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▽レス始

「忠雄の世界(GS)」

テイル (2005-09-19 01:58)
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 不思議なことは慣れっこだ。常識なんて言葉は、美神さんの所へバイトを始めてから数億光年もの彼方へ行ってしまった。今自分にあるのは、非常識及び日常的に起こる非日常的な毎日だ。
 魔族と戦った。
 伝説級の魔狼とも戦った。
 時を越えて中世にも行ったし、平安時代では自分の前世にも会った。
 自分のことにしたって、既にただの人間とは言えないだろう。人狼以外ろくにいない霊波刀の使い手。そして幽世にかかわり、迷える魂や害なす悪魔を払うGSの見習いだ。今の世から見れば希少な存在。普通ではない存在といえる。
 それが俺、横島忠雄なのだ。今まで信じられないようなことを当たり前のように見聞きし、そして経験してきた。だから、これも驚くには値しない。
「おお、ここはアパートか!? なつかしい!!」
 そう、例え虚空からいきなり背広姿の男が現れようとも、ここが俺の住むアパートの部屋の中だろうとも、別段驚くには値しない。
「おお、お前は忠夫か!? 変わらんなー」
 そしてその見知らぬ男が、親しそうに自分に笑いかける様も、別段驚くには値しない……はずだ。
「そうだ! こうしちゃいられない! 行くぞ、ついてこい!!」
 あげくにいきなり人の手を引っ張りどこかへ連れて行かれそうになったとしても……驚くか、普通は。
「さあ、急げ!!」
「はあ」
 それでもおとなしくその男の言葉に従ったのは、この男がどこかであったことのあるような、懐かしさを感じたためだった。
 ……で、一時間後。俺達は競馬場にいた。
 熱気が周囲を包んでいる。これがギャンブル熱とでもいうのだろうか。なにやらぶつぶつと呟きながら新聞に赤鉛筆でなにやら書き込む者、馬券を握りしめ祈る者。そこから伝わってくるの勝ちたいという欲望だ。
 まあ、やるからには勝ちたいのが普通だ。もっとも、そんなものとは無縁の者もいる。勝ちたいと思っていないわけではないだろう。しかし勝つのが普通となっている為、そんな欲望が入ることもないだけだ。
 誰のことであろう、俺をここに連れてきた男のことである。さっきから俺をそっちのけで競馬に熱中していた。
 ……あ、レースが終わった。
「うははははは、また当たりじゃぁ。くぅ〜楽しい! いつもこうだったらいいのに!!」
 周囲の冷たい目が集中するのもお構いなしに、男は高笑いする。
 それにしても、さっきからただの一つもはずさない。一点買いで的中させまくっている。……どういう運気を持ってんだろう?
「それにしても」
 俺は男を見ながら思う。やはり、どこかであったような気がする男だと。しかしそれがどうにも思い出せない。あの目鼻立ち、声……。どこかで覚えはあるのだが。
 可能性としてあるのは、俺が物心つく前に会ったことがあるという場合だ。これなら覚えているわけがないし、何となく感覚に引っかかる理由もわかる。だとすると、この男は親戚筋の誰かが濃厚だろうか。考えてみると俺になんか似てるし。
 親父方にしろお袋方にしろ、物心ついてから親戚に会った覚えがない。だから俺は親戚にどんな人がいるのかも知らない。というか、いるのかどうかも知らん。けど、もしこの男が俺の親戚で、俺が物心つく前に会っていたのだとしたら……さっき会ったときに懐かしがった理由もわかるのだ。
 まあ結局は想像に過ぎないし、本人に直接聞くのが一番早いんだろうけど……この調子だと男はひたすら競馬をやっていそうだった。勝ってんのにやめる道理はないだろうし……しばらく話は聞けないだろう。
 と、思っていると。
「よし、帰るぞ!」
 意外にも男はそう言って俺を振り返った。
「え、なんでっすか? 勝ってるんでしょ?」
「ふっふっふ。それがな、もう金が入りきらんのだ」
 そう言って俺に札束で満載のバッグを見せる。とんでもねえ男だ……。
「よし、次だ!」
 そのとんでも男は、そう言って俺を再びどこぞに引っ張っていく。
 で、次についたのはキャバクラだった。薄暗い部屋の中、化粧をした女の子達が香水の匂いをぷんぷんさせながらすり寄ってくる。みんな美人で色っぽい。女好きの俺のことだ。本来なら暴走しそうな状況だけど、初めての環境ってゆーか……柄にもなく緊張しちまってなんもできん。目の前におかれたアルコールにも、全く手が出せない……。
 反して目の前には、女の子の肩に手を回してはっちゃけまくる男がいる。
「ようようどうした!? 女の子好きだろう?」
 堅くなっている俺に、男が笑いながらグラスを持ち上げた。
「もっと楽しめよ。金ならあるんだからさ」
「いや、どーも緊張しちゃって……」
「はっはっは。そうかそうか。初な時期もあったんだなあ」
 上機嫌で笑いながら、男はかぱかぱとグラスを空けていく。
 その男が浮かべる表情は、完全に俺に気を許したものだった。そのことに俺はさらに困惑を深める。
「あの」
「ん?」
 本当は、こんな事言うのは失礼なのかもしれないけど……仕方ない。このままの状態の方が、結局は失礼にあたるだろう。
「えーと。実は……あなたが誰なのか、思い出せないんすよ」
 俺がやっと口にした疑問の言葉に、男はきょとんとした表情を浮かべた。
 そして次に、何故かにやりとした笑みを浮かべる。
「すまないけど君たち……」
 男はそう言って女の子達に席を外させた。えー、つまんなーいとか言いながら、それでも大人しく席を外す女の子達に、男は手を振る。
「さて」
 完全に女の子が周りからいなくなったのを確認すると、男は俺に新聞を差し出した。この新聞は覚えている。競馬場で男が握っていた奴だ。
「日付を見てみな」
 言われるままに新聞を覗き込み、日付が印字されている欄を見る。
 ……ん? あれ? なんか、おかしいな。
「これ……明日の日付になってません?」
 男はにいっと笑った。
「ふふふ。その通り。おかげで今日のレースははずしようがなかった。大儲けだ。で、次はこれだ」
 ぽかんとした表情を浮かべた俺に、男は免許証のようなものを見せた。
 そこの書かれている内容に目を通し……俺は目を見開く。
「これは……」
 それはGSの許可証だった。しかもやはり発行日が遙か未来の日付になっている。そしてそこに記載されている人物に、俺は驚きの表情を浮かべた。
「横島……忠夫?」
 何だこの名前は……。
「そうだ。俺は十年後の未来から、女房を助けるためにやってきたんだ。女房の名は……美神令子!」
 力強く言った忠夫さんの言葉に、俺は何も返すことができない。そして……沈黙が俺達の前に横たわった。
 俺は狐につままれたような、不思議な感覚を覚えていた。何といっていいのか、どういう反応をすればいいのか、わからないのだ。
「……あれ?」
 俺の反応のなさをいぶかしんだ忠夫さんが、声を漏らした。
「あんまり……驚いてないようだな」
「というか、よくわからなくて」
 俺はそう言って頬を掻いた。そしてとりあえず最大の疑問をぶつけてみる。
「あの、その美神令子さんて誰なんです?」
「は……?」
 忠夫さんの頬が引きつった。想定外の質問だったのだろう。端でわかるほどの動揺だった。
「えっと……美神令子は美神令子、だろ? その……お前の雇い主の、さ」
「俺の雇い主は、美神令司って言うんですけど……」
「………」
「………」
 二度目の沈黙は長かった。
 忠夫さんの額から、汗がだらだらと流れ始めている。
「あー、その、君の名前だが……横島忠夫で良いんだよな」
「俺の名前は横島“忠雄”っす」
「今なんか、違和を感じたんだが……」
 黙って俺は自分の懐を探った。そして学生証を取り出すと忠夫さんに差し出す。
「が、学生証か……」
 頬を引きつらせながら、忠夫さんは俺の学生証を覗き込む。そこにはもちろんこう書いてある。
 横島“忠雄”と。
「……ぬぁ!?」
 忠夫さんは目を見開くと、俺の顔を食い入るように見た。
「ぅあ!? ぅお!?」
 妙な声と共に、学生証と俺を交互に指さす。
 とりあえず俺は黙って頷いた。
「もはぁ……」
 生身の身体から魂が抜き出る光景というのを、俺は初めて目の前で見た。


 茫然自失で口から魂を吐いていた忠夫さんが我に返ったのは、それから一時間後、俺の部屋でだった。バッグから適当に万札を抜き取って支払いを済ませ、俺が部屋に連れ帰ったのである。
 あの状態でキャバクラにいるのは、苦行以外のなにものでもなかったし。
 で。
「あああああ。また俺はパラレルワールドに来ちまったのかぁぁぁ」
 頭を抱えて煎餅布団の上を転がる忠夫さんがいるわけで。
 またって言うのは、以前にも似たようなことがあったんだろうか……。
「いや待つんだ俺! 諦めるのは早いぞ。例え同じ時間の流れになくても、大筋が変わらなければ望みはある!!」
 がばっと身を起こすと、忠夫さんは俺を見た。
「頼む。力を貸してくれ!!」
「まあともあれ、もう少し詳しい事情が欲しいんすけど」
「そ、そうだな。うん、こういうときこそ落ち着かなくては。……よし、寿司でもとろう」
 話かみ合わず……。しかもどういう思考の末そうなったかはわからないが、おもむろに受話器を取ると寿司屋に電話する忠夫さん。
 いや、嬉しいけどね。俺としてはさ。
「ぬぬぬ」
 見守る内に受話器を降ろすと、何故か唸る忠夫さん。どうしたんだろう? 注文できなかったのだろうか。
「くそ。現在使われておりませんだと? やはり時間の流れが違うからか。最近のお気に入りの寿司屋だったのだが……」
 いや、待て。住所や電話番号は基本的に変わらないんじゃないだろうか? そうでなければ、このアパートの俺の部屋にも来られなかっただろうし。
「それは単に時代が違うからじゃ……」
「ぬあっ。そうか!!」
 大丈夫かこの人。
 どうやら思っていた以上に動揺しているらしい。
 俺は麦茶を入れたコップを忠夫さんに手渡した。
「とにかく落ち着いてくださいよ。俺わからないことばっかりなんだから、しっかりしてくれないと困るっすよ」
「うう、そうだな……」
 忠夫さんは麦茶を一息に飲み干すと、深呼吸した。
「いや、すまん。動揺してしまった」
 言われなくてもわかってる。
「とにかく、事情を説明してください」
「あ、ああ」
 俺の二度目の言葉に、ようやく忠夫さんは頷く。
「あー、さっきも言ったが、俺は美神令子を助けに来たんだ。彼女は現在――俺の時代だが――入院中でね。このままでは死は確実って状況にまでなっちまってる。その原因というのが、昔除霊中に負った傷だったんだ」
 忠夫さんは訥々と語りだした。
「その除霊の相手が毒蜘蛛でね。遅効性の毒を持っていたんだ。それが今になって、彼女の命を脅かしている。彼女を救うためには、使用された毒から血清を得なければならない。それ以外の方法では、どうしようもないんだ」
「つまり、その除霊というのが……」
「ああ。この時代、数日中に行われる。だから俺は、できるなら除霊中に傷を負わないよう彼女を護るか、もしくは最低でも血清を手に入れるためにこの時代に来た……つもりだったんだよねえ」
 あ、落ち込んだ。
「それが何? パラレルワールド? いや、その可能性も考えていたけどさ。歴史の流れどころか、設定すら変わってるってどうなのよ。これじゃ最悪、毒蜘蛛すらいない可能性があるじゃんか」
 かなりきわどい発言をぶちかます忠夫さん。
 しかし大体の事情はわかった。
「えーと、つまり俺がやるべき事は、忠夫さんを令司さんに引き合わせることっすね。その問題の除霊についていければいいんすから」
「ま、そうだね。絶対に連続してないから、血清の入手は必須だけどね」
 ちょっといじけたように呟く忠夫さん。しかし一転してまじめな表情を俺に見せると言った。
「でも、感謝するよ。君には本当に関わり合いのないことなんだから、さ」
「いえいえ。例えその存在が違ったとしても、時間移動までしてきた人を無下には出来ないっすよ。それにしても、どうやって時間移動なんか……?」
 俺の知る限り、美神の血筋しか時間移動の能力を有している存在は知らない。その美神令子さんて人は、毒で時間移動なんて大技使えるような状態とも思えないし……。
 その俺の疑問に、忠夫さんはその右手に無数の珠を出現させた。そしていとも簡単に言う。
「こいつを……文珠を使ったんだよ。かなり字数を使うから、しんどいんだけどな」
「これは……凄いっすね……」
 俺はその光景を食い入るように見た。こんな光景、なかなか見られないぞ。何せあの伝説の文珠だ。
 ……ん?
「あの忠夫さん」
「なんだ?」
「その文珠で解毒はできないんすか?」
 文珠はある一定のキーワードによって、蓄えた霊力を解放して奇跡を起こす空想具現化能力だ。毒抜きぐらいできそうなんだが……。
 しかし俺の言葉に忠夫さんは首を横に振った。
「不可能だ。……できないんだよ」
 その悲しげな顔に、俺はそれ以上聞いてはいけない事なのだと知った。
「そうですか。ま、とにかく明日令司さんに紹介しますよ。血清さえ手に入れられればいいんすもんね」
「ああ。頼むよ」
 そう言って忠夫さんは笑って見せた。


あとがき
 なるようになる……つー訳で長編になるでしょう。
 ちなみに、「小笠原エミ〜」と関係があります。

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