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▽レス始

「忠雄の世界2(GS)」

テイル (2005-09-25 01:34)
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 翌朝、俺達は美神除霊事務所の前にいた。
 忠夫さんは事務所を見上げると、感心したように呟く。
「やっぱりこの辺は変わらないんだな……」
 事務所にしている屋敷はかなり年季が入っていて見た目は古い。しかし内装は充実しているし、実は結界まで張ってある優れ物なのだ。
 それらは全て、ひとえに人工幽霊壱号のおかげである。このビルに憑依し、管理運営その他諸々を受け持っている俺達の仲間である。前の事務所を失ったときに、美神さんに声を掛けに来てくれた以来の縁だ。おかげで代わりの事務所も手に入ったし、色々と世話にもなっている。時には車に憑依して仕事に付いてきてくれさえする。その代価は屋敷内に滞在している間、少しだけ霊力を供給すること。といっても、強力な霊能者がただ建物内にいればそれでいいらしい。……そう、例えば美神さんのような。
「ちーす」
「お、横島か。今日は早いな」
 挨拶しながら部屋に入ると、美神さんは書類に向けていた顔を上げた。スラックスにワイシャツといういつもの姿。俺がバンダナにジーパンはいているのと同じように、美神さんがこれ以外の服装をしているところをなかなか見ない。痩身の美神さんには似合っているのだから、それで良いのだろうとも思う。もっとも白のワイシャツには、短く刈り込んでいるとはいえ緋色の髪はやはり目立つ。美形と称して差し支えない顔と共に、美神さんの特徴の一つだ。
 その美神さんの整った顔に、怪訝そうな表情が浮かんだ。
「横島……後ろの人は?」
 美神さんの言葉に忠夫さんは笑顔で前に進んだ。
「どうも初めまして。僕は忠雄の親戚で横島忠吉といいます。本日は近くに来たものですから、挨拶に伺いました」
 頭を下げる忠夫さんを見ながら、俺はすかさずフォロー。
「忠吉さんは霊能者なんすよ」
「親戚? 霊能者?」
 突然の訪問に戸惑ったのだろう。目を丸くする美神さんに忠夫さんは歩み寄る。
 机の上に無造作に置いてある神通棍を手に取ると、忠夫さんはそれを鮮やかな手並みで発動させた。
「美神さんのお噂は忠雄より聞いていました。これ……良い神通棍ですね」
 その滑らかな扱いに、美神さんは驚いたらしい。何気ない仕草から、忠夫さんの実力がにじみ出ているからだろう。
 忠夫さんは神通棍を元に戻すと、美神さんに言った。
「もしよろしければ、本日仕事を見学させてもらえないでしょうか。忠雄の仕事ぶりも見てみたいですし」
「見学? そりゃ……かまいませんけど。ちょうど今日飛び込みの仕事が一件入ってきたんで、それで良ければ」
「それは是非……お願いしたいですね」
 美神さんのその言葉に、少しだけ忠夫さんの雰囲気が変わった。美神さんは気づいていないだろう。事情を知っている俺だから気づいたのだ。
 どうやらその飛び込みの仕事というのが、目当てのものらしい。計算通りというわけだ。
「あ、横島さん。おはようございます!」
 後ろからかかった声に振り向くと、お茶を手にしたおキヌちゃんが立っていた。俺に笑いかけた後、その視線が忠夫さんに向かう。
「あれ、お客さんですか?」
「君は……おキヌさんだね?」
 忠夫さんがおキヌちゃんを振り返った。
「初めまして。僕は横島忠吉といって――」
 そうおキヌちゃんに自己紹介を始める忠夫さんを横目で見ながら、俺は美神さんのそばに歩み寄る。
 そして。
「あの、急にすんません。どうしてもって言うんで……」
 いけしゃあしゃあとそうのたまう俺。
 そんな俺に美神さんは首を横に振った。
「いや、構わないよ。それにしてもあの人、相当腕が立ちそうじゃないか」
 美神さんの顔に獰猛な笑みが浮かぶ。
「そうっすねぇ」
 おキヌちゃんと話している忠夫さんを俺は改めて見た。確かにその実力は半端じゃない。文珠を使って次元を越えてきたという事実からしても、それは容易に想像できる。
 だがそれを言うわけにはいかない。昨夜忠夫さんとこういう会話を交わしているからだ。
『実は俺のことだけど……この世界の美神さんに内緒にしておいて欲しいんだ』
『え? なんでっすか?』
『いやほら。俺のことを知られたら、俺やお前の命が危なくなる……』
『は?』
『俺がいた世界ではそうなんだよ。暴走した美神さんにマジ殺されるだろうな』
 俺は思った。美神令子さんって人は一体……と。
『……令司さんはそんなことしませんよ?』
『ああ、多分そうだろう。この世界でそういうことはないと思う。けど俺は令司って人がどういう人なのか知らないし……まあ、用心さ』
 そう言って忠夫さんは苦笑した。
 この忠夫さんの気持ちも分かる。なるべく不確定要素をいれないようにしたいんだろう。彼が知る通りの未来を引き寄せ、それを都合良く変える為に。
 確かに忠夫さんのことを美神さんに話した場合、美神さんがどういう態度や行動に出るかは俺にもわからないもんな。……ただ思うのは、時間の流れってやつが既に忠夫さんの掌からこぼれ落ちている気がしてならないってことだけど……。
 まあ、いいか。
 忠夫さんほどの実力者の心配するほど、俺は大した奴じゃない。それよりも忘れちゃいけないことを、しっかりと胸に刻んでおかないとな。
「実は俺、忠夫さんと実際に会ったの昨日が初めてなんで、詳しくは知らないんすよ。弱くはないと思いますけど」
 俺は平然と嘘をぶっこきながら、今日の除霊のことを考えた。
 今日俺の為すべき事は、令司さんを護ること。それこそかすり傷一つ負わせないようにすること。
 十年後、美神さんが死んじまうなんて冗談じゃないもんな……。


 地下鉄の線路内は暗く、どこか湿っぽかった。壁に一定の間隔で明かりが取り付けられているが、気休め以上にはならない。俺達はそんな場所を、足下に気をつけながら進んでいる。
 先頭は美神さんだ。明かりを手にしながら進んでいる。その後ろには見鬼くんを持つおキヌちゃん続き、殿を固めるのは俺と忠夫さんだった。
 どうして俺達がこんな所にいるかというと、例の仕事というのが地下鉄で失踪者が出たから調査してくれというものだったからだ。
「覚えてる覚えてる。これだこれ。間違いなくこの仕事だ……」
 忠夫さんの呟きを聞きながら俺は線路に目を落とした。現在、鉄道会社によって電車はストップしている。時間は二時間ほど。確実な除霊を行うには短い時間だが、やるしかない。それでも会社にとってかなりの損失だろうし。
 そんなことを考えていると、不意に見鬼くんが反応を見せた。
「……いた」
 頭上を見上げた美神さんが顔を歪めた。天井にはなにやら白っぽい物で張り付けられた乗客の姿が何人も見える。
「G、GSか!?」
「あんたら、助けてくれ!!」
 俺達の姿を見つけた何人かが声をあげた。
 うむ。元気そうだ。
「あれは」
 おキヌちゃんが天井のある方向を指さした。そこには逆さに天井を這う巨大蜘蛛がいた。
「蜘蛛の変化か」
 身の丈は三メートルほどもある。蜘蛛は天井をはいずり回りながら、捕獲した乗客達にいくつも卵を産み付けている。
「なるほど。その為に乗客をさらったのか。あんなの増えたらしゃれにならんなぁ」
 ぎええ、だの、ぐえええ、だのといった声をあげる乗客を見ながら美神さんが呟く。その声に心配の色はない。蜘蛛の目的がはっきりした今、すぐに乗客に身の危険があるわけではないからだ。
 この手の状況で危険があるのは卵が孵った後だ……子供達の餌になるからな。その前段階では、毒で餌となる対象の自由を封じたりする種類もいるが……現在そう言う処置をされていない所から見て、その心配もないだろう。
「おーい、あんたら!! 助けてやっから、しばらく大人しく黙ってろ!!」
 美神さんが声をあげると、隣に立つ忠夫さんが反応を見せた。
「……意外だ。まさか、金の要求もせずにあっさりと助けようとするなんて……」
 ほんと、どういう人間なんだ? 美神令子さんってのは……。
 俺がその言葉に顔が引きつらせた直後、どすんという重い音と共に蜘蛛が地面に落下してきた。どうやら美神さんの声に反応したのは、忠夫さんだけではなかったらしい。
 美神さんは巨大蜘蛛を見つめると、神通棍を構えた。
 そして、高笑いする。
「はっはっはっはっは。ここで俺様にあったのが運の尽きだ!! この超絶最強美神令司様が、お前を極楽に送ってやるぜ!!」
 よし、絶好調だ。……ん?
 俺は隣であんぐりと口を開いている忠夫さんを見た。
「どうしたんすか?」
「い、意外だったんだ。ゆ、雪之丈みたいだな……」
「え? ええ、なんか気があってるみたいすけど?」
「そ、そうか。男女の差ってのもあるのかもしれないけど……やっぱり別人なんだなぁ」
 しみじみと呟く忠夫さん。
 そうこうしている内に、巨大蜘蛛は動いた。その巨大な質量そのままに突っ込んできたのだ。
 だが俺は別に心配していない。蜘蛛の強さによっては介入しようと考えていたが、あの程度なら美神さんにかすり傷一つつけることはできないだろう。相手の力量くらい、見ただけである程度は予想がつく。
 そして俺の予想通り、美神さんは蜘蛛の攻撃を横に跳びながらあっさりとかわした。もちろん、ついでに神通棍で斬りつけるのも忘れない。しかしその一撃は蜘蛛の表面ではじかれてしまう。
「硬いな」
 美神さんは呟くと、にやりと笑った。その顔を見た俺は、どうやらあっさりと本気を出す気になったことを悟る。同じようにそれを悟ったおキヌちゃんも、美神さんから距離を取っている。
 俺は忠夫さんを見た。
「本気になりそうっすけど、止めなくてもいいんすか?」
「大丈夫だ。例えバラバラにされても、こいつがあるからな」
 忠夫さんの手から文珠がのぞく。『採』『取』やら『復』『元』といった文字が見て取れた。
「そうっすか……?」
「ああ。それにしても、俺の世界の美神さんよりも数段強いな」
 忠夫さんは感心したように美神さんを見ていた。その様子を見ながら俺は考える。
 美神さんが傷を負わないのは確定だ。本気になったのだからなおさら断言できる。だから心配するべきは、血清を手に入れることだけだ。
 忠夫さんはバラバラといったが、そんな程度じゃすまない事は忠夫さん本人もわかっているはずだ。それでも余裕で見物しているのだから、これ以上は余計な心配なのだろう。
「行くぜ!」
 美神さんの身体が紅蓮の炎に包まれた。美神さんの特殊能力の一つ、念力発火能力を発動したのだ。
「おおおおお!!」
 さらに美神さんは炎に霊力を練り込む。霊力を込められた炎は浄炎となり、一切不浄を焼き尽くす不動明王の炎となる。
 これこそが美神さんの真骨頂。相手が魔性の存在である限り、絶大な力を発揮する。
「食らえええぇえ」
 美神さんの手から深紅の炎が迸った。そして炎は、怯えたように後ずさった蜘蛛を真っ直ぐに捉えた。蜘蛛を捕らえた深紅の炎は、一転して白く輝く。浄化が起こっているのだ。
 薄暗い地下鉄内がまるで真昼のように明るくなった。そして俺は、光の中心にいる蜘蛛が灰も残さず燃え尽きる様をはっきりと見た。
 やがて蜘蛛を焼き尽くした炎が消えると、地下鉄内は元の暗さを取り戻した。
「ふう。終わった終わった。どうだ、横島。俺にかかったらあんなのは一撃だ!」
「一撃目は神通棍でしょうに」
「まあまあ。さすがですよ、美神さん」
 俺達を振り返って胸を張る美神さんに、俺とおキヌちゃんは苦笑した。なんにせよ問題なく仕事は終了したのだ。後は天井に張り付けられている人たちを助けて帰るだけ。いや、血清も手に入れなくてはいけないか。灰も残らないくらい焼き尽くされた状態でも『採』『取』できるのだから、文珠ってのは凄いもんだ。
 と、思っていると。
「あれ……忠吉さん? どうしました?」
 美神さんの怪訝な声に俺が振り向くと、忠夫さんは顎が外れるかと思うくらい口を開き、呆然と先ほど蜘蛛が焼き尽くされた場所を見ていた。
 それは端からでも一目でわかる動揺。想定外のことが起きたという……そんな顔だった。


 で、二時間後。
「あああああああ!!」
 昨夜と同じように、煎餅布団の上で頭を抱えて転がる忠夫さんがいるわけで。
「なんで美神さんが念力発火能力を使えるーー!! そりゃあんたの能力じゃないだろがーー!!」
 あの後、捕まっていた乗客を美神さんに任せた俺達は、なんとか血清を得ようとあがいてみた。もっとも足掻くのは専ら忠夫さんだけで、俺は見ていただけだが。
 その場で『採』『取』やら『復』『元』といった文珠が、何の効力も発揮せずに湯水のように使われる様を俺は見た。文珠の能力を超えていたため、結果を導けなかったらしい。
 文珠でも可能不可能はある。失われた物を取り戻すことはできない。時間を巻き戻すことも、死者を生き返らすこともできないように……。そう忠夫さんは帰り道で呟いたっけ。
 それでもあの場で文珠を使いまくったのは、やはり錯乱していたからだろうか……。
「ううう、なんてこったい。……俺がここに来た意味は何一つ無いって事になっちまったい」
 転がっていた忠夫さんは、今度は身体を丸めてさめざめと泣き出した。
「あああ。俺ってやつぁ、いつまで経ってもこんなんか」
「ま、まあ、やっちゃったもんは仕方ないじゃないっすか」
 さすがにフォローを入れようとする俺。
「失敗は取り返せばいいんすから……」
「……確かにそうだけどな」
 忠夫さんは溜め息をつくと、体を起こした。
「この時代で駄目なら、また別の時代……か。やり直せるだけありがたいと思わなきゃいけないよな」
「そうそう、そうっすよ」
「……すまんなあ、迷惑を掛けて」
「言ったでしょ。他人事じゃないっすから」
 忠夫さんは、やっと笑顔を見せた。多分に苦みがきいていたが。
「じゃあ、迷惑ついでに頼みがある。文珠を分けて欲しいんだ。さっき無駄に使いまくっちまって、時間移動する為の分が無くなっちまった。一つでいいんだ。頼むよ」
「……は?」
 手を顔の前に出して拝むまねをする忠夫さんに、俺は首を傾げた。何を言っているのかわからなかったからだ。
 しかし次の瞬間、俺の中に理解が拡がった。考えてみると、忠夫さんがミスしまくっている理由は何もかもこいつのせいだ。
「歴史……いや、次元の差異ってやつか。思いこみって怖いんすねぇ……」
 しみじみと呟き、そして溜め息。
「なんだ、どうしたんだ?」
「いえ……どういえば忠夫さんのショックが少ないか考えたんすけど、どういっても無駄だろうなと思ったら、溜め息がでたっす」
「……なんだか嫌な予感がするが、今のところ意味はわからん……」
「えーつまり、簡単に言うと……俺、文珠使えないっす」
 だから無論、忠夫さんに文珠をあげることはできない。
「………」
 俺の文珠使えない発言は、忠夫さんを石像のように固まらせた。そのまましばらく、忠夫さんは俺を呆然として見ていた。……実際見えているのかは疑問だ。
 やがてその身体がゆらりと動くと、そのまま煎餅布団の上に力無く倒れ込む。
「あーあ。この光景を見るのも二度目だなぁ」
 忠夫さんの身体から魂が抜け出る様を見ながら、俺は頬を引きつらせるのだった。

 いまここに、横島忠夫の残留が決定した。


あとがき
 想い描いた通りに文章にする。
 いやぁ、難しいねぃ。

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