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「父の心配事〜訂正版・後編(2)〜(GS)」

さみい (2005-10-09 00:02/2005-10-09 00:02)
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通報で駆けつけた図書館の館員や警備員に取り押さえられた5人と1匹は近くの交差点にある派出所の警察官に引き渡された。二人組は告訴すると息巻いている。子供たちは一言も喋らない。名前も住所も分からず困り果てた警察官が夏子の持っていた名刺に気が付いた。東京の東都大学助教授の名刺。
(そういえば坂田理事官が空き家に不法侵入した東都大助教授の身元を引き受けたって話だな)
警察官が容疑者の身元引受人になるケースは極めて少ない。キャリアである坂田理事官が昇進の障害になるのを承知の上で住居不法侵入で捕まった学友の身元を引き受けたという話は府警内で密かに"美談"として広まっていた。
(珍しい動物を見かけたというだけで塀を乗り越えて不法侵入するんやから学者ってのは難儀やな)
警察官は名刺に書かれた電話番号ではなく、府警本部の坂田理事官に電話したのは自然なことだった。警察官は理事官から府警本部へ5人と一匹を移送するよう命じられた。


「・・・というわけだ。先に手を上げたのは青年の側だし、なるべく早く家に帰すつもりだ。民事(訴訟)はやっかいだが。」
「坂田、まずは子供達に会わせてくれ」
「そのために呼んだんだからな。それにしても随分とその子達にご執心だな」
「ああ。なんか放っておけなくてな。それに近い将来、横島クンはこの世界にとって大事なワイルドカードになる。そして娘の大事なパートナーになりそうだ」
「近い将来って?」
「そう、6〜7年たてば判るさ。」
坂田は思う。吾妻は適当なことを言う奴ではない。あの子供達が高校生になった頃、なにが起きるのだろうか。そしてその時己は警察官として何ができるだろうか、と。


「「「学者のおっちゃん!」」」
ドアが開くと、鉄仮面を被った美神(吾妻)公彦と大阪府警坂田理事官が入ってきた。ここ府警本部2階の狭い会議室で子供達は年配の警察官・若い婦人警官と向かい合ってジュースを飲んでいた。猫又のミー君もミルクがよそられた皿に顔をつけるようにして嘗めている。横島クンと銀一クンは腕や顔が絆創膏だらけだが、とても元気そうだ。夏子ちゃんも髪の毛がボサボサで左の頬がまだ赤くなっていたが、ケガも無さそうだ。
「ずいぶん活躍したみたいだな。図書館での事件、話は聞いたよ。『よくやった』と言いたいが、警察署では拙いかな。君達がジュースを飲み終わったら家まで送ってあげるよ」
年配の警察官が苦笑する。
「先生、ケンカを勧めんで下さい。理事官からもボンたちに小言言って下さい」
「そうだな。でも太田君も内心は『よくやった』と思ってるだろ?」
坂田理事官が太田という年配の警察官を揶揄する。
「本官の長兄はシベリアで抑留中に病死しましたからね。戦争を軽々しく考える輩は好かんです。まして空襲で亡くなりはった人の写真をハンバーガー食べながらおもしろおかしく眺めるような連中はもっと好かんです。どうしてこんなになってしまったんですかね」
その時会議室の電話が鳴り、婦警が電話に出る。
「『被害者』の青年たちの両親・弁護士が来ました」
美神(吾妻)公彦と坂田理事官は再び部屋を出て行った。


府警本部1階応接室。子供たちの過剰防衛について、弁護士は依頼人の躾不足を棚に上げて子供達の躾がなっていないと非難している。前歯を折った青年はバカっぽさが一層際立って見える。腕を折った青年は憤然としている。
「私は東都大学理学部助教授の美神です。初めまして」
「私は大阪府警刑事部理事官の坂田です」
私と坂田が自己紹介をすると、弁護士が訝しがる。
「親が出てこんで大阪府警のキャリアと東都大助教授が出てくる子供のケンカっていうのは、さすがの私も初めてでっせ」
弁護士が依頼者である青年たちの親に睨まれる。存外正直な性格のようだ。
私は鉄仮面を外している。弁護士や青年たち・その親が考えていることが直に頭に入ってくる。
(俺は企業買収が専門なのに・・・。単なる子供のケンカと思っていたら警察のキャリアや学者が出てくるって、一体どうなっているんだ?)と弁護士。
(何よ、子供のケンカって!夫の会社の顧問弁護士だから頼んだけど、こんな弁護士クビよ)とは上品そうな青年の母親の思考。自分や息子の責任については露ほど思い浮かべてはいない
(大事な会議を中座してわざわざ来てみれば、息子が小学生にケンカ売って逆にノサれたとは・・・。呆れ返って二の句も継げん。みんなこいつの躾が悪いんだ)とはその配偶者で高級スーツに身を固めた紳士の思考。似た者夫婦だ。
(うちの子の腕を折るなんて、何と乱暴な小学生でしょう。親の顔が見たいわ)と考えるもう一組の親たち。
一方で坂田と弁護士が冷静に話し合っている。頭痛がするのを我慢しながら私は青年たちの思考を読む。交渉を有利に進めるためには言うまでもなく情報が一番大事だ。私は二人の青年の思考を読んでいて、ある重大な秘密を知った。そして親たちに告げる。
「皆さん、お子さんの日頃の行動についてご承知ですか」
「「ええ、もちろん」」親たちが答える。
「じゃあ息子さんたちが先月26日にキタで起きた婦女暴行事件の主犯・従犯だということはご承知ですね」
青年たちは悪魔でも見たような顔で私をにらみつける。親や弁護士は勿論、坂田まで驚いた顔をする。
(吾妻!本当か!?それに先に担当刑事に伝えて証拠押さえておかんと隠されるだけだぞ)坂田が思考で私に伝えようとする。私は親たちが反論しようとするのを抑えながら青年たちに更なる追い打ちをかける
「証拠は・・・隠すことは出来ないよな。君達が流した血が証拠だ。被害者から採取された体液のDNAと今回のケンカで採った君達の血液のDNAが一致するのだからな」
DNAについては嘘八百。私が理学部助教授ということから向こうは完全に専門家と信じている。主犯・従犯という言葉を告げて、暗に自分の子供はそそのかされただけと信じさせ両家に仲違いを引き起こさせる。そして親の考えが子供に伝播して勝手に罪を押し付けあってくれる筈だ。この正直な弁護士には悪いが、両家はそれぞれ独自に刑事事件が得意な弁護士を雇うことだろう。
「おまえが先にあの女をヤッちまおうって言ったんだ」
「おまえだろ!」
案の定、青年たちも仲違いをして自分たちの罪状をなすり付けあう。どちらが言い出したかはともかく、自分たちがしでかした事件のすべてを暴露しながら。非番の警察官が騒ぎを聞き付け集まってくる。
(こんなことは前代未聞だぞ、吾妻! とにかくすぐ担当の刑事を呼ぼう)
坂田は内線電話を掛け始める。弁護士は目の前の出来事にただ呆然としていた。


2階の会議室では階下の騒ぎを知らずに子供達が婦人警官と仲良くトランプをしていた。1階応接室では青年たちがキタで起きた事件の重要参考人として担当刑事に連行され、子供達への民事訴訟の話は完全にどこかに行ってしまった。もう日も暮れかかっている。早く帰らないとこの子達の親が心配するだろう。
「そろそろ帰ろうか。ミーくんの家まで送るよ」
私は横島クンたちに告げる。子供達は名残惜しそうに婦警さんと別れる。

タクシーを拾うつもりだったが、会議室にいた太田さんという年配の警察官がパトカーで私達を送ってくれた。後部座席に子供達を乗せた車中で太田さんと話になった。
「先生、この子達が探していた『お兄さん』ですが、今日の図書館の事件で青年たちを叱って突き飛ばされた御老人が同じ部隊だそうです」
「えっ?!」
思わず後部座席の子供達を見る。皆疲れているのか寝入ってしまっている。太田さんはそれをバックミラーで確認して喋り出したのだろう。話を続ける。
「見事な戦死をされたそうです」
それっきり太田さんは黙ってしまった。戦死に見事もなにも無い。私は声を絞り出すようにして一つの質問をする
「そのことを猫又や子供たちは知っているのですか?」
「知らない筈です。実は理事官や先生が応接室に行っている時にご老人が1階に見えて子供たちの弁護を申し出されました。御老人は『お兄さん』が戦死した瞬間は今も鮮明に覚えているそうです。御老人は戦後長らくフィリピンでGSをしていて、1年前に日本に来られたとのことです」
「そうですか・・・」
「明日の午後、猫又に話をしに行くそうです。あっ、そろそろ着きますね。先生、子供たちを起こしてくれませんか」
私は子供たちに声を掛ける。眠たげに起きる子供たちと猫又。日も暮れて薄暗くなった屋敷の前でパトカーを降りる私達。子供たちは太田さんに礼を言うとそれぞれの家に帰って行った。静かにパトカーが走り去ると、私はミー君に言った。
「明日の午後は『お兄さん』の調査は休んで、この家に居てくれないか」
「一日くらい構わんけど」
「じゃあ、頼む。今日の御老人が君を訪ねたいそうだ。」
「・・・ええよ」
ミー君は私の目を見ると、理由を聞かず了解した。そして私は宿へと戻った。足取りは重かった。


翌日私は大学をお昼で退出し、ミー君の家に向かった。そろそろ老人が訪ねてくるころだ。私は観察者では無くなっていた。学者として横島クンを見定めようと思っていたのが、いつの間にか深入りしていた。50年前に学徒出陣した「お兄さん」をいつまでも待ち続ける猫又とそれを支える3人の優しい子供たちに完全に感情移入している。だがこれが悪いことだとはどうしても思えなかった。初秋とは言え暑い日だったので、私は途中スーパーでジュースやミルクを買ってからミー君の家に入った。

広いリビングルーム(?)ではミー君・横島クンと銀ちゃんが埃まみれになりながら大掃除の最中だった。そのうち夏子ちゃんが自宅からポットやティーセットを運んできた。これでいつでもお客様をお迎えできる。
「お客さん来たで〜」
玄関で待っていた横島クンが大声で皆に伝える。御老人はアイスクリームを買ってきてくれた。子供たちに手渡す。
「せっかく綺麗に掃除してあるのじゃから、汚さんように庭で食べておいで」
子供たちは素直に御老人の言葉に従った。御老人とミー君・私が残った。
「さて、私はあなた方に伝えなければならないことがあります」
御老人は夏子ちゃんが入れてくれた紅茶で喉を湿らせるとミー君と私に話し出した。50年前の『お兄さん』の最期を。

(続く)

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