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「父の心配事〜後編(3)〜(GS)」

さみい (2005-10-09 20:49)
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老人の話を聞きながらミー君は泣いていた。『お兄さん』との思い出をかみしめながら。

『お兄さん』がハイハイしだした頃、ミー君を追いかけてベランダから落ちそうになったこと。ミー君が産着を噛んで拾い上げなかったら2階から落ちていたところだった。3歳くらいの頃、大人の前では普通の猫のふりをしていたミー君が「にゃ〜にゃ〜」叫ぶのを見ている『お兄さん』は大人の前で「にゃ〜にゃ〜」ばかり言っていて、言葉が遅いと心配した周囲がお医者さんを連れて来たこと。小学生になった頃、ミー君が散歩中近所の子から石を投げられたのを知って、その子とケンカになったこと。中学生(今の高校生くらい)になって将来の夢と好きな女の子の話をミー君に聞かせたこと。『お兄さん』の想い人は近所の女学生で三編みの似合う女の子だった。旧制高校(今の大学教養課程くらい)に合格した日、夢の実現への第一歩を祝してミー君と密かに酒を酌み交わしたこと。おじいさんにバレて大変だったっけ。そして入営の前日。無言でミー君の頭を撫でながら好きなレコードを聞いていた。レコードが終わり、スピーカーからはノイズだけが響く。『お兄さん』にレコードが終わったことを伝えようと顔をあげたミー君の目に入ったのは『お兄さん』の頬を伝わる涙だった。


御老人は話の終わりに言った
「彼からの伝言です。「ありがとう」とのことです」
私は御老人に聞いた。
「いつ、どうゆう状況でですか?」
「敵が島に再上陸した翌々日です。戦車の性能差は歴然としていました。敵の戦車は砲の口径も装甲も優り、爆弾を持った歩兵が敵戦車の下に潜り込み自爆する作戦が始まりました。戦車で一番装甲が薄いのは車の下部です。しかもその上には砲弾の格納庫があります。上手く行けば効率的な作戦ではあります。
彼は突入する直前、援護の機関砲手だった私に言いました。
「もし日本に戻ったら父母と飼い猫の「ミー君」に伝えて下さい。
『ありがとう』と」。
これが彼の最期の言葉です。彼は敵戦車の下に飛び込んだ時「万歳!」とは叫びませんでした。代わりに叫んだ言葉は「お母さん!」でした。次の瞬間、敵戦車が爆発・横転しました。彼の頭には大阪に残った父母や飼い猫のことしかなかったのでしょう。その後仲間も次々に突入しました。でも上手く行ったのは最初の数名だけでした。敵は絶え間無く機関銃を打ち続け歩兵に近付く機会を与えませんでした。歩兵は皆爆弾を背負っており早く走れません。多くは敵戦車のはるか手前で銃弾にあたって、もしくは爆弾が爆発し戦死しました。
敵の捕虜になり死ねなかった私は、戦後仲間の霊を弔う為に死霊払いとして現地に残りました。現地で妻も娶りました。子供も生まれました。でも、彼との約束はずっと気になっていました。今では子供も成人し孫もおります。三男は私の跡を継いで死霊払い、つまりGSをしております。妻や子供たちには無理を言って「体が動く間だけ」日本に居させてもらうことにしました。今回、そのミー君に会って約束を果せて、やっと肩の荷がおりた気がします。あの子たちのおかげです」
老人は庭でアイスを食べている横島クン・銀ちゃん・夏子ちゃんの方を見つめる。
ミンミンミンミン・・・
虫の音だけが屋敷に響く。

「おじいさん、お話を聞かせて戴き、ありがとうございました」
ミー君が老人に礼を言う。
「僕はこの家に棲む猫又です。『お兄さん』が赤ん坊の時から一緒でした。そしてとうに亡くなった御両親に代わって彼を待ち続けるのが僕の仕事でした。いくら待っても帰ってこないなんて・・・」
「それなんじゃが、彼の霊魂はこのお札に吸引して、一緒に日本に連れてきておる」
ミー君も私も驚いて顔を見合わせた。老人がお札を差し出す。漢字ともタガログ語とも梵字ともつかない、何とも意味不明の文字や記号が書かれたお札。
「御遺族が見つからないまま私の足腰も立たなくなったら、大阪城あたりで開封したいと思っていました。大阪城からだったら彼の霊魂も自力で家へ帰れるかも知れませんしね」

私たちは子供たちに事情を話して、この庭で供養をすることになった。
子供たちは泣いていた。ミー君も『お兄さん』も可哀想だと。横島クンは自らも泣きながらも、泣きじゃくる夏子ちゃんを気遣っていた。そんな彼らに私は告げた。
「さあ、『お兄さん』を天国にお送りしよう。お父さんお母さんがいるから、彼にとってそんな悪いところじゃないと思うよ」
線香が焚かれ御老人が読経する中、御老人によって封があけられる。夕暮れの秋空に彼の霊魂が昇っていく。彼がミー君に何か言っている。彼は子供たちにも何か言うと、そのまま赤い空に消えて行った。

「ミー君、『お兄さん』は何て言ったんだい?」
「僕に「ただいま。今戻りました。これから両親の所に行きます」って。忠夫たちには「ありがとう」って」
子供たちは初めて見る霊が、探していた『お兄さん』で、しかも御礼を言われて大変驚いている。いや、横島クンだけは驚かないで、「じゃあね〜」と手を振っている。
「横島クン、お兄さんの幽霊、怖くなかった?」
「なんでや?昨日の図書館の兄ちゃんたちの方がよっぽど危ないで〜。」
横島クンにとっては人間も猫又も幽霊もあまり区別はないのかも知れない。あるのは、いい奴か悪い奴かということだけ。親御さんの教育が余程いいのか、彼自身の感性なのか。横島クンは驚いたままの夏子ちゃんや銀ちゃんに
「お兄さん、行っちゃったね」
と言うと、再び秋空を見上げた。真っ赤な夕焼けが空を赤くしていた。


その後、ミー君は夏子ちゃんの家に引き取られ、屋敷は大川不動産の手で更地にされて売却を待つばかりになった。私は3カ月にわたる田渕研究室での研究レビューも完了し、今日、新大阪駅から東京に行って、明後日にはアマゾンのフィールドに戻る。新幹線に乗り込もうとする私に後ろから声がかかった。
「学者のおっちゃん、黙って帰るなんて水臭いで!」
横島クンの声だ。振り返ると友人の坂田と横島クン、銀ちゃん、夏子ちゃんの姿があった。そして夏子ちゃんに抱かれるミー君が居た。
「良かった、間に合った」
余程急いで駆けつけたのか、坂田は息が切れている。
「「おっちゃん、ありがとな」」
ミー君と夏子ちゃんが声を揃えて言うと、銀ちゃんが何かを手渡した。一冊のノート。拙い字で懸命に書かれたそのノートは猫語−日本語の対訳会話集。
「忠ちゃんの提案でミー君からいろいろ聞いて3人で作ったんや。アマゾンの猫でも通用すると思うで!おっちゃんの研究も地元の猫に手伝って貰えばきっと捗るで〜!」
この子たちの柔軟な頭にはいつも驚かされる。アマゾンでの調査対象はミナミオポッサム等の有袋類、新世界ザルなど多岐に渡るが、猫科の動物とはこのノートを使って「お話」するとしようか。見ると坂田も苦笑している。
「俺もそれいいと思うよ。目撃者が居ない事件ではウチの刑事にも使わせてみよようかな」
坂田、お前それで良いのか!ど近眼の猫の証言で冤罪がおきるかも知れんぞ!!

プルルルル
発車のベルが鳴る。そろそろ出発の時刻だ。
「みんなありがとう」
皆と握手をすると、私は車内に乗り込んだ。ドアが閉まる。
私は車窓から見える大阪の町を眺めながら、席で車内販売のビールを片手に先程貰ったノートを読む。すべて相手(猫)と仲良くするための会話文に満ちている。相手が猫だから、と意志疎通を諦めるのではなく、相手がいい奴だったら友達になろう、という気持ちに溢れている。
(何て気持ちのいい子供たちだろう)
私は学者として常に『観察者』であろうとしてきた。横島クンに対しても当初は令子の父親として横島クンを見定める『観察者』として臨むつもりでいた。なのにいつの間にか横島クンの側の当事者になってしまった・・・。

私はこの3カ月間の大阪滞在での宝物となったノートを鞄にしまうと、缶ビールを軽く持ち上げ心の中で(乾杯!)と叫んだ。そして東京の祖父母宅に引き取られている娘の令子のことを思う。
(横島クンは君にふさわしい子だ。何だかんだ言ってもいつも君を支えてくれるだろう。お父さんは彼を『公認』するよ。君が自分の気持ちに素直になったら、いつでも祝福してあげよう)
流れる車窓の景色を見ながら未来に思いをはせる公彦だった。

(完結)
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さみいです。
アップロードに失敗したりパスワードを打ち間違え修正できなくなったりで読んでいただいた方ばかりか、管理人さんにもご迷惑をおかけしてしまい、すみません。出張が終わり漸くUPできます
関西弁については勉強しますので今後ともよろしくお願いします。

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