第二幕 古都遥か 古き縁に 導かれ
心静めし 紅葉の郷
彼が境界を越えたとき、ソレは動き出した……
千年の時を超える怨嗟の念。
ただソレは、今はまだ静かに目を覚ましただけに過ぎない、故に今だ誰も気付かない。
嗚呼、彼は騒乱を呼ぶために生ているのであろうか、その怨念は間違いなく『彼』を求めていた。
彼の怨念は、彼を……狂おしいほどに求めていた。
誰にも気付かれる事無く静かに、静かに、されど情熱的に彼――横島忠夫を、いや『高島 忠久』を……
「えー、各班長、班員を確認して担任に報告、ソレが済んだらその場で待機」
新幹線から吐き出された生徒達が駅舎のエントランスに集まるのを待って、生活指導を担う横島達の担任が怒声を張り上げ対応する。
ちなみに横島の班の班長は愛子であり、その班員は横島、ピート、タイガーの男三人、そして愛子とその親友の女性徒二人の計6人である。
無論、新幹線に取り残された者がいたりするわけでもなく、当然、出発の瞬間を新幹線外からカメラに収め、その後自転車で合流するようなツワモノが居ようはずもない。
全員が間違いなく集合している事が確認されると、今度は駅前に止められた観光用のバスへと順序良く乗り込んでゆく。
「横島ァ、頼むからバスガイドさんにセクハラを働くような真似はせんでくれよ」
と、何時の間にやら横島の座る席の横へきた担任がそう釘をさす。
「せんせぇ、行くら俺でもアレにゃセクハラなんぞせんよ……」
と、バスガイドに聞こえぬ様、小声で返す横島。
その台詞に通常なら、『お前、横島の偽者だろ!』などと大騒ぎになるだろう。
されど、そのときは違った、なぜなら……彼らの乗るバスのバスガイドは、もうすぐ定年を迎えることがほぼ間違いないといった老女なのである。
当然、彼女を対象にセクハラを働く気など横島にはない。
「このバスだけの事を言ってるんじゃなくてな……他のバスガイドさんについても……だ」
「なぬ! 他のバスは若くて綺麗なガイドさんが!?」
「ぬあ! 薮蛇!?」
そんなやり取りの中、担任教師『先条 昭夫(センジョウ テルオ)』は新幹線での厳粛な雰囲気を醸し出していた横島が、何時もの表情に戻った事に安堵のため息を漏らす。
彼は、自分の担当する生徒『横島 忠夫』に関して強い心配の念を抱いていた。
GS資格試験の直前に行った指導室での会話では「一生、アシスタントっすよ」などと、向上心の欠片も見せなかった彼が、ほんの数週間で自らが目指す物に対する疑念を口にし、おちゃらけと、上方系お笑いの申し子と言える様な根明な笑顔を見せる彼が、あんな重苦しい表情を見せた。
同様の職業を目指す『ピエトロ・ド・ヴラド』『タイガー・寅吉』の二人もまた、横島の口にした不安に考えこむような表情を見せていた。
横島が登校しているのといないのでは、クラスの雰囲気が明らかに違う。
彼がクラスのムードメーカであることは、疑い様も無い事実である。
その彼が沈んだ表情のままでは、この修学旅行自体をクラスメート達も楽しむ事は出来ない。
学校行事とはいえ旅行は旅行なのだ、それに此処で楽しんでおかねば、受験が終わるまで楽しんでいる余裕は無くなってしまうだろう。
だが、横島の表情が何時もと代わらないモノに戻った事でその心配はほぼ無くなったといえる。
横島自身の進路やその思いに対する心配は残っているが、GSという業界に明るいとはいえない自分では一般論を語ることしか出来ない、そしておそらく、横島の悩みは一般論では解決できない次元に有る事は、ピートやタイガーの反応で明らかである。
彼は口に出さず独りごちる
――まったく、ありとあらゆる意味で問題児だな本当に……。だが、こう言う奴こそ、担任であった事を誇れる人間に成長するんだろうなぁ――
「コラー! 横島ー! お前は大人しく座っとれー!」
そんな叫びを上げつつも彼は思う、願わくはこの愛すべき悪たれ坊主の行く末が、悲しみと後悔に彩られない事を……。
東寺……正式名称、教王護国寺を参拝し、平安神宮を詣で、二条城を見物し、一行は京都御所へとやってきた。
「ん? どうした、愛子? 顔色が悪いぞ?」
まず、彼女の異変に気が付いたのは横島だった。
言われてみれば、普段の色白では有るが元気に溢れた表情とはちがい、青白い肌の色加減で気だるそうな表情を浮かべている。
「んー、なんかぁ、東寺見学の辺りから、なんかだるくてぇ……」
他の生徒たちが荷物をバスに置いてきている中、本体である机を背負った愛子は、実際に疲れたような表情でそう返事を返す。
「大丈夫ですか? 先生に言って、休憩所で休みましょうか?」
真面目なピートは、先行し邸内案内をするガイドの説明に集中していた為に、気付くのが遅れたが、横島の言葉から妥当だと思われることを即座に口にした。
「とりあえず、私たちが机運ぶから、タイガー君愛子ちゃんおんぶしてあげて」
「そーね、横島にお願いするわけにはいけないもんね」
その会話を聞いて初めて彼女の体調が優れない事に気が付いた班員達が遅ればせながらに、気遣いの声と対応を提案する。
「ワ、ワッシがおんぶすんですかいノー?!」
「ちょっと待て! 何で俺じゃあかんのや!」
「決まってるじゃない! このセクハラ大王!」
「自分の日ごろの行い考えてから、発言しなさいよね!」
「お、おれって……」
そんな、何時もの横島達らしい会話を聞きながらも、自身の体を支えきれないかの様に崩れ落ちる愛子。
「って、ンな馬鹿やってる場合じゃねー! センセー!」
そう横島が叫び、見学の進行を止めた、その時だった、
「ふむ……、どうやら結界に中てられたみたいだのぅ」
そう言いながら現れた、独りの初老の男性が愛子の本体である机に対し、唐突に霊符を飛ばし幾つかの印をきった。
「其、鋭気の念、災い成さざる者に、破魔の威は無用なる物也。霊符の力持て彼の妖に防護の祝を成さん。急々如律令」
強い意志を込めた言霊がその男の口から紡ぎ出されると、途端に愛子の顔色が良くなってゆく。
「うむ、これでもう大丈夫じゃろう。京都への修学旅行ともなれば、まだまだ寺社仏閣を廻るだろうからの、その札を貼っておけば一週間は退魔結界に中てられることも有るまい」
「ちょ、チョイまって下さい! あ、あんたはいったい!?」
おそらく、GSに頼めば数百万(美神価格ならばさらにその10倍)は取られるであろう施術を、あっさりと済ませたその男に横島達は慌てて掛けよった。
「わしか? わしはただの宮内庁職員じゃよ」
「宮内庁職員って、貴方GSじゃないんですか?!」
「何も霊能者が皆、GSとなるわけではなかろう? わしも同じじゃよ、霊能の家に生まれたがGSになる気は無かったそれだけじゃ」
「しっかし、凄いもんですノー。ワッシらが気付かんかった事をあっさり気付いて、あんな簡単に処置してしまうなんて……」
「あの程度のことなぞ、陰陽道を齧っておる者なら、丁稚でも出来るわい。気付かなんだのは、おんしらの霊力が攻性にばかり向いており、洞察の方向に向かって使用されておらなんだからじゃ」
世間話をするかのように、青年達の未熟さを指摘する老人の言葉に、三人は声もなくうつむく。
「若さ故の未熟で、友を失いたくはあるまい? 精進する事じゃ」
そんな言葉を残し、愛子の様子を目端で確認したその老人は、慌てて駆け寄ってきた担任に、一言二言何かを告げると、踵を返し承明門をくぐり、南庭の奥へと姿を消した。
その背を見送る横島の背に、ひらりと一枚の符が張り付き、霧散するかの如くその色を消したことに、気付いたものは誰もいない。
「まったく迂闊でした……、自分が結界に影響を受けないからと言って、愛子さんも同じだとばかり……」
その日の、見学スケジュールを終えた一行はその日の宿『西金館国際ホテル』にチェックインしそれぞれの部屋に荷物を下ろしていた。
そして、部屋に入るなりピートは自責の念からか、自分の未熟を攻める言葉を口にする。
「でも、なんで愛子サンは結界のダメージ受けて、ピートさんは平気なんジャー?」
ピートの言う通り、もしも結界の影響が彼にも出ていれば、即座にそれに対して何か手を打つ算段をしただろう。
しかし、結果は周知の通りである。
ならば、なぜという疑問が出るのも当然だろう。
「おそらく、僕が洗礼を受けた半吸血鬼だからでしょう。魔の属だけでなく、聖の属も持っていますし。それに、結界の力自体もさほど強くなかった所為でしょうね」
ピートの言う通り通常出力の結界であれば、ピートは影響を受け、愛子に至っては弾かれるなどして、立ち入る事すら出来なかっただろう。
実のところ、学校霊の類が生徒たちと良い関係を築き、修学旅行にまでついてくるというのは、珍しいケースでは在るが前例が無いわけではない。
そのため、旅行会社の方でツアールートにある寺社仏閣などに協力を依頼し、時間限定で結界の出力を下げてもらっているのである。
もちろん、それだけでは愛子のように結界の影響でダメージを受ける者も出るだろう。
されど、そういった学校の殆どは、教職員や生徒の中に強い能力を持つ霊能者が居り、フォローをするので今まで問題は起きなかったのだ。
「ところで横島サン、さっきからホテルの見取り図をじっと見て何してるんですかノー?」
「ん? ああ、女湯が覗けそうな場所を調べてんだよ」
大広間で、全生徒が集合しての食事の後、クラス毎に決められた時間を使っての入浴&自由時間。
横島は独り、ホテルの外壁をフリークライミングしていた。
このホテルの大浴場は、最上階である4階に作られており、張り出しテラスの様な露天風呂まで完備した、中々に豪勢なつくりである。
しかも、周囲には同等かそれ以上に高い建物なども存在せず、もし覗きを敢行するとすれば、男湯から仕切りを越え突入するか、または外壁を登るかしか方法は無い。
当初、横島のほかにも、覗きを敢行しようと考えるものは何人かいたのだが、彼らは安易に男湯からの覗きを試み、教師陣にその現場を抑えられてしまったのだ。
それゆえ、覗き常習犯である横島が入浴する折には、体育教師や生活指導教師などが、男湯に詰めると言った警戒態勢が取られてしまい、いかな横島でもその場での覗きは断念したのだ。
何事も無く入浴を終えた横島は、
「ちょっと、夜風に当ってくる」
と、旅館から出ると、注連縄を張った庭石を踏み台に、女湯の真下に当る壁に取り付き、殆ど起伏の無い外壁を命綱も無く登り始めたのである。
既にその高さは8メートルを越え、露天風呂ではしゃぐ女生徒たちの声が、頭上からはっきりと聞こえてくる。
しかもその内容は、
「美紗ってば、胸大きい!」
とか、
「由香ってば、中学校の頃から全然成長してないよねぇ」
など、年頃の少女達の肢体を連想させる物である。
殆ど手掛り足掛りも無い壁面を、じわじわと確実に上がって行くその姿は某アメコミヒーローを思い起こさせるが、その目的が正義の為でないのは、彼の血走った瞳が物語っていた。
そしてとうとう、横島の手が4階の手すりに掛かり、懸垂の要領で目線がギリギリ届く範囲まで体を持ち上げる。
目の前に広がるのは、桃源郷・・・・・・・・・のはずだった。
しかし、横島が見たのは……、彼の乗っていたバス担当のバスガイド(当年63歳 未亡人)だった。
無論、彼女の向こうにはピチピチの女子高生達が居たのだが、目の前アップで見たのがそんな『元ちぴちぴぎゃる(死語)』である。
その瞬間、横島の力が抜けた……。
するりと、手すりから滑り落ちる横島の手。
無論そうなれば、万有引力の法則に従い彼の体は地面へと引き寄せられてゆく。
当然、その真下には、先ほど足場にした庭石があるわけで……。
ズズンと、何か重い物が落ちる音がした。
その音を聞きつけて、不信に思った教師がその場で見つけたのは、血に染まった庭石と、その下に落ちた切れた注連縄の残骸だけだった。
ざわりと、木々がざわめく音が、森に響き渡る。
古い怨念が形をなし、彼は思う。
主と共に、彼の者に破れた過去を。
しかし彼の者は自分が知るよりも、ずっと脆弱な力しか持ち合わせていないように思える。
なぜ? そう考え、彼は一つの結論に達する。
そして、その結論が事実かどうかを検証するために、一つの呪を行使する。
それが、彼の知るあの時との差異を産むとも知らずに……。
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前回の投稿から、時間があいて仕舞った事をまずはお詫びさせていただきます。
次回、まずは最初の役鬼が登場する予定です。おそらく、次回投稿までも、同程度間が開くことになると思いますが、お待ちいただけると幸いです。
では、レス返しさせていただきます。
桜葉様>
横島の気持ちは、高島に多少なりとも引きづられいる物として描写したつもりですが判り辛かったでしょうか? 私の文才の低さが見受けられますね。
あと、前々回のレスについては、不快な気持ちと言うのはいっさいありませんよ。
寧ろ、見解の相違があるのは当然だと思いますし、そういった自分の見解とは違う他者の意見を聞くことは、自分がまた別の創作をする際の力となる物だと私は思います。
個人的にそういった目的のディスカッションは好きですしね。
そんなわけで、気になった点などがあれば、どんどん指摘していただけるようお願いします。
輝剣様>
過分な誉め言葉、有難う御座います。
この話以降、オリジナル設定目白押しとなってしまいますが、ご期待を裏切らないよう、兜の尾を締め直しより一層良作となるよう努力させていただきます。
フクロウ様>
原作でも『ストレンジャー・ザン・パラダイス !!』の話の際には、防具を身につけていた、と言った描写が在った事から、最低限命を落とさせない処置はあるのでは、と思います。
実際に、防具も成しにバイトの人間を現場に連れ出して、命に関わるような事があれば、『未必の故意による殺人』と取られても仕方ないでしょうし(ちゃんと備えがあれば、徐霊中の事故で済むでしょう)、そうなれば、防具代などとは比べ物にならないほどの不利益でしょうから、損得的にも防具くらいは与えると私は思います。
高島との因縁については、桜葉様へのレスと同様の内容となってしまうので割愛させていただきます。
ご期待に添える作品に仕上がっているかは不安では有りますが、今後も読んでいただけるとありがたいと思います。
悟空様>
弾奏→弾倉 のご指摘有難う御座いました。
装備云々に関しては、フクロウ様へのレスと同様の内容となってしまうので割愛させていただきます。
今回はこんなお話になりましたが、ご期待に添えましたでしょうか? 次回よりオリジナル設定目白押しとなってしまいますが、見捨てずお付き合いいただけたら幸いです。
ジェミナス様>
人間同士でも、人種や宗教、利害等やそれ以下の戦うに値しない事柄ですら他人の命を奪うのが普通と言える時代があった事を考えると、異種族との交流など夢のまた夢……と言う気もしますが、異種族との恋愛や友情を扱った物語が古来より多数あり、それらがその時代以降も愛されつづけていることを考えると、その限りでは無い気もします。
『道連れにしちゃってください』と言うのが、横島だけでなくタイガーやピートにもそれらの事を考えさせる事を指しているのであれば、彼らこそ横島以上にそういったことを考えていると私は思います。
実際、彼らは当事者なのですから……。
などと、観念文になってしまいましたが、今回のお話を楽しんでいただければ幸いと思います。
長々と、レスの範囲を越えたとも取れる駄文となってしまいました事お詫びと共に、読んでいただいた事に感謝の念と、次回も読んで戴けます様、お願い申し上げまして、結びとさせていただきます。
度々の修正申し訳有りません、 タイガーの口調系を一部修正させていただきました。