第三幕 夢現 縁忘るる 長き夜
古都に溢るは 荒ぶる怨鬼
『逢魔ヶ時』彼らはその刻限を待って、その荒れ寺へと突入を掛けた。
目標となるモノは、此処を根城としていることは以前から知られており、既に幾人もの武士が討伐に赴き、返り討ちに合っている。
『帝住まう都から五里も離れぬ山中に、帝の威光を恐れぬ鬼がいる』
そんな噂が広まれば、朝廷に不満をもつ豪族共の反乱に入らぬ火が灯るだろう。
ソレを恐れた、朝廷は二十騎余の兵(つわもの)を集め、怨鬼討伐を命じた。
通常であらば、陰陽寮から然るべき実力者が帯同するだろう、しかしそれは成されなかった。
陰陽寮にこれ以上手柄を奪われれば、武家の権威を高める事は出来ない。
そう考えた藤原氏が、八方手を尽くしこの懸案に対する陰陽寮の介入を防いだのだ。
だが、純粋に民を思い帝の安寧を思う者は、双方にも居たわけで、それらの尽力により一人の民間巫覡がその勅令に参ずる事となった。
『高島 忠久』後に京最強の陰陽師となるも歴史の闇に封じられ、現代では語られる事無く忘れ去られた男である。
そして、彼の鬼名は『金色童子』後に『高島役鬼衆』の筆頭として数えられた猛々しき一角の鬼である。
「横島さん! 起きてください!」
草木も眠る丑三つ時、自分達にあてがわれた部屋で眠っていたピートは、殆ど同時に目を覚ましたタイガーと共に、同室でものの見事に熟睡している横島にそう声を掛けた。
直後けたたましく、部屋の扉が叩かれる。
「じょ! 徐霊委員! 大変だ、そ、外に沢山の幽霊が!」
扉の向こうで叫び声を上げたのは、正面の部屋に居たであろうクラスメートだ。
「すぐワッシらが向かうケン、皆は安心して眠ってて良いですケン!」
霊感に従い、起き出し簡易装備を次々に身に付けながらタイガーがそう怒鳴り返す。
「んだぁ? まだ、よなかじゃねぇか……」
そんな中、寝起きの眼をこすりながらも何とか目を覚ました横島は、慌てふためいた様子の周りを他所に、布団を頭まで被りなおし再度寝入ろうとする。
「横島さん! こんな状況で寝なおさないでください!」
GS試験を落ちたタイガーですら、いや霊能力者でないクラスメートですら、この旅館を覆う怪しい霊気に目を覚ましたというのに、横島はソレを感じて居ないかのような素振りである。
「だー! わーったよ! 起きれば良いんだろ! 起きれば!」
半ば逆切れ気味に布団を跳ね飛ばした横島は、ボディスーツのまま寝ていたらしく、枕元に置いてあったベストを身に付けただけで、戦闘準備が整った。
「しゃーねー、んじゃ……いくか!」
「はい! 行きましょう!」
「い、逝くケン!」
自らを奮い立たせる為か、鬨の声をあげ部屋を後にした三人。
普段逃げ腰の彼が、仲間や友を守る為に勇気を振り絞ってる様に周りからは見えただろう。
しかし、冷静な目で見る事ができるものが居れば、気が付いたはずだ。
横島の腰がどうし様も無く引けていた事を。
『見鬼君』もなく『見鬼術』の心得も無い三人ではあったが、あまりに強く渦巻く怨念はそんなものを必要しなかった。
「な、何ですケー?! あの雑霊の量は!」
念の元を辿り三人が見たのは、防風林に立ち並ぶ木々と同じかそれ以上の雑霊、怨霊の群だった。
タイガーは叫んだ、彼の上司であるエミであれば『霊体撃滅破』の一撃で大半を吹き飛ばす事も可能だろう。
しかし、精神感応と霊的格闘のスキルしか持たない彼では、あれほどの量を相手にするのは難しいだろう。、
「マ、マジで俺たちだけで相手にするのか?」
同じく横島は疑問の声を上げる、自らの雇い主で師匠でもある令子ならば、あの程度の霊圧しか持たない雑霊など数十倍居ようとも、持ち前のオーバーキル気味な火力をもって殲滅するだろう。
されど、タイガーと同じく師匠有らざる横島では、雑霊といえども単体相手で苦戦しかねない。それが群となれば結果は火を見るより明らかである。
「それでも……最低でも他のGSが応援に来てくれるまで、僕らが戦わないと皆が危険です」
唯一冷静さを保っている風なピートでは有ったが、クラスメートを護るという使命感が先行し、自分達が護衛して皆を避難させる……などの方策を発想する事が出来ていない。
いわば、三人が三人とも冷静な状態ではないのだ。
それでも、戦うと決めた以上下がることができない、そんな追い詰められたともいえる心理状態で三人は戦場とも言える場所――奇しくも其処は女湯の真下、即ち横島の墜落地点であった――へと向かう三人。
「タイガー、君が前衛を。僕は精霊達の力を束ねて広範囲攻撃をしますから、横島さんは霊符と神通棍でフォローをお願いします!」
道すがら全員の装備を確認していたピートが、それぞれの役割分担を指示する。
それに無言で頷き、タイガーは全身に霊波を纏い半獣の姿へと化身し、横島はベストから抜き出した数枚の符を左手に構え、右手に神通棍をぶら下げた。
そんな三人の霊力を感じたのか、先ほどまで何処を見ているかすら定かでなかった怨霊たちの視線が一斉に彼らを射抜く。
ザワリと、木々の枝葉がこすれる音が妙にけたたましく響き渡った……。
そして唐突に、あまりに唐突に、怨霊たちは津波の如く三人に向かい押し寄せた。
「グォォォォォ! いくですジャー!!!」
先陣を切って飛び込んで行ったのは、猛虎の咆哮を上げ、全身から雄々しい霊気を放ち怨霊の群へと飛び込んでゆくタイガー。
横島は横島で、
(こ……此処で活躍すれば、明日から俺はヒーロー間違いなし!? そーなったら、A組の翠ちゃん(巨乳美人)や、D組の紫ちゃん(ロング黒髪がセクシー)やら、もー選り取りみどりかー!!」
などといつも通り溢れる煩悩を霊力に変え、それを声高に叫びながら呪符を放ち、タイガーの突入をアシストする。
「天地に満ちる数多の精霊よ、迷える魂を導く一条の光となりて、主の御名の元有るべき所へと帰らせ賜え」
二人が先手を取って、雑霊を次々と払うその後方で、ピートは高らかに聖句を唱える、それにあわせ周囲の木々や草、地面からすら湧き出した霊力がその高らかに掲げた右手へと集まってゆく。
『自分の力だけで戦おうとしてはいけない……、自然やその他の大いなる者達の力をかりるんだ』
師匠の言葉が脳裏をよぎり、ソレがますます右手に集う力を制御する意思を強固な物へと変じてゆく。
「タイガー、一旦引け!」
「わかりましたジャー!」
ピートの手に集まった霊力が、制御限界に近いことに気が付いた横島は、叫びながら、二枚、三枚と呪符を放ち、身を引こうとしたタイガーへの追撃を迎撃した。
「我前方にラファエル! 我右手にガブリエル! 我左手にウリエル! 我後方にミカエル! 四囲の天使の力もて霊波の光の中、全ての魔を浄化せよ! アーメン!」
二人の動きを確認し、十分にひきつけてから、聖句を締め膨大な霊力を打ち出すピート。
まるで日の光と見紛うばかりの霊波の光が怨霊達を焼き、強制的に浄化して行く。
「やった……みたいですね」
「結構簡単に終わりましたノー」
「にしても、むちゃくちゃな攻撃やなー」
その光り・・・・・・霊力の強さは師匠である唐巣神父のソレを超えていただろう。それ故に、三人はその時点で蹴りがついたとばかりに気を抜いた……。
即ち油断。
ザシュ! と、肉を引き裂き、血が噴出す音がやけに甲高く響き渡った。
「グハッ!」
「クッ!」
「どわっち!」
確かにピートの放った霊波は大多数の怨霊を俗界から退け神の御許へと送っていた、しかし決して全てを打ち払ったわけではなかったのだ。
そして、気を抜いた隙をついて、数体の怨霊が力を失い消失しようとする雑霊を食い、その力を増大させて三人に襲い掛かったのだ。
体躯の大きさからか、立ち位置がたまたまその怨霊に近かったからか、最大の被害を受けたのはタイガーだった。
腹部に大きな刺傷を受け、大量の血液が溢れ出す。
常人ならばおそらく即死していただろう一撃だが、普段の横島を知るものからすれば、致命傷どころか、たいしたダメージを受けていないように見えて仕舞うのが、物悲しい。
ピートは右上腕に深い裂傷を負い、横島は左わき腹付近を殴打され吹き飛ばされ、血染めの庭石に叩きつけられた。
「あ、あかん……こらヤバイ。ま、マジで死んでしまう」
墜落時と同等かそれ以上の痛みが全身を襲う中、そう呟く横島。
『ならば逃げれば良い……虫けらの如く、仲間や友を見捨て、己のみ生き延びればいい』
そんな、毒ともいえるような誘惑の声が、いやそれは横島自身の心の内から出たものだろうか。
「野郎を見捨てて逃げるだけなら……な。けど、此処で俺たちが逃げちまったら、A組の翠ちゃんも、C組の美紗ちゃんも、D組の紫ちゃんも、E組の由香ちゃんも、皆危ないやんかー!」
すでに周知の事実では有るが、横島の霊力は煩悩――この場合は性的な欲望によって加速、増幅、集束が成されている。
当然、護るべき存在としてあげた少女達は、各クラス人気ナンバー1の美少女達で、脳裏に思い浮かべる姿は、体操着(いまどきブルマー)であったり、スクール水着であったりと、彼の霊力を増大させるには十分な物であった。
『この状況で、まだ霊力を振り絞るか……面白い。だが、先ほどまでの雑霊共と違い、かの怨霊は十分、鬼と呼べるほどに霊力を集めているぞ』
横島の言葉に答える謎の声、ここまでくればもうそれが自身の内なる声ではないことは十分に理解できる。
事実、目の前の怨霊はピートの攻撃で消え去ったモノが残した残留霊気や、消失しないまでも力を失ったモノを取り込み力をつけ、その力をもって無傷で無害な魑魅魍魎までおも喰らい、一体の強力な妖と成りつつあった。
「そ、それでも……男には引いたらあかん時があるんや! 負けられへん時があるんや!」
増大した霊力が精神を後押ししてか、それとも彼自身の資質による物か、横島は全身を襲う苦痛に顔を顰めながらも、血染めの庭石を手掛りに立ち上がり、意思を込めた視線を半ば鬼と化した怨霊へと向ける。
『その目、その意思……、面白い……面白い、気に入ったぞ……』
この出会いは古の縁が繋いだものか、それともただの偶然か、『声』がそういうと横島が手をついていた石が音を立てて二つに割れた。
其処から噴出す白金の光り、ソレは横島の眼前へと集約し、一人の……いや、一鬼の姿へと変じて行く。
光明が治まり其処に現れたのは、赤地に金糸で丸金の刺繍がされた腹掛けで、辛うじて美神と勝るとも劣らぬ豊かな乳房と、陰部の陰りだけを覆った、褐色の肌の野性味溢れる美人。
頭頂部から突き出した一本の角と、手にした巨大な鉞が、彼女が鬼であるということを示していた。
しかし、それらは横島には関係ない。
横島にとって重要なのは、完全に露出した臀部が己の眼前にあるということだ!
「我は頼光四天王が一鬼にして、高島役鬼衆が筆頭! 金色童子『坂田金時』也! 今世の未練絶えぬ、怨霊悪鬼! 我が眼前に立ちし事後悔する間あらば、残念を解いて輪廻の輪へと戻るが良い! 其叶わぬならば、我が霊鉞にて浄化せしめようぞ!」
己の肢体に情欲を溢れさせる横島を背に、高らかに名乗りをあげた其の鬼は、手にした鉞を地に突き刺したまま、獰猛そうなそれでいて美しい笑みを見せた。
唐突に現れた鬼に目を奪われた三人は、その場で起こっていた霊障が如何なる故によるものか、検証を行う余裕が無かった。
術理に詳しい者ならば、それが霊を用いた壷毒の様相を呈していた事に気が付いただろう。
当然、この場に居る三人の上司たちならばソレを看破し、それ相応の対応をしただろう。
しかし、残念ながら此処に居るのは、勝利を確信しただけで確認もせずに戦う意思を放棄し、敵対者に隙を見せるような未熟者である。
当然、そのような呪術が施行されていることなど気付くことも無く、ただ怨霊が起こした特異的な事例に過ぎないと考えていた。
それ故に一つとなった怨霊が、動かぬ彼らに近づく事も無く、徒観察するかの様にある一人にだけを見据えて居た事に誰も気がつかない。
それが、更なる混迷を持って、横島を否応なく古い縁に縛り付ける結果となる事など、今はまだだれも知らぬ事であった……。
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前回の投稿から、さらに時間があいて仕舞った事真に申し訳有りません。
少数とはいえレスをいただき、楽しみにしていただいているということを肝に銘じ、可能な限り早い進行を心がけて生きたいと思います。
さて、最初の役鬼が登場しましたが、区切の都合上活躍自体は次回に譲ることとさせていただきます事ご了承ください。
以下にレス返しさせていただきます。
ト小様>お笑いの部分の弱さ……ご指摘道理かと思うのですが、私の文体で笑いを心がけてしまうと、全体の雰囲気やリズムが壊れる気がして、いまいち大胆に成れない事は自覚しております。一連の作中については、一部キャラクターが原作に沿った行動をするといった程度に止め、過度にギャグに走ることが無い事此処で明言させていただきます。
私の能力不足であることは、隠しようの無い事実では有りますが、能力及ぶ範囲で、良作として楽しんでいただけるよう努力させていただきます。
「出発の瞬間を新幹線外から〜〜〜>については通りすがり様へのレスと同様と成ってしまいますの割愛させていただきます。
通りすがり様>
仰るとおり、「究○超△ ×〜る」の主人公であるアンドロイドの事です。同じサンデーで連載されていたとは言え、連載時期も作者の違うネタでしたので、判らない方のために補足していただいたこと、有難う御座いました。
フクロウ様>
最初の役鬼登場となりましたが、ご期待に添える展開だったでしょうか? 今回は登場しただけで終了となってしまいましたが、次回は彼女の活躍にご期待ください。
光と闇の仮面様>
横島自身が封印を解いたのは、役鬼「坂田金時」の方で、怨念云々では有りませんでした。故に美神からのお仕置きというのは、現状の段階では無い……と思われます。
まぁ、今後の展開如何ではありえるのかもしれませんが……。
ジェミナス様>
今回の話でも、若手GSの未熟さの部分を強調する展開となりました。師匠たちが近くに居ない状況で成長するには挫折が必要と考えての措置です。次回以降、役鬼や主役である横島以外にも、彼らの活躍する場を個別に儲けて行きたいと考えてますので、長い目で楽しんでいただければと思います。
輝剣様>
最初の役鬼登場はどうだったでしょうか? 彼女の能力や性格、背景情報等は追々少しずつ明らかとしていきます。
願わくは役鬼を含むオリキャラたちが皆様に愛されますように。
長々と、レスの範囲を越えたとも取れる駄文となってしまいました事お詫びと共に、読んでいただいた事に感謝の念と、次回も読んで戴けます様、お願い申し上げまして、結びとさせていただきます。
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