香港から帰って数日。私はちょっと考えていた。
ヨコシマの栄光の手は形態を自由に変えられるけど、やっぱり剣として使うことが1番多くなりそうね。でも彼には剣術どころか武道の経験が全くない。それじゃ折角の能力を生かせないから、せめて基礎だけでもきちんとしたものを学ぶべきだわ。
師匠は誰がいいかしら。美神さん……は剣術とは言い難いしお金取られそう。私のはちょっとアレだし、というか剣術ならやっぱり小竜姫さんよね。
というわけでその日の夜、
『ね、ヨコシマ』
「ん、何だ?」
『ヨコシマの栄光の手って、剣にすることが多くなると思うの。だから剣術も少しくらいはかじっておいた方がいいと思わない?』
「剣術ぅ?」
ちょっと顔をしかめるヨコシマ。
「んなモンやってる暇あるのか?」
『別に本格的にやるわけじゃないわ。基本的な剣の扱い方とか動き方を知っておくくらいよ。そもそもおまえの強みは常識とかパターンにとらわれない奇抜さにあるんだから、そんなに打ち込む必要はないわ』
いかに優れた流派とはいえ1つの型にはまるのはヨコシマには似合わないもの。
「なるほどなぁ……でもどっかの道場とかに通うのか? 面倒なのはヤだぞ」
『行き先は妙神山を予定してるわ』
「任せとけ、奥義を極めてみせるぜ」
そしたら小竜姫さまが俺の実力に惚れて……とか何とか呟いてるけど、まあ聞かなかった事にしておきましょう。
『あとそれから』
「ん? まだ何かあるのか?」
『ええ。私も女の子だし、いつまでもバンダナとか心眼じゃなくてちゃんとした名前がほしいんだけど』
「……それもそうだな。俺がつけるのか?」
『ううん、自分で考えたわ。ルシオラってどうかしら』
メドーサを倒した以上、私の正体はこの世界の私が表に出て来るまでは分からないから、すでに姿も見せてるんだし名前を名乗ってもいいんじゃないかというわけ。いずれは事情を全部話すんだけど、私とこの世界の私達姉妹が4人とも生き残れそうなタイミングとしては「彼女達が生まれた後、かつアシュ様の神魔拠点襲撃より先」しかないからそれはまだ秘密。彼女達とどう接するかは別として。
「いいんじゃねえか? きれいな感じだし。なんか儚いような感じもするけど」
す、鋭いわねヨコシマ。確かに『蛍』は『瞬間』っていうイメージが強いし、私は『前』はすぐ死んじゃったし。でも今度は大丈夫だから!
『ありがとヨコシマ。じゃ、これからもよろしくね』
「ああ、よろしくなルシオラ」
……ヨコシマにそう呼ばれると力がわいてくるわ。不思議ね、名前を呼ばれる、ただそれだけのことなのに。
「うん。じゃ、おやすみなさい」
「おやすみ、ルシオラ」
次の土曜日。美神さんに休みをもらった私達は妙神山の門の前に立っていた。
『前』に私が破壊した所だけど、今回は一応阻止してみるつもり。
扉に貼り付いた鬼の顔『鬼門』が話しかけてくる。
「おお、横島ではないか。今日は何用だ?」
「ああ、ルシオラが剣術の修行をするって言うから」
『するのはおまえでしょっ!』
本気なのかボケなのか分からないヨコシマの台詞に仕方なく突っ込みを入れた。
「む、ルシオラ? そやつはどこにおるのだ?」
『私よ、鬼門さん』
と私が眼を開けると、
「おお、小竜姫様がこやつに授けた心眼だな。それでここに修行させに来たというわけか」
へっぽこっていう印象が強いひと達だけど話が早くて助かったわ。
『ええ、だから中に入れてくれない?』
「ふむ……しかしここの規則でな、ここに入って修行を受けるには我らを倒さねばならんぞ」
『へえ、まさに門の守りってわけね』
「えー、俺美神さんのとき一緒にいたんだからいーやないか」
「あのときお主は何もしなかったろうが!」
『いいじゃないヨコシマ。これも修行よ』
「ちぇ。まあいいや、俺の実力をたっぷり拝ませてやるよ」
やけに自信満々な顔つきで栄光の手とソーサーを出すヨコシマ。
鬼門も表情を改め、控えていた首無しの鬼が動き出す。
と、
「あら、お客様?」
いきなり内側から門が開いた。
「「小竜姫さまあああっ!!」」
鬼門2人の悲鳴がひびく。
「「ふ、不用意に扉を開かれては困りますとあれほど申し上げたではないですか!!」」
まだユニゾンが続いてる。よほど傷ついたみたいね。
しかも小竜姫さんはその魂の訴えをスルーして、
「あら、横島さん。今日はお1人なんですか?」
「ええ、ルシオラにここで剣の修行をしろって言われまして」
「ルシオラ?」
『私のことです、小竜姫さま』
「ああ、名前をつけてもらったんですね。それで今日はどういう風の吹き回しなんですか?」
『ええ、実は……』
と私が経緯を話すと、
「なるほど。あなたに横島さんを任せたのは間違いではなかったですね。ではどうぞ」
と小竜姫さんは私達を中に入れてくれた。
……あれ? 何か忘れているような?
ま、いーか。
ちなみにそのころ、小竜姫さんが閉めた扉の外で、
「なあ左の、我らの存在理由って……」
「泣くな右の、生きていればいつかいい事もある……ある筈だ、きっと」
すっかりやさぐれた鬼門2人が、冷たい山風に吹かれながら涙を流していたそうだ。
そして着替えて円形の闘技場に入ると、
「それでは今回は期間も短いことですし、最初のお話通り基本的な型と動作の練習だけにしておきますね」
ということでヨコシマの修行が始まった。
正統派の剣法を見るのは始めてだけど、小竜姫さんの教え方は手馴れたものだ。しかも私の考えを酌んでくれたのか、あまり細かいことは言わないでくれている。
「ぜぇ、ぜぇ……つ、疲れるなこれは」
「仮にも妙神山の修行ですからね。楽なコースなんてありませんよ」
それでもヨコシマは筋がいい方らしく、小竜姫さんも微笑んでいた。
『がんばってね、ヨコシマ』
「そりゃお前は見てるだけだからいーけどよ」
『なら後で試合でもする?』
「……やめとく」
そう言えばこの修行場って小竜姫さん以外誰もいないわね。1人で全部やってるのかしら? ご飯まで彼女がつくってるし。いえそれはいいんだけど、ヨコシマと小竜姫さんが2人きりで食事するのってどんなものかと思うのよ。
「小竜姫さまの手料理やー! こら美味い! 美味すぎる!!」
ある意味いつも通りだけどすっかり舞い上がっちゃってるもの。
彼女もそこまで喜ばれれば悪い気はしないから、
「そうですか? まだありますからたくさん食べて下さいね」
なんて、当社比50%ほど必要以上に和気藹々な夕食だったわけで。
その後の風呂覗きとか夜這いとかはさすがに私が止めたけど。
それでもまあ、そんなこんなで。
ヨコシマの2日間の修行は無事終了した。
…………
……
そして東京に帰ると、さっそく遠出の仕事が待っていた。
美神さんのコブラで到着した現地は人の手が加わってない自然の山林でなかなかいい所だと思うけど、ゴルフ場をつくろうとしたら妖怪に邪魔されて工事ができなくなったそうで、
「あと3日のうちに何とかしねと開発計画がよそに移っちまう」
という話なんだけど……。
「迷った……近道しよーと思ったのがまずかった……」
ヨコシマは1人道に迷っていた。
運転中の美神さんにセクハラして、罰として車から放り出されたのだ。ヨコシマの体力なら歩いても着ける距離だけど、欲をかいて山の中で下手な歩き方したら状況はさらに悪化しちゃったわけで。この機会に自業自得という言葉の意味をかみ締めてほしいわね。
『だから止めなさいって言ったでしょ!』
「いやしかしあれはスベスベのムチムチだった! 我が人生に一片の悔いなしっ!」
『こんな所でおまえに終わられたら私に悔いが残りまくるわよ!』
とか言ってる間に雨が降り始め、お腹もすいて来たようで、歩きながらも泣き言が出てくる。
「おがーん、美神さーん! もうしませんから助けてー!」
いろいろ突っ込み所のある台詞だけど、まさかそれを聞きつけたのか、薪を束にして抱えた20代後半くらいの美女が出現した。むむ、これが大人の色気というやつかしら?
「あの……もしかして道にでも迷われました?」
と彼女が言い終える前に、
「ボク横島! そうですもう死にそうで……」
彼女の両手が空いてたらしっかり握ってそうな勢いでヨコシマは彼女の真ん前に瞬間移動していた。で、誰が死にそうなの?
「は、はあ……」
こんな山の中で何故か美神さんばりのボディコンを着てる彼女からは人外の気配を感じたけれど――悪意はなさそうだからとりあえず黙っていることにした。
案内されたのは木造の一軒家だった。電気も水道もなくて、囲炉裏とかまどで料理し暖を取る江戸時代なみの調度にちょっと驚いたけど、それなりに風情があって悪くはなかった。
ヨコシマは濡れた上着を脱ぎ、毛布にくるまって囲炉裏に当たっている。
……どうも鼻息が荒い。でも風邪とかじゃないわね。となれば、
『ヨコシマ』
「ん?」
心ここにあらず、といった反応に確信を得た私は、
『――分かってるわよね?』
「ヤ、ヤダナアボクハシンシデスヨるしおらサン?」
どうやら分かってくれたようね。いえ、それより――
『ヨコシマ、声を出さずに聞いて』
「ん、何だ?」
『このひと、人間じゃないわ。もしかしたら、今回の仕事の標的かも知れないわよ』
「なぬー!? 怪しいとは思っていたがやっぱりそうだったのかー! 欲情して損したー!」
『そういう問題じゃないでしょ! それよりどうするの?』
いきなり声に出しそうになったヨコシマをあわてて抑える。
「どうするって……まだこいつが標的かどうかは分かんないんだろ? それに助けてもらったんだし、攻撃すんのはちょっと……」
『そうね、じゃあ少し様子を見ましょ。だからヨコシマも除霊しに来たとか言っちゃだめよ』
「分かった」
というような秘密会議をしているうちに、
『あ、そろそろ煮えてきたんじゃないかしら』
囲炉裏の上の鍋の中では女性――美衣さんが用意してくれた水炊きっぽい料理がぽこぽこと泡を立てている。その匂いにつられたのか、5〜6歳くらいの男の子が隣の部屋から出てきた。
男の子はケイという名で、いきなりヨコシマに懐いてうれしそうに話をしている。人外キラー?
その様子に美衣さんが嬉しいような寂しいような、複雑な表情をしていたのが何故か印象的だった。
――ところで今回はかっこいい所なかったわね。次はがんばってね、ヨコシマ。
――――つづく。
あとがき
横島君の剣術技能ですが……原作では西条の銃弾を3発叩き落してるのに犬飼の八房は1発だけというよく分からんスペック……八房が銃弾より速いとは思えませんし、やはり後者が標準で前者は火事場のクソ力なんでしょうねぇ。
ではレス返しを。
○貝柱さん
>小鳩ちゃんを予感してるのか!!?
をを、鋭い!……というか彼女しかいませんよねぇ。
いろいろと強敵です。
結婚式なんぞ挙げられたら強奪しかねません(ぉ
○枝垂桜さん
>適度にボケで適度にまじめな横島ですね^^
うい、今後とも宜しくお願いします。
○Dr.Jさん
>原作では、対フェンリル戦でサイキックソーサー出てますよ
あら、ほんとに投げて使ってますね……不勉強でした。
○茜鷹さん
>ただし、ルシオラだけじゃなく横島も
なんと、ルシオラという彼女(?)がいながら小鳩までモノにするつもりなのか横島!?(ぉ
○遊鬼さん
>平和な一日ですが、それもまた良いですね^^
あんなキッツイ仕事ばかりじゃハードすぎますからねー。
ではまた。