その夜も更けてきたころ、あてがわれた部屋で眠っていたヨコシマがふと目を覚ました。
「……何か変? 気配?」
あ、ヨコシマも気づいたのね。霊感もついてきたのかしら。
『何かあったみたいよ。危険は無いと思うけど気をつけて』
「ああ。じゃ、まずは美衣さんの部屋に行ってみるか」
静かに部屋を出て彼女とケイ君が寝ている部屋に向かう。
そっと襖を開けて中を覗くと、ケイ君は眠っていたけど美衣さんは布団の上で上体を起こして苦しそうにあえいでいた。
寝巻きの右腕の部分が破れて血が流れている。
「奥さん!? ひどいケガじゃないですか!」
ヨコシマが思わず駆け込んでその腕を取って、
「大丈夫ですか? そうだ、確か荷物の中に救急用具が……」
と包帯その他を用意すると、慣れた手つきで処置をする。
ヨコシマじゃまだ気づかないわね――これ、お札か何かでついた傷よ。霊気が残ってるもの。
この家が攻撃された形跡は無いから、彼女の方から出掛けていって美神さんに返り討ちに会ったんでしょうね。
でも美衣さんはそんなに狂暴に見えないし、それだとヨコシマに何もしない理由が分からないわ。彼が人外キラーってだけじゃ説明つかないし。
もう少し様子を見た方がいいわね。
「とりあえずこれでいいと思いますけど、明日になったら病院行った方がいいっスね」
包帯を巻き終えたヨコシマがそう言うと、美衣さんは急に顔色を変えて、
「あ、いえ、病院は……そ、そう、お金がありませんし」
「そうっスか……でも一体何があったんです?」
「そ、それは……」
言いよどむ美衣さん。と、その右手の辺りに猫のような毛が生えてくる。
「しまった……!」
お札のダメージで変化(へんげ)の妖力が維持できなくなったのね。猫又の類だわ。
「奥さん!? やっぱり……!」
「くッ……」
正体を見られた美衣さんが殺気のこもった眼でヨコシマを睨みつける――が、それは一瞬で消え、急にしおらしくなって頭を下げた。
「――いかにも私は猫の変化、しかし人と争う気はありません。この子のために山奥で静かに暮らしていたいのです」
痛みに耐えながら事情を話し始める美衣さん。
開発の邪魔をしたのは確かに自分であるが、しかしこれまでに何度も人間に棲家を追われており、ここまで奪われるわけにはいかないこと。
右腕の傷は自分を退治しに来たGSを偵察しに行った時つけられたものであること。
GSが来た事を感づいたのは横島が来たからで、現にGS達は彼の名を口にしたこと。
それで、実はこの傷が治り次第横島を人質にしようと思ったが、自分の手当てをしてくれた事で考えを変えて――
「妖怪退治とはいえ優しい方とお見受けしました。どうか私達を助けて下さい」
「え……!?」
急な展開に動揺して答えを返せないヨコシマ。
いつの間にか起きていたケイ君の縋るような視線を感じてさらに困り出す。
「何か妙な事になってきたな……」
ほんとにそうね。
トラブル・アトラクターとでも言うべきかしら?
そして翌日の朝、ヨコシマは庭でケイ君と遊んでいた。すぐ逃げさせるという選択肢もあったけどケガしてるし行き先も無いし、とりあえずここにいて見つかったら説得してみる、という結論になったのだ。
器用にもナイフで竹とんぼをつくって飛ばしてみせる。羽と棒が一体で飛んでいくのがタイプA、羽だけが飛んでいくのがタイプBらしい。
「うわー、すごいや兄ちゃん! ほんとにこれくれるの?」
「おう! 自分で飛ばしてみな」
ケイ君は子どもらしく無邪気な表情で楽しそうに遊んでいる。それを美衣さんが少し離れて幸せそうに眺めていた。
――これも母親なのかな。
やがて彼女が近寄って声をかけてくる。
「横島さん、朝ごはんが出来ました。ケイもいらっしゃい」
「あ、いただきます」
「はーい」
「――おお、豪華とは言えんがこの素朴さが何ともいえん味わいだ! おかわりいいっスか?」
「だろだろ? 母ちゃんの料理うまいだろ?」
「はい、どうぞ」
何かもう異様に馴染んでるわね。そう言えば私達姉妹と一緒だったときも隊長さんと戦った後は仲間同然だったし。
でも、そんな時間が長く続くわけはなくて。
昼ごろになって、ついにここを発見した美神さんとおキヌちゃんにヨコシマはエコロジーがどうとか言って説得を試みたけどやっぱり彼女にそれが通じる筈もなく、
「邪魔よっ! あと2日でそいつ仕留めないとギャラがパーなんだから!」
神通棍ではたかれて地べたに倒れる。美衣さんが化猫の姿になって飛びかかるけど、美神さんの投げたお札を受けてうずくまった。
「――ッ! 美神さん……!!」
美衣さんの苦しげな顔を見たヨコシマががばっと立ち上がり、本気で覚悟を決めたときだけに見せる真剣な表情で――
「美神さん! どーしてもと言うなら俺が相手っス!!」
栄光の手を構えて彼女の前に立ちふさがった。
「はぁ……!?」
なのに美神さんはすっかり呆れた様子だった。おキヌちゃんは心配そうな顔をしてくれたけど、
「横島さんを操って美神さんを襲わせようなんて……」
「それはないわ、仮にも『心眼』がついてるんだから。というかあの化猫がそんなことしてたら今ごろ八つ裂きになってるわね」
分析は0点ね。美神さんの方は100点満点。後ろで美衣さんが青ざめてるけどまあ放っておきましょう。
「で、ルシオラ。これってどういうこと?」
『聞いての通りよ。ヨコシマはこの2人の情にほだされて逃がしてやるって言っちゃったの。あ、別に変なことはしてないわよ。悪い妖怪でもないし』
「そんなことだと思ったわ。で、何であんたがそれに付き合うわけ? 一応仕事なんだけど」
私はクスッと笑って、
『ヨコシマが妖怪だから、仕事だから、っていうだけで相手を殺せるような人だったら私はとうの昔に見限ってるわ』
というか私が今ここにいないんだけどね。
もちろんバカなんだけど……でも、そんなヨコシマだから私は好きになったわけで。
「あのさルシオラ、そんなこと言われたら俺もう引くに引けないんだが」
「てゆーか私だけ悪者じゃない」
あれ、ここは感動してくれるシーンじゃないのかしら?
『そうは言わないわ。だから2人で尋常に勝負して、美神さんが勝ったらそのまま化猫さんを追えばいいわ。……師匠として、化猫の術に嵌った弟子を放ってはおけないでしょ?』
我ながら粋な演出だと思うけど、どうかしら? ヨコシマが美神さん相手に全力出せるわけないけど、いくら彼女でもヨコシマを倒してすぐ化猫を追い切れるほどの体力は残らないわ。でもそれは見習いが突っ走ってヘマをしたからであって、美神さん自身が故意に妖怪を逃がしたわけじゃない。
まあ私が援護すれば美神さんに勝つことはできるけど、それじゃ後にしこりが残るものね。
美神さんはどの辺りまで私の考えを読んだのか、
「なるほどねー。んじゃいくわよ横島、覚悟はできてんでしょうね!?」
すわった眼光がヨコシマを射抜く。神通棍が「ギラッ」と光り出した。
「あうあう……怖いけど今さら逃げられない……」
最大最凶のラスボスを前に怯えまくりつつも栄光の手を剣に変えるヨコシマ。あ、それはちょっと待って。
『ヨコシマ、それだと当たった時にケガさせちゃうわ。あの神通棍みたいに棒状にしなさい。その方がおまえもやりやすいでしょ?』
「おお、それはそうだな」
びゅむっ、という感じで剣が棒に変わる。
『よし。勝っても負けても折檻でしょうけど、男として!がんばってねヨコシマ!』
「横島さん……お願いします」
「兄ちゃん……がんばって……!」
美衣さんとケイ君も必死な顔で応援してくれている。流れは最高潮なんだけど、
「あんたらねェ……」
世界から取り残された美神さんはひたすら脱力しきっていた。
キィィン!
ヨコシマの栄光の手と美神さんの神通棍がぶつかり合って火花を散らす。
ヨコシマは攻撃をせず、後退しつつひたすら防御に徹していた。
彼が怯えているというのもあるけど、これは作戦でもあるわ。
妙神山での夜、小竜姫さんも交えてかわした「対美神さん作戦」!
意図してやったんじゃなくて雑談の中でたまたまその話題になったんだけど、まさかこうも早く実践するときがくるなんてね。
美神さんの「超一流」は伊達じゃない、現にGS試験のときも勘九郎の大刀を捌き切っている。ヨコシマが「普通に」攻撃しても当たる筈はない。
とはいえ彼女が神通棍で攻撃する動作そのものは普通の剣撃と変わらない軌道であり、ヨコシマなら十分反応できる速さだ。小竜姫さんの指導で得た防御の型ができれば無駄も少ない。
それを続ければヨコシマは美神さんの動きに慣れてくるし、疲れるのは美神さんが先。そこをヨコシマの「奇抜な」攻撃で攻めれば勝ち目はある、という話だった。
それに2人とも気づいてるかしら? ヨコシマが美神さんとまともに「打ち合える」というのは、いまやヨコシマの栄光の手が美神さんの神通棍と互角の出力になったからだということに!
カン、ギィン、ガン!
「くっ、こいつ、横島のくせに生意気よ!」
「あんたはジャイ○ンですか!?」
台詞はともかく美神さんの技量はさすがね。体の動きは流麗で無駄がないし霊力の流れもスムーズ。まあその辺は剣豪小説じゃないから軽く流すとして、そろそろ疲れと焦りが出て来たわね。
私は何も言わないけど、美神さんの動きが乱れてきたのにヨコシマも気づいたみたい。
「だーーーっ!!」
気合を込めて叫びつつ、ヨコシマは逆に後ろを向いて逃げ出した。思わずコケが入った美神さんが顔に井桁を貼り付けつつ、
「アホかアンタは!?」
追いかけて大上段から切りつけるけど、そんな攻撃にさっきまでの速さも鋭さもある筈がなくて、
「なっ!?」
振り向いたヨコシマの左手に現れたソーサーにあっさり防がれていた。同時に栄光の手を横薙ぎに振るう!
バシイッ!!
避けられるタイミングじゃない。栄光の手(棒状)は美神さんの胴にまともにヒットした――けど、彼女のボディコンの下には、ハーピーのとき使ったセラミック製のボディアーマーが鎮座していた。
「『え!?』」
「甘ーーーーーい!!」
驚いて動きが止まったヨコシマの顔面に、勝ち誇った美神さんの霊力付きパンチがお見舞いされた。
気絶して倒れたヨコシマを見下ろしながら美神さんが独白している。
「ま、仮にもこの私に一撃入れるなんてずいぶん成長したじゃない。まだ甘いけどね」
と美衣さん達に視線を向け、
「それに免じて――って言いたいとこだけどプロのGSがそういうわけにはいかないのよね」
美衣さん達がびくっと震える。美神さん、本気?
でも美神さんは動かない。右手の神通棍を杖代わりにして、左手は腰を押さえている。
「……!」
その意をさとった美衣さんはケイ君をかかえて素早く飛び退き、そのまま森の中に紛れ込んだ。期限はあと2日と分かってるから、その間だけ遠くにいればいいのだから。
2人の姿が見えなくなると美神さんはふうっと息をついて、
「まったく、私だって鬼じゃないわよ。もう」
『だったら素直に逃がしてあげればいいのに……』
おキヌちゃんが相変わらずふよふよ漂いながら言うけど、
「だからGSがそこまでしていいわけないでしょ」
そう、追わなかったのは疲労と腰の痛みのせい、という体裁なのだ。私が思った通り、正論だけど意地っ張りでもあるわね、美神さん♪
で、ヨコシマが気がついたとき、彼のそばには誰もいなかった。
倒れた場所でそのままの状態だったけど、胸ポケットに1通の手紙が入っている。
『仕事のジャマした罰としてここから歩いて帰りなさい。美神』
ま、彼女相手にこれで済んだのは成長したご褒美ってところかしら。
美衣さん達と別れの挨拶はさせてあげられなかったけど、逃げるときにおまえに向けた感謝のまなざしは本物だったわよ。
お疲れさま、ヨコシマ。
――――つづく。
あとがき
ちょっとした剣術談義にたくさんレスつけていただきありがとうございました。いろんな見解があるんですねぇ。
で、今回はこういう展開になりました。次はGS六道冥子かな?
ではレス返しを。
○大仏さん
>戦車対アリ
まあ、それを覆す裏技反則技がGS美神・横島の持ち味なわけですし♪
○煮豆さん
>西条が銃を向けて引き金を引く速度が問題になるので
なるほど、これは説得力がありますね。
>しかし相手の反応速度が自分と同等以上になると技術的基盤の不確かさが露呈して簡単にやられる
ふむ、逆に長老の場合は人狼の運動能力に加え剣士としての技量と経験があったので7発を分担できたわけですな。
○けーさん
はじめまして、宜しくお願いします。
>剣状態の栄光の手が戦闘中に伸びたり刀身の途中で曲がったり分裂したりして
この「途中で曲がる」というのを実は今回使おうと思っていたのですが先を越されてしまいました(^^;
よって変更……いえ、気にしないで何でも思ったこと書いて下さいね。
○貝柱さん
>美神さんと横島&ルシオラの対立なしに済めばいいね
対立とまでは行かずに済んだ……かな?
○遊鬼さん
>でも!この作中ではかなり強くなった横島君!
入れ知恵付きとは言え美神さんから一本取りました。アシュ編なみ??(ぉ
○ももさん
今回は反則というか卑怯技(^^;
>だんだん横島君が人外キラーってのを認識してきたようで、気苦労が耐えなくなりますね
横島君に惚れた女の必然というやつですね、大変です。横島君自身もですがw
○ジェミナスさん
>ケイとのホノボノがもっと見たいw
あう、これは結構難しかった……○(_ _○)
>報酬
美神さんも金だけのヒトじゃないでスよ、きっと(?)。
ではまた。