「横島さーーん!」
その声が聞こえた方にヨコシマが顔を向けると、感動のあまり涙を流したおキヌちゃんが観客席から飛んで来るのが私にも見えた。
「すごいじゃないですかっ! 資格取った上に勝ち進むなんて!」
おキヌちゃんが両手を広げ、ヨコシマに抱きつこうと近づいてくる。
そうそう、確かここでタイガーさんが乱入してくるんだったわね。それじゃちょっと2人が可哀想だから足止めしてあげようかしら。
横から迫ってくる分かりやすい気配の足を目掛けて怪光線を発射する。
ばしん!
「んぎゃっ!?」
やけに大きな悲鳴を上げてタイガーさんがうずくまった。え?そんな強く撃ったつもりはないんだけど。
――どうやら足の小指に当たったらしい。影が薄いって聞いてはいたけど、運も悪い人だったのね。
ごめんなさい、何かあったときに埋め合わせはする……と思うから。多分。
一方ヨコシマとおキヌちゃんはその惨劇にはもちろん気づかず、
「横島さん……」
「おキヌちゃん……」
と、しっかり2人の世界をつくって抱き合っている。
自分が助けたことながらちょっと妬けるけど、今の私はバンダナだし、仕方ないわね。
そこへミカ・レイさんが近づいてきた。
「『2人とも』よくやったわ。一瞬で終わっちゃったけど、賢いやり方ではあるわね。これでベスト16入りよ」
――賢いやり方、か。そうね、持久戦は不利だったからそうしたんだけど、『力を出させない。こちらのペースに巻き込む』のが戦いの基本だから。さすが超一流だけあって実戦が分かってるわ。
「やっぱり師匠の実力は弟子にも反映するわねっ! エミんとこのタイガーなんか合格もできなかったものねっ! もー立派!」
そう言ってヨコシマの両手をぐっと握る。私の知る限り、美神さんがヨコシマに霊能の指導をした事実はないし(実戦教育なら多々あったけど)、今は本気で誉めてるようには聞こえないんだけど……どうやら近づいてきた小笠原さんへのあてつけみたいね。
でもヨコシマにそんな観察力があるわけないから、
「美神さん――んじゃーご褒美にキスでも……ぶっ!」
と性懲りも無く飛び掛ってあっさりよけられ、しかもミカ・レイさんの後頭部めがけて飛んで来ていた小笠原さんのブーメランが顔面に直撃した。
「勝っても負けても流血する……」
痛みのあまりうずくまるヨコシマをおキヌちゃんが心配している横で、ミカ・レイさんと小笠原さんが舌戦を始める。
「あーらエミ、聞こえちゃった? ほほほほほほほ」
「ぐっ……。令子、ちょっと来て!」
と悔しそうな小笠原さんが指差した先では唐巣神父が片手を上げて手招きしていた。観客席の1番後ろには小竜姫さんとメドーサもいる。
ミカ・レイさんと小笠原さんが近寄っていって、何やら内緒話を始めた。
私もヨコシマに耳打ちしてそっと近づいてもらうと、
「…………連中に自分の口からメドーサの手下だと白状させるしかないわね」
ああ、そういえばそんな事をしていたわね。陰念さんは傷も深くはないし魔装術も使わせてないから白状させるのは無理かも知れないけど、元々その役は伊達さんだったから問題ないわ。やっぱり次が本命ね。
というわけで、これも戦いの基本『敵を知る』ために、ピートさんと伊達さんの試合を見学することにした。私は話を聞いただけで、実際に見たわけじゃないものね。
試合開始の合図と同時に、何だか殺気立った様子のピートさんがいきなり渾身の霊波砲を放つ。温和な人だと思ってたけど何かあったのかしら?
が、伊達さんはそれを軽くさばくと、お返しとばかりに掌の一撃でピートさんを叩き伏せた!
「ピ、ピートぉ!?」
彼が負けたら次は伊達さんと対戦することになるヨコシマが青ざめる。確かに強いわ、魔装術なしでこれだけやるなんて……。
ピートさんが立ち上がり、今度は拳に霊気を集めて殴りかかるが、
「そんな攻撃が俺に通用するかっ!」
ガシィッ!
再び迎撃されてよろめく。伊達さんはその隙を逃さず追撃し、霊波砲を連射してピートさんを滅多打ちにした。『前』も負けてたし、これはもう勝ちはないかしら?
なす術もなく倒れそうになるピートさんだったが、そのとき隣のミカ・レイさんが声をかける。
「あきらめるのは早いでしょ、ピート! あんたは最も古く強力な吸血鬼の一族なのよ。それを自分で引き出してみなさい!!」
「吸血鬼……引き出す……? そうか!」
呟いたピートさんの表情が変わる。口元に牙が見えたような気がした。
いきなりピートさんの姿が煙りだし、霧となって消える。
――あれは吸血鬼の能力!
そして伊達さんの背後の空中で実体化し、今度は電光のように輝く聖属性のエネルギーを放射した!
バチバチバチッ!
「くっ、バカな。吸血鬼の能力と神聖なエネルギーを同時に使えるのか……!?」
確かに器用ね。ヨコシマのすごさにはかなわないけど。
で、伊達さんがダメージをこらえている今が追撃のチャンスなのにピートさんは何故かその場にとどまって喜びにひたっていた。
「正義の心があれば邪悪な力もまた光となるんだ……吸血鬼でもよかったんだ!!」
何か変なコンプレックスでもあったのかしらね。
そして攻撃を耐えきった伊達さんが霊波砲で反撃したけど、ピートさんは再び身体を霧にしてかわし、別の場所に現れて同じく霊波砲で反撃する。
ピートさんが有利になったわね。でもまだだわ。
そう――――
彼の実力にようやく本気になった伊達さんが魔装術を使ったのだ。上半身には魔物の体のような鎧をまとい、下半身と肘から先は真っ黒い何かで覆われている。
「な、何……!」
「これは魔装術って言ってな、霊力を物質化して身体を覆い鎧に変える俺の奥の手! ここからが本当の勝負だぜ!!」
「魔装術……悪魔と契約した者だけが使えるって聞くわ。間違いなくメドーサの手下ね……!」
ミカ・レイさんが驚きの声を上げた。
「凄まじい精神エネルギーだわ。できれば戦いたくない相手ね」
「そうっスね。頼むぞピート〜〜」
ヨコシマが誰かに祈ってるみたい。たぶんその願いは叶わないと思うけど……。
「ふふふ……美しい……! 何て美しいんだ俺は! ママー!!」
どこか遠くへイッちゃったような表情で伊達さんが叫ぶ。えっと、彼ってこういう人だったかしら?
「ほんとに戦いたくない相手ね……」
「全くっスね……」
私もそう思うわ、ヨコシマ。
「とゆーわけで行くぜ、バンパイアハーフ!」
「望むところだ!」
激しい戦いが再開される。今度はピートさんは体を霧にする余裕はないようだけどスピードもパワーも互角のぶつかり合いだわ。
しばらく応酬が続いていたが、ヨコシマがふと呟いた。
「あれ? 今結界に小さな穴ができませんでしたか?」
「え?」
そのときピートさんの動きが一瞬止まる。彼の足元で何かがはじけて傷をつけたようね。
傷自体は深くなさそうだけど、この隙は致命的よ。
案の定伊達さんの拳がまともに頬に入り、続く霊波砲の連打でついにピートさんは倒れた。
やっぱり私達が戦うことになるのね。
その後ピートさんと伊達さんが何か言い合ってたけど、それはよく聞こえなかった。というかヨコシマがいつの間にかピートさんのそばに駆け寄っていて、
「てめーバカヤロー! 俺に……俺にあんなのと試合させる気かー!?」
もう気絶しているピートさんの頭をがくがくと揺さぶっている。
えっと、少しは私のことを信じてくれると嬉しいんだけど。
ピートさんが担ぎ込まれた医務室に、私達と美神さん、おキヌちゃん、唐巣神父、六道さん、小笠原さん、タイガーさんが集まっていた。
「先生……横島さん……すみません……」
苦しげなピートさんから、うわ言のような声が漏れる。それを聞いたヨコシマが一瞬表情をあらためたけど、
「次の雪之丞の相手、あんただったわね?」
という美神さんの台詞でまたギャグ調に崩れた。ちょっと悲しいわね。
「ちょ、ちょっと待って、あんな化け物……!!」
「バカね、いくら心眼がついてるからってあいつを倒せなんてムチャ言わないわよ。横島クンは棄権しなさい」
「そうだね、その方がいい。いくら何でも危険すぎる」
「え?」
美神さんの意外な言葉に固まるヨコシマ。
「GS資格は失っちゃうけどここまでよくやったわ。やっぱり男の子なんだなって、正直見直した。――もう十分よ」
「…………そ、そーッすか? そーッすよね!」
ヨコシマはそう言って照れ笑いを浮かべたけれど、彼が何を考えてるのか――私は知っていた。そう、だから私は何も言わなかったのだ。
医務室から出て、会場の入り口辺りで。ひとり階段に腰掛けたヨコシマがぶつぶつと独り言を呟いている。
「確かにここまでマグレでよくやったよな……。資格が取れなくなるのは勿体ねーけど命あってのモノダネやし」
『…………。何か気にかかることがあるなら相談に乗るわよ。小竜姫様はそのために私をつくったんだから』
ヨコシマは数秒躊躇した後、ややためらいがちに、
「ちょ……ちょっと無茶な相談でもか?」
『無茶な相談? それは例えば……伊達さんをやっつける、とかかしら?』
「わははは、そいつはちょっとどころか特大の無茶って感じだよな!」
そのときヨコシマは顔じゅうに脂汗を流していたけど、確かに戦う決意を固めていた。
………………
…………
……
「えー、やむを得ません。横島選手は試合放棄とみなし、この試合――」
「遅れてすいまへーん!」
ヨコシマが試合場に戻ったのは、まさに審判が彼の失格を宣告する直前だった。
「あ、あのバカ……」
「横島さん……!?」
「カッコよすぎる……変なものでも食べたのでは?」
せっかくヨコシマが勇気を出したのにひどい反応ね。でも美神さんが額に井桁マークを張り付かせながらも止めようとしないのはさっき私とやり合ったからかしら。
まともに評価してくれたのは敵である伊達さんだけだった。ニヤリ笑って、
「フ……秘密の特訓でもしてきたか?」
「ま、そんなとこだ!」
ヨコシマも笑みを浮かべて答える。伝わって来た内心は(何でいきなりバレてんだよ、大丈夫なんだろうなバンダナ!?)な感じだったけど。私も正直驚いたわね。でも大丈夫、私達の秘策まで分かる筈ないわ!
そう、姿を消していた間に2人で相談して立てた作戦。
もちろん覗きで煩悩エネルギーを溜める事じゃないわ。
まずヨコシマは戦いの幅を広げるため、両手に盾を出す練習をしてもらった。かなりきついみたいだけど1つじゃ多分追いつかないから。今までの試合で盾を投げるのも私の怪光線も見られてるし、伊達さんはヨコシマのこと甘く見てないもの。
でもこの盾2つは防御専用。1つを投げても無防備にはならないけど、私も彼は甘く見ていないのだ。何しろ『前』に心眼がやられた相手だから。
でも身を守ってるだけじゃ勝てない。
そう、攻撃担当は私なのだ。
それも怪光線じゃない、これじゃ威力が低すぎる。
私が使うのはかっての私自身の力。
さっきのピートさんの試合――――
彼が生まれつきの吸血鬼の力と修行して得た聖なるエネルギーを同時に使っていたのを見て、私もある意味同じような存在だと気づいたのだ。
今の私は心眼になってるけど、蛍魔ルシオラであることに変わりは無い。蛍魔としての能力、光幻影と麻酔――私自身は霊力を持ってないけど、怪光線を撃ってたエネルギーがあればできる……『自分』を見出した今の私にはそれが可能であることが分かる。
使うのは麻酔。頭部を掴みさえすれば決められる。1発で終わるから消耗も少ないし、何をやったのかも分かりにくい。今の段階で特殊な能力を大勢の前で見せつけるのは賢明じゃなさそうだから。その点幻影は目立つし消耗も大きいから今回は不採用ね。ヨコシマにはとにかく隙を突いて伊達さんの頭を掴んでくれたら私がけりをつけるとだけ伝えてある。
「試合開始!!」
合図を聞いて身構えるヨコシマに、私も発破をかけた。
『さあ、いくわよヨコシマ。
――――ついて来れるかしら?』
――――妙な引きを残しつつ、つづく。
あとがき
ピートVS雪之丞戦を書いたら中途半端に長くなったのでここで切りました。
ではレス返しを。
○遊鬼さん
>ルシオラの必死さがたまらなく良いです
なにしろ文字通りの命がけで恋する乙女ですから。
というかこれがこの物語の主題かも知れません。
○柳野雫さん
>やっぱりまずは生き残るのが先決ですよね、ルシオラ
いくら何でもここで散ったら悲惨すぎますから……。彼女が生き残れば心眼も本望でしょう(?)。
>陰念
ああ、そう考えればむしろ幸運だったかも知れませんね。今後登場するかはとにかく(ぉぃ
ではまた。