<タマモ>
ヨコシマの決意が私の胸に響く。ああ、彼はやはり暖かい。そのまま黙って寝ていれば傷つかずに済むのに、立ち上がってまた傷つこうとする。
彼にとっては自分が傷つくのも当然痛いだろうが、自分の周りの人たちが傷つくのはそれよりももっと痛いのだろう。
心が。
「でも、ヨコシマ……今は逃げなきゃ」
逃げて欲しい。ヨコシマは同年代に子供に比べれば霊能力はかなり高いし、素養がある雪乃丞や産まれたばかりとはいえ妖狐である私も普通の人間よりは戦力になる。
だが、あのくされGS悪霊はさらに強い。何より普通の悪霊よりも霊力の扱い方を心得ている。
「身体が……」
妖怪とはいえ、私は元々打たれ強い方ではない。悪霊の一撃で身体はろくに動かない。前世の記憶さえ戻れば何とかする方法が思い浮かぶかもしれないが、そんな気配はまったくない。
何度も立ち上がるヨコシマに痺れを切らしたのか、悪霊は右手に纏った霊力を最大にまで高めてヨコシマに止めを刺しにきた。あれはサイキック・ソーサーで防御してもそれをものともせずそのままヨコシマを貫くだろう。
逃げて!
声にならない叫び!
なんと無力なことか! 私は刺し貫かれようとするヨコシマをただ見ているしかなかった。
がきっ!
「な、なに!?」
「こ、これは?」
ヨコシマは悪霊の攻撃を、同じように右手に纏った霊力で受け止めていた。
妙神山のただおくん~誰が為に栄光を掴む~
<忠夫>
決して本来なら受け止められないだろう悪霊の攻撃は、僕の予想に反して右手で軽々と防御できた。よく見れば右手には霊力が小手のように変形され、それはどこか悪霊の使う魔装術を連想させる。
「すごい霊波を感じる……これは僕が作ったのか?」
「なんだよそれぇ! なんでてめえみてえなガキがぁ、そんな霊波を出せるんだよぉ!」
悪霊の少し脅えの混じった攻撃。
見える!? 一撃は簡単に右手で防いだ。僕の霊力そのものが増大しているのか!?
「これは、『手』だ」
「『手』だとぉ!?」
ヒーローはみんなを守る。大切な人を守る。僕はそれに憧れていた。いつも助けられてばかりの僕だから。
ヒーローとは、大切な人を守れることのできる人。
それは僕にとっての栄光。
僕はヒーローではない。その栄光を手に入れてない。僕はまだ大切な人をまだ守れていないから。
だから、きっとそれを手に入れる。
「そう、これは俺がヒーローという名の栄光を掴む手! 『栄光の手』だ!」
「ちくしょうぅぅぅぅ!」
これなら戦える!
「おばさんの身体は返してもらうよ! 悪霊!」
<雪乃丞>
押されていた横島が、右手から変な輝きを放つようになると途端に形勢は変わった。逆転というほどではないが、少なくとも五分に戦っている。
だが俺にはこうして転がっている他何もできない。ママのピンチだっていうのに!
「ちくしょう!」
「情けないわねー、そんな子に育てた覚えはないわよ」
いないはずのママの声が聞こえた気がした。そうか、きっとママが心の中で俺を叱咤激励しているんだな。
そうだ、こうして転がっているだけなんて俺らしくもない。なんていったって、俺はあいつのライバルで、そして
「親友だから!」
俺はふらつく脚を手で固定して無理やり立たせた。辛いが、今戦っている横島はそれよりももっと辛いはずだ。なんてことはない。
「そうよ、それでこそ私の自慢の息子よ」
またママの声が聞こえた。そうか、きっとママも悪霊の中で戦っているんだな。
「でもどうしようか、正直今の雪乃丞じゃ横島クンの足手まといにしかならないわよ? 運動神経はいいけど、霊力の開発をしていない今の雪乃丞じゃきついわ」
あれ? なんかさっきからとても近くからママの声が聞こえる。俺は恐る恐るその方を見やる。
「ってママ!?」
ふわふわ浮いたママがいた。
「あら雪乃丞、気が付いてなかったの? まだまだ甘いわね」
「なにがだよ!? っていうかママはあの悪霊に取り付かれていたんじゃなかったの!?」
「うーん、実は取り付かれる時に霊体の一部を切り離して、外に逃がしていたの。今の私はその時の霊体よ。まあ、少し霊力が低すぎたから自我を持つまで少し時間が掛かったけど」
すごくあっさりと言うママ。
「なんでママがそんなことできるの!?」
「母親は子供のためならなんでも出来るのよ! ……ああ、雪乃丞、そんな顔してないで! ママは悲しいわ。冗談よ。……一応ママの家系は小さいけどGSでね。私は将来まで親に決められるのが嫌だったから継がなかったけど、小さい頃は色々修行させられてね。これぐらいなら朝飯前よ」
全然知らなかった……。って今はそんな場合じゃなくて!
「ママ! 横島を助けるにはどうすればいいんだ!? 教えてくれ!」
「うーん、そうねえ……今の私じゃそんなに力はないし、タマモちゃんもノックダウン。雪乃丞は力不足。うーん……そうだ! 雪乃丞は戦う覚悟はある?」
「もちろんだ! ママと親友を助けるためなら怖くなんてない!」
「分かったわ、雪乃丞に覚悟があるなら……あなたに力をあげるわ!」
ママの霊体が広がると、俺の身体に覆い被さった。
<忠夫>
一進一退の攻防を繰り広げていた僕と悪霊の前に、突然赤い影が飛んできた。それがそのまま悪霊に飛び蹴りを食らわすと、悪霊の魔装術の一部が消し飛んだ。
「遅くなったな横島! 俺とママが助けに来たぜ!」
「雪乃丞か!? その姿は?」
驚いた。雪乃丞は全身に魔装術にも似た赤い霊気の鎧を纏っている。さらに驚いたのは、今の雪乃丞が僕と同じくらいの霊圧を放っていることだ。
「ママ! ママの力で俺はこんなに強くなったよ! 見ているかーい!」
「ママ、一体化しているから見えないんだけどね……」
おばさんの声?
「これはママの霊体の一部だ。取り付かれる前に脱出してたらしい」
「それでこれはあいつの使っている魔装術の応用よ。悪霊が魔装術の代わりができるっていうなら、霊体である私にだってできないはずはないわ。魔族だって元々霊体が皮を被っているようなものだし。今の私の霊体に力はあまりないけど、魔装術は使役者と被使役者の間の親和性が高ければ高いほど能力が増すわ。だから私の霊体でもかなりの力が出せるの。本当は魔族を力で従わせるんだけどね」
悪霊の方は私の本体が必死に抵抗しているでしょうし、とも鎧化したおばさんの霊体は付け加えた。
聞きたいことは色々あったが、先にこちらを片付けることにした。
「これで完全に形勢逆転だな、悪霊」
「ママの身体、返してもらうぜ!」
こうなれば当然焦るのは悪霊だ。冷静を気取っていた顔を崩して情けないほど焦った顔をしている。
「なんなんだよお前らぁ!? なんでこんな短時間でこんなに成長しやがるんだよぉ!? ガキのくせに、ちくしょおぅ! ん? …………………へへ、そうだよ。ガキじゃないか」
悪霊は急に魔装術を解いた。観念したか?
「ほらよ。攻撃してみろよ。もっともそう威力で今攻撃すれば、この女の身体は使い物にならなくなるだろうがな。この女ごと僕を殺す気があるなら、やってみろよ」
なっ!?
「お前らはいくら強くてもガキだ。憑いた悪霊を引き離すやり方なんて知らない。例え知っていてもそんなアイテムここにはねえしな。ほらほら、どうした? さっきみたいに攻撃してみろよ?」
そんなことできない。大好きなおばさんを助けるために戦っているのに、おばさんを傷つけるなんてできない。
「卑怯だぞ! ママを返せ!」
「やーなこったぁ! おらおら、この身体を傷つけられたくなかったら、大人しく殺されやがれ!」
<タマモ>
新たな力に覚醒したヨコシマと、おばさんの力を借りた雪乃丞の二人が悪霊を追い詰めたが、悪霊がおばさんを人質にしてきた。いくら強くても小学生の二人に駆け引きはできない。こういった駆け引きは本来私の得意分野だというのに。ヨコシマに何の役にも立てない自分の不甲斐無さに、歯噛みする。
(……タマモちゃん? 聞こえる?)
おばさん?
(今タマモちゃんに念話してるんだけど、聞こえる?)
(聞こえるよ)
私をいたわってくれる、優しい声。
(その状態でも幻術は使える?)
少し驚いた。私が幻術を使える、つまり妖怪だと気付いていたのか。だが霊能の知識のあるというおばさんなら納得もできる。
(体力が少し戻ったから、ちょっとだけ。でもあいつの精神に深く干渉することはできないわ)
(大丈夫、今から私があいつに精神的ショックを与えるから、その隙に私が今から言う幻術をあいつに見せてやって)
そんなことができるのだろうか? そんなことを考える私を置いて、おばさんは私に作戦を話し始めた。
<忠夫>
「へへっ、まずはてめえらを皆殺しにして、それから街に出てこんな風に多くの女に取り付いて、絶望を味合わせてやる。くっくっく、はーはっはっはっはっはっはぁ!」
どうすることもできないのか? にじり寄ってくる悪霊に僕は睨むしかできない。
「ねえ、あなた。一つ聞きたかったんだけど」
おばさんが突然口を開いた。一体何をする気だろう?
「なんだぁ? いいぜ、冥土の土産になんでも教えてやるよ」
悪霊は余裕たっぷりという表情だ。おばさんの顔でそんな顔をするんじゃない。今すぐ悪霊を殴りつけたい衝動をなんとか抑える。
「さっきからの言動で気付いたんだけど、あなた生前、
死ぬまでド○テイだったでしょ?」
「グヴォア!」
悪霊は何かとんでもないトラウマを掘り起こされたような顔を浮かべて苦悶している。
……ドーテ○ってなに?
「今よ、タマモちゃん!」
おばさんの声と共に、タマモがなにやら霊波を放つ。これは幻術?
「ああ、そうだよぉ! 僕はどうせドー○イだよぉ! 悪いかよ! 三十代でもキスどころか女の子の手を握ったこともないし、付き合ったことすらないさ! なんだよ! そんな蔑むような顔をするな! ああ、止めろぉ! そこの女子高生、すれ違いざまににキモッとか言うな! レジのお姉さん、つり銭もらう時に手を触れたくないからって上から落とさないでくれ! 違う、違うんだ! ミキちゃんの縦笛を盗んだのは僕じゃない! そんな軽蔑した顔しないでくれぇ!」
なにやら悪霊はとっても苦しみながらわめき始めた。あまりの錯乱っぷりに、僕も雪乃丞もちょっと引いている。
「なんでだよぉ!? なんで目線を合わせるとすぐ逸らすんだ!? ちくしょう!」
僕はゆっくりと歩み寄ると、悪霊の肩を叩いた。
「止めろぉ! 女の子の罰ゲームに僕を使うなぁ! ……ん?」
「あのー、あんた身体から出ちゃってるよ?」
「あっ」
僕は間抜けな顔をした悪霊を最大霊力を込めた栄光の手で貫いた。
消え行く悪霊が、なにやら呟いている。
「……ああ、僕は、僕はただ……女の子と話がしたかっただけなのに……」
悪霊は懺悔するように、瘴気を放ちながら霧散した。
……なんというか、微妙に可哀想な気がしてきた。違う意味で。
「そうね、思えば可哀想な奴だったわ。……死ぬまで○ーテイだったなんて」
おばさんが悲しげに言った。何かが違うと思った。
<小竜姫>
やっとこさ決着が着きました。忠夫くんも雪乃丞くんもそのお母さんもタマモちゃんも、みんな無事でした。一応めでたしめでたしというところでしょうか。
「だから老師、そろそろこの対魔王用の呪縛ロープを解いてくれませんか?」
「そんなこめかみに十字を作っている間は駄目じゃ。大体お前は忠夫のピンチに暴走しずぎじゃ! それになんじゃ、お前が忠夫を助けに行こうとしてわしが止めた時放った一撃は! 金剛石と同程度の硬さを誇るわしの如意棒にひびをいれた奴なぞ牛魔王以来じゃぞ!」
「ですが老師!」
「お前は忠夫を甘やかしすぎじゃ。男は偶には叩かれなければいかん。それには今回はいい機会じゃったんじゃ。それに忠夫の潜在能力ならあの程度の奴に負けはしないと思っとったからの」
そう言いながらも老師が如意棒を握っている場所には私が付けたものとは別のひびが入ってました。なんだかんだ言いながら結局は爺馬鹿なんですから。
「さて、忠夫が新たな力に目覚めた『栄光の手』とやらの訓練プログラムでも作るか」
「老師、それは私の役目です!」
忠夫くんとの修行は最近めっきり少なくなってしまった二人きりになれる時間です。いくら老師でもそれだけは譲れません!
「プログラムを作るだけじゃよ。お前は豪華な料理でも作っとれ。……忠夫もタマモも腹を空かして帰ってくるじゃろうからの」
……まったく、結局老師は親馬鹿でもあるですね。
続く
あとがき
二日ぶりですが、妙神山のただおくんをお届けしました。今回は忠夫と雪乃丞の二人に新たな力が覚醒します。雪乃丞の魔装術は原作とは違いますし能力も低いですが、まだまだ成長すると思います。ちなみに忠夫は基本的に一人称はいまだ「僕」です。意識的に言わないと「俺」とはまだ言えないんです。口調が急に変わるのは少し変だと思ったので。
ただ今回雪乃丞ママがちょっとはっちゃけました。半オリジナルキャラですが、元々オリキャラはあまり好きではないですのでこれ以上オリキャラはでないでしょう。オリキャラが嫌いな人はご安心ください。
さて、前回よごれ舌様に厳しいご意見を頂きました。初めての明確なご批判で少々テンパッて削除するなどと言ってしまいましたが、よく考えればそれも応援してくださる読者の方々を無視していることでもありますし、止めました。よごれ舌様のように思われる方には非常に心苦しいですが、ファンの方のためにも私は今のスタンスを大きく変える気はありません。どうかそこのところをご了解いただきたいと思います。
前回と今回はちょっとした実験作でしたが、どうでしたでしょうか? 半オリキャラがでしゃばりすぎとか、小竜姫様の出番が少ないとか、バトルの描写がしょぼいとか色々あるでしょうが、ぜひ遠慮なくおっしゃってくれると嬉しいです。
ではこの辺で。
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