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「世界はそこにあるか  第22話 (GS)」

仁成 (2005-09-14 14:30/2005-09-15 12:40)
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横島は車が好きである。


美神の事務所で、コブラを初めて目の前で見たときには、軽く感動を覚えたほどだ。


小学生時代、ミニ四駆にハマッていて、全国大会で三連覇するほどであったし、このことも多分に関係あるに違いない。


走る姿が好きだし、エンジンそのものも好きである。

それはテレビでWRCやF1を見れば、車が好きでない人でも分かりやすいであろう。


だが、なによりも彼は車の形状そのものが好きなのだ。


『「飛行機が美しい」と口にした場合、それは具体的にどういった意味かというと、その機体が力学的に優れた設計で飛行性能に目を見張るものがある、などと客観的かつ冷静な評価を下していると本人がたとえ信じていても、実のところ、ある特定の女性が美しいと口にする場合と、いささかの違いもない。
すなわち、それは、飛行機の表面をなす曲面の形状が美しいという、ただそれだけの単純な意味であって、それ以外のいかなる薀蓄も、はるか射程外の後方からの音だけの援護射撃と同類のものとみなして良いだろう』


と言った探偵――もしくは怪盗――がいたが、まさしく彼にとっての車もそうなのである。


さて、美神のコブラはある目的に向かってひた走っていた。

さいわい、雨も降っておらず、快適そのものである。


運転席には当然美神令子。

助手席には彼女の助手ある横島忠夫。
膝の上には小さな狐。

おキヌも二人の間で、ふわふわと浮いている。


目指す先は、おキヌにとってすべての始まりの地。


人骨温泉である。


世界はそこにあるか  第22話

――妖狐転生――


コブラは滑り込むように人骨温泉ホテルの駐車場に到着する。

さっそく三人と一匹は、ホテルの中に入っていった。

タマモはまだ狐形態で横島の頭の上ですやすや眠っている。

「あれ? あんたは……」

フロントには前の仕事で会った支配人がいた。

「今日から二部屋とってる美神ですけど」

「ああはい、伺ってます。今日はまた仕事ですか?」

「ええ、まあ」

少し言葉を濁す。

確かに依頼主がいるわけではないし、報酬もないが、GSとしての仕事には違いない。

「ほんじゃーまずお部屋をお連れしますわ。荷物をどうぞ」

そう言って、美神の手荷物を受け取る。
さすがに横島が背負っているリュックは持てないだろう。

「二部屋とったんすか?」

「何言ってんの、当たり前でしょう。それともあんたは外が良かった?」

躊躇いもなく野宿を勧めるところが凄い。

「いや、慰安旅行なんだから親睦を深めるためにも一部屋で……」

「死ね。それは二の次だって言ったでしょ」

「ぐはっ!」

美神のコンビネーションパンチが横島に炸裂する。

4・3・1・5とでも叫びたくなるほど見事なものだ。

彼の頭の上で寝ていたタマモはあまりに突然頭から振り落とされて驚くが、なんとか空中で体勢を立て直し、すとんと地面に着地する。

「どっ、どうしたの!?」

「なんでもないわ。早く部屋に行きましょう」

すぐさま人間形態になり尋ねる。

だが美神は血塗れで倒れる横島を一瞥すると、さっさと歩いていってしまった。

タマモも横島の姿を見たが、確かにこの程度なんでもないと思い、二人についていく。

横島も気力を振り絞って立ち上がると、ぼろぼろの体で歩き出した。
かなり足にきている。

『なぜか双子メイドがいたような気がしたが、気のせいか……?』

「気のせいだよッ!!」

支配人はむさ苦しい七三のおっさんである。


四人は机を囲んで座っていた。

机の真ん中には鍋。

昼間から鍋というのもなんとも贅沢な話であるが、美神たちは鍋をつつきつつ、これからのことについて話していた。

「――つまりこの辺りの地脈がおかしくなってきてるってことっすか?」

「ええ、そう。小竜姫さまが言うには、この辺りには300年ほど前に暴れまわった妖怪がいて、ここに封じれてるらしいのよ。それがどうも怪しいわ」

美神が妙神山で聞いてきたことを、この場で確認する。

小竜姫とヒャクメがさわりの部分を話してくれているので、非常に話が早くて助かる。

「300年前、ですか……」

おキヌが考え込むようにして呟く。

「300年前って、おキヌちゃんとなんか関係あるんすかね」

「おそらくね……。そもそもそういう考えじゃなきゃ、こんなとこわざわざ来ないわよ。
依頼人がいるわけじゃないんだから」

横島の言葉にかなりぶっちゃけたことを言う美神。
当然といえば当然ではあるのだが。

おキヌはさっきから俯いたまま、黙っている。

その顔はまさに不安そのものと言った感じだ。

おキヌは300年前に火山の噴火を沈めるために人柱になった、という記憶が残っているだけで、他はほとんど何も覚えていない。

はっきり覚えているのは、子守唄ぐらいである。

不安になるのも当然だろう。

「大丈夫よ。私が全部何とかするわ。
そのために道具もいつもより多めに持ってきてるんだから。
おキヌちゃんはいつも通り笑ってふわふわ浮いてればいいのよ」

「そうだよ……って、だからなんかいつもより荷物が重かったんすね!?」

ここで部屋の端に置かれている荷物をズーム。
確かにいつもより膨らみが大きい。

当社比1.25倍程度。

「なによ。文句あるわけ?」

「いや、別にないっすけど……」

美神の迫力にあっさり退散する。

現実問題として重いが、文句があるわけでもないし。

「それで、これからどうするんです?」

横島がやっと本題に入る。

「さっき支配人に聞いたんだけど、ここから少し離れたところに神社があるらしいのよ。
それも300年ほど前からあるらしいわ」

「また300年前って符号っすか……。
もしかしたら、その神社自体が何か関係あるのかもしれないですね」

「そうよ。だからまずこの神社に行くわ」

美神がそう締めくくると、今まで黙ってタマモが口を開いた。

「ねえ、私は別行動にしてもらって、実際にこの辺りの地脈を見てこようと思うんだけど……」

「そりゃ、全員でぞろぞろ行く意味なんて全然無いんだから、そうしてくれたらこっちは助かるけど、そんなこと分かるの?」

タマモは今回助っ人としてきている。

チームの一員としてすでに彼女が入っているなら、別行動に難色を示したかもしれないが、この状況では美神の言う通りむしろありがたい。

調査が早く進むのだから。

さらにタマモなら一人で行動して不測の事態が起こったとしても、実力的に不安は小さい。

「ナメないでよ。そりゃ、神族の調査官ってほどじゃないにしても、私だって何も分からないってわけじゃないんだから」

タマモは憮然とした表情だ。

「そう。なら、これを食べ終わったらさっそく始めましょうか」

美神がそう言うと、その話は終わり、鍋を食べながら世間話を始める。
主に美神がタマモにいろいろ尋ねている。

だが場の安穏とした雰囲気とは別に、一人鍋を食べていないおキヌはまだ不安げな表情を隠しきれていないのだった。


美神の運転する車は山に少し入ったところにあるという、神社を目指す。
途中からは徒歩で行くことになりそうだ。

助手席では横島は地図を見ながら道を指示している。

順調に運転を続けていると、突如大きな衝撃を感じ、すぐさま車を停止させる。

車を道の脇に寄せる余裕もないが、幸い田舎道で他に車は全く通っていない。

「なっ、地震!!?」

「地震っすよ!」

車が止まると、地面が大きく揺れているのがよりはっきりと分かる。

大地震というわけではないが、それでも震度5以上はあるだろう。

「美神さん、これは……」

横島は隣の美神に目を向ける。

「分からないわ。でも、少し急いだほうが良いかもしれないわね」

すべてを言わなくとも、彼の意に答える。

今回調べに来たことに、この地震が関係あるかもしれないということだ。

だが、これ以上のことはタマモの報告待ちだろう。

地震が止むと言葉通りに、狭い田舎道を先ほど以上のスピードで飛ばすのだった。


車を降りて、しばらく歩いていると、かなり立派な神社が見えてくる。

「あれみたいね」

石段を登りきり、鳥居をくぐった。

結界が発動しないことから、まだそれほど本格的には死津喪比女が活動していないことが分かる。

地脈もおそらくまだこの辺りにしか影響下に置けていないのだろう。

もしかしたら先ほどの地震が活動の前兆なのかもしれない。

「ん? おめら何もんだ?」

巫女服の少女が竹箒で境内を掃除している。
初対面の人間に対して少々口が悪い。

「……おキヌちゃんに似てるな」

「そうですか?」

「確かにね。やっぱり関係があるのかも……。
私たち東京のGSなんだけど、ここの人にいくつか聞きたいことがあるのよ」

その言葉に少し怪訝そうな顔をする。

普段は人なんて、ましてや東京から人が来るなんてないだろうから当たり前かもしれない。

「ふーん……。そういうことは父っちゃに聞けばいいだよ。
父っちゃーーー!」

さばさばした性格なのか、すぐに大声で父親を呼んでくれる。

その声に反応し、神社の中から眼鏡をかけた温和そうな人物が出てくる。

「早苗! そちらの方たちは?」

早苗のうしろにいる美神たちを見て、先ほどの彼女のような表情を浮かべる。

その後、この辺りのことについて聞きたいことがある旨を伝えると、家の奥へと案内され、話を聞かせてもらえることとなった。


「――なるほど、そういうことですか……」

おキヌのことや、美神たちがここに来た理由などを話す。

「おキヌという娘の話は、当神社に伝わる古文書に記されている神社の由来と符合します」

三人はやっぱりといった感じだ。
これで全く関係ないというほうがむしろおかしい。

神主は何か巻物のようなものをごそごそと取り出す。

「ありました。300年前の元禄の頃、この土地には他に例をみない程強力な地霊が棲み、地震や噴火を引き起こしていました。その名を『死津喪比女』と言います」

「それが小竜姫さまが言っていた妖怪と見て間違いないでしょうね」

美神が頷く。

「そうでしょうね。では、続けますよ……。
困った藩主は、高名な道士を招いて死津喪比女の退治を依頼したのです。
退治は不可能ではありません。ですが退けるには大きな代償が必要だったのです」

「それが――おキヌちゃんってことか……」

美神は苦々しい表情になる。

現代ならともかく、そういう時代なら人身御供ぐらいおかしいことではない。
おかしいことではないが……。

それが自分の知り合いだと知って割り切れるほど器用ではない。

おキヌの不安感もピークといった感じだろう。

「おそらくは。通常の手段では倒せないとみた道士はこれを封じる装置を作り、それに生命を吹き込むために一人の巫女を地脈の要に捧げたとあります。いずれ娘は地脈と一つとなり山の神となる。そうすれば邪悪な地霊を封じられると……」

「ちょ、ちょい待ちっ!」

「つまり、美神さんがおキヌちゃんを地脈から切り離したのがすべて原因と」

今まで神妙に話を聞いていた横島が口を開く。

美神はびくっという音が聞こえそうなほど体をこわばらせ、焦った表情になった。

「だ、大丈夫ですよ。美神さんのせいじゃないですよ。元はといえば私が……」

「うっ!!」

おキヌの根拠のない慰めがさらにグサッと突き刺さる。

「まあ、いいじゃないの! その死津喪比女って奴をボコにすればいいってわかったんだから!
横島クン、頼りにしてるわよ。それだけ凄い道士が人身御供まで使って倒そうとしたんだから、何か特殊な奴かもしれないわ。私も道具はいっぱい持ってきたけど、文珠の万能性には遠く及ばないんだから」

「へ〜い」

無理やり話を終わらせた美神に、適当な返事を返す。

もっともこの返事が彼女の八つ当たりの引き金になったのは言うまでもない。


「へえ……! 家の裏にこんな温泉が湧いてるなんていいわね」

夜になり、女性陣は温泉に入っていた。

神主が自分たちに無関係なことじゃないから、事件が解決するまでここにいてくれて構わないと言ってくれたからだ。

正直美神は朝から車の運転などで疲れていたので、その申し出はありがたかった。

「あの横島って男には内緒だけどな。東京の男はみんなスケベだから。
それにしてもあんな冴えない男が頼りになるなんてな……」

なんとも偏見たっぷりといった感じだ。
嫌な思い出でもあるのだろうか。

「まあ、あいつも最近までは単なるスケベ男だったんだけどね……」

そう言って、空を見上げる。

まだ日が沈んだばかりで、遠くのほうがうっすらと紅く見えた。

「……やっぱり私が役目を忘れてしまったからいけないんでしょうか?」

そばにいたおキヌが俯きながらポツリと呟く。

自分のせいかもしれない不安感と罪悪感、そして何も思い出せないもどかしさが、彼女のなかでは渦巻いているのだろう。

「だから大丈夫だって! 明日は徹底的に呪的メカニズムを解明して、化物をやっつけてあげるから、おキヌちゃんは何も心配しなくていいの!」

「……はい」

納得していないことは分かったが、これ以上どうしようもないので美神も口をつぐむ。

しばらく温泉に入っていると、不意に何かが動いたのが見える。

なんだろうと考えるまもなく、すぐに地面から虫のようなやつと、女性体に見える妖怪が姿を現す。

「匂うな……。あの巫女の匂いがする。
わしを300年間も封じてくれた忌々しい小娘の匂いだ……!」

「こいつが……死津喪比女!」

「美神さん!」

美神のつぶやきとほぼ同時に横島が服と武器を持って飛び込んでくる。

それを渡されると素早く服を着て、戦闘準備を整える。

「ナイスよ! やけに早かったじゃない!」

「ええ。突然額にピキーンときまして。これが霊感ってやつっすね」

「そっ、そう……。なんにしてもこれで戦えるわ!
早苗ちゃんは早くここを離れて!」

それ以上は言わず、早苗をここから避難させる。
彼女がいては満足に動くこともできない。

「さあ、悪いが後ろにいる小娘を渡しておくれでないかえ」

死津喪比女はおキヌをまっすぐに睨みつける。

「悪いけど、あんたにくれてやるほど安くないのよ」

「そうかえ……」

次の瞬間、死津喪比女の右手がピクリと動き、その腕を美神に向かって伸ばす。

だが、美神は当然のように右にかわし、その腕を切り上げた。

まるで、最初からそこにいたかのような滑らかで自然な動きである。

横島は葉虫を斬りながらそれを見て驚愕した。

霊波の流れが――実に綺麗だ。

下地が全く違うといっても、彼があれだけのものを身につけるのに一体どれだけ掛かったことか。

小竜姫のところで修業したのは僅か一週間である。

やはり彼女も天才ということだろう。

「はあぁっ!!」

横島が驚いている間に、彼女は死津喪比女の半身を振り上げた神通棍で切り裂く。

一瞬勝ちを確信したが、違和感に気付き、すぐさま離れた。

「そんな状態でも、関係なく動けるなんてね……」

体は切り裂かれているが、向こうの様子は全く関係ないと言わんばかりだ。

「ほう、強いのう。葉虫もそこの小僧にやられたようだし……。
だが、これで終わりと思ってもらっては困るぞえ」

死津喪比女がそう言うと、また地面からぼこぼこと彼女と同じものが出てくる。

「花はまだまだこんなにあるえ」

「花? そうか……! つまりこれは死津喪比女っていう妖怪のほんの一部ってわけね。
だけど、こっちだって今回は手段選ぶつもりはないわよ!」

そう言って、美神がテレパシーでどこかしらと連絡を取ると、空を轟音ともにミサイルが飛んでくる。

「みんな、お湯の中に伏せて!」

ミサイルは着弾すると、周囲に一瞬で炎が広がった。

「ここは、ベトナムかーーー!!」

「あんたもプラトーンのポーズ取ってないでさっさと伏せろ!!」

美神の後頭部への蹴りによって、受動的に湯の中に沈んでいく。

「ちっ、あと少しだったのに、こんなオモチャがあったとは……!」

「草が火に弱いなんて、ゲームやなんかでも定番中の定番なのよ!
いくらあんたでもこれだけやられちゃ、しばらく動けないでしょ」

「くっ!」

死津喪比女はそれだけ言い残すと、炎の中に消えていった。


「ちょ、地震!!?」

時は少し遡る。

横島たちと分かれたタマモは一人森の中に立っていた。

いや、正確には一人ではない。

タマモの左手にはリストカット常習者のようにバンダナが巻かれているのだ。

そう、彼女をサポートするために同行した、普段は横島の相方をしている心眼である。

しばらくはこのコンビでお送りします。


『真打登場というわけだな。ここまで長い前フリだった……』

「何言ってんの? それよりさっきの地震は死津喪比女のせいなのかしら?」

『……だろうな』

発言を流されて途端に不機嫌になる心眼。

それでも地震の瞬間に付近を霊視し、地脈の活動から死津喪比女の仕業だとしっかり確認しているところがさすがといったところだろうか。

「わっ、悪いとは思ったんだけど……ほらっ、とりあえず今は調査しないとっ。ねっ!?」

心眼の様子に慌ててフォローを入れる。
ここで彼の機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。

何より彼のプレッシャーを受け続けるのは、彼女にとって非常に辛い。

『へ〜い』

だが、返ってきたのは気のない返事だ。

なんでこいつが一緒なのか、と少し本気で考えるタマモ。

彼女とて、出来ることなら横島と一緒にいたかったのは当然のことである。

ふうっとため息を吐くと、腕を翼に変え、空を移動するのだった。


太陽もかなり傾いてきた頃。

タマモたちの調査も一段落を迎えていた。

死津喪比女がどれほど地脈に根を伸ばしているか、それがどの程度の範囲なのかを調べていたのだ。

とりあえずこれで、おキヌがいなくなって、どの程度死津喪比女が力を伸ばしたのかが分かった。

何か意味があるのだろうかとも思うが、初日としてはこんなものだろう。

何事にも段取りは大切だ。

「さっきの地震のこともあるし、これだけ力を回復してるなら、おキヌちゃんを襲ってくるかもしれないわね。彼女がいなくなれば、地脈の門は開放されたままなんだから。
そうでなくとも怨んでるだろうし……」

『……確かに。まあ襲撃に関しては美神と横島が常に付いているだろうから心配ないが、問題はこの前封印した記憶だ。それがいつ解けるか……。
彼女の意志次第で解けるようなものだから、おそらく過去を見せられたときぐらいか、とは思っているんだが、絶対ではないしな……』

忘れかけていたが、おキヌは横島が未来の記憶を持っていることを知っている、唯一の人物である。

他の者には巧妙に隠していたはずが、あまりにもあっけなくバレてしまったのだ。

その記憶は今『封印』されているが、それは強固なものではない。

それがこちらからしか解除できないようなものだったら、最初から『忘』を使っている。

「めんどくさい……とは言わないほうが良いんでしょうね。
横島がさっさと倒しちゃえば、楽は楽なんだけど……」

『おキヌのこと、好きなくせに……』

心眼のボソッとした呟きに、タマモの顔が赤く染まる。

タマモにとっておキヌは横島と一緒に彼女を助けてくれた恩人であり、おいしい料理を作ってくれていた、“いいひと”である。

横島がさっさと倒したとしてもおキヌは生き返らせることは出来るだろうが、おキヌにとっては不確定要素が多くなる。

「そっ、それよりそろそろあっちと合流しましょ!
向こうは温泉にでも入ってるんじゃない!?」

確かに入っています。

タマモもいろいろ動き回っていて、ほこりを落としたいと思っているのだ。

『それより先にお客さんだ。やれやれだな……』

「はあぁ。無視して行こうと思ってたのに……」

心眼の言葉に処置無しと、盛大にため息を吐く。

「ほう……。気付いていたのかえ?」

そう言って目の前にぼこぼこと死津喪比女が姿を現す。
花と葉虫がそれぞれ四体ほどだ。

「あんたが死津喪比女ね?」

「わしを知っておいでかえ? 妖狐のお嬢ちゃん。
あの巫女の匂いがするから人質にでもしようかと思ったんだが……」

「へえ……、そう!」

そう言うと、いきなり踵を返して走り出す。

「なっ!!」

あまりにいきなり相手が逃げ出したので、一瞬戸惑うが、すぐに死津喪比女も追いかける。

「逃げられると思うでないぞえ!」

タマモもその小さな体からは想像もできないようなスピードで走っていた。

だが、向こうもさすがに早く、さらに所々で地面からまた花が現れては、彼女の行く手を妨害しようとする。

タマモが崖下に追い詰められたとき、花の数は十数体にもなっていた。

「ここまでかえ?」

「ええ、そうね。ここまでね。
最後に一つ聞いておくわ。あんた、ここの地脈から手を引いて静かに暮らす気ない?
そうすれば、私たちもあんたを殺さなくてすむんだけど……」

タマモは息を整えながら、尋ねる。

「ククク、そういう台詞はこちらが言うものだえ。
それに、数多の妖怪の中でもこれほど力を持ったものはそうはおるまい。人を造ったのも天ならわしを造ったのもまた天。わしが生まれたということは、天が人を滅ぼそうと思っておるということじゃ」

それを聞いて、タマモは静かに死津喪比女を睨みつける。

「力のある妖怪、ねえ……。なら、私が見せてあげるわ。
妖怪の力の一つの極ってもんをね……」

タマモの掌で一つの珠が輝いた。


文珠の特徴の一つは誰にでも使えるということである。

もちろん生成することが出来るのは横島唯一人だが、すでにあるものに文字さえ込めれば、誰にでも使用が可能なのである。

だが、その威力は当然異なる。

『爆』と込めても、横島は誰よりも威力の大きい爆発を出せるだろうし、『盾』と込めれば、誰より強固で大きい盾が作れる。

それは文珠が想像力と創造力に支配されるからだ。

その能力を100パーセント引き出すことができる資質。
それを持ったのが―――文珠使い、横島忠夫なのである。

だがこれは横島が込めたとしても、彼女以上に正確には出来ないだろう。

彼女が込めた文字は

『戻』

過去の自分の姿に『戻』る。

そう、自分以上に自分のことを知っているものなど――いるはずがない。


「ふう……。久々にこの姿に戻ったわね。あの馬鹿指導者二人のせいで苦労するわ。
私がこの姿見せたいのは、あんたなんかじゃないのに……」

『安心しろ。ワレが後でたっぷり見せてやる』

「あら、そう。これで連れてきた甲斐があったってもんね」

目の前のものなど関係ないとばかりに、二人で会話する。

そこにあるのはかつての幼い姿はなく、二十歳前後の美しく女性。

まさしく世界の美をそのまま体現したような美しい肉体だ。

ちなみに大きくなったといっても、服も変わっているので、大きくなった途端に着ていた服が破れてまいっちんぐ、なんて事態にはなっていないのであしからず。

「横島も香港で言ってたけど……『切り札は先に出すな』って。まさにそうね。
悪いけど昔の姿に戻るのは、妖狐蔵馬の頃から、妖狐の十八番なの」

ただそこに存在するだけで“暴力”とすら呼べる妖力を開放する。

死津喪比女は固まったように一言も喋ることができない。

そこにあるのは圧倒的な力の差――大人と子どもなんて言葉が生温いほどの力の差だけ。

死津喪比女の花の一体一体の妖力は、それほど大騒ぎするほどのものではないからだ。

タマモはここに追い詰められたのではない。

普通に戦ってもあの場にいた死津喪比女は一掃できただろう。

だが、花はあれだけではなく、さらに横からも後ろからも際限なく出てくる。

だからここに来たのだ。
岩盤が固く相手が出てこれない崖を背にし、眼前の敵とだけ戦える場所に。

死津喪比女が追い詰めたのではなく、タマモが連れてきたのだ。

「……たとえお前の妖力が大きくともわしを殺すことはできないえ。
わしの本体は地中深くに根を張っておるからのう」

精一杯の虚勢を張る。

ここの花がやられても、大したことないという思いもあるのだろう。

「確かに私には難しいかもしれないけど、あんた如き横島にかかれば、おちろカトンボよ」

『心も一緒に連れて行く!』

「いや、それ前にやったネタだから……」

二人はこの場に至ってものんきなやり取りを続けている。

だが死津喪比女のほうは怒りに震えていた。

「たかが、たかが人間の小僧にわしが……。なめるなぁぁぁッ!!!」

そう言って、十数体で一斉にタマモに襲い掛かる。

それを見て、タマモの瞳は今までとは全く豹変する。

氷のように冷たく、刃のように鋭い。

そして一言――こう言い放つ。


「……焼けろ」


次の瞬間、辺りにまさしく業火としか形容しようのない炎が広がり、死津喪比女を瞬く間に飲み込んでいった。

炎が消えたとき、そこにあったのは空気のみ。

灰すら残さず、一瞬で――全てを焼き尽くした。

「……ふう。この姿でいられるのも後どれほどって感じね。
あっ! 向こうも派手にやってるじゃない!」

少し遠くの空が赤く染まった。

『……むっ!』

「なに? どうしたの?」

『横島が……何か面白いことをしたような気がする』

ちなみに今、横島はプラトーンのポーズ取ってます。

『くっ! 不覚だ……。
誰か、横島を救ってやってくれっ……!!!』

ツッコミいれてやってくれってことですよ。

心眼が苦悩に悶えていると、タマモも口を開いた。

「それもそうだけど、ちゃんと後で今の姿横島に見せてよね」

そう言って、胸の谷間を強調する。

しばらくすればまた元のツルペタに戻ってしまうのだ。


二人の今の関心は、物語からかなりずれたところにあるのだった。


あとがき
先日、私が中古本の店を歩いていると、小学校低学年ぐらいの男の子が、ジャンプ漫画の8○1本を持って並んでいました。(←隠す意味無し)
それを見て私は叫びました。
「やめろっ! お前は間違っている! いや、間違っていることに気付いていないんだっ!!」と。
ですが男の子はそれに気付かず、無事本を買って出て行きました。
まあ、叫んだのは心の中なんで当たり前なんですけどw


というわけで22話です。(今のはほぼ実話)
最長記録を大幅に更新しました。本来の量なら温泉のラストぐらいまでなんですが、サブタイトルが決まっていて、冒頭でその元ネタまでしてるんで、どうしよもねえ、って感じで必死こいて打ちました。
楽しんでいただけたでしょうか?

本文で、地の文の文体が変わるところがありますが、一応言うとワザとです。ご了承のほどお願いします。

今回も読んでいただきありがとうございます。


>桜葉さん
ひそかに幽白ネタなんかもしてたりします。今回再登場。
それと私の疑問に答えていただき、ありがとうございます。


>シシンさん
待っていてくださったようでありがたいです。
キャラとして死……。そうですね、もう出てこないと同義ですからw


>柳野雫さん
そこ触れてくれて嬉しいです。
誰も触れてくれなかったらどうしようかと……w


>ヴァイゼさん
受身の技……。爆流破とか? あとあたるは……不死身?
これかっ!


>ラルクさん
えっと、あの中にですね、使おうと思ってたのが。傷口が広が……。
勘弁してください(泣)
ある意味過度の展開予測?(爆笑)


>如月さん
西条はもう出てこな……いなんてことないんで期待しててください。
闘気云々に関してはcasaさんの言う通りかな。


>casaさん
なんせハサはクスィーですからね。
まあカツはG界ナンバー1のドキュンでキチ○イで決定済ですけどw


>15な夜さん
心眼イベントは一応考えてます。
さて、どうなるか乞うご期待!


>響さん
「撃ちたくない、撃たせないで」→「当たれぇぇ!」の彼ですw
ギュネイのパクリだろうから彼でもいいけど。


では。

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