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「あるいは、幸せの詩を 第5話(GS+AIR)」

長門千凪 (2005-09-29 12:12/2005-09-29 12:17)
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第5話 人形と白衣


「さあ! 楽しい人形劇のはじまりはじまり〜、だっ!」

「わ、わーーーい………?」


えらくハイテンションになっている男に困惑しつつも、横島はとりあえず相槌を打っておく。
しかし、その言葉は空しくもすぐに虚空へと掻き消えてしまう。
それもそのはず。
今から人形劇を始めようとしているのに、観客は横島一人なのだ。
人の往来はあるのだが、彼らはこちらに見向きもしない。
………何だか、かなり寂しい状況だ。

まあ、この男のハイテンションさはそこにも起因しているのかもしれない。
要するにヤケになっているのである。

加えて――――――


“スキを見つけてとっとと逃げちゃる! こんな胡散臭いヘボ芸人とは付きあっとれん!”


横島も横島でこんなことを考えている。
傍目には楽しいはずの人形劇だが、両者の内面がのっけからえらく微妙な状況でスタートしたのである………


「それでは、行くぞ………。」


男は真剣な表情で、うつ伏せになっている人形に向けて両手をかざす。


「ムン!」

ムクリ

「………へ?」


ボロボロの人形が前触れもなく、急に起き上がる。
見えない力に引っ張り上げられたかのように。


トッタッ、トッタッ


人形は大げさに手と足を振りながら、横島の眼前を左右に行ったり来たりする。
人形が歩いている。
そこには一切の違和感も見受けられない。
非常にスムーズかつ自然な動き。


「ほ〜れ。凄いだろ〜? 不思議だろ〜〜〜?」

「こ、こりゃ確かに………。」


そう。
確かに不思議である。
最初は透明な糸で吊って操っているのかと思った。
しかし、どんなに目を凝らしてみても、糸らしき物体は微塵も見受けられない。
まあ、それだけならば、ただのイリュージョンとして片がついただろう。


グッ、グッ

「はい、ラジオ体操! イッチニー、サンシー!」


非常に人間的な動き。
人形劇には理想的な動き。
しかし――――――


“さすがに繊細すぎるだろ………!?”


そうなのだ。
この人形の動きは人間の動きと比べても全く遜色がない。
普通の人形使いができうる演技の範囲を遥かに超えている。


“こりゃどっからどうみても普通じゃないよな………? 何だか面白くなってきたぞ………。”


目の前に広がるは不可思議に満ちた劇場。
それは未知の神秘か、はたまた人造の幻覚か。
どちらにしても、横島はこの光景をもう少し注視することにした。


男はそんな横島の姿勢の変化に気付いたのか、口元を僅かに吊り上げる。
そして、それに応えるがごとく、様々な技を披露し出した。

走る、跳ねる、逆立ち、前転、バク転、側転などなど………。

全ての動きはその道熟練の人間を彷彿させるがごとく。


「うーしっ! 仕上げだっ!!」


どうやらクライマックスのようだ。
人形は助走でも付けるのか、後ろ向きに歩いて距離を稼ぐ。

片手が挙がる。

走り出す。

中々のスピード。
そこらのネズミと競争させたらいい勝負になるかもしれない。

側転。

バク転。

さらにバク転。

――――――そして、踏み切り。

外観からして、明らかに軽そうな人形がフワリと宙に舞う。

一回転。

二回転。

極めつけは一回ひねり。

最後に、フワリと羽が地に触れるように着地。


「これぞ必殺、伸身ムーンサルト………。ふ、決まったぜ………。」


確かに決まった。
ここに得点ボードがあれば、文句なしの高得点を叩き出しているだろう。
観客の歓声が今にも聞こえて来そうな演技だ。

凄い。
凄いのだが………。


「人形劇としては面白くないよな………。」

ビシリ


横島は大阪育ちだ。
今は東京に居住しているとは言えど、芸を見る目は大阪に居たときにそれなりに鍛えられている。
元がボケ役なだけに、笑いを取るコツもそれなりに知っているのだ。
そんな彼からすれば、この程度の劇で笑いを取るなどなど笑止千万。
100年早いわーって感じである。

しかし、人形劇を演じた男にとっては、この言葉は禁句以外の何物でもないわけで………。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………

「ハ、ハハ、ハハハハハ………。」


男は地の底から響いて来るような雰囲気をバックにして、糸が切れた人形のごとく嗤い出した。
“笑い出した”ではなく、“嗤い出した”と言う点がポイントだ。
子供たちが見たら泣きながら全速力で逃げ出しそうである。
その証拠に、男を中心とした半径10m以内には横島以外に誰も居ない。
通りがかった人も、青い顔をしてそそくさと逃げ出す始末だ。
今、この場は日常と切り離された異界空間と化してしまったのである。


「あ゛………………………。(汗)」


横島はやっと自分の状況に気付いたようだ。
頭の中ではニゲロニゲロニゲロニゲロとアラートシグナルが点灯しまくりなのだが、体が言うことを聞いてくれない。
まさに蛇に睨まれた蛙。
さらに言うなら美神に睨まれた横島だ。
離脱など物理的に不可能。
世界意思でも働いてそうである。
そんなわけで横島に残された唯一の道は、ただ冷や汗をだーだー流しながら、男がアクションを起こすのをひたすら待つことだけなのであった。


「………。(哄笑)」

「………。(汗)」

「………………。(呆然)」

「………………。(ど、どないしたらええんや〜〜〜〜〜〜〜!?)」


沈黙が非常に痛い。
まさしく沈黙の嵐。


「………ぜ………………だ?」

「へ?」


男が何か呟いている。
男の腕がプルプルと震えているので、何だかとってもヤな予感である。
横島もそれを自覚しているのか、冷や汗の量がどっと増している。


「な ぜ な ん だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!????」

「の゛わ゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!??」


男はグワッと言う効果音が似合いそうな程に勢いよく飛び上がり、滂沱の涙を流しながら横島の胸倉を掴んできた。


「何故だ!? どうしてだ!? オレは曲がりなりにもこの町に来る前はこの芸一つで銭を稼いできたんだぞ!? それがこの町に来てからは全くウケん!! 見向きもされん!! さっぱり稼げん!! これは一体どう言うことなんだ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!???」

「あ゛あ゛ーーーーーー!! スイマセンスイマセン!! 生まれてきてゴメンなさいぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


どうやら男は窮状さのあまり、ブチ切れてしまったようである。
横島をガックンガックンと揺さぶりつつ、泣きながら大声で絶叫している辺り、かなりの重症のようだ。
横島も横島で混乱の極みに居るのか、的外れな謝罪を繰り返している。
不気味な異界空間は、一瞬にして珍妙なドタバタ空間へと変化してしまった。


「お、そうだ。」

ドサッ

「ぐえ。」


男が急に手を離したため、横島は勢いよく地面へと倒れ伏してしまった。
あまりにガックンガックン揺さぶられたせいか、目を回しているようである。


「オレの芸を見たんだから一応こいつも観客だよな? つーことは初の現金収入!?」

キュピーン


男の片目が怪しく光る。
どうやら全く稼げてなかったと言うのは本当のことのようだ。
しかし、男の記念すべき初収入を阻害せんとする者もここにあり。


ガバァ!!

「ってちょっと待てぇーーーい!!!」


横島、早々に復活。


「オレは半ば強引に連れて来られて、人形劇を強制的に見せられたんだぞ!?  何で金を払わなければいかんのじゃ!? 却下だ却下! 押し売り反対ーーー!!」

「やかましい! オレは神尾家における地位向上の為に早急に金を稼がんといかんのだ!! それにいい加減にショバ代を払わなければシスコン嫁き遅れ暴力医師ひじりーにいつまでもいびられ………『ゴスゥ!!』ってグハァ!!」


握り拳を片手に自らの身の上を絶叫していた男は、いきなり昏倒してしまった。
ピクピクと痙攣している辺り、結構ヤバそうである。
近くには硬球が転がっているので、凶器は恐らくこれだろう。
………って硬球?
本当に大丈夫なのだろうか?(汗)


「診療所の門前で私の悪口を言いまくるとはいい度胸だな………。誰が婚き遅れかつ暴力医師だと………? フ、フフフ。相当死にたいらしいな………。」


声のした方に目を向けると、白衣を着た女性が腰に手をあてて仁王立ちしていた。
美人が怒ると相当怖いと言う言葉があるが、彼女は正にその通りだ。
ついさっき男が発していた程度の瘴気なんざ一瞬で霧散させちゃいそうな勢いである。
横島はそんな彼女を見て、一発で理解する。

――――――ああ、この人はオレのおかんと同類だな――――――と。

そんなわけで、シスコンは否定しないんだな、とツッコミを入れたいのだが、必死にそれを押し留めているのである。
そんなことしたら、脇でぶっ倒れている男と同じ目に遭うのは確実っぽいので。


「君、大丈夫かね? このロクデナシが迷惑を掛けたよう「いやー!! どうもありがとうございます!! 綺麗なおねーさん!!」あ、ああ………。」


いきなりナンパをかましてきた横島の勢いに、白衣の女は少々引き気味である。
それもそうだろう。
ついさっきまで脳を激しくシェイクされて目を回していた人物がほとんど間を置かずして復活しているのだ。
しかも何事もなかったかのように元気である。
非常識極まりない。
さすがは美人を見れば必ず声を掛ける男。
迸る煩悩の前には常識も限界もホワイトアウトしてしまうみたいである。


「それにしてもさっきの豪速球、凄かったすねー! 惚れ惚れしたっスよ! ところでどうっスか!? ここで会ったのも何かの縁っス! 一緒にお茶でも飲んで、その後は一夜のアバンチュールをっ!!」

「………。(シャキーン)」

「何でもないです。ハイ。」


眼前に突きつけられた無駄に鋭く光るメスに、さしもの横島も沈黙する。
誰だって命は惜しいのだ。


「ふう、まあ君は良いとしよう。で、おい。いつまでそこに寝そべっているつもりかね? さっさと起き上がらないと生ゴミとして処分してしまうぞ?」

「って待てえ!! その前にこれは何だこれは!? さすがに硬球はないだろう!?」


男も復活したようだ。
硬球をぶち当てられたのにすぐに立ち上がる辺り、横島といい勝負である。


「ふむ。だが先程の君たちの遣り取りを見るに、君はこのバンダナ少年にカツ上げまがいのことをしていたようなのだが………?」

「う゛………。いや、それはこの無駄な暑さと金が稼げない事実に対するストレスのせいで………。」

「ふむ、要するに全面的に君が悪いというわけだな。(シャキーン)」

「その通りでございます。ハイ。」


女のメスを見た途端に態度を変える辺り、この男もいい感じに卑屈である。
元の外見が悪人面なだけに余計格好悪い。


「ほら。謝罪を向けるべきは私でなくそこの少年だろう?」

「あ、ああ。」


男は横島に向き直る。


「………すまなかったな。少し気が立っていたみたいだ。」

「ああ、別にかまわねーよ。でもあの人形劇が凄いと思ったのは確かだぜ?」


横島はそう言ってクスリと笑う。
そんな横島の仕草に男も緊張を和らげたようだ。


「良かったら名前を教えてくれねーか? 人形使いさん? オレは横島忠夫って言うんだ。よろしくな。」


横島はそう言って右手を差し出す。


「ああ。オレは国崎。国崎往人だ。」

そう言って、男は幾分か照れたように右手を差し出してきた。


〜執筆後記〜

どもども。
長門千凪です。
投稿が遅れてしまって申し訳ないです!
レポートと言う名の悪魔に足止めを食らってまして………。
………すんません。
言い訳はやめますです。
しっかりしなきゃなあ………。

今話は遂にクロス先公開!
まあバレバレだったとは思いますけどね。
もうちょっと隠すような構成にした方がよかったような気もしますが。
で、目下最大の問題は他のGSキャラの扱いですね。
今のところ本編に絡ませるか、外伝での話にするかのどっちかで迷ってます。
どっちにしても、脇役にとどまる観は否めませんが。
うぅ………。
悩みどころ盛りだくさんだ………。


今回の後記はこの辺で。
次回にまたお会いしましょう!
ではでは!

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