<大樹>
どうやらこの美少女は息子を預かってくれることを承知したくれたらしい。知らない人でも美女なら安心して眠っているところを見ると、俺の血をとても色濃く引いているのがよく分かる、愛する息子。少々厳しく接しているが、俺が息子を愛しているのに嘘偽りはないし、そのためなら土下座など屁でもない。
妙神山のただおくん〜プロローグその三〜
息子が魔族に狙われていると分かったのは二ヶ月前だ。最初の襲撃で三人とも生き延びているのは今思えば僥倖だっただろう。たまたま唐巣という神父兼GSに息子の周りのオカルト現象について相談しいる時だったということも運が良かった。彼がいなければ間違いなく全員殺されていただろうから。
彼は腕の良いGSだったし人も良さそうだったから最初は彼に預かってもらおうと思ったが、彼はGSのくせに異常なほど貧乏だ。預ければ忠夫は魔族に殺されてしまう前に餓死してもおかしくない。神父もそれが分かっていたのだろう、ここ妙神山を勧めてくれた。ここの管理人の神族は武神でとても強く優しいのだと言っていた。それに女性でもある。神父は優しいが男だ。赤ん坊には女性の包み込むような優しさが必要だからな。
「ありがとうございます。では私たちはこれで。忠夫に関することはこのノートに全て書かれていますから」
百合子がそう言って彼女にノートを渡す。名残惜しそうに忠夫を見ながら。
「あなたたちはどうするのですか? この子が狙われているならあなたたちも危ないのでは」
「そうですが、俺たちには俺たちでやることがあります。忠夫がなぜ魔族に狙われるかを調べなければ、例え今狙っている魔族を倒せても解決にはなりません。そのために一度身を隠す必要があります。ちょうどナルニアへの転勤が決まっていたので、そこで身を隠しながら魔族たちについて調べようと思います」
…これは賭けだな。正直原因が分かる前に自分たちが殺されてしまう可能性の方が高い。殺されるだけならまだいいが忠夫を殺すための人質にでもされてしまうかもしれない。そういう意味では自分もここに匿ってもらうほうがよいのだろう。だがそれでは何も解決しない。それに俺たちは守るよりも攻めるほうが似合っているからな。
…俺の場合は夜の方もな。
「分かりました。この子は神族小竜姫の名にかけて必ず守り通します。あなたたちもお気をつけて」
息子に別れを告げる。百合子はさすがに目頭を熱くして忠夫の頬を撫で続けている。俺はそれを見ながら百合子の肩を抱く。山道を下る途中も百合子は何度も門を振り返っている。俺は振り返らない。もし振り返ればこの決意が鈍ってしまいそうだから。
さあここからは二人だ。久しぶりに新婚気分でも味わおうか。それぐらいの役得はあってもいいだろう、息子よ。
また、会おうな。
<???>
ちっ、あいつ妙神山に逃げ込みやがった。デタントなどどうでもいいが準備の整っていない今はまずい。いくら私たちの後ろにいるのがあの方とはいえ、今問題を起こして魔界正規軍や神族共に目を付けられればそれこそ終わりだ。…当分は直接的な行動は控えるべきだな。
今、私の目線のはるか先には目標の親がいる。飛行機でナルニアとやらに向かっているところだろう。日本を出られるのは少々不味いが仕方ない、さすがに重力下でジェット機に追いつくことはできない。
こいつらに霊的能力はないが、とにかく他の能力が高すぎる。特に情報操作と隠蔽にかけては私でも舌を巻く。おかげで奴らの居場所の特定がほとんどできず、むしろいいようあしらわれてしまった。ホテルで私が騙されてダミーの部屋を襲撃した時、実は隣に泊まっていたと後で判明した時は脳の血管が切れかけた。
最初にあの赤子があの方を滅ぼすキーとなると聞いた時は半信半疑、いやほとんど信じていなかったがあの両親の血を引いてなおかつこれから霊能力に目覚めれば確かに厄介な奴になるかもいれないと今は思う。奴の言葉はあながち嘘ではなかったようだな。
とはいえ所詮は人間。いくら能力が高くてもいずれ限界が来る。いくらなんでもあの方を倒すほど強くなるとは思えない。だが、いやだからこそ奴の言葉は今でも私の記憶に鮮明に残っている。
『だがこの世界には宇宙意志というものがある。例えいまその坊やを消しても、大まかな流れは変わらないんじゃないのかい?』
『確かに、普通なら世界の結果をひっくり返すようなことはできん。世界の修正力が働くからな。しかしあの時世界はあの方が作られたある装置の効果で、存在そのものがひどく不安定になっていた。多様な未来が存在するほどな』
『平行世界ってやつかい?』
『少し違うな。よく木の枝を平行世界に例えるが、その枝も結局は元の太い幹に戻っていく。結局おおまかな流れが変わらないようにな。だから今あの男を殺しておいても、あの方はあの装置を発動させるだろう。だがそこから先の未来は不確定、本当の平行世界が待っている。あの時人間共が勝ったのは悪運と宇宙意志、そしてそれを呼び込むことのできる能力を持つあの男がいたからだ』
『そいつを殺せば、違う未来ができると?』
『恐らくは、な』
『頼りない言葉だねぇ』
『私とて世界のシステムにそこまで詳しいわけではない。あの方の持っていた資料から学んだだけだからな。全ては憶測に過ぎん、がやってみる価値は多分にある』
『まあ、私としても二度も殺されるなんて未来は真っ平だし、手伝ってあげるよ』
『すまんな。私としては今ここにいるのは偶然の産物なのだが、どうせ来てしまったのなら違う未来が見てみたいしな』
…しかし、あいつの言っていることは大物っぽいのになんか雰囲気が小物っぽいんだよねぇ。まあ当分は暇だし、自分のためでもある。妙神山に逃げ込んだということは小竜姫と刃を合わせることもあるだろう。だが取り敢えずは様子見だ。
続く
あとがき
予告通り今回はシリアスです。最初はこの後大樹たちの乗った飛行機が落とされて生死不明って感じも考えていたんですが、さすがにそれをやると物語が暗くなるので彼等には外国に逃げてもらいました。
さて、今回でなぜ忠夫くんが狙われるか大体分かったと思います。ええ、何のひねりもありません。すごい理由を想像してくれた方には肩透かしだったかもしれませんが、これのメインはあくまでほのぼの(というか小竜姫様の暴走?)がメインなので。シリアスはあくまでスパイスです。だから敵役にもそんな大きな謎はありません。行動理由も特に裏はありません。
ちなみに平行世界うんぬんやあの装置の解釈はぶっちゃけ適当です。そんな解釈がメインではありませんので(言い訳がましいですが…)。だからまあこの方面での突っ込みは少し勘弁してください。
大樹たちのナルニア行きも、前回が無理やり行かされたのに比べて今回はほとんど自ら立候補しているため、早めに行きました。実は今回の騒動で息子を守るため彼等に財産はほとんど残ってません(だから神父に養育費を渡して育ててもらうということができなかった)。どんなに優秀でもあくまでサラリーマンですから、それほどの所得はまだないんです。だからどうせ日本を離れるなら会社の金で行こうというわけです。
世界うんぬん以外の突っ込みがあればぜひどうぞ(根本的におかしいというなら世界の指摘もどうぞ)。次回からいよいよ本編が始まります。忠夫くんはまだ小さいのであまり動かすことができませんが、その分小竜姫様が動きまくります。多分ヒャクメと老師辺りも出てくるかと。
ではこの辺で。