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▽レス始

「竜ノ妹 その2(GS)」

桜華 (2005-09-13 00:19)
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「―――――――――――ルシ、オラ………?」

 横島の頭は混乱の極みにあった。
 かつて愛し、守りきれず、喪った女性が、今目の前に立っている。
 これでどうして冷静にいられよう。

「――――チッ」

 しかし目の前のルシオラは、名を呼んだ横島に嫌悪感もあらわに舌打ちして向き直る。
 瞳に宿るは怒りと敵愾心。そんな感情を、かつての恋人に向けられながら、それにも気付かないくらいに横島は混乱しきっていた。

「そこのお前。どこの馬の骨か知らんが、私はルシオラなどではない。我が名はライカ。竜神族の末席に名を連ねるもの。小竜姫さまの直弟子にして、ここ妙神山の次期管理人だ。あんな下等な魔族と、一緒にするな」
「――――へ?」

 ルシオラはルシオラのかおでルシオラじゃないといった。
 混乱の極みは限界を突き破りさらに高く。
 もう、横島にはわけがわからなかった。


  竜ノ妹
  その2


 妙神山道場。居間。
 ちゃぶ台を囲む横島たちに、小竜姫が茶を差し出す。

「どうぞ、横島さん。遠いところ、よく来てくださいました」
「ウス。小竜姫さまも、久しぶりです。ところで、その――ええと……」

 受け取った茶に口をつけながら、横島は向かいに座る女性に視線を向ける。
 ルシオラの容姿を持った竜神は、横島やパピリオの視線などどこ吹く風で佇んでいた。
 竜神――そう、確かに竜神だ。その服装は小竜姫と同じ類のものだし、霧の中では見えなかったが、頭からは二本の角が生えている。
 ルシオラでは――ない。
 ため息をつく横島。ついた後、なにを落胆するのかと自問した。今だ彼女の死から立ち直れていないのだろうか。情けない。

「彼女はライカと申しまして、私の直弟子で、ゆくゆくは、ここの管理を継ぐことになる子です。その―――似てますけど、違います」
「気にしなくていいですよ」

 曖昧に否定する小竜姫の気遣いに、横島も笑顔で返す。

「にしても、小竜姫様の弟子ってことは、俺や美神さんにとっての姉弟子ってことになるんスかね?」
「いえ、そうではなくて――」
「師父の直弟子は私一人だ。お前は妙神山に修行にやってきたのだろう。ここの主は師父ではなく斉天大聖老師。お前はあの方の弟子となる。老師は滅多に出てこないから教えるのは師父ではあるがな。あくまで書類の上での話だが、妙神山で修行したものは、みな師父の兄弟弟子にあたるというわけだ。わかったか、無能」
「これ、ライカ。お客様になんてことを言うのです」
「申し訳ありません、師父。この者があまりにも無知蒙昧だったので」

 ぎろりと横島を睨むライカ。どうやら彼女、横島によい印象を抱いていないらしい。

(というか、明らかに嫌われてるよな、これ)

 初めて会う相手なのに、自分は何かしただろうか? 思い返してみるが、心当たりはなかった。
 仕方がないと、横島はこの問題を保留にする。

「それにしても、まさかあなたが来てるとは思いませんでした、ライカ」

 お茶を飲みながら、師と弟子が会話する。

「来てはご迷惑でしたか? 私がここへ修行に来ることは、随分前から決定事項だったはずですが」
「そりゃ、あなたは次期管理人なのですから、いずれはここでの業務を学びに訪れるのは当然です。ですがいつとはまだ定まっていませんでした。それがなんだって今日に……」
「ひどい仰りようです、師父。まるで私が来なければよかったかのようではありませんか。私は師父の元に馳せ参じれる日を、一日千秋の思いで待っていたというのに」
「気持ちは嬉しいですがね。こちらにも都合というものがあるのです。事前に連絡くらい入れたらどうですか」
「そんなことしたら、師父をビックリさせられないじゃないですか」
「あなたねぇ……」
「しかしまぁ、確かに連絡を入れるべきでした。まさかこのような輩と鉢合わせするとは。師父、こいつらは何者ですか?」
「ああ。まだ紹介していませんでしたね。彼は―――」

 そして小竜姫は、横島とパピリオをライカに紹介する。
 その紹介に、ライカは目を見開いて呟いた。

「横島、忠夫。……そうか。貴様が………」

 そして続いて、横島が小竜姫に雨音を紹介した。

「へぇ。この娘がメドーサの転生体ですか。……以前の記憶や能力は、引き継いでいないようですね」
「ええ。普通の子供とさして変わりありませんよ。ま、そういうのも含めて、今日は看てもらおうと思ってきたんですが。小竜姫さま。ヒャクメはどこですか?」
「すみません。なんだか残業を押し付けられたそうで、今日中にこちらに来ることができないとか。明日の昼には来れるそうなので、ええと、雨音ちゃん、でしたか、彼女の判定はそのときになります」
「残業って……どこも似たようなもんだなぁ」
「ああ見えて、ヒャクメは優秀なんですよ? 彼女ほど遠く深く見渡せるものはそうはいませんし。ただ、まぁ、生来の野次馬根性がその優秀さを相殺しているというか、むしろ補って余りあるというか……」

 ヒャクメの今までの行動を思い返してみる。納得。自分で好奇心の塊とか言ってたし。それで1000年前の京へ行って帰れなくて泣いてたし。何でも突っ込む割に逆境に弱いのだ、彼女は。

「……………………」

 そんな中、一人憮然とした空気を震わせている者がいる。
 パピリオだ。
 小竜姫が入れてくれたお茶に手をつけることもせず、彼女はライカを睨んでいる。
 最初に出会ったときから、パピリオはライカが気に入らなかった。
 パピリオは思う。なんだ、こいつは、と。
 姉と同じ顔を持った竜神。妹である自分から見ても本当にそっくりで、だからこそイラつく。ムカつく。
 姉は死んだ。もういない。それがこの一年、パピリオがこの一年をかけて受け入れた事実で真実。朝起きたら妙神山であって逆天号ではない。おはようを言うのは小竜姫であって姉ではない。朝食は精進料理であって、蜂蜜ではない。
 激変した生活は、もう姉がいないのだと真摯に告げている。一年かけて、それに違和感を感じないまでに昇華させた。
 だから許せない。
 どうしてこんな時に。なんだってこんなタイミングで。
 姉の亡霊のようなやつが、姿をあらわすのか。
 小竜姫にからかわれて、亡霊が慌てる。ルシオラちゃんはもっと落ち着いてる。
 逆に小竜姫をからかい、亡霊がにやりと笑う。そんな笑い方、ルシオラちゃんはしない。
 横島の言葉に、亡霊が厳しい視線を向ける。ルシオラちゃんはヨコシマをそんな風に見ない。
 やめろ。おんなじ顔で、これ以上、ルシオラちゃんを壊すな。私の中のルシオラちゃんを汚すな。やめろやめろこれ以上。もうやめろ。やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ―――

「それでですね。今日からライカは、妙神山で暮らすことになりますから―――」
「やめろ!!!」

 空気が静まり返る。緊張と驚愕をはらんだ不穏の中、パピリオは、自分がちゃぶ台を叩いて壊したことに気づいた。

「パピリオ。どうしたのです、一体」

 困惑した表情で、小竜姫が呟く。
 言われた瞬間、パピリオの頭が沸騰した。
 どうしたのじゃないだろう、こんな女を連れてきて。アタシがどれだけの衝撃を受けたとどれだけ慌てふためいて今だって混乱してやっと埋めた古傷を抉り出して楽しいか楽しいか楽しいかこの鈍感女どうしたのですってどうもしないわけがないだろそんなこともわからないのか一緒に暮らしてそんなことも思い至らないのかその程度かお前にとって私はその程度その程度所詮その程度なんて茶番なんて喜劇楽しかったのにここの生活楽しかったのに全部私一人の思い込み私は所詮その程度その程度その程度その程度――――

「パピリオ。黙っていては――」
「うるさい!!」

 叫んだ。その叫びが最後。先ほどまで感じていた不満と混乱は理性を決壊させ、感情をあふれさせる。

「こんな女がここで暮らす!? ふざけんじゃないでちゅよ! 寝言は寝て言えってんでちゅ! こんなクサレ女と寝食共にしろってんでちゅか同じ場所にいて同じ空気吸えってんでちゅか馬鹿言ってんじゃないでちゅよできるわけないじゃないでちゅか! 大体なんでそんなことが勝手に決まってるんでちゅか! アタシに断りもなく! アタシのことなんかどうでもよかったんでちゅか小竜姫は!? こんなルシオラちゃんのニセモノ用意してアタシが喜ぶと思ってたんでちゅか!? こんな、こんな―――」
「それは違うぞ、パピリオ」

 泣きじゃくりながら叫んでいたパピリオ。その訴えを、ライカが遮った。
 違う。自分の想いを否定され、パピリオは一瞬だが言葉を絶つ。
 その隙。わずかな合間に、ライカは告げた。
 冷静に、冷たく。酷薄に、それが当然とでも言うかのように。

「私がルシオラのニセモノなのではない。ルシオラが私のニセモノなのだ」

 それが真実だと告げるかのような口ぶり。

「―――――――ぉ!」

 キレた。パピリオは完全にキレた。
 容赦はしない。できない。こいつは敵だ。姉を貶める我が敵。そんなやつに容赦なぞ必要ない。全力をもって排除せよ。
 心臓が全身に沸騰した血液を送る。脳が全身に殺戮の信号を放つ。
 パピリオは、一切の加減なしの全力で、ライカに拳を見舞った。
 咄嗟に抜いた真剣で受けきるライカ。その顔が笑みに歪む。

「ふん。ガキが!」

 そのまま神剣を薙ぐ。切っ先が触れる範囲、すでにパピリオはいない。

「ちょ! お止めなさい、二人とも!」
「パピリオ、待て! 落ち着け!」

 慌てて止めようとする小竜姫と横島。しかしパピリオは聞く耳持たない。ちゃぶ台を乗り越え、ライカに迫る。
 かかる火の粉は振り払う。ライカは躊躇いなく応戦する。師父がやめろと言うので自らは斬り込まない。避けてかわして逃げて牽制して。そうして、二人は居間を飛び出した。

「二人とも、どこへ――!」
「とにかく追いましょう、小竜姫さま! 雨音はここにいな!」

 二人を追って、横島たちも居間を出る。

「それにしても、なんだってパピリオは急に暴れたりなんかしたんでしょう。こんなことする娘じゃないのに」
「………そりゃ、小竜姫さまのせいっしょ」
「私、ですか?」

 小竜姫の呟きに、横島が答えた。

「ライカ、ルシオラにそっくりですよね。まるで同じ顔だ。そんな――自分が死なせてしまった姉と同じ顔が出てきて、平静でいられますか?」
「死なせてしまったって……」
「パピリオはそう思ってる。自分はあの時何もしなかったって。俺ん家泊まりに来たとき、前はそれで魘されてた」
「……そんなこと、こちらでは一度も」
「あいつだって気を使う。小竜姫さまに余計な心配かけたくなかったんでしょうよ。
 でもですね、小竜姫さま。最近はそうでもなくなってたんですよ。魘されて飛び起きることもなくなったし、ルシオラの話題を忌避することもなくなった。パピリオの中で、ルシオラの死がだいぶ昇華されたんです。
 だけどまだ完全じゃない。完全に受け入れるには時間がかかる。そんなときにライカが現れた。ルシオラと同じ容姿を持つ者が現れた。心中、穏やかじゃいられませんよ」
「………………………」
「パピリオが叫んだタイミング、覚えてますか? ライカがここで暮らすとあなたが言った時だ。パピリオは嫌だったんだ。ルシオラを想起せざるを得ないものが傍に来るのが嫌だった。ルシオラを思い出してつらいから。もしも―――」

 もしも、ライカの容姿がルシオラと似ていなかったら。あるいはパピリオは、彼女を受け入れたかもしれない。ライカをライカとして捉えたかもしれない。
 だが、現実はそうではない。ライカがルシオラの容貌を持っている以上、パピリオにとって、彼女はルシオラを思わせる存在となる。己の中のルシオラのイメージを壊しかねない人物を、パピリオは受け入れられない。だから拒否した。

「もしも、なんです?」
「―――いえ。言っても仕方のないことっス。結局、パピリオはライカを否定するしかできなかった。だから叫んだ。
 そこで小竜姫さまは言ったんですよ。一体どうしたのかって。どうしたもこうしたもないでしょう。パピリオの心は千々に乱れてた。小竜姫さまは、そこでパピリオに対する無理解さを露呈した。どうしたのかって問いは、そういう事なんです。
 そうやって限界まで頭に血が上ったところで、ライカの一言だ。キレるなってほうが無理です。
 ………小竜姫さまはライカと長いはずですし、ルシオラとも直接会ってはいません。だからライカの容姿にも違和感ないかもしれない。でも、俺たちはそんなことない。ルシオラがライカに似てるんじゃない。ライカがルシオラに似てるんです。どちらが先に生まれたとか、そういう話じゃない。俺やパピリオにとっては、そう思わざるを得ない。そう思うことしかできないんですよ」

 ライカに似ている。ルシオラの写真を見たとき、小竜姫はそう思った。仕方のないことだ。誰だって、すでに出会っている人物のほうを基準において評価する。比較対象とはそういうものだ。
 ルシオラに似ている。だからライカと出会って、横島たちが抱いたその感想も、当然の代物ではある。
 どちらを基準に置くか。それが些細で決定的な差異。
 小竜姫にとっては、ライカと共に暮らすのが当然のことだった。それは彼女が己の直弟子となったときに決定していたことだ。ルシオラの写真を見るはるか以前から、ルシオラが生まれるはるか昔から決まっていたことだ。
 パピリオにとっては、寝耳に水だ。そんな驚愕をいきなり突きつけられても、彼女の幼い心は到底受け入れられなかった。
 小竜姫は、己を恥じる。己の無理解を恥じる。
 確かに、久方ぶりの再会で自分は舞い上がっていた。直弟子がようやく妙神山へとやって来たのだ。嬉しくないはずがない。
 だが、それにかまけてパピリオへの対応をおろそかにしてしまった。それは紛れもなく、己の失態だ。
 彼女とて、自分の家族であることに変わりはない。その家族に対して、自分が何も報いなかったことを、

「………すみません」

 小竜姫は、悔いた。

「―――いえ。俺も言い過ぎました。すんません。……やっぱ俺も、普段通りにはいられないみたいっスね」

 己を振り返り、横島は呟く。
 どれだけ平静を装うとも、やはり自分は、ライカの一挙手一投足に心を乱していた。
 ルシオラとそっくりな振る舞いもあれば、似ても似つかないこともあった。ルシオラでないのだから、それは当然。そのたびに期待して、落胆して。何に対しての期待と落胆だったのか、自分でもわからない。

「とにかく、今は二人を止めることを考えましょう」
「…………ええ。そうですね」

 後悔も自省も後でいい。今は二人を止めなければ。
 走っている目的を思い出し、小竜姫は顔を上げた。
 速度を上げる直前、少しだけ、ため息を吐く。

(―――私、いいお母さんにはなれそうにないな)

 ちらりと隣を盗み見て、ふと、そんなことを思った。

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