ｍ（ｒｙ
＞響さん
キャラとして直接は出てきませんが、彼関係のネタはまた出る予定です。
＞caseさん
そうです。漫画の“神様”ですｗ
あれは過去の六条一馬様の絵と、Yu-san様の話からインスピレーション（電波）を受けたもので、「水曜どうでしょう」というのを元ネタにしています。
美神が使っていたのは羊ではなく、獅子のほうです。分かりにくいですけどｗ
では。