そんな混沌とした救助艇が、船内とは裏腹に順調に海面へと向かっているなか。
再び、タンカーの空間。
「皆本ぉ・・・・・・」
「なんだ? あんまり喋ってると疲れるぞ、ただでさえ君には能力でここを支えてもらってるんだから」
「違うんだ・・・」
「ちょッ! こら! あんまりこっちに近づくんじゃないッ!!」
四つん這いで、自分のそばに寄ろうとする薫を皆本が押し止めようとする。
詳しいことは省くとして、皆本はとある事情で現在、目の前の10歳の子供である薫が16歳ほどに成長した姿に見えるという催眠にかかっていた。
それ故に、目の前にまで迫ってきている薫を10歳のつるぺたんな姿ではなく、母親譲りの見事なプロポーションを持つまでに成長した姿として、皆本は認識しているのである。さらに今は身体のラインがはっきりと浮かび上がるウェットスーツ。これで動揺するなという方が無理というものだ。
(落ち着け! 薫は10歳・・・まだ子供・・・ 僕はドキドキしてなんかいない!!)
必死になって皆本は動揺を抑えようとするが、薫が寄りかかってきて、彼女の手が胸に触れると、抑えていた動揺があっという間に騒ぎ出す。
そんな心情の皆本をよそに、薫は身体を寄せ、じっと皆本の顔を覗き込んだ。
「皆本・・・ 寒くてガマンできないよ。あっためて・・・?」
(ふんがぁぁぁぁぁ~~~~!!)
成長した薫(皆本主観)に、潤んだ瞳、どこか艶っぽい声で囁かれた途端、理性という糸が切れかけた皆本が、心の中で叫びながら薫を放り投げる。
「ちょッ! 何も投げなくてもいいだろうが!?」
「うるさい!! こんな時にまで人をからかおうとするんじゃない!!!」
「へっへっへ・・・ いいじゃんかよぉ、何も減るもんじゃないし。ちょっとギュッと抱きしめてくれって言ってるだけじゃん!」
さっきまでの雰囲気とは一転して、いつものオヤジパワー全開。にやりと笑みを浮かべて両手をワキワキと動かしながら、じりじりっと薫が皆本に近づいていく。
身の危険を感じた皆本は、後ずさりをして後ろに下がって行く。が、それほど広くはない空間。
すぐに、どんっと背中が壁にぶつかった。
「ひっ・・・人を呼ぶぞ!?」
「呼んだって誰もこねぇーよ!」
「それ以上、近づいたら僕は舌を噛むッ!!」
「乙女か、お前は!? ウブなネンネじゃあるまいし!!」
「本来ならお前がそうあるべきじゃないのかぁぁッ!!!」
薫のような女の子が言うような台詞を皆本が、その逆の台詞を薫が言っていることに突っ込むべきなのかもしれないが、そこはそれ。
妙にチーム内でのチルドレンと皆本の立場を表していて、まったく違和感がない。
「・・・・・・・・・・・・」
「はー はー はー・・・」
しばらく、お互いがじっと牽制しあっていたが。
やがて、薫のほうが折れたのか、深いため息をついた。
「はぁぁ~~~・・・ ったく、しょーがねーなぁ・・・! 根性なし!!」
「んなっ・・・!?」
「んじゃー この辺で勘弁してやるよ! この続きは今度な♪」
「続きがあってたまるかぁ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「はぁ・・・まったく・・・・・・?・・・」
自身の気持ちを落ち着けながら、ふと視線を少し離れたところに座り込んだ薫のほうへやると。
微かにだが、皆本には薫の様子がおかしいように感じられた。
先ほどの騒動の最中には気づかなかったが、薫の顔色が少し悪い。身体も小刻みに震えているように見える。
(・・・・・・ッ!! まさか!?)
「薫ッ!!」
「・・・なんだよ?」
「お前! もしかして、本当に寒いんじゃないのか!?」
皆本はそう言うと、薫の言葉を待たずに彼女のそばへ駆け寄り、しゃがみ込むと、そっと頬へ手を添えた。手の
ひらに伝わってきたのは少女の体温の温もりではなく、それをはるかに下回るひやりとした冷たさ。
「やっぱり! どうして寒いなら寒いと言わないんだ! お前はッ!!」
「な、なんだよ! ちゃんと言っただろーが!! 寒いから抱きしめてくれって!!」
「あんな風に言われても通じるわけないだろうが! こういうときくらい、素直に伝えたらどうなんだ!?」
「だ、だってさ・・・」
「だって、じゃない! このまま放って置いたら、命にかかわってたんだぞ!!」
「・・・だって、そんなの恥ずかしいじゃん・・・・・・」
「・・・・・・・・・は?」
「だからぁ! 素直に伝えるなんて、照れくさくて言えないって、言ってんの!!」
「照れくさいって、お前・・・・・・」
恥ずかしかったのか、拗ねたように自分を睨んでくる薫を皆本は呆れたように見る。
「普段はオヤジの癖に、こういうときは乙女なんだな・・・・・・」
「うぅ~~~~・・・ なんだよ、悪いのか!?」
「いや、悪いとかじゃなくて・・・ はぁ~~~ まぁ、いい」
そう言うと、皆本はその場に腰を下ろし、片方の脚は立てて、もう片方は伸ばした状態で座り込んだ。
「ほら、こっちに来い」
「・・・え?」
突然の言葉に呆気にとられたような薫。ぽかん、としている少女に苦笑すると、皆本は伸ばしたほうの自分の脚をぽんぽんっと叩いた。
「温めてやるから、こっちに来いって言ってるんだ」
「えぇ~~~!? な、なんだよ急に! さっきはあんなに嫌がってたのに!!」
「しょうがないだろう? これと言って耐寒の用意をしてきてないんだ」
「で、でも・・・ ホントにいいのか? 今の皆本ってあたしが成長した姿で見えてるから嫌じゃないの?」
先程のオヤジな態度はどこへやら。今度は恥ずかしがって近づいてこようとしない薫。
「別に嫌じゃないさ。それにこうしてる間にも君の体温は下がっていってるんだ、そんなことを言ってる場合じゃないだろ?」
「・・・・・・」
「ほら、こっちにおいで」
「・・・・・・うん」
皆本が優しくそう言って、そっと両手を伸ばすと、薫は小さく頷いておずおずと近づいてきて。
「・・・ん」
そっと、皆本の太腿を跨ぐようにして座り込んだ。
薫が自分と向かい合うようにして座ったのを確認すると、皆本は両腕を薫の背中に回し、ぎゅっと抱きしめた。
皆本の身体に密着したところから、心地よい温もりが伝わってきて、冷えた体がじんわりと温まってくるのがわかる。
(あったかい・・・)
もっとこの温もりを感じたくて、自分も皆本の背中に腕を回してしがみ付くようにくっつくと、薫はそっと目を閉じた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「薫、体の方はどうだ?」
「・・・・・・うん、もう大丈夫だと思う」
「そうか・・・よかった・・・ そうだ、さっきはすまなかったな」
「・・・・・・?」
薫を温め始めてからしばらくたったとき。
皆本の口からでた謝罪の言葉。
謝罪の意味がわからない薫は、閉じていた目を開けて皆本の顔を見上げた。
その視線に気づいた皆本は、温めるために薫の背中を撫でていた手を止めて、自分を見ている少女を見下ろした。
「少し考えたら、すぐにわかることだったんだ。この冷たい海で力を使い続けていたら、君の体力が弱って行くことは・・・本当にすまない」
「・・・・・・・・・」
「もう少しで僕は取り返しのつかないことを「もう、いいよ・・・」薫?」
言葉を途中で遮ると、薫は顔を皆本の胸に再び埋めた。
「もう、許してやるよ。だから・・・」
「だから?」
「もうちょっと、このままでいて」
「・・・わかった。ありがとう、薫」
「ん。あ、あと背中もお願い」
顔が見えないのでわからないが、おそらくは顔を真っ赤にしているだろう薫。
皆本は微笑むと、彼女の背中をそっと撫でようとしたが・・・・・・
「皆本はん! 薫! 向かえに来たでッ!!」
「「ビクッ!!!」」
突然、空間に現れた葵に驚き、薫から身を離した。薫も皆本とは反対の方向に飛び退いている。
「あ、葵、もう戻ってこれたのか! はは・・・ず、ずいぶんと早かったじゃないか!!」
「ホ、ホントにな! さ、さっさとここから帰ろうぜ!! な、皆本!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
あからさまな動揺を見せる皆本と薫を、交互にじっと見つめる葵。
彼女の頭の中で、少し前の救助艇での紫穂との会話が繰り返される。
『葵ちゃんが皆本さんと薫ちゃんを迎えに行ったとき、二人が「びくっ!!」とかして、急に離れたりしたら・・・・・・』
「み、皆本はん、薫・・・ あんたら、まさか・・・・・・」
二人を指差し、プルプルと震える葵。
「ち、違う! お前、何か誤解してるだろ!? 僕も薫も別段おかしなことは何一つやっていない!!」
「そうだよ、葵」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
『しかも! しかも!! 薫ちゃんが、なんだか大人っぽい雰囲気になっててこう言うの!!』
必死に誤解を解こうとする皆本。薫も葵を説得しようとするが、さっきの余韻のせいか頬を染め、口調は妙に女の子で。
「心配しなくてもいいよ・・・ なんにもなかったんだから」
『心配しないで・・・ なんにもなかったよ』
「いやぁぁぁぁぁ!! 皆本はんのフケツーーーーーー!!!!」
「どわッ! な、なんだ!! 一体どうしたんだ、葵!?」
「も、もう、あかん!! うちらはこの先、脇役として生きていくしかないんやぁ!!」
「何をわけのわからんことを言ってるんだ! とりあえず落ち着け!!」
「なぁ、皆本。葵の奴、一体どうしたんだ?」
「わからんッ! わからんがとにかく葵を落ち着かせるんだ!!」
「わかった!」
それから10数分後。
悶えていた葵をようやく落ち着かせ、船へとテレポートした三人だったが。
テレポートした先で、偶然にも皆本と薫の手が触れ合っていたのを紫穂が目撃して、葵と紫穂が暴走したり。
何故か皆本が、操縦席の女性にやけに冷たい視線で見られたりと。
結局、その日は騒動で始まり、騒動で終わることとなったのであった。
後日、バベルのとある個室にて。
「むぅ~~~~~~~~」
パイプ椅子に胡坐をかいている、ものすごく不機嫌な薫の姿があった。
もちろん、薫だけでなく、葵と紫穂、それに皆本も一緒なのだが・・・
「なんでお前らが、そんなことしてるんだよ!!」
我慢できなくなったのか、薫が叫んだ先に。
「なんでって・・・ 薫だけやったら不公平やん?」
「そうよ、薫ちゃん。一人だけいい目を見るっていうのはダメだと思うの」
「だから、アレはしょうがなかったって言ってるだろ?」
何処か疲れた様子でパイプ椅子に座っている皆本。その両脚にはそれぞれ、葵と紫穂が、この間の薫のようにちょこんと座っていた。
二人は皆本に抱きついていて、顔だけを薫の方に向けている。
「もう30分はそうしてるだろーが!? そろそろ、離れろぉ~~~~!!!」
「なにゆうとんねん。薫は皆本はんに一時間近く、抱っこしてもらっとったんやろ? なら、うちらもそのくらいやってもらわな」
「そうよね。葵ちゃんと私の持ち時間がそれぞれ一時間。合計で二時間、まだ一時間半もあるわね♪」
「もう、どうにでもしてくれ・・・・・・」
「むきーーーー!! そんなの認められるかぁ!!!」
訂正。彼らには、毎日が騒動で始まって騒動で終わるといった方が正しいのかもしれない。