<忠夫>
「ぬはあ!?」
「お、おじいちゃん!?」
おじいちゃんとゲームをしていて、途中で小竜姉ちゃんが晩御飯だって呼びに来たんだ。おなかが空いてたから僕はゲームを止めて立ち上がって、おじいちゃんも一緒に立ち上がったんだけど、その瞬間おじいちゃんが突然奇声を上げたんだ。
おろおろしてた僕にうずくまっていたおじいちゃんが掠れた声で話しかけてきた。
「た、ただ、お。小、りゅー、きを、呼んで、き……」
「うん、分かった。お姉ちゃん呼んでくるね!」
僕はすぐに部屋を出て、台所にいる小竜姉ちゃんを呼びにいった。
「小竜姉ちゃん大変! おじいちゃんがご臨終しかけちゃってるよ!」
「何ですって! では早速お墓の用意を……」
「違うよ、お姉ちゃん! まずは葬式の手配が先だよ!」
「腰が、腰が~」
原因はただのぎっくり腰だった。てへっ。
「小竜姫よ、家の温泉は腰に効いたかの?」
背中から腰にかけてシップを貼りまくったおじいちゃんがうつ伏せのまま小竜姉ちゃんに聞いた。
ちょっと臭い。
「家の温泉は修行者のために外傷にはよく効きますが、ぎっくり腰にはあんまり……」
「ふむ、そうか……。では小竜姫よ。偶にはどこかみんなで旅行にでも行こうかの。わしの腰によく効きそうな温泉でも手配してくれんか」
僕はあまりみんなで出かけたことがない。おじいちゃんは勿論、小竜姉ちゃんもここで修行場を管理するお仕事があるからあまり遠くには行かれない。特に小竜姉ちゃんは妙神山に括られてるから外国とかに行くのは難しいんだって。よく分かんないけど。
「老師、そんないい加減な……。そんな勝手はできないでしょう。だいたい修行場の留守番はどうするんですか? 鬼門じゃ全くあてにならないし……」
後で鬼門を慰めておこうと思った。
「数年前に一人来て以来誰も来ないではないか。まあ、鬼門でも大丈夫じゃろ。それに……」
「それに?」
「……例えば混浴なら忠夫と久しぶりに「ではさっそく用意をしましょう。腰に効く温泉ですね」わ、分かればいいんじゃが……」
あまりの変わり身の早さにさすがのおじいちゃんも驚いてるようだ。僕はもう慣れちゃったけど。
「確かこの辺にこの前貰ったくーぽん券とやらが……あ、ありました」
小竜姉ちゃんはテレビの上に置いてあった温泉宿が安くなるクーポン券を取ってきた。これはこの前なっちゃんがくれたんだけど、小竜姉ちゃんが持ってたんだ。話し合いでそうなったはずだけど、なぜか小竜姉ちゃんが勝ち誇ってて、なっちゃんは滂沱の涙を流していた。
「では忠夫さん。次の休みに、ここへ行きましょうね」
そう言ってクーポン券を見せてくれたけど……読めないや。
「なんて読むの?」
「これですか? これはですね……“じんこつおんせん”と読むんですよ」
妙神山のただおくん~小学生のただおくん おんせんへいこう~
<???>
あ、あの人がいいわ。とても優しそうだし、あの人なら……。
で、でもさすがにあんな子供を私の身代わりにするのは……。さっきまで家族らしき人達ととても楽しそうにしてましたし。
私は山の噴火を沈めるための人柱となってその後は普通はその地方の神様のとなるんですが……私は才能がなかったのか成仏も出来ませんし神様にもなれません。
ですからあの子を幽霊にして私と代わってもらおうと思ったのですが……あんな純粋に嬉しそうな顔で笑う子供をこの手でなんてできません。
だけどそうでもしないと私はこのままずっと……。ああ、どうしましょう!?
ん、誰かにくいくいと袖を引っ張られてます。私は引っ張られている方に目線を下げました。
「お姉ちゃんどうしたの?」
さっきまで見ていた子が心配そうに私を見上げてました。
ああ、私ってとってもおばかさん!?
私は動揺を隠しながら尋ねます。
「ど、どうしたのボク? 迷子になったの?」
「ううん。お姉ちゃんはおじいちゃんを先に連れて行くから、後からゆっくり来ていいって。それで色々景色を見ながら上ってきたんだけど、お姉ちゃんがなんか挙動不審だったから」
ああっ! 私ってこんな子供にまでおばかさんに見られていたのですか!? ちょっぴししょっくです。いや、かなり。
「どうしたの? おなかでも痛いの?」
とても心配そうにしていますが……こうなったらもう作戦を発動させるしかありません。
「うう、実は持病のシャクが……。すいませんがあのお薬を取ってきてもらえませんか?」
「ええ、大変だ! 分かった、待っててね」
私が指した場所にある大量の誘い文句の看板の中央に置かれた薬を取りに、男の子はてってけてってけと走り出しました。
うう、あんなに私の為に必死に走っている姿を見ると心が痛みます。しかしもう止められません。
仕掛けが作動し、大量の岩石が男の子に降り注ぎます。こうして私は死んで幽霊となった人と自縛を代わってもらいます。これぞ私の考えたおぺれーしょん・すぴっとぶれいくです! またの名を星一号作戦とも言います。
「うわあ!?」
男の子の悲鳴が聞こえました。
……やっぱり駄目です。こんなことして自由になっても嬉しくありません。私はすぐさま走ってその子を助けようとしましたが……。
そういえば私幽霊でした。走れません。
早く飛ぶこともできますが、一瞬の馬鹿な迷いのせいで間に合いません。ああ、いまにも岩石があの子に直撃をしようと……。ごめんなさい、私がばかなことしたせいで……。
ドッカーン!
へっ?
今にも男の子に直撃しようとしていた岩石はその前に粉々に砕けてしまいました。よく見るとあの子の手の平にぼんやりと光る盾の様な物がありました。そんなに強くはないですがあれは間違いなく霊気です。つ、つまりあの子は霊能力者ですか!?
私は300年間幽霊として生きて(?)きましたが、力はほとんどありません。あれぐらいの霊力でも退治されてしまうでしょう。それにあの子もこれで騙されていたと気付いたでしょうから私にその力を向けるのに躊躇いはしないでしょう。
……でも悪いのは私です。ですから甘んじて罰を受けましょう。
あ、あの子がこちらへやってきました。そして右手を振り上げました。どうやらもうお別れのようです。皆さんさようなら。あの世で会いましょう。
あれ、全然痛くありません。恐る恐る目を開いてみました。
「お姉ちゃん大丈夫!? さ、薬だよ」
振り下ろした手の中には、私がさっき指差した偽の薬がありました。ご丁寧にくすりと分かりやすく書いてある奴です。
ああ、この子は私が騙しているなんて毛ほども思っていないんですね。私は自分が恥ずかしくなりました。
「ごめんなさい、私、あなたに嘘を言ってたんです……」
私は正直に全てを話しました。
<小竜姫>
老師をお風呂にいれた後、忠夫くんの姿が見えました。老師が出たら早速一緒に入りましょう。最近ずっと一緒に入っていませんでしたし、混浴なら一緒に入ってもおかしくはありません。それに弟の成長具合を確かめるのも姉の義務ですから!
「あ、忠夫さ……」
声をかけた瞬間、私の顔は多分一撃で山を打ち砕く老師の如意棒よりも固まったでしょう。なぜなら後ろにはずいぶんと可愛らしい幽霊が浮いていたからです。
「忠夫さん。その方はどちら様ですか?」
私は努めて胸に渦巻く感情を表に出さないように聞きました。そのせいで初期の綾波以上に無機質な声になっているでしょうが。
おや、幽霊の子がこの世の終わりを見たような顔をしていますね。そんなに私の声が怖かったのでしょうが。これでも九割方抑えていたのですが。
「小竜姉ちゃん、あのね……」
忠夫くんがそれまでの経緯を話し始めました。
「……なるほど、つまりこの子を成仏させるか、地脈の流れを変えて違う霊を山の神様にすればいいのですね?」
「そうです」
おキヌさんが小さく答えました。私の忠夫くんを殺そうとするなんて、本来なら仏罰どころか二度と転生できないように魂まで滅殺するのですが、忠夫くんは全く怒っていないようですし、おキヌさんも大分反省しているようです。悪い子ではなさそうですし、まあ許してあげましょう。
「どうにかなりますか?」
おずおずとおキヌさんが問いてきます。……そんなにさっきの私が怖かったのでしょうか?
<おキヌ>
小竜姫さんは最初に会った時は小動物ならそれだけで殺せそうな殺気を放っていましたが、それも今はあまり感じません。本質的には優しい人なんですね、きっと。その人の弟である横島さんが優しいのは当たり前なことかもしれません。
「さあ、これで大丈夫ですよ!」
小竜姫さんは代替物がないのに無理やり地脈を変えてしまいました。驚いて聞いてみたらなんと本物の神様なんだそうです。ということは横島さんも神様なんでしょうか?
確かにその純粋さと可愛らしさは天使のようでしたが……。
って私は何を考えているのでしょう。300年間こんなこと考えたことなかったのに。
「おキヌさん、これでもう成仏できるはずですよ」
もう少し二人と一緒にいたかったですが、もう時間です。
二人ともありがとうございました。
「キヌ姉ちゃん、じゃあ元気で、また会おうね」
私はこれから死ぬんですよ? しかし横島さんがそう言うと本当にまた会える気がします。
「はい、お二人ともお世話になりました。これで成仏できます。では、さようなら、小竜姫さん、そして横島さん……」
私は天へと昇っていきます。今回はもう会えませんけど、生まれ変わったらまた会いましょうね、横島さん。その時は幽霊と人間ではなく、女の子と男の子として……。
あれ?
成仏の仕方を忘れた私は、結局横島さんの家でお世話になることになりました。その時小竜姫さんと一悶着、さらにはそこに住み着いた後でも夏子さんという方と一悶着あったのですが、思い出すのも恐ろしいのでここでは伏せておきます。
ただ一言で言うなら、死人は出ませんでした。
<老師>
全く、小竜姫も無茶しおって。あの娘が300年も悪霊にならんとおったという不可思議なことに気付かず地脈を変えるとは。
「ヒャクメ、その妖怪とやらはこの辺なんじゃな?」
「そうですのね~。大体ここから地下数十メートル先に埋まっているのね」
ふむ、ではやるか。ぎっくり腰も大分よくはなったがそれでも手加減は難しいんじゃが、まあ、なんとかなるじゃろ。
わしはヒャクメの言う方向に馴染みの如意棒で突きを繰り出す。
「ふんぬならば!」
小型ミサイルが数十発着弾したような音の後、わしが一撃を放った場所にはただ大きなクレーターがあるだけだった。
「やれやれ、ちょっとばかしやりすぎたかの」
「でも、完全に生命反応はなくなりましたよ~。それにしても老師がわざわざ人間の、しかも幽霊の女の子になにかしてあげるなんて珍しいですね~」
「ふん、あの小娘に何かあれば忠夫が悲しむからの。それに馬鹿弟子の尻を拭うのは師匠の役目じゃしの」
「爺馬鹿ですね~」
ふん、なんとでも言え。さ、今度は忠夫ともう一度温泉にでも入って、帰るとするかの。
続く
あとがき
大学のパソコンでアンケートの途中経過を見ようとしてコーヒー噴きました。アンケートを入れたとはいえ何ですかレス50越えって。初めてSSを書いたのにこんなに感想を書いてくださって感激の極みです。皆さん本当にありがとうございます。
さて今回はおキヌちゃんが出てきました。ワンダーホーゲルはまだそこにいないので彼に代わってもらうことはできませんので、小竜姫様に力尽くでやってもらいました。実はこの辺りの場面の原作が手元に無いためうろ覚えです。地脈とかもかなり適当ですが、ご勘弁ください。
さて、まだアンケートは募集中ですのでまだ投票していない方はばしばし投票してください。
ちなみに
1、プッツン娘
2、いじっぱり娘
3、ダテ・ザ・キラー
です。
もう投票した方は残念ながら投票はご遠慮ください。ただ感想は多いととても嬉しいのでどしどし書いてやってください(苦笑)。あ、あと投票する時は丸数字はやめてくださいね。明日の午後六時までアンケートは受け付けています。
ではこの辺で。
BACK< >NEXT