それにしてもこの美神除霊事務所は事件が多いわね。これじゃ『前』のヨコシマがひとつひとつを細かく覚えてなかったのも当然だわ。
この前も式神使いの決闘というのを見学に行って、冥子さんの式神の暴走に巻き込まれた。そこで私達に近寄ってきたやつを麻酔したら冥子さんも失神して式神達が彼女の影に帰ったので誰も怪我せずにすんだけど。
美神さんも彼女の暴走にはひどい目に会ってきたらしくヨコシマの株が急上昇したんだけど、そこでセクハラしたものだから元に戻ってしまった。バカねー。
スキー場のホテルに除霊に行ったときは有名な毒草のマンドラゴラを見つけたと思ったら、美神さんはヘッドホン付きとはいえヨコシマに抜かせようとしたのよね。私が止めて遠くから紐で引かせたから良かったけどあのときは危なかったわ。
でも最近になって気づいたんだけど、美神さんは金銭欲が強いわりに鷹揚なところがある。ヨコシマが食事時にいるときは何かしら食べさせてくれるんだけど、おキヌちゃんの料理も外食の場合も代金を請求されたことはないのよね。用事が無くてお茶飲んでても帰させたりしないで給料もくれる。その雰囲気は職場というより家庭みたいで、『前』に私が逆天号にいた頃に似ていた。ヨコシマもスケベ心だけじゃなくてこういう所が好きでここにいるのかも知れない。自覚はないと思うけど。
それはともかく、今回来た依頼はその中でもかなり大きなものだった。
事の発端は事務所に訪ねて来た小竜姫さん。
「小竜姫さまあああっ! いつもながらお美しい! ぼかぁもう……!!」
例によって例のごとく突進して撃墜されるヨコシマ。懲りないわね、ほんとにあけすけなんだから。
彼女の話を要約すると、GS試験に出て来たメドーサが今度は香港で「元始風水盤」をつくろうとしているので、それを阻止してほしいというものだった。
元始風水盤というのは大地の「気」の流れを操って地上の霊的バランスを自在に変化させる装置。デタント(神魔の緊張緩和)の関係でつくるのを禁止されてたほどのもので、メドーサがつくるなら目的は地上の魔界化というところね。
――でもそうすると本気でハルマゲドン(神魔の最終戦争)になりかねないわ。アシュ様の目的はそうじゃないはず……いえ、その罪をもって「滅びよう」とするのかしら。
それにしても元始風水盤か……ぜひ見てみたいわね。技術屋魂が刺激されるわ。
私はベスパやパピリオのように眷属を持たない分、エンジニアとしての知識を与えられている。それで『前』は転生追跡計算鬼やキャメラン達をつくったり逆天号のメンテをしたりしてたのよね。懐かしいわ。
……その私がつくれない代物をメドーサがつくれるというのは不思議ね。私はこの時期まだ生まれてなかったから事情は分からないけど。
それでも実体化すれば操作することはできると思うから、万が一起動されてもメドーサの目的を阻止する事は可能だわ。問題はそこで私が出られるかどうかだけど、最悪の場合は何かでヨコシマを気絶させるしかないかしら。気が重いわね。
「もともとは香港で有力な風水師が次々に行方不明になる事件があって、その調査を香港でモグリのGSをしていた雪之丞さんに依頼したんです」
「雪之丞って、あの伊達雪之丞?」
小竜姫さんの口から彼の名が出たのは意外だけど、そもそも香港での事件にどうして小竜姫さんがかかわるのかしら。メドーサ関係だからかしらね。
私の思索の間も彼女と美神さんの話は続く。
「ええ、土地勘や能力を考慮した結果、彼が最適と判断したんですが……ことが大きくなってきたので応援を頼もうと思って私だけ1度日本に帰って来たんです」
「それでウチに来たってわけね」
「ええ、私が知る限りで最も頼りになるのはあなた方ですから」
あなた方、と小竜姫さんは言った。ヨコシマのことも認めてくれてるのね。
「あなたにも期待してますよ、心眼」
『はい』
答えつつ内心で苦笑する。ちょっと派手にやりすぎたかしらね。
数分しか出ていられないといっても、伊達さんを倒したのと鎌田さんを傷つけたのは間違いないもの。それも全力じゃないことは見抜いてるでしょうし。
「それは光栄ね。でも料金は高いわよ?」
さすが美神さん、神様相手でも容赦はない。小竜姫さんも心の底から分かってて、
「ええ、小判で2千枚用意しています」
「オッケー。で、現状はどうなってるの?」
「雪之丞さんは風水盤を作動させるのに必須の『針』を奪うことに成功しました。今は香港で隠れて私達が来るのを待っています」
「じゃあ急いだ方がいいわね。でもメドーサ相手ならもう少し戦力が欲しいところだけど……」
美神さんが顎に指を当てて考え込む。確かに試験のときは一流のGS達が総出でやっと阻止したのよね。
「では大勢集めている時間もありませんから、唐巣さんの所へ行きましょう」
「そうね、先生とピートなら当てにできるわ」
というわけで教会に向かったところ、唐巣さんは栄養失調で寝込んでいた。彼もGSだけど除霊をしてもお金をほとんど貰わないそうで、いつも貧乏暮らしをしているらしい。善人の見本のようなこの神父が美神母娘の師匠だというんだから人間って不思議ね。
ピートさんはまだ元気で、病気の師匠を1人残して行く事に難色を示したけど、事件の重大さを鑑みた神父の口添えでついて来てくれることになった。まあ小竜姫さんからの依頼なら報酬も受け取るでしょうし、成功すればこの2人もちょっとはいいもの食べられるわね。
そして準備を整えた私達はさっそく飛行機で香港に向かう。ただ小竜姫さんが空港で、
「私は妙神山に括られた神なので、香港のような外国では数分動くごとにしばらく休まないといけないんです。だから今はこれで」
と言って角だけの姿になってしまった。とりあえず美神さんが自分の上着のポケットの中に入れたけど、唯一メドーサと正面から戦えるひとがこれじゃちょっと心細いわね。ちなみにヨコシマがその角を見て「何て色気の無い寝姿……つーか原作よりサービス足らんぞこのSS!?」と意味不明の怒声を上げていたのは内緒だ。
それにしてもヨコシマと一緒にいると体が無くても退屈しないわね。美神さんはどういうつもりかわざわざファーストクラスで隣の席を取ってくれたんだけど(ピートさんはもう1つ向こうの席)、そこで、
「こら美味い、ほんま美味い!!」
とサービスの食事を飢えた獣のような勢いで食べ始めたかと思えば、
「おおっ美人のスッチーさん! このままボクと楽園へー!」
などともはやナンパとすら言えないようなナンパを始めて美神さんの制裁で流血したり、
「ホンコンー! ホンコンー!」
と何故か空港の中の写真を撮りまくったりとほんとに話のネタにはことかかないわ。
空港の外に出たあと私達は予定通り伊達さんと合流し、まずは作戦を立てるのと拠点をつくるためホテルを2部屋取った。
そのとき伊達さんは怪我もなさそうなのにひどく青い顔をしていたけれど、その理由はすぐ判明した。
「奪われた、ですむかこのボケーーー!!」
そう、伊達さんは香港で待っている間にメドーサ一味に襲われて針を奪われてしまっていたのだ。それを美神さんに言うのが怖くて顔色が悪かったのね。
そのときは幸い大怪我はしなかったけど、それはいま美神さんのしばきによって帳消しになっている。おキヌちゃんが宥めてるけど聞く耳は無さそうね。ママがどうとか言ってるけど大丈夫かしら。
ん、伊達さんの体がひくついてきたわね。ヨコシマなら次の場面ですぐ復活できるけど、彼はそういう具合にはいかないからそろそろ止めないと。
『美神さん、怒るのは分かるけどいい加減やめないと戦力にならなくなるんじゃないかしら』
「そ、そーッすよ美神さん、それ以上はヤバいッす」
「確かにこの男の不手際ですがそれくらいで許してあげては……」
私の先陣に勇気を出したヨコシマとピートさんも止めに入ってやっと美神さんは機嫌を直して、
「そうね、じゃあ改めて作戦を練りましょう」
と真剣な表情になって皆の顔を見回した。
…………
……
「じゃあ話を整理するわよ。今からメドーサの居所、つまり風水盤に乗り込んでまずは『針』の奪取、余裕があれば風水盤の破壊。メドーサを倒すのは……小竜姫さまに任せていいのよね?」
美神さんが上着のポケットの中に視線を送る。小竜姫さんはエネルギーの消費を防ぐため、まだ角の状態でそこにいるのだ。
『はい、私を彼女の前まで運んでくれれば私が決着をつけます』
きっぱり答える小竜姫さん。でも同格のメドーサをたった数分で倒すなんて本当にできるのかしら。彼女は小竜姫さんより狡猾だしね。私がその辺りの危惧を婉曲に述べると、
『大丈夫、私にも奥の手があります。それより心眼、みなさんのサポートを頼みますよ』
『はい』
なら言う事はないわね。『前』のヨコシマに聞いたこの事件の話はそう詳しくはなかったけど誰も殺されてはいなかったし、まあいいかしら。
「まあ何とかなるさ。日本GS界のトップクラスが4人もいることだしな」
伊達さんは1度針を奪われてるくせに楽観的だった。
「ところで横島、あの式神はいるんだろうな? 俺を倒したやつなんだから放っとく手はねえ」
「ああ、あいつか? いるけどあいつは俺が気絶してる時しか出てこれないらしいんだよな」
私は式神じゃないんだけど、その辺はヨコシマもスルーして答えると伊達さんの顔色が変わった。
「何?」
『そういうこと。だから私には過剰な期待はしないでね』
バンダナの眼を開けてヨコシマの言葉を補足する。伊達さんはますます驚いた様子で、
「……。そんな式神は聞いた事もねえが、まあお前等がそう言うんだからそうなんだろうな」
まだ納得しがたいという表情ではあったけど、
「まあいい、時間も惜しいからな。そろそろ出発しようぜ」
ということで、私達はいよいよメドーサとの対決に出かけるのだった。
――――つづく。
あとがき
間の単発話は軽く流して香港編です。
ルシオラとメドーサの面識の問題については本文中「私はこの時期まだ生まれてなかった」ので少なくとも今はメドーサはルシオラの正体は知らないという事になっています。
ではレス返しを。
○赤城さん
>これはもしや某森の神(?)とあったあの少女のせりふでは・・・・!?
いえ、ネタは分かりませんがここは原作まんまです。
○遊鬼さん
>霊波刀
横島君のは普通の霊波刀じゃなくて形が自在に変わる特殊なものですから最初に開眼させる方法は分からなかった……というかもう香港編なのでここで会得するのですが(^^;
○黒覆面(赤)さん
>復活後の台詞から、メドーサはルシオラと面識があったはず。このことがどんな影響を与えるか楽しみです
上記の通りこの時点ではルシオラの正体は知りませんですm(_ _)m
○貝柱さん
>初動の遅さが気になります
うーん、それはまず神魔の拠点破壊が優先だったのでは。
ではまた。