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▽レス始

「忠雄の世界3(GS)」

テイル (2005-10-02 04:57)
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 忠夫さんがやって来た夜のこと。
「そういえば」
「なんです?」
 二人して煎餅布団の上に横たわりながら、俺は忠夫さんに尋ねられた。
 男二人で布団の上ってのが少ししょっぱい……。
「どうして美神さんの元で働いているんだ?」
「どうしてって……」
「ほら、俺の時はさ、なんつーか……色香に迷ったっていうか、さ」
 苦笑する忠夫さんに俺は納得する。忠夫さんが来た世界は、美神さんは女なんだ。平安時代で見たメフィストは美神さんの前世で、多分忠夫さんの所の美神さんはメフィストと同じようなゴージャスな美人なんだろう。
 世界が違っても女好きは変わらないってことだな。
「でもここじゃあ美神さんは男なんだろ? 働く理由がわからなくてさ」
「確かに美神さんの色香に迷ってってのは、天地が逆になってもあり得ないっすね。俺、ノーマルだし」
 俺はそう言って苦笑する。
「じゃあなんで?」
「出会い、かな。中学生の時、唐巣神父の教会で除霊に巻き込まれてさ」
「唐巣神父の教会? なんでまた」
「それはその……女子高生が」
 つまり道端で見つけた女子高生の色香に惑わされて付いていったら、たまたまそこが唐巣神父の教会だったのです。
「……なんとなくわかったから、皆まで言わんでいい」
「そうっすか?」
 あははのは。さすがもう一人の俺、お見通しって訳だ。
「とにかく、その時悪霊を退治したのが美神さんだったんだ。……格好良かったよ。俺やその女子高生を護りながら、一人で悪霊を倒したんだぜ? まだあの頃は見習いだったのにさ」
 現在では天才の名を欲しいままにしているとはいえ、当時の美神さんの実力はまだまだとしか言えなかった。それでも命を懸けて、美神さんは俺やその女子高生を助けたんだ。ぼろぼろに傷つきながら、俺達を護りきったんだ。
 女好きの俺が初めて男に惹かれた瞬間だった。あの時から美神さんは俺の憧れなのだ。
「一人暮らしをしなくちゃならなくなった時、俺すぐに美神さんを捜したんだ。雇って貰おうと思ってさ。なんでもするつもりで」
「へえ。なるほどなぁ」
 忠夫さんが呟くのを聞きながら、俺は当時のことを思い出していた。やっとの事で美神さんを見つけだし、雇って貰いたい旨を伝えようとしたときのことだ。
『お、あの時の中学生か?』
 美神さんは俺を見てそう言ったんだ。
 覚えていてくれた――。そう思った時、すごく嬉しかった。身体が震えるほどに……だ。
 それ以来俺は、美神さんと共に歩いている。


「というわけだったんですよ」
「ほー、あの人がお前の……ねえ」
 地下鉄の事件から翌日の午後、俺は事務所で忠夫さんについて暴露していた。もう事は終わってしまったんだし、いつまでも隠している必要はないと思ったからだ。
 話を聞き終わった美神さんはおキヌちゃんとは違い、それはもうジトッとした目で俺を見たもんだ。
「どうしてそれを最初から言わないんだ。俺だって聞いてりゃあ、あんな除霊の方法は採らなかったんだぞ?」
「それはまあ忠夫さん本人が、さ」
「……その結果、全て上手くいかなかったって訳か」
「美神さんは無傷なんだから、全部って訳じゃないっすよ」
 少なくとも俺にとってはでっかい成果だ。……特に何もしてないけど。
 元々あの程度の敵に、美神さんが傷を負うなんて事はなかったようにも思う。
「美神さん、危なかったんですねえ」
 胸をなで下ろしてみせたおキヌちゃんに、美神さんが頷いた。
「確かにそれはよかったけどさ。……ところで件の、あー、“忠夫”さんは?」
 言いづらそうに口にする美神さん。まあ字が違うとはいえ、俺と同じ名前なんだから無理もない。俺もなんだか妙な気分になることあるしね。
「俺の部屋でいじ……もとい、ふて……じゃなくて、休養を取ってます」
「なるほど。いじけてふて寝してるって訳ね」
 はい、その通りであります。
「どれぐらいお前の所にいるんだ?」
「文珠を生成するまでは帰れないみたいですからね。何でもずいぶんと時間がかかるみたいなんすよ。えー、大体一ヶ月ぐらいは置いてくれって言ってました」
 たった一つ生成するのにそれだけの時間がかかるというのだから、文珠が凄まじい力を秘めているのもわかる。
「そうか。それならその間仕事を手伝って貰うわけにはいかないか? 暇なんだろ?」
「そうっすね。話してみますけど」
「頼むよ。結局彼の実力を見てないしな。……文珠使いってんなら、その実力も折り紙付きだろうし」
 美神さんの目に生き生きとした光が宿る。こういうところは雪之丈と気が合うだけあるよな。強さを求める理由も似たようなもんらしいし。
 母親、か。少なくとも俺のじゃあ、そんな心境にはなりそうもないけどなあ。……代わりに手堅い大企業とかに就職を目指しそうだけど。
「ところで、肝心の依頼はあるんすか?」
「これだ」
 俺の問いに美神さんは一枚の依頼書を取り出した。のぞき込み、とりあえず依頼内容と報酬だけ確認する。
 えーと、依頼は温泉宿近辺に出没する幽霊の調査。報酬は五十万か。……どちらをとっても美神さんらしくない内容だな。報酬の少なさもさることながら、特に依頼内容はバトルの気配がほとんどしないだけに意外だ。
「よく受けましたね、これ」
「依頼場所をよく見ろよ」
 にやりと笑って言う美神さん。目を向けてみると、調査する場所は人骨温泉付近と書いてあった。
 人骨温泉といえばおキヌちゃんと出会った場所だ。おキヌちゃんの実家もすぐ近くにある。
「私の里帰りもかねてなんだそうですよー」
 おキヌちゃんはにこにこと笑っている。久しぶりに実家に帰れるのが嬉しいのだろう。
「たまには挨拶に行かなくちゃな。年頃の娘さんを預かってるんだし」
 おキヌちゃんの喜びっぷりに、少し頬を紅く染めてそっぽを向く美神さん。結構照れ屋なのである。
「ほとんど休暇っすね」
 あの付近は涼しいから避暑にもなる。最近はまだ残暑が厳しいから俺のアパートよりは過ごしやすいだろうし、きっと忠夫さんにとって気分転換にもなるはずだ。
 そしてなにより、おキヌちゃんの義姉である早苗ちゃんに会うのも久しぶりだ。
 結構可愛いんだよな、あの娘。ぐっふっふっふ。
「おい、横島……」
「なんだか、妙なこと考えている顔です」
 気が付くと二人の視線が俺に集中していた。しかも完璧に俺が何を考えていたのか読みとっている。
 この辺は付き合いの長さだよな……じゃなくて。
「えーと、俺、忠夫さんに話してきますよ、はっはっは」
 俺は闘気が立ち上る美神さんに背を向けると、逃げるようにして事務所から走り去った。 美神さんはこういうのに厳しいからね……。
 もっとも、それを除いても美神さんの前ではスケベ全開の俺は見せたくない。何故って……憧れには、幻滅されたくないだろ?
 部屋に帰った俺が忠夫さんに人骨温泉の件を話すと、忠夫さんは二つ返事で付いていく事を決めた。その時何故か忠夫さんが一瞬だけ苦い表情を浮かべたような気がしたんだけど、俺は気のせいだと勝手に思い込んだ。だって、そんな表情を浮かべる理由なんて何も思いつかなかったから。
 忠夫さんが何故そんな表情を浮かべていたのか……。それを知ったのは、もう少し先の話だ。


 人骨温泉は山の中腹に位置している。そしてそこへ向かう行き方は二種類だ。すなわち、歩いて登るか車で登るか……この二択である。そして令司さんの性格上、どちらが選ばれるかなど考えるまでもない。
「横島、遅いぞ」
「へばったか?」
「うう、へーきっす……」
 先を進む令司さんと忠夫さんに、俺は返事をしながらかろうじて笑みを浮かべて見せた。俺の背には山のような荷物が背負われている。
 これも鍛錬である。
 GSは霊的な戦闘能力だけを高めていればいいってもんじゃない。基礎体力の向上は、すぐさま生還能力に跳ね返ってくる。体力こそ生きる上で最も重要な物なのだ。
 令司さんと忠夫さんがの後ろ姿を、俺はへばった顔で見ていた。二人は連れだって身軽そうにすいすい登っている。その背には俺と同じか、それ以上の荷物が背負われているのに、だ。
 しかも。
「それにしても忠夫さんは体力ありますね」
「いやぁ、元の世界ではこの倍の重量は背負っていましたから」
「倍ですか」
「俺の世界では美神さんは女性ですからね。男の俺が余計に持っていたんですよ」
 こんな雑談までしている。ずいぶん余裕が見えるなぁ。俺とは大違いだ。
 ちなみに余計なことだけど、忠夫さんが元の世界で倍以上の荷物を背負っていたのは、その世界の美神さんが女性だからじゃない。その世界の女性が、美神令子って人だからだと思う。
 ……いや、今まで忠夫さんから聞いた話からの予測だけどね。どうでもいいか。
「横島さん、後ろから押しましょうか?」
 隣を歩いていたおキヌちゃんが俺にそう囁いてきた。どうやら俺はよほど辛そうに見えるらしい。
「はっはっは。大丈夫だよ」
 俺は当然強がってみせた。ただでさえ令司さんや忠夫さんとの差が見えるのに、ここでおキヌちゃんに手伝ってもらいなんて格好悪すぎる。
「……無理しないでくださいね」
 俺の言葉が強がりだとわかっているのだろう。おキヌちゃんの表情は心配そうなものから変わらない。それでも、それ以上俺を手伝おうとは言わなかった。俺の気持ちも分かるらしい。
 実際強がりだし辛いけど、この山を登り切る自信がないわけじゃない。以前初めて仕事でここへ来たときも今と同じようにでっかい荷物を背負っていたもんだ。あの時も坂を一歩一歩進むたびに肩に食い込むし、登れば登るほど酸素は薄くなるしで大変だった。それでもあの時俺は一人の力で登り切ったのだ。だから今回もできる。うん、大丈夫だ。
「……よし」
 一つ大きな深呼吸をして心機一転を計った俺の目に、見覚えのある看板が映った。『落石注意』と書かれた看板だ。
「おお。ここ、懐かしいなぁ。ねぇ、おキヌちゃん」
「もう、横島さん……やめてくださいよぅ」
 からかうような視線を向けた俺に、おキヌちゃんははっとしたような表情を浮かべると、恥ずかしそうにむくれた。
 ここはおキヌちゃんと初めて出会った場所だ。
 そう、忘れもしない。俺と初めてあったおキヌちゃんは、俺を殺そうと落石に向かって俺を突き飛ばしたんだっけ。山神を交代して貰いたい一心だったようだけど、いやぁ、あの時死ななくて良かったなあ俺。もし死んでたら様々なことが全て悪い方向に流れていたに違いない。
 ……マジで生きてて良かった。
「この辺ですよね。倒れたの」
 おキヌちゃんがある一点を指さし、俺にむかって微笑んだ。さっきの仕返しらしい。
「う。でも今回はまだ倒れていないぞ?」
 してみると、この一年で俺の体力は向上が見られているらしい。それは喜ぶべき事だな。ま、全く成長がないってんじゃその方が問題だけどさ。
 それにしても、この場所があるって事は……。
「お、見えたぞ」
「変わらんなー」
 美神さん達の声が聞こえた。見上げた俺の視界に、見覚えのある温泉宿が映る。俺はほっと息を吐いた。
 ここで軽い仕事を終わらせた後は、もうほとんど休暇のようなもんだ。温泉に入って、その後おキヌちゃんの実家である氷室神社に移動して。
 いやぁ、なんだか楽しくなってきたな。足取りも軽くなるってもんだ。
「あともうちょっと。行こうおキヌちゃん」
「はい!」
 意気揚々と歩き始めた俺に、おキヌちゃんはにっこりと微笑んだ。

 その笑顔が曇ることを、俺はまだ知らない。


あとがき
 原作が手元にないと書きづらいですな……。
 それにしても、一人称って難しいなぁ。

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