<小竜姫>
私が仏罰を下す前に男の方はもはや虐殺と言って構わないほど殴られまくって血溜まりに沈んだ後、その張本人がこちらに向きました。いつのまにか彼の背中から剥がしたのか、愛おしそうに赤子を抱えて彼女は言いました。…どことなく顔が晴れやかなのは気のせいでしょうか。
「あなたが神様ね? どことなく普通の人と違うもの。初めまして、私の名前は横島百合子。こっちは夫の大樹。そしてこれが息子の忠夫よ」
百合子と名乗った方はそう言って赤子とかつて人だった名残を残しているものを指しました。その新鮮な肉片はぐにぐにと集まり元に戻っていきます。…いつから人の生命力は神を超えたのでしょうか?
妙神山のただおくん 〜プロローグその二〜
<百合子>
目の前にいるのはせいぜい18,9歳のただのほんわかした少女にしか見えないが、私の勘は彼女が普通の人間ではないことを告げる。会社で要人と取引した時とは比べ物にならないプレッシャーが内包されている。…私にはオカルト知識は無いが、ここ最近様々なオカルト現象が近くで起こったため多少は霊感が養われてきたのかもしれない。そもそも魔族に出会って生き残っているだけで結構凄いらしいし。
「あなたに頼みがあるの。時間がないから手短に言うわね。私の息子は魔族に狙われています。しかもどうやら組織的に。私たちは相手が人間ならどんな手からも息子を守りきる自信があるけど、魔族相手ではそうはいかないわ。ここ一ヶ月オカルトを勉強したけど、知れば知るほど私たちには息子を守ることができないと分かったわ」
夫が徐々に再生していく様を唖然しながらと見ている目の前の神様―確か小竜姫様といったか―は、すぐにこちらに向いた。…何を考えているかはとてもよく分かるが、取り敢えず夫は普通の人間だ。
…多分。
「GSに頼むことも考えたけど、無理だったわ。ほとんどのGSは相手が魔族と分かると腰が引けてすぐに断ってしまうし、唯一引き受けてくれそうなGSは娘と共によく行方不明になるらしいし、もう神様に頼むしかないの。お願いです、息子を守ってください」
そう言って私は土下座をした。自分よりどう見ても若くしか見えない少女に土下座することは、屈辱に感じないと言えば嘘になる。だがもしそれで息子を守ってくれるのなら安いものではないか。
「俺からもお願いします。俺たちは息子一人守れない不甲斐無い親ですが、それでも誰よりも息子を愛しています。どうか息子を預かって下さい」
いつの間にか再生した夫も土下座する。夫は私以上に土下座は嫌いのはずだ。夫は今までどんな取引でも土下座をしたことはなかった。あくまでも自分の能力だけで取引を成功させてきたのは夫の誇りだからだ。それも捨てた。
「か、顔を上げてください、お二人とも。まずは詳しい話を…」
「そうしたいのは山々なんですが、俺たちにはもうあまり時間がないんです。お願いします!」
夫が地面を額に擦り付ける。尖った小石がちょうどそこにあったのか、夫の額からは血が出ている。それでも頭を上げようとしない。…もう時間がない。私は無理やりに近い形で小竜姫様に可愛い息子、忠夫を渡した。
<小竜姫>
困っています。とても困っています。強引にこの子を押し付けられましたが、この子が魔族に狙われているのが本当なら事は重大です。私が守るということは下手すればデタントに影響を及ぼしてしまいます。とはいえここまでして頼んでくる彼女らの思いを無下にしたくはありませんし、なにより魔族から人間を守るのも神族の立派な勤めです。どうすればいいのでしょう。そう思って腕の中の赤子を見ました。
…可愛いです。
人間の赤子というのはこんなにも可愛いものなのでしょうか? 赤みの掛かった頬はぷにぷにと柔らかく、小さな腕は軽く捻るだけで折れてしまいそうです。ああ、このままぎゅっと抱きしめて頬ずりしたらどんなに気持ち良いか…。
はっ、軽くトリップしてしまったようです。いけません、事はデタントに影響するのです。可愛さに負けて軽く引き受けてしまうなど……。
「小竜姫様、もし預かってくれれば私たちは当分向かえにはいけないから、その子を独り占めできるんですよ?」
百合子さんがとても魅惑的な囁きをしてきます。独り占め…。このふにっとした頬も、暖かく柔らかい体も、可愛らしい寝顔も…。
はっ、またトリップしてしまいました。くっ、人間の赤子の魅力、恐るべしです! 駄目です、そんな簡単に預かったら。人様の子をきちんと育てる自信などないですし、そもそも勝手に預かったこと老師に知られたら…。そうです、まずは神界に居る老師と相談して…。
「ふにゃ?」
赤子が起きました。しかしまだ寝ぼけているようです。目を擦りながらなにやらふにゃふにゃ言っています。
「ふにゅ…」
そう呟いて私に擦り寄りながらまた眠ってしまいました。
ふふふ、ええ来ましたよ。これは運命です。宇宙意志がこの子を預かれと言っているのです。
デタント? ははっ、何ですかそれは?
「分かりました、お子さんをお預かりしましょう!」
そうです、これは人助けです。神族として人を助けるのは当然です。だから無問題です! そうに決まっています。というか今決めました!
続く
あとがき
ちょっと小竜姫が暴走してしまいした。皆さんが続編希望をしてくださってたので急いで書きました。まあ内容は前から考えていたのですが。
皆さんのレスはとても励みになります。次はちょっとシリアスっぽくなりますが、なぜ忠夫くんを妙神に預けようと思ったかまでを(今まで出番の無かった)大樹が語るので物語上仕方ありません。シリアス無しって言いましたがちょっとはあります。あと戦闘もあります。ただ絶対にダークにはなりませんし、戦闘もあまりメインではありません。次の次ぐらいから始まる忠夫くんと小竜姫様のほのぼの(壊れ?)があくまでメインですので。
ではこの辺で。
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