ヨコシマがさっきも奇襲されたというのに俯いてぶつぶつ言いながら洞窟を歩いている。まあおキヌちゃんがきょろきょろ警戒してくれてるからいいか。
「んーと、俺の女だって言うくらいだから、あれはやっぱり告白なんだよな。俺にも彼女ができたってことになるのか? 確かに美人だがモノノケですらないっていうか小竜姫さまに何て言やいいんだろ」
娘さんを下さい、じゃないかしら?
「しかしまずは言われた通り生きて帰るのが先決だよな……相手はメドーサだし美神さん捕まってるし」
……ぐじゃ。
え?
ヨコシマの足元から何かが潰れるいや〜な音がした。
私は音だけだけど、ヨコシマは自分の足で踏んでしまったわけで。ぐぎぎぎっ、と起き上がってくるそいつらは。
「「ぞ、ぞんびーーーーー!!??」」
ヨコシマが涙と鼻水を撒き散らして絶叫し、ずざざざっと後ずさる。おキヌちゃんも似たようなものだ。まだ罠があったのね。
「バ、バンダナ!? た、助けてくれーー!!」
次々と起き上がる半ば腐乱したゾンビは10体ほど。いくら悪霊や妖怪を見慣れてるといっても、さすがに彼らは外見が外見だけに、戦意より恐怖が先に立つのは仕方ないわね。
でもよく見ると動きも遅いし脆そうだし、毒も持ってなさそうだから1体1体の戦闘力は低いわ。
だから返事はしなかった――この事件でヨコシマが霊波刀に目覚めるとしたら、それは今だと思うから。
「バンダナはまだ寝てるのか? こ、こーなったら……」
自分で戦うのかな、と思ったらポケットに手を入れて、
「小竜姫さま小竜姫さま小竜姫さまぁぁぁーーーっっ!!」
彼女の角を取り出してぶんぶんと振り回す。がっくり。
するとさすがに目が覚めたのか彼女の念話が聞こえた。
『何とか自力で突破して下さい、横島さん――』
「じ、自力って言われても……」
『今私が戦ったらメドーサを倒せなくなってしまいます』
「今俺が戦ったら俺がやられちゃうじゃないっスかーー!」
と必死に助力を嘆願するヨコシマだけど見かねたのかおキヌちゃんが割り込んで、
「横島さん! 横島さんには『さいきっく・そーさー』があるじゃないですか!」
「え!? おお、そう言えばそうだったな!」
いくら何でも戦闘中に自分の能力を忘れちゃうのは困るわよ。
それでもようやく気を取り直してゾンビ達に向き直り、右手にソーサーを出現させて――気づいたわね。
「ああっ、これじゃ数が足りねぇーー!?」
そう、ヨコシマのソーサーは技の性質上消耗が大きく、投げて使うなら今は1日に4枚くらいが限界だわ。1体1枚で倒したとしても到底足りない。
ヨコシマ、がんばって……おまえにはまだ眠ってるものがあるのだから……!
ソーサーを出したまま固まるヨコシマ。
「くそっ、何とかならねえのか!? もう少しこれが強かったら1枚で2、3体くらい吹っ飛ばせるのに……そうだ、そうしないと俺も美神さんもバンダナもおキヌちゃんも小竜姫さまも……ちくしょう!!」
必死になって右手の先のソーサーにさらに霊力を注ぎ込みながら、
「せっかく女ができたのに死んでたまるかあ! もっと、もっと強く……って、え?」
「え?」
私とおキヌちゃんも気づいた。
ヨコシマの右腕の霊力が急激に高まっていく。さっきまでの戦いと今の集中がきっかけになって霊波の出力が上がったんだわ。手首から先あたりが光に包まれたかと思うと白っぽい糸のような霊気が無数に現れて手袋っぽい形に編み上げられ、同時にソーサーもほつれてその中に溶け込んでいく。やがて全てが一体となって霊波で出来た篭手のようなものになった。『前』に見たヨコシマの霊波刀と全く同じ形をしている。
――やった! 目覚めたわ!!
「な、何だこりゃあ!? 病気?じゃないよね!?」
「わ、私に聞かれても……」
正体を知っている私と違って何が起こったのか分からないヨコシマとおキヌちゃんが騒ぎ出したけど、小竜姫さんが助け舟を出してくれた。
『大丈夫です横島さん! それはあなたの新しい武器です。行きなさい!』
「行けったって……あーもーヤケじゃー!」
近づきつつあるゾンビ達に自分から殴りかかる。先頭のやつにパンチを繰り出したとき――篭手の前面部が変形して杭のように伸び、その頭部を一撃で砕き去った。
その後すぐ収縮して元の形に戻る。威力はソーサーと同等以上だし、使い減りしないのは大きいわ。
「ゾ、ゾンビを1発で!? それに形が自在に変わるのか。す、すげえ!」
そうね、霊波刀の技術は人狼族辺りではメジャーだけど、こんな自由度の高いものは私も知らない。驚くに値する能力だけど、小竜姫さんはむしろ当然といった風に、
『何を言ってるんですか横島さん。あなたには日本でも最高の師匠が3人も憑いているんですから、そのくらいで驚くことはありませんよ。さあ、逝きなさい!!』
あのー、小竜姫サマ? 誉めてくれてるとは思うんですが2つほど誤字があるんじゃないでしょうか?
『やつらは単体では大した事はありません。囲まれないように注意して、1体ずつ確実に倒すのです!』
「お、おっしゃー!」
それでも武神、指示は的確だった。せっかくだから今は任せておこうかしらね。ヨコシマも勢いづいて、
「よし、じゃあここはヒーローっぽく……剣になれ!」
その叫びと共に手の甲の部分が伸びて長剣のようになった。うん、ちゃんと使いこなせるみたいね。今までのソーサーの修練が生きてるわ。
「だりゃーーーっ!」
回り込んで袈裟斬りの一刀で2体目を両断する。左右から襲ってくるのをゴキブリのようなフットワークで距離を取り、振り返りつつさっきやった杭を伸ばすようなパンチで心臓に風穴を開けた。
すごいわヨコシマ!
こうなったら後は時間の問題ね。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
無傷で全てのゾンビを倒して、さすがに荒い息をつくヨコシマ。ここまでやれるなんて思わなかった。私はうれしくなって、
『やったわねヨコシマ! 立派だったわ』
「あ、バンダナ。起きてたのか?」
『ええ、途中からね。ジャマしちゃいけないと思って』
ヨコシマに嘘をつくのは心苦しいけど、辻褄を合わせるには仕方ない。
ヨコシマは得意げに、
「そっか。まー俺もやるときゃやるってわけよ」
そこまではよかったけど、
「そう、これは俺がヒーローになって美神さんとあるべき姿になるために与えられた必殺技! まさに栄光をつかむ手、栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)だーーッ!!」
さっきまでの錯乱ぶりはどこへやら、大仰にはしゃぎ出すヨコシマ。気持ちは分かるけど、もう少し勉強もさせておくんだったわ。その名前……オカルト界では有名な代物のそれよ。ところであるべき姿って何?
私とおキヌちゃんは呆然とその勇姿(?)をみつめてたけど、
『そ、それはともかく。その栄光の手、かしら? ちゃんと出し入れできる?』
「え? ああ、そうだな」
ヨコシマが手をかかげて集中を解くと篭手は消えた。再び集中するとぶわっとばかりに出現する。この間数秒。うん、上出来だわ。
『できるみたいね。じゃ、一休みしたら行きましょう』
「そだな。これだけ連戦じゃいくら俺でも身が持たん」
「はーい」
ヨコシマが岩壁に背を預けて座り込む。その間に私は彼に気づかれないよう、こっそり小竜姫さんに話しかけた。
『――――何か用ですか心眼?』
『メドーサの事なんですが』
私が聞いた話では、ヨコシマは『栄光の手』を発現したあと風水盤の前でメドーサ&勘九郎と戦ってるけど、そのときに小竜姫さんはいなかったらしい。もちろん殺されてはいないけど、メドーサに勝てなかったという事にはなる。
放っておいても問題ないかも知れないけれど、私がいることで『歴史』が違ってくる可能性はあるし、私はむしろ変えようとしている。それなら一言注意くらいはしておくべきでしょうね。
『今回はあくまで風水盤の破壊が最優先だと思います。メドーサとの決着はその後にするべきでは』
『――――そうですね。覚えておきます』
意外と素直に応じてくれる小竜姫さん。もっとこだわるかと思ってたのに、私のこと重く見てくれてるのかしら。
『ところで、状況はどうなっているのですか?』
小竜姫さんが今度はヨコシマとおキヌちゃんにも聞こえるように言ってきた。さっきまでは本当に眠っていたらしい。
『陰念は私達が倒しました。勘九郎はピートさんと伊達さんが戦っていますが、今どうなっているかは分かりません。美神さんは勘九郎がつくった土角結界に捕えられているそうですが、彼の手がここにありますから解除はできます』
「あ、これですー」
おキヌちゃんが勘九郎の右手を角に近づけて見せる。
『そうですか、なら美神さんの所にはメドーサがいるでしょうね。私が相手をしますから、あなた達はその間に美神さんを助けて風水盤を壊しに行って下さい。勘九郎が右手を失ったのならピートさんと雪之丞さんは大丈夫でしょうから』
「「『分かりました』」」
それを機に休憩を切り上げて進んでいくとおキヌちゃんが、
「今かすかに美神さんの霊波が……もう近くにいます!」
「ホントか? よーし、今行きますよ美神さん……!」
『慎重にね、ヨコシマ』
注意深く近づく4人、そしてついに発見した――板状の土の塊に閉じ込められた美神さんと、その傍らに立つメドーサを。
元の姿に戻った小竜姫さんがメドーサの元に駆け出す。
音をたてずに疾走し、美神さんとの話に気をとられていたメドーサを横から蹴り飛ばした!
剣で斬りつけなかったのは作戦通り。それだと殺気で気づかれるから、ヨコシマが土角結界に近づくのが難しくなるもの。転んだメドーサが起き上がって、
「くっ、小竜姫かい!? あんたどうやってここまで!?」
「お前がいつも虫ケラ呼ばわりしてる人間の力を借りて、よ! お前のしたこと、今から私が裁いてやるわ!!」
そして小竜姫さんが土角結界を背後にかばうように立ちふさがった隙に、ヨコシマが駆け寄って結界を解除する。土壁が粉々に砕けて美神さんが自由になった。
「美神さん、大丈夫ですか? 助けに来ました……!」
「横島クン、あんた……」
ヨコシマが1人でここまで来れるとは思ってもいなかったのだろう、美神さんは驚きのあまり言葉が続かないようだ。
「話は後です! これを持って風水盤のところに!」
と小竜姫さんから預かっていた神通ヌンチャクを渡す。ヨコシマらしからぬ手際のいい流れに美神さんは反応が1テンポ遅れたけどすぐ普段の調子に戻って、
「分かったわ! 行くわよ横島クン!」
と先頭に立って駆け出した。
「そうか、あの式神使いのボウヤか! ちっ、待ちな美神令子!」
「待つのはお前です! 先へは行かせません」
小竜姫さんがメドーサをくいとめている間にそこを離れる。
走っていく道すがら、
「横島クン……よく来てくれたわね。来ないんじゃないかと思ってたけど、あれから成長してきてるみたいね」
「いや……みんなに色々言われたから」
照れ笑いを浮かべてつい余計なことを言ってしまうヨコシマ。
「やっぱりね。ま、それでもあんたにしちゃ上出来よ」
「美神さん……」
「さぁて、行くわよ! あの蛇ババァに一泡吹かせてやるんだから!」
「「はい!」」
そしてその先。ひときわ広く穿たれた空間の床一面に設置された巨大な円形の魔法陣――いや、
「あれが元始風水盤ね。よーし、思いっ切りぶっ壊すわよ!」
「待って美神さん! 誰かいます!!」
ヨコシマの指摘の通り、風水盤の前にはそれを守るように立っている影がひとつと、それを追って来たらしい2人。
「あれは勘九郎! それにピート、雪之丞!?」
右腕を落とされて不利になった勘九郎が逃げて来たんでしょうね。あ、よく見たら後ろにボディガードみたいな人が何人かいるわ。生気が無い……ゾンビ? でもさっきヨコシマが戦ったのとは格が違ってそうね。
『気をつけて、勘九郎だけじゃな……』
ドオッ……ドドドオォン!!!
私が言い終わるより早く、風水盤の中央から巨大な魔気が吹き上がった。
『元始風水盤が……』
「起動した……!?」
私達が呆然と呟くと勘九郎が哄笑して、
「そうよ、これで地上は魔界になる! 人も神も滅びるといいわ!」
勘九郎の霊圧が高まっていく。地脈の変化で発生した邪悪なエネルギーを受けて完全に魔物化したのね。風水盤の出力はまだ低いけど、この辺りはもう魔界になりかけているわ。やっぱり『針』は盗まれていたのね。
そこへさらに飛来するそれ以上の霊力が2つ。1つ目は小竜姫さんを振り切ってきたメドーサ。勘九郎のそばに降り立って、
「ついにやったわ。勘九郎、こいつらを近づけるんじゃないよ!」
「くっ、まだ勝負はついてませんよメドーサ! こうなったら一刻も早く風水盤を破壊するのです!」
続いて小竜姫さんも悔しげに私達の傍らに着地する。
「はん、これで勢揃いってわけだね。いいさ、できるものならやってみな!!」
メドーサの挑戦の声が響きわたった。
――――つづく。
あとがき
予告通り「栄光の手」発現の巻です。
ルシオラのクラスが弓兵なのは宝具と台詞の所為です。魔法子と剣士は別途憑いてますし(ぇ
しかし文章量のわりに進行が遅い……。
ではレス返しを。
○ゆんさん
>ルシオラとの御対面ですかw
第8話にしてやっとでした(長)。
○皇 翠輝さん
>宝具化しちまえば何やってもOKと(穿ち過ぎか)?
ルシオラ&心眼で出来そうなことなら何でもアリです(ぉ
しかしむしろ文珠の方が(以下略)。
○貝柱さん
>想像してみる
グロ指定になりそうで怖かったです(ぉ
○ももさん
>170マイト
これは成長中なんですよー、雪之丞戦では100マイトでしたから。
>陰念あたりだと九頭蛍閃あたりで十分かと(ぉ
怒りの一撃ってやつです。
ここで加減してはつまりませんw
○遊鬼さん
>今回もfateネタは継続なんですね(w
生暖かく見守って下さいね(ぉ
○なまけものさん
>るろ剣ですかい!しかも奥義だし…
無限ですから(マテ
場面的には合っているかと。
>光幻影と麻酔はAくらいあると思うんですけど
パワーが本来の数十分の1ですので、そちらの出力も低くなっちゃってるんです。
○ジェミナスさん
>ここまで言われて燃えなきゃ男じゃ無いぜヨコッチ!!
うーん、まだ横島は横島ですが何気にバンダナの「優先順位」は上がってます。
○やまねこたろうさん
>(マッド)サイエンティストか(マッド)エンジニアだと確信してたんですが
科学者と技術者ですか。でもキャメランとかつくられたら美神達の立場が(ぉ
ではまた。