「………………」
ステータス異常「重圧」に陥ったヨコシマがやたら居心地悪そうに肩をすくめている。何も悪いことはしてないし、それどころか今日のヨコシマは大手柄だったんだから胸を張ってもいいと思うんだけど、周囲の視線が醸し出す圧力には抗えないみたいだった。やっぱり私のせいかしらね。
あの騒ぎの後、幸いというかあの試合が決勝戦つまり最後の試合だったので試験はそれでお開きになったけど、私とヨコシマと美神さん達は事件の関係者ということで本部の会議が済むまで会場の空き部屋に待機中なのだ。唐巣さんが代表でそちらに詰めている。
とりあえずめいめい席についた後、美神さんが開口一番、
「それで横島クン、あの娘はどこの誰なのよ?」
やっぱり不機嫌そうだわ。転ばせた事じゃなくて私が彼女よりヨコシマを尊重してるのが気に入らないみたいね。
「そっ、そうです。あなたは一体何をしたのですか!? いくら何でもあれは不可解すぎます!」
と小竜姫さんも食いついてくる。六道さんとタイガーさんも同意見の様子だ。メドーサのことはもういいのかしら?
で、硬直中のヨコシマがやっとのことで口を開いて、
「い、いや、だから俺雪之丞の頭掴んだとき霊波砲くらって気絶しちゃいましたんで……バンダナが何かやったって言ってました」
と私に話を振ってきた。
「やっぱりそうでしたか。何をしたのですか心眼!?」
小竜姫さんが身を乗り出してまくしたてる。縁の深い女性だけど、実は彼女と話すのはこれが初めてだ。
体裁上は私の創造主ということになるのよね。
『ヨコシマの無意識下の霊能力を借りて私の姿を実体化したんです。あの盾もそうですがヨコシマの才能は霊力の集束・具現化に特化してるようですから』
私の実体化はもちろん、文珠も霊波刀もその部類に入る。これ程の才能は稀少どころじゃないからこんな所だと思う。
「……そうですか」
数拍の沈黙の後、そういうこともあるのだろうと納得したみたいだ。いくら突拍子もなくても事実は事実だものね。
ヨコシマの素質を最初に見出したのは彼女という話だ。神器まで授けたのだからかなり期待があったのだろう、それが想像以上に応えられた事に少し顔をほころばせたけど、
「それは分かりました。でもなぜ貴女はあんな姿だったんですか? 私の竜気で生まれたにしては竜神族の面影がまるでありませんでしたが」
さすが修行場の管理人をしてるだけあって追及も厳しい、何かを疑ってる眼差しだわ。でも答えは用意してある。
『ヨコシマの霊能によるものですから。彼の理想像が反映されたんだと思います』
これは嘘、というより私の願望なんだけどね。
「ふぅん…………」
「そうなんですか横島さん?」
冷たい視線と恨めしげな視線が一対ずつヨコシマに突き刺さる。「お、俺は知らん、無実やー!」とヨコシマが錯乱し始めたけどまあ放っておいて、
『そういうわけで、これからもヨコシマと一緒にいたいんですけど』
「……そうですか。ええ、それは構いませんよ。また私を驚かせるような成長を待っています」
『はい』
どうやら納得してもらえたみたいね。
「それはともかく、みなさんのおかげでメドーサの計画を阻止できました。特に横島さん、心眼の助けがあったとはいえ立派でした。これからもがんばって下さいね」
「小竜姫さま……こ、これは俺への愛の告白!?」
いきなり飛び掛ろうとするヨコシマだけど、隣の美神さんにまたどつかれて墜落する。まあこれは妥当な罰ね。
その後戻って来た唐巣さんの話によると、今日の試合は無効にはならないそうで、
「つまり横島クンとピートは合格だよ。おめでとう! 大変なのはこれからだけど頑張るんだよ」
と微笑んで祝ってくれた。
………………
…………
……
その翌々日。美神さんの事務所で、
「何でなんスか何でなんスか(以下リフレイン)」
ヨコシマは駄々っ子のように床を転がり回っていた。
美神さんによるとGS資格を取ってもすぐプロのGSになれるわけではなく、それには師匠である美神さんの許可がいるらしい。で、弟子が失敗した場合師匠も責任を負うそうだ。
「その許可今下さい」
「できるわけないでしょっ!」
美神さんはちっちっと指を振って、
「あんたが一人前になったと私が思うまでは当分見習いGSよ。今後は雇い主としてだけじゃなく師匠としても私をあがめることね!」
「なんかそれって……今までより立場低い……!?」
ヨコシマの顔に縦線効果が入ったけど、
「何言ってんの。あんたがいつまでも見習いのままじゃ私の沽券にかかわるし、第一あんたにはそのバンダナがついてるでしょ。せいぜい頑張って私に認めさせることね」
それは励ましと期待の言葉だけど、相変わらず素直じゃなかった。
「うーん、それって試験より難しいんじゃ……」
小声で泣きが入るヨコシマ。でもこれはいい機会ね。私も、
『ヨコシマ、美神さんの言うことは間違ってないわよ。今のおまえはまだプロのGSとは言えないわ』
「えっ、お前までそんなこと言うのか。素質あるって言ったやないかー!!」
2人がかりでダメ出しされたヨコシマがまたわめき出すけど、
『素質はね。攻撃力も十分あるわ。おまえに足りないのはむしろ知識とか判断力よ。仮におまえが1人で悪霊や魔物に立ち向かうとして、正体や弱点を見抜いて的確に対応できる自信ある?』
美神さんがうんうんと頷いている。ヨコシマも否定は出来ず、
「う……そう言われればそうだが」
『まあすぐ身につく事じゃないからおいおい勉強していけばいいわよ。霊能は私が教えるから、知識は美神さんに習って』
「……」
ヨコシマが沈黙する。その表情はGS試験のとき美神さんに「正直見直した」と言われたときのそれに似ていた。
『でも美神さん』
「何?」
『ヨコシマが成長したのは事実よ。もうただの荷物持ちじゃないんだから、給料あげてやってくれないかしら。こんな危険なことしてて時給255円は可哀想だわ』
危険ではあってもアシュ様のことが片付くまではヨコシマはここにいるべきだし、修行もしてもらわないといけない。でもこれは私のエゴが半分入ってるから、せめて貧乏しない位の給料は貰えるようにしてあげたいのだ。
――単にちょっと赤貧ぶりが目に余ったということもあるけど。
「…………」
美神さんは黙っている。私の気持ちが少しは届いたのか怒っている様子はなく、何か真剣に考えているみたいだ。
そこにおキヌちゃんが、
「ところで美神さん、そろそろお仕事の時間ですけど」
それを聞いて美神さんはぴーんと閃いた顔で、
「じゃあこうしましょう」
「『え?』」
「横島クン、おキヌちゃんと行ってきて」
「へ? どこにっスか?」
「GS見習い横島忠夫の初仕事よ!」
というわけで、私達とおキヌちゃんはとあるビルの前にいた。
ギャラ20万円の悪霊退治。普段の彼女なら断る小さな仕事だけど、ヨコシマの修行のために受けてくれたそうだ。しかもギャラは全部くれるらしい。道具を使ったらその分さっぴくというけど、半分使っても10万円残る。月に2、3件やれば十分人並みの暮らしができるわ。
でも美神さんもよく考えてるわね。修行なのに道具代をさっぴくと言うのは単なるケチみたいにも聞こえるけど、これならヨコシマも無駄遣いはしないでしょうし、緊張感もわくから成長もするはず。
「お、俺達だけで悪霊退治……?」
震え上がっているヨコシマ。やっぱりプロには遠いわね。おキヌちゃんは緊張感のかけらもなく、
「良かったですねえ横島さん」
ほえほえと浮かんでいる。私が会ったときはすでに生き返ってたけど、もう少ししっかりしてたんじゃないかしら。
対象は自殺者の怨霊で霊力レベルはC、意識はあるが凶暴で説得は不可能、特殊な点はなく通常の処置で除霊可能……らしい。これがどの程度の相手なのかは見てみないと分からないけど、
『大丈夫よ、おまえはあの伊達さんと引き分けたんだから。怨霊の1体くらい問題じゃないわ』
「誉めてくれるのはうれしいけどよ、あれはお前がやったんだろ? っていうかさっきと言うこと違うじゃん」
『そうね、でもあの連続霊波砲を凌いで腰に盾をぶつけた所までは全部おまえの実力なのよ』
「じゃあやっぱり横島さんってすごいんですか?」
おキヌちゃんが何故かうれしそうに訊ねてくる。私も会心の笑みを浮かべて(体ないけど)、
『ええ、誰にも予想できないくらいにね』
「じゃ、後はよろしくお願いします」
そう言ってそそくさと出て行った担当者に案内されたフロアは破壊の限りを尽くされた後だった。邪気がもうもうと漂っていて、普通の人間が近寄ろうと思える場所ではなくなっている。奥の方には、今回の対象らしきサラリーマン風の怨霊がふらふらと彷徨っていた。
『で、どんな作戦でいくのヨコシマ?』
入り口にこっそり陣取って美神さんから借りて来た道具を物色しているヨコシマに声をかける。
「そーだな、やっぱサイキックソーサーでぶっ飛ばすのが1番手っ取り早いだろ? 道具もいらないし」
ソーサー? ああ、あの盾のことね。
『そうね、頭か胸辺りに当てれば終わると思うわ。でも外れる可能性もあるわよ』
鎌田さんとの戦いで私がしたようにソーサーを操れるならともかく、今のヨコシマが一撃必殺を期するならかなり近づかないといけない。しかし近づけばその分だけ、倒せなかった時の危険性は増すのだ。
そこまでは言わずにいると、
「そ、そーだな。それじゃ何か道具も持っておこうか……」
おキヌちゃんと一緒になって道具をあさり出す。
「お札は1万円、5万円、10万円……いつもは使わない安いのばかりですねー」
「でも使うと取り分が減るからなー……」
貧乏がしみついている様子のヨコシマ。それならHな本とか買わなきゃいいと思うけど、ヨコシマじゃ無理ね。まあ私の身体ができたら要らな……コホン。仕事中は禁止だったわね。
「あ、神通棍もありましたよ」
「おお! それなら使い減りしねーからギャラ丸儲けだな!!」
『ちょ、ちょっと待ってヨコシマ。おまえそれちゃんと使えるの?』
さっそくそれを持って出撃しようとするヨコシマをあわてて止める。
「え? あ、そっか。じゃあ試してみるか」
ヨコシマが神通棍を構えて精神を集中するが、特に霊力が通じた様子はない。
「……」
「うーん、ぜんぜん霊気を感じませんよ?」
才能が特化し過ぎてる分こういう事は苦手なのかしら。いずれ霊波刀をマスターする筈だから神通棍の練習は要らないと思うけど。
「やっぱりお札の方がいいんじゃないですか?」
おキヌちゃんの言葉にがっくりしつつ神通棍をカバンに戻し、お札を何枚か手に取る。
「問題はいくらのお札を使うかだが……」
かなり真剣に悩んだ様子で、それでも選んだのは50円の札。50円って……子どものおもちゃじゃないんだから。
『ヨコシマ……そんなのが通じると思ってる?』
「わ、分かってるよ」
さすがに自覚もあったのか、私の冷たい声でヨコシマは50円札を置いてあらためて選び始めた。
「やっぱり1番高くて強力なのを……」
おキヌちゃんが両手を組んで懇願するように言う。
それは20万円のやつだけど、それじゃギャラがゼロになるわね。結局ヨコシマが選んだのは3万円と5万円の札だった。3万円のを左手に持ち5万円のはポケットに入れて怨霊の前に進み出る――もとい。横合いに回り込んでいきなりソーサーを投げつけた。不意打ちだわ。
ずがぁっ!
距離が少し遠かったのか、頭を狙ったのが肩の辺りに命中する。かなりの痛手だと思うけど決定打にはならなかった。当然怒った怨霊は、
「オンドリャーーッ!!」
「うわーーーっ!」
怒声をあげながら突進してくる。その形相にヨコシマは悲鳴をあげて逃げ出そうとしたけど、
『ヨコシマ落ち着いて! お札よ!!』
「おっ、おう!」
私の声で踏みとどまり、お札を右手に持ち直して投げつける。顔に当たってまた相当のダメージを与えたようだけど、それでも倒しきれず目の前まで近づいてきた。
『……っ、ヨコシマ!!』
私はとっさに怪光線の準備をする。ヨコシマは逃げ出すと思ったけど、意外にも彼は左手を怨霊の顔面に伸ばしていた。
『え?』
バシンッ!
張り手を受けたような形で怨霊が後ろに倒れる。素手では通じないはずなのに何故? と良く見るとその掌の先にはソーサーが浮かんでいた。それでカウンターを入れたのだ。
『チャンスよヨコシマ!』
「おうっ!」
ヨコシマがソーサーを右手に移して投げつける。再び顔面に命中して爆発し、今度は耐え切れず頭部が吹き飛んだ。霊的中心を失った全身がちりぢりに消えていく。
「やった!」
『やったわヨコシマ!』
「やりましたね横島さん!」
3人が声をひとつにして喜びを表現する。初めから予想してたのかとっさの反応なのかは分からないけど、やっぱりヨコシマはすごいわ!
こうしてGS見習い横島忠夫の初仕事は無事成功したのだった。
フロアに残ってる邪気は放っておいてもいずれ消えるんだけど、このままじゃやり残したように思われるかも知れないから浄化用のお札を使って早く消えるようにしておいた。
差し引き手取り額は13万円。今夜はご馳走ね、ヨコシマ。
――つづく。
あとがき
初仕事には美神もこっそり来てるんですがルシオラ1人称形式だと文中には出てこれません。うーん。
ではレス返しを。
○フォ〜さん
>乳の大きさは正反対
ああっ、言ってはならんことをw
○貝柱さん
>小竜姫さまの出番
メドーサの牽制はしてたんですがルシオラ視点だと接触がないですからねぇ……。好きなキャラなのでいずれ活躍させる気はあるんですが。
>ルシオラのこと小竜姫さまにばれないかな?
会話以前に実体化見られてますから(^^;
と言ってもこの時点ではこの世界のルシオラは存在しないので「正体」は分かりませんけど。
○遊鬼さん
>美神さんがちょっと嫌なヒトに感じてしまいました
まあ美神ですし(ぉ
でも「横島クンよりはまし」という台詞は「横島が下手に勘九郎を攻撃したら殺されかねないからそれよりはまし」という解釈もできますし、非道ばかりじゃないですよ、多分。
○ジェミナスさん
ルシオラの物語である以上その通りではありますが、美神もここの横島はある程度認めざるを得ないのでそう簡単ではないですw ルシオラの手柄は持ち主(?)である横島のものですから。
小鳩は……今回で貧乏脱出したからフラグが消えるかも(汗)。
○斜陽さん
いえ、今までと現状が悲恋というだけで、むしろ幸せ度は上がっていく予定ですのでご安心を。
○ももさん
>考えてみれば、ぴったしな剣ですね
当人がわざわざ強調してるくらいですからw
>えー黒くなっちゃうんですかぁ?
セイバールートですから大丈夫です(ぉ
いやルシオラ消えませんけど(汗)。
○ゆんさん
>ルシオラを二人にして両手に花か!?
うーん、この辺どうなるのか作者にもまだ分かりません(^^;
○皇 翠輝さん
今回は残念ながら(?)ネタも実体化もないですが一応状況説明として必要なお話でした。
ではまた。