香港の事件からこっち、ヨコシマの心の世界『無限の煩悩』と現実世界をつなぐ路、そして私と『私』のリンクは異常な勢いで広くなりつつある。
理由はその……私の実体化の持続時間がヨコシマにとって非常に中途半端だったせいで、その……煩悩と執念のパワーが物凄くなって……きゃあ。
結果として、私もヨコシマも霊力大幅上昇中。ただしパワーがいくら強くなってもそれを操り切れなければ宝の持ち腐れどころか諸刃の剣になりかねないけど、それを可能にするのが日々の修行というわけね。
で、そんなある日。私はヨコシマに1つの提案をした。
『ね、ヨコシマ。魔装術って覚えてる?』
「魔装術? ああ、雪之丞と勘九郎が使ってたあれだろ? 霊力を物質化して鎧にするとかいう」
『ええ。おまえも覚えてみる気ない?』
私の唐突な発言にヨコシマはびっくりして、
「えーっと……面白そうではあるけど無理だろ。悪魔と契約しなきゃダメって聞いたし」
『それはちょっと違うわ。契約する相手は魔族じゃなくてもいいのよ。神族でも可能――例えば小竜姫さまと契約すれば使えるようになるわ』
「マジか? 小竜姫さまと契約……契りか! 契りなんだな? よし今すぐ行くぞ!」
契約の意味を曲解したヨコシマが騒ぎ出すけど、
『ちょっと待って。それならどうして妙神山の修行に魔装――いえ神装術のコースがないのか疑問にならない?』
「え? ……あ、そうだな。それは確かコントロールしきれないと魔物になる、危険だからってことだろ。いや待て、それは魔族と契約するからじゃないのか? 神様と契約すれば神族になるんじゃないか? それなら別に……」
『後半は外れね。魔物になるのは魔族と契約するからじゃなくて、人間の心はもともとそういう負の属性が大きいからよ。こういう術で力を求める人なら尚更ね。私の知る範囲で神族になれそうなのは……唐巣神父ぐらいだわ』
「なるほど、魔物になりかねん術を神様が授けるわけにはいかんよな……で、何でそれをお前が俺に勧めるんだ?」
『契約する相手は私でもいいのよ。私は小竜姫さまの竜気で生まれた、つまり神族みたいなものだから。おまえのおかげで力もついてきたしね』
ごめんヨコシマ、本当は魔族なの。でも結果に変わりはないから許してね。いずれ全部話すから……。
「へえ……でも危険に変わりはないじゃんか?」
「普通はね。でも私が神装の制御をすれば暴走しないわ。私はおまえの『心眼』だからおまえの霊気をコントロールできるもの』
ヨコシマの表情がぱっと明るくなって、
「おお! それなら安全に魔装、いや神装術が使えるな! あーでもそれだとその間おまえは実体化できないんじゃないか?」
分かって来たわねヨコシマ。確かにおまえの魔装と『私』を同時に扱うのは土台から無理な仕事だわ。でも、
『そうね。だから状況に応じて使い分けるって事になるけど……選択肢は多い方がいいでしょ?』
「そうだな……。ありがとな、俺なんかのためにいろいろ考えてくれて。感謝してるよ」
『え……』
ヨコシマが不意に照れた表情でそんなことを言ってきた。
ちょ、ちょっと反則よヨコシマ、いきなりそんな顔でそんなこと言われたら私どうすればいいの!?
『わ、私はおまえの女……いえ心眼だもの。当たり前よ(汗)』
何とか言い繕ったけど、まだどきどきは治まらない。
『あ、あの、私……帰ったら実体化するから……』
こんな心理状態じゃ最長の半分ももたないけど、今は抱きしめられたいから……ふあ。
その3日後。私達は神装、いえ魔装術に必要な契約と儀式を終えていた。
いつもの公園でいよいよ魔装の初お披露目。観客はいないけど。
『じゃあ行くわよ。神装の制御は私がやるけど、術の発動と力の行使はおまえの仕事だからがんばってね』
「おお、分かってるさ。これで俺も憧れの変身ヒーロー! 行くぜ愛の勇者ヨコシマンGO!」
バシュッ!!
ヨコシマの霊波が体外に表出し、鎧となって体を覆う!
勘九郎ほどの完成度はないけど、伊達さんに近い物質化レベルだわ。
その姿は――その姿は!?
『あの、ヨコシマ……それは何?』
「これは……これは……」
ヨコシマも悄然としている。今のヨコシマは落語家のような装束にパピリオがかぶってるのと似た帽子、目の上下に縦線の入った白い仮面をつけた――どう見てもお笑い系の姿になっていたから。唯一戦闘的なのは右手に残った栄光の手だけ。
「俺の……影法師(シャドウ)だ」
『え?』
「以前小竜姫さまに抜き出された事があるんだけど……そんとき出た影法師にそっくりなんだ、これ」
そっか、霊力を100%変換すると影法師になるわけだから当然だけど……やっぱりヨコシマの本質はお笑いなのね。
『ま、まあ……とりあえず能力を試してみたら?』
「そうだな、でも霊力が上がった感じはぜんぜん……いや待てよ、コイツは確か」
『どうしたの?』
「俺の影法師、あのとき超加速した小竜姫さまに追いついたんだよ。だからこいつの特性は――」
そう言って横に跳び、さらに遊具の周りを走り出す。
は、速い!?
今までヨコシマの人外の動きを何度か見たけど、それすらスローに思える速さだわ。おまえ本当に人間?
――ただ、これには欠点もあった。
「あだっ!?」
ヨコシマの足がもつれて転倒する。体の動きに神経がついていけなかったのね。そのスピードが災いして、トビウオのように派手に地面を跳ね回ってようやく止まった。ああ、体中打撲と擦り傷だらけだわ。とりあえず魔装術を解除して、
『ヨ、ヨコシマ大丈夫!?』
「……お、おう。このくらい美神さんのシバキに比べりゃ何でも……っと」
強がりを言いながら立ち上がる。ごめんヨコシマ……。
「いてて、ちょっと調子に乗りすぎたな。でも完全に使いこなせりゃ無敵だぞ。見た目がこれだからあんまり使いたくないが……」
私が思ったよりヨコシマはポジティブだった。
『そうね、少しずつ慣らしていきましょ。ごめんねヨコシマ』
「お前があやまることじゃねえって。じゃ、今日はもう帰ろうぜ」
『うん』
こういう台詞に、普段は見えにくいヨコシマのやさしさを感じる。
……おまえは絶対私が守ってみせるから!
それから数日後。私達は事務所で今週の仕事の割り振りをしていた。
美神さんが依頼書の束を机の上にばらして、
「この3件はあんた1人で行く分ね。こっちは私だけでやってくるわ。残りのこれは全員で行く分だから後で打ち合わせするわよ」
見たところ仕事は全部で10件くらいだから……
「俺1人の分が結構多いっスね?」
「そんなに難しい仕事じゃないし、あんたもやれるようになったからね。正式なGSになれる日も近いわよ」
ま、私みたいな優秀な師匠についてるんだから当然ね、と口に手を当てて高笑いしてるけどヨコシマはそっちは聞いてなくて、
「そおかあ、美神さんも俺の成長を見てくれてるんだな。思えばGS試験以来ルシオラにしごかれてきて、それがようやく報われようとしてるってことか……!」
くわっと目を見開いて、
「果てしなく無理めの女だった美神さんが今ついに! 手の届く所に来た! このSSが美神さんとのラブコメになる日も近い!!」
「その妄想を声に出すなと何度言わせる!? 少しは成長なさい!!」
『私が指導してるのはそんなことのためじゃないわよ!!』
私と一緒になるためなのに……まったく。
美神さんのツッコミでヨコシマが床に倒れてるけど、今回は同情しない。
そこへ窓が外からドンドンと叩かれる音が聞こえた。おキヌちゃんだ。
何でも隣の建物に、ちょーぢょーげんしょーおかると何とかっていう看板が出たらしい。
美神さんは柳眉を逆立てて、
「いー度胸じゃない! 私の隣に事務所構えて営業できると思ってんの!?」
いきなり外へ出て行った。プライドの高い彼女のことだからナメられてると思ったのね。復活したヨコシマも慌てて追いかけていく。
「ICPO超常犯罪課……通称『オカルトGメン』じゃない!」
オカルトGメン……ついに来たわね西条さん。ヨコシマとは犬猿の仲になるでしょうけど私とは利害が一致するわ。どうやって味方につけようかしら。
ちなみにオカルトGメンというのはGSのお役所版で、民間のGSが扱いにくい事件や、ギャラを払えない人のために活動する組織らしい。今まで日本には無かったのがついに支部が出来たということで、美神さんのような民間GSにとっては商売敵に当たるわけね。
「よりによって私の事務所の隣に無断で来るなんて……ちょっと話し合いが必要ね」
主に拳で、とか言っちゃダメよ? すぐ翻すと思うけど。
「……騒がしいな。おや!?」
入り口の扉が開き、腰まで髪を伸ばした20代後半の男性が出て来た。
予想通り、西条さんだわ。
「令子ちゃん!? ひょっとして、令子ちゃんかい!?」
「え……お、おにいちゃん!?」
一瞬の驚きの後、2人の間に一気にラヴな雰囲気が漂い出す。あれ、『前』はこんな恋人チックな感じじゃなかったのに……?
ヨコシマがバカなこと言い出そうとするのを抑えて、
『美神さん、知り合いなら紹介してくれない?』
突然バンダナに眼が開いて喋り出した事に西条さんは驚いたけどさすがに専門家、美神さんの説明ですぐ納得してくれた。上位の神族がみずからつくりだして与えた『心眼』、しかも必要とあれば主の霊力を借りて実体化さえ可能と聞いて、ヨコシマに向ける視線も軽い敬意すら含んだものに変わった。
とりあえず中に入ってコーヒーを入れてもらいながら、
「僕は以前、令子ちゃんの母上の弟子だったんだ。その後イギリスでオカルトGメンに入ったのさ」
「ママの弟子のなかでは1番優秀だったのよ」
ああ、あのひとの。確かに『前』でも有能だったし頷けるわね。
で、互いの紹介と会話を聞きつつもヨコシマの嫉妬ボルテージはうなぎ登り状態だったけど、
『いま暴れたら昨晩私にした事ばらすわよ』
と囁いたらおとなしくなった。別に私まで妬いてるわけじゃなくて、ここで騒がれたら迷惑だから、だけよ? たぶん。
「……ここには他に誰もいないのか?」
ヨコシマにとって西条さんは年長の社会人で、本来敬語を使うべき相手だけど、魂が彼に敬意を払う事を拒むのか、その態度にはむしろ敵意が濃厚だった。
でも西条さんは大人で気にした風もなく、
「ああ、今はできたばかりで僕1人だが、僕の上司になる人がいずれ来るはずだよ。おいおい職員も増える予定だ」
1人って……日本唯一の支部なのに?
「ところで3人とも、そろそろ仕事の時間ですけど……」
話が途切れるのを待っていたのか、おキヌちゃんが遠慮がちに声をかけてきた。そう言えば仕事の割り振りの話をしてたわね。
しかし仕事と聞いて西条さんは嬉しそうに、
「仕事!? ちょうどいい、君の仕事を見学させてくれないか? 日本で仕事するなら日本のやり方も見ておかないといけないからね」
「いいわ」
美神さんが当然のように了承する。ヨコシマは背後に怒りのオーラを立ち昇らせてたけどそれは誰にも気づかれさえせず、総勢5人は現場である郊外の倉庫跡に到着した。
悪霊の気配は1つ。上にいるわね。
「……かなり強いわ。2人とも気をつけて」
美神さんもそれを察して表情を引き締めたけど、
「でもよく考えたらこの手の単純な仕事は横島クン達に任せた方が早いのよねー。ま、西条さんの前だし私がやるか」
「……」
『無理めの女』のあまりな台詞にヨコシマが涙を流した。大丈夫よ、おまえには私がいるから。
ちなみに西条さんは邪魔にならないようにと言って後ろに下がっている。
と、美神さんが見せたその一瞬の隙に、天井から現れた巨大な頭蓋骨のような悪霊が彼女の神通棍にかみついた!
「う、うわっ!」
「危ないっ!」
ヨコシマがすでに出していた栄光の手を杭状に伸ばして悪霊の耳の辺りに打ち込む。よし、正確かつ素早い援護だわ。
ドズン!
「オッ!?」
そして美神さんが動きの止まった悪霊の口から神通棍を引き抜き、袈裟斬りに振り抜いて両断した。
わずか数秒。これで500万円か1千万円だって言うんだから、美神さんがボロい商売って言うのも分かるわね。彼女と私達でなければもっと危険だし道具代もかかるから、ある意味当然な面もあるけど。
「さすが令子ちゃん! 超一流と言われるだけはあるね!」
じっと見ていた西条さんが相好を崩して美神さんに微笑みかけた。美神さんも手放しで褒められて頬を染めている。
「……」
存在を無視されて不貞腐れたヨコシマだったけど、西条さんの次の言葉で完全に硬直した。
「令子ちゃん! オカルトGメンに入ってくれ!」
「えっ!?」
「最初からそのつもりだったんだ。高額の報酬を取れる最優秀なGS、そういう人物が所属してこそGメンの価値がある!」
こ、これは予想外の展開だわ。
でもお金命の美神さんが公務員になるかしら?
ヨコシマとおキヌちゃんもそう思ったようだけど、彼女の回答は私達の予想を超えた。
「西条さんがそうしてほしいなら……」
「「『!!??』」」
こうして美神さんはオカルトGメンに転職してしまった。
公務員って試験とか色々あると思ってたけど、西条さんにそこまでの権限があるのかしら? まあオカルトGメンは業務が特殊だから融通がきくのかもね。
ヨコシマと美神さんの「縁」が切れなければ私はかまわないんだけど。
どうなるのかしらね。
――――つづく。
あとがき
中世編はプロットが思い浮かばなかったのでとりあえず後回し――没とも言う??
カオス&マリアが嫌いなわけではないです。
ではレス返しを。
○ゆんさん
>まさか、冥子ちゃんフラグがたった?
うーん、彼女のフラグは精神年齢的に難しいかも(ぉ
しかし裏で策謀してるヒトが!?
>二人の愛がなせる必殺技とかでてきそうですねw
早くも第1弾を出してしまいました(^^;
○ジェミナスさん
>五分で出来る事は既に終わってるんかい!!!!!!
あの横島君が5分や8分で終われるかどうかは不明ですが(謎)。
○貝柱さん
>もしかしたら12神将から13神将にしようとしてるとか
13神将化は無理としてもマスターを手に入れればついて来ますからねぇ……。
しかもそのマスターは将来有望かつプッツンを無害で収められる霊能者。
あれ? セットで狙ってもおかしくない??
○ももさん
>一応まじめに技は出してるようですね
一応は知り合いですし、冥子がやられちゃったら横島君に迷惑かかりますからねぇ。
○遊鬼さん
>いやいや、もう公認ですね♪
しかしまだライバル達には秘密な状況のようです。8分ですし(ぉ
いつバラすのかタイミングを計ってるのかも知れません。
ではまた。