死津喪比女の花が枯れさり、辺りには森の静寂が戻る。
道士は驚きの、そして美神は安堵の表情を見せる。
思ったよりもあっさりと倒せたからだ。
もちろんそれは横島の文珠の持つ、規格外も特異性と強力さゆえだろう。
もっとも、一緒に戦っていたタマモが美神のほうを見ると、かなり消耗している。
単純な力で言えば自らと同等以上の相手が、それこそ大量にいたのだ。
肉体的にも精神的にも結構キツイ。
あくまでも“思ったより”なのだ。
だがそんなムードとはうって変わって、横島は一点を凝視していた。
死津喪比女の本体だ。
あれの本体はまだ滅びきっていなかったのだ。
まだしつこくも文珠の力に抵抗している。
前回も細菌弾を撃ち込んでも、本体だけで現れて道連れにしようとするようなしつこい奴であったが、今回もやはりすぐには滅びてくれない。
文珠に込められた横島のイメージには、前回の細菌弾によって滅びたイメージが多分に入っているということもあるだろう。
だがこの文珠はそれだけではない。
この力はおキヌに対する想いそのものだ。
ならば―――これで終わるはずが、なかった。
『ギャアアアァァァァッ!!!』
死津喪比女の断末魔が響き、最後の抵抗もむなしく消滅していく。
もちろん、辺りに声が流れたわけではないが、確かに横島にはそれが聞こえていた。
横島もやっと脱力し、肩を落としてふうっと息をはく。
『……終わったな』
「ああ……。終わった……」
このやり取りが今の二人の気持ちを象徴していた。
世界はそこにあるか 第24話
――誘惑の死と使途――
道士の姿はいつの間にか消えていた。
おそらく死津喪比女が消滅したことで、役目を終えたためであろう。
そして、その代わりと言えるのかどうかは分からないが、代わりに横島たちの前には以前おキヌの変わりに山の神にした、ワンダーホーゲルがいた。
「お久しぶりっす。みか……ぐわっ!!」
美神はそれを見ると、すぐさま拳を突きだす。
それと同時に、ワンダーホーゲルの周りを閃光が糸状に走り、宙高く舞い上がった。
久しぶりにそれを見た横島も気を良くし、落ちてくるワンダーホーゲルに向かって、無数の流星をお見舞いする。
ぐっしゃ、という効果音とともに顔面から地面に落ちた。
「ううぅ……。自分神様なのに……」
「あんた、今まで何してたの?」
ワンダーホーゲルの説明によると、地脈が死津喪比女に支配されていたので、地の神になっていた彼は身動きが取れなかったとのことだ。
そんなことは横島も分かっていたが、そこはノリというもの。
本当は銀河の星々を破壊するような技を使いたかったが、あれは双子属性がないと使用不可能である。
見るだけにしても、この世界には双子が存在しないから無理だ。
いっそのこと、おキヌが生き返ったら早苗と双子ということにして、彼女の新必殺技として身につけてもらうことにしようか。
『君は小宇宙を感じたことがあるかっ!?』
「リビドーは感じたことあるな」
横島は心眼の言葉を華麗にスルーしつつ、一同は祠へと戻るのだった。
再び祠の奥に行くと、そこにはさっきまでと変わることなく、眠り姫のごとく氷の棺で眠り続けるおキヌの体があった。
「さっそく、掘り出すか」
横島は霊波刀を発現させる。
呪術がかかっているので、物理的な衝撃ではなく、高出力の霊波でなければ氷を破壊することはできない。
「まっ、待って、横島さん!」
おキヌが横島を呼び止める。
「あの、今すぐじゃなくても……。もうしばらくは幽霊のままじゃ駄目ですか?」
深刻な表情で横島も見つめる。
三百年も氷漬けで死んでいたのだから、生きていたときのことすら覚えているかどうか分からず、まして幽霊だったときの記憶などまず覚えていないだろう。
まさにそれは一時の夢。
生き返りたいという意志は当然あるが、いざとなると心の準備ができていないのだ。
「確かにおキヌちゃん……。霊の時の体験なんて儚いものだわ。
目覚めればそれは泡のように消えてしまうでしょうね。でもね、本当に大切で忘れたくないものはず無くならずに、心の中に残るものよ。だから大丈夫」
美神はにっこりと笑う。
それは別れを惜しむものであるが、次なる出会いを楽しみにしているものでもある。
『夢であろうと現実であろうと、経験の重みに変わりはない。違うか?』
「至言だな」
心眼も彼なりにおキヌを励まし、横島もその言葉に同調する。
「おキヌちゃん、生き返ったらまたおいしい料理作ってよ」
「おキヌちゃんならきっと大丈夫だべ」
付き合いの少ない二人も真剣に彼女のことを思いやる。
その全員の想いに、おキヌの心の中がゆっくりと温かなもので満たされていく。
それは心地よく―――彼女の不安を払拭していった。
「俺と美神さんのこと信じるって言ってくれたじゃないか。じゃあ、最後まで信じてくれないか。俺もおキヌちゃんのこと最後まで信じるからさ。
俺たちの絆はこんなことで切れたりしないって……」
横島がおキヌの肩に手を置き、目を正面から見て言い聞かせる。
すぐそばにある横島の顔、そして瞳。
幽霊である自分に本当の暖かさを教えてくれた最初の人、そして愛しい人。
彼女は心底思った。
生き返って、本当の体で、この人を抱きしめたい。
その手で抱きしめて――欲しい。
「お願いします、横島さん」
おキヌも覚悟を決めたようだ。
「おキヌちゃん、これ」
美神がおキヌにひとつの珠を手渡す。
「これ横島クンが作って、小竜姫さまが私に渡して、私が文字を込めたものよ。
だから、きっと効果があるわ。生き返ったらまた友達になりましょ。おキヌちゃんは本当に私の親友だったから……」
文珠は人の意思を具現化させる奇跡。
ならばこの文珠に込められた――『絆』という言葉が叶わないことがあるだろうか。
―――俺たちの絆はこんなことで切れたりしない。
それはまさしく美神にとっても同じ気持ちだった。
「ありがとうございます……。
私絶対思い出しますから。みんなのこと絶対に思い出しますから……」
その言葉を合図とするかのように、横島の澄んだ霊波刀が氷へと突き刺さる。
氷が砕け散り、おキヌの肉体が三百年の牢獄から開放される。
そしておキヌの幽体は肉体へと帰っていくのだった。
彼女の体をしっかりと受け止める横島。
その手には無意識なのだろうが、しっかりとみんなとの『絆』がにぎられている。
そんな彼女を見つめて、一言こう呟いた。
―――おキヌちゃん、おやすみ……。
生き返ったおキヌはやはり氷室家に引き取られた。
しっかりと早苗の父親におキヌのことを頼むと、東京へ帰るためまたコブラに乗り込む。
早苗も優しいので何かと面倒を見てくれるだろう。
しょうがないと分かってはいるものの、やはり何か物寂しい感覚を持ちながら、車のエンジンをかける。
すると、美神の携帯に着信が入った。
通話にすると、携帯からは西条の声が飛び込んでくる。
『令子ちゃん? 今どこにいるんだい?』
「どこって……仕事終わって東京に帰るところなんだけど」
『ああ、ちょうどいい。少し厄介な事件が起きてね。
それで令子ちゃんにも協力して欲しいんだよ……』
その後、黙って西条の話を聞き、「ええ、分かったわ」とだけ言うと、携帯を切る。
「なんの電話だったんです?」
美神の携帯が仕事で使っているものだったので、また何か仕事かとも思ったが、そういう雰囲気でもないので尋ねてみる。
「なんか霊刀による辻斬りが出てるらしいわ。西条さんが協力してくれって」
「へえぇ……」
何でもないかのようにそれを聞く横島。
だが、美神がコブラを発進させ、運転に集中し始めると、横にいる彼の表情はかなり厳しいものになっていくのだった。
六畳ほどの畳部屋。
卓袱台と小さなテレビとタンスしかない、かなり簡素な部屋である。
「ど〜も〜、毎度おなじみサッちゃんとキーやんで〜〜す」
「かなり久しぶりの登場ですが」
「…………。
いや〜、それにしてもしづもん攻略終了しましたね。
おキヌちゃんも生き返ったし万々歳やね!」
「そうですね。私たちはタマモさんから馬鹿指導者呼ばわりですが……」
「何言ってんねん! 芸人は笑いとってなんぼ、馬鹿になってなんぼやで?」
「芸人とかはもう今更なんでいいんですけど、彼女はなぜあんな姿になっているんですか?
別に以前と同じ姿でも良かったと思うんですけど……」
「そら、もちろんわしの趣…ゲフン、ゲフン!
それはともかく、狐さんのあの変化は良かったな。あの時、青い玉とか赤い玉とかそういうネタ入れたら、不思議のメル……」
「ちょ、ちょっとそれ以上は待ってください! まずいですよ、あの人は私たちとは別の意味で影響力大きいんですから!」
「そう言えば、神族入りしたんやったけ……。確かに日本人では知らん奴おらんやろからなあ……」
「あの……もうよろしいでしょうか?」
二人の会話に割って入る。
黒き翼を持つ戦乙女――ワルキューレだ。
手に持ったお盆には急須と湯飲みがのっている。
そのうしろにはジークがお茶菓子を持ちながら、直立不動で立っていた。
「ああ、すいませんね。どうぞ」
キーやんが招き入れる。
もともと物腰が柔らかだし、自分一人が神族ということで気を利かせているのだろう。
四人が卓袱台を囲んで座る。
ワルキューレは湯飲みにお茶を入れ、三人に渡す。
各自お茶をすすりながら、お茶菓子に手を伸ばしていた。
「ここでこんなことしてていいんですか?」
ワルキューレが遠慮がちに呟く。
あまりにものんきすぎるのだ。
横島は苦労しているのに、これでは何のために彼についてきたのか分からない。
「貴方たちの出番はまだですよ。
斉天大聖だって自粛してまだ出ていないでしょう」
少し焦り気味の二人をキーやんが諭す。
「あの人はずっとゲームしてるだけじゃないですか!?
弟子に負けるわけにはいかん、とか言って!」
思わず真実を暴露してしまうジーク。
最高指導者二人は思わず顔をしかめたが、老師の名誉のために言うと、まだ出番ではないのでしょうがなくしているだけなのだ。たぶん。
「御二方もこんなところにいてよろしいんですか?
なんとかしないと、またアシュタロスが出てきたとき何もできなくなってしまいます」
まだいくぶん冷静なワルキューレが二人に尋ねる。
「対策はしてるで。人界の霊的拠点にはすでに必要最低限のもん以外は引き上げさせとるし、唯一妙神山だけは結界を強化しとるしな」
ずっとここでテレビ見ているだけにしか見えなかったのに、いつの間にかそこまでしていることを知り、驚くワルキューレとジーク。
だがここで次の疑問が湧き上がる。
「引き上げたのですか? 増やしたのではなく?」
「そうです。あの三姉妹と逆天号を相手にして、人界で勝つにはかなり上位のものでなくては無理です。一年の寿命と引き換えに、そういう風に作られているのですから。
そうは言っても、上位のものを軽々しく動かすわけにもいきませんし、ならばいたずらに被害を増やすのは、誰のためにもならないでしょう?」
確かにあの逆天号の火力は反則とも言えるほどだ。
さらにあの三姉妹も、生まれたばかりで戦闘における駆け引きこそまだ未熟だが、単純な魔力ではワルキューレやジークよりもかなり高い。
四人とも忘れているが、あとついでに土偶羅もいる。
有効と思える戦術は潜入による破壊だが、かなりの危険を伴うし、人数が少ない分向こうも当然センサー等で警戒するだろう。
「ですがっ!」
それでも何もしないことがもどかしいのか、ワルキューレが苛立ちを隠せずに声を出した。
「じゃ、じゃ、じゃ、じゃ、じゃあ、じゃあ、じゃあ、じゃあ!」
サッちゃんがそれに反応したが、いきなり何を言っているのか理解できず、三人は首を捻った。
なんとか返してやらないと、彼の機嫌が悪くなる。
なんせ彼の罪は傲慢だから。
しばらくの沈黙の後、キーやんが口を開いた。
「まさか……藤村Dですか?」
それが聞こえるとすぐにやたら嬉しそうな顔でキーやんに近づくと、握手をしながら、もう片方の手で肩をばしばしと叩く。
はっきり言ってなぜこれで分かるのかが、分からない。
さすがはサッちゃん唯一の相方、と言えばそれまでなのだろうが。
「便乗遅すぎる上に、分かりにくすぎですよっ!」
さすが傲慢。
堕ちる前から全然変わっていない。
だがそんなキーやんの言葉にも全く動じることなく、サッちゃんは一枚の紙を渡す。
そこには、
企画案『魔界全土サイコロの旅』
などという頭を抱えたくなるようなことが書いていた。
いや、実際見せられた三人は頭を抱えている。
「それ、やるから。配役見といてや」
まるでするのが当然とでも言うようにあっさり言い放つ。
ルールを説明しよう。
魔界全土サイコロの旅とは、ここから妙神山に行くのが目的。
ただしルートの選択は全てサイコロによる運任せ。ボードには移動手段と魔界の領主の名前が書かれ、移動するたびにそこの領主にありがたい言葉をいただきながら妙神山を目指すという、肉体的にも精神的にも相当キツイ旅である。
「まあ、そんなことは置いといてですね……。
はぁ……。このあたりにしときましょうか。もう少し横島さんのこととか言いたかったんですが、疲れましたし、あまり一気に言い過ぎないほうが良いでしょうからね、いろいろと」
なんとか場を収めようとして、話を終わらせた。
「ん? もう終わりか?」
キーやんが再びお茶を飲み始めたので、サッちゃんもそれに追従する。
ワルキューレやジークも、全く困ったもんだ、といった表情でお茶をすすりながら、お茶菓子に手を伸ばしていくのだった。
また全員が無言となり、しばらくまったりとした時を過ごす。
だがそれも長くは続かなかった。
サッちゃんが何やらごそごそとしだすと、何かを懐から取り出し、それをジークに手渡した。
ジークが掌の上に乗せられた物を見ると、それは明治のサイコロキャラメル。
「え? さっきのは単発ネタではなかったのですか!?」
「はあ? 何言うてんねん。しばらく向こうは無視してこれやるんやで。
たぶんもう少ししたらは『ワルキューレ 生き地獄』とか出てくるんちゃう?」
その言葉にキーやんは処置無しといった顔で首を振り、カメラを構えだした。
魔界の領主のところを巡るって、まさかアシュタロスも混ざっているのだろうか。
何が出るかな〜♪
の音楽が流れ、しょうがなくジークはその場でサイコロを振る。
そもそも逆らえるはずがないのだ。
出た目は4
深夜バスでロキのところに行くものだった。
「なんや、良かったやん。知り合いやろ?」
そんな言葉を投げかけるが、二人は地面に突っ伏している。
よほど彼に対して嫌な思い出でもあるのだろう。
さすがは数ある神話の中でも、随一のトリックスターにしてトラブルメーカーだ。
さすがにここまでくると、この二人のこれからに幸多からんことを祈らずにはいられないのだった。
あとがき
死種に関しては悟り開いてたつもりでしたが、まだまだだったようです。
嫁、恐ろしい子……。
というわけで24話です。今回は何がしたいのかよく分からない。
なので少しずつ書いてみます。
サブタイトル。分かった人は分かったでしょうが、しづもん編は某先生の作品で纏めています。今回は「この世の彼方の海」とかも候補だった(元ネタは心眼の台詞)んですが、結局統一することに。
双子。これを出したいがためだけにあのネタをまた引っ張り出しました。
おキヌちゃん。シリアス。
二人組。前回の冒頭の書き方は一応彼を連想させるためでした。
二人によるネタと、残りが何をしてたのか。
最後。ひたすら平謝りです。便乗ネタにしても遅すぎ。
今までの話が台無しかな。でもしたいからしました。(かくもSS書きとは身勝手か)
次回はフェンリル編。
一体何が起こっているのか!
今回も読んでいただきありがとうございます。
>桜葉さん
今回も心眼はネタなし。
まあ、あの二人が出張りましたし、いいかなと。
>無限皆無さん
ありがとうございます。
まあ、惨事になればそれこそGSっぽいですけどw
>職人さん
そうです。分かりにくいんですが、
「魔界転生」→「魔剣天翔」→「妖狐転生」というこじ付けぶりw
>響さん
不思議の国だった、でしょうかね。大本のネタは「雪国」だと思うんですけど。
修正しました。ありがとうございます。
>casaさん
まあ、アンブレラ社謹製だったら、グレネードランチャーがなぜか落ちてたり、周りに緑やら赤のハーブが生えてたりするでしょうから大丈夫でしょうw
>ヴァイゼさん
やはりあの時を強くイメージするためですね。「細菌弾」くらいなら大丈夫でしょうけど。
今だと普通に同時制御できるのは6つくらいですかね。でも精神力と集中力に左右されるので、これ以上が無理なわけではないです。
では。