雨音の出自に関しての確認を取るために、横島は妙神山へ赴く必要があった。山で、ヒャクメに雨音を見てもらうのだ。
果たして彼女は、自分の予想通り神族か。それとも、堕天した後の属性のまま――すなわち、魔族なのか。そのあたりをはっきりさせねばならない。別に横島自身はそんなことどうでもいいのだが、保護する以上はなにかとややこしい規律に縛られるのである。
それを抜きにしても、ケイやら雨音やらでしばらく山へは行っていない。以前は月に一度は必ず行っていたのに、義妹のパピリオにはずいぶんと寂しい思いをさせてしまっている。
だから今回は、万難を配して用意を整えた。
美神に頼み込み二泊三日の休みをもらい、大学はサボりを決め込み、小竜姫にあらかじめ連絡をとった。
そして当日。
「ヨコシマ〜! 迎えに来たでちゅよ〜!!」
「おが〜ん!!」
我慢ができずにやってきたパピリオのボディプレスによって、横島は夢とは別の花畑へと旅立ちかけたのだった。
竜ノ妹
その1
「横島、いったいどうしたの――って、なんだ、パピリオか」
横島の断末魔を聞きつけて駆け込んだタマモは、彼の上に乗る少女を見止め、呆れたように呟いた。
彼女とシロはパピリオとは顔見知りである。またタマモは横島との同居時代、突然横島の部屋に瞬間移動してはスキンシップを楽しむパピリオを目撃しているため、もう慣れたものだ。
「ほら、パピリオ、横島から離れなさい。ここには私のほかにも人がいるんだからね。朝駆けやってんじゃないわよ」
「あ、タマモ。久しぶりでちゅ。そっか、またこっちに住んでるんでちゅね。羨ましいなぁ」
「あんたも来ればいいのよ。つっても、もう部屋は余ってないけどね。今でも私とシロ、ケイと雨音が同室だし」
「んじゃ、アタシはヨコシマと相部屋で」
「大却下」
「ケチィ」
「とりあえずその話は後にして、いいかげんどきなさい。横島が窒息しちゃう」
「はいはい。タマモの後ろの奴らも怖い顔でちゅちね」
その通り。悠長に会話をしているパピリオの下ではなんだか横島がチアノーゼでぴくぴくいって。
横島に何の遠慮もなく抱き着いているパピリオに、タマモの後ろでシロ、ケイが羨ましそうに、雨音がぴくぴく震える横島を不思議そうに眺めている。
そんな視線の圧力どこ吹く風で、パピリオは横島から飛び降りる。
「げほ! げほ、げほ、げほ!」
「大丈夫でちゅか、ヨコシマ?」
「し、心配……げほ、するくらいなら、ごほ……最初から、飛び掛るな!」
「先月来なかった罰でちゅよ。いつ来るか、楽しみにしてたんでちゅからね」
「う……わかった、わかったよ」
それを言われるとつらい横島。強気には出られない。
「代わりに今回二泊するから。それでいいだろ?」
「へへ〜。許したげるでちゅよ」
抱きつくパピリオに、ヨコシマも仕方ないなと苦笑するだけで特に抵抗せず頭を撫でる。
それがあまりにも自然で、観客がたはちと面白くなかった。
「兄ちゃん? その人誰?」
「あ、ケイ。おはよう。そうだな、おまえと雨音は会うの初めてだったよな。パピリオ、自己紹介しな」
「は〜い」
ケイにとっての見知らぬ少女はケイの兄に親しげに返事しながら、ケイたちに向き直った。
「え〜と、タマモとシロはお久しぶり。後ろの二人は初めまちて。ヨコシマの妹の、パピリオでちゅ」
「……また妹?」
それは言ってはならないぞ、ケイ。
「またってなんでちゅかまたって。アタシこそが元祖・ヨコシマの妹なんでちゅよ!」
「元祖は僕だよ! シリーズ最初のヒロインは僕だったんだから!」
「ちなみにこの中で一番横島との同居期間が長いのは私ね」
「しりーず化は、雨音がきっかけ……」
「はいそこら辺のやばい会話禁止ぃ!!」
ちょっと世界を崩壊に導きかねなかった会話を、横島のサイキック猫だましが強制終了させた。
結局、落ち着いた後、居間に場所を移して自己紹介がてら談話することでその場は収まった。
アピールポイントのなかったシロが部屋の隅でのの字を描いていたが、それはまぁ放っておこう。
***
居間で談話に興じる妹ども。もともと横島が好きであるという点で共通している彼女たちだ。意気投合するまで、さしたる時間はかからなかった。
「へぇ。それじゃ、パピリオさんは神族のところで修行を?」
「パピリオでいいでちゅよ。アタシもケイって呼ぶから。まぁ、一応は重大事件の参考人と言うか、犯人の娘でちゅからね。監視の意味も兼ねて、神族の拠点に置かれてるんでちゅ」
「お姉さんと別れて、寂しくない?」
「そりゃまったく寂しくないって言えば嘘になりまちゅけど、猿も小竜姫もいい奴でちゅし。べスパちゃんとも――ああ、姉の名前なんでちゅけど――、時々会ってまちゅから。
それより、ケイ。学校ってどんなところなんでちゅか? タマモとシロじゃいまいち参考にならないんでちゅよ」
「ちょっと待ちなさいよパピリオ。この馬鹿犬はともかく、何で私の意見が参考にならないのよ?」
「そうでござる。この阿呆狐はともかく、拙者はきちんと答えたつもりでござるよ」
「やる気?」
「やるか?」
「ちょっとタマモ姉ちゃんもシロ姉ちゃんも落ち着いて。でも、興味あるな。二人はパピリオになんて言ったの?」
「学校は、陰謀渦巻く暗黒の園。権謀術中駆使して万難排して頂点を目指せ。戦わなければ生き残れない。死して屍拾うものなし」
「学校とは、己を磨く修行の館。心技体尽く鍛えてより強き猛き世界を目指せ。誠実な者には祝福を、愚か者には死の鉄槌を」
「……………………」
「ね? 参考にならないでしょ?」
「……うん」
「でも、一側面は捉えていると」
「偏った側面捉え過ぎだよ、タマモ姉ちゃん」
「でちょ? シロはシロで、いかにも武士って感じの答えでちゅし。ケイならきちんとした話聞けるかなって」
「う〜ん。僕も通い出してそんなに経ってないし、あそこはあそこで普通の学校とは違うから参考になるかわからないけど……雨音ちゃん?」
「……ね、ママ」
「ママぁ!? ケイ、その年で一児の母でちゅか!?」
「ちょっと色々事情があってね。別にケイが産んだわけじゃないし、ただの呼称だから気にしなくていいわよ」
「……ちなみに、パパは誰でちゅか?」
「先生でござる」
「……ケイ? ちょっと後でじっくり話聞かせてもらえまちぇんか?」
「あ、あは。あはははは。どしたの、雨音ちゃん?」
「がっこうって、なぁに?」
「えとね、学校ってのはね―――」
そうして、一日が過ぎていく。
***
「遅くなっちまったな」
妙神山の門へと通じる道を歩きながら、横島が呟いた。
隣にはそれぞれ、パピリオと雨音が付き従っている。
姦しい談話は際限なく盛り上がり、気付けば4時を回っていた。ここから妙神山まで、電車などで最速5時間。飛んでいっても3時間はかかる。パピリオ一人で複数人をテレポートさせるのは荷が重く、休暇中の文珠の使用は美神の厳命によって禁止されていた。
よって電車と飛行を繋ぎ合わせて午後8時。ようやく修行場へとたどり着いたわけである。
ちなみに、大人数で行くわけにもいかないため、他の連中はお留守番。帰ったら色々やらされそうだと、横島は帰宅後の自分の惨劇を思い描いていた。
「――――ん?」
横島が覚悟完了していると、包まれた霧の向こう、門前に人影が見えた。
「小竜姫さまかな?」
他に該当する人物はいない。鬼門の大きさではないし、猿が出迎えるなんてことはしない。猿だから。
そう判断した横島は、何の警戒心もなくその人影に近づいた。
気配に気付いたのだろうか、人影が振り返る。
やがて、顔が見える場所まで近づいて、
「―――――――――な」
横島は、驚愕に足を止めた。
パピリオの足も止まっている。顔面には、やはり驚愕の色。
二人が止まったので、雨音も足を止めた。二人の驚愕が、雨音には理解できなかった。
それもそうだろう。雨音は彼女を知らない。だが横島とパピリオは知っている。
いや、違う。目の前の女性が彼女のはずはない。彼女は死んだのだから。
そう思いながらも、しかし目を離すことはできずに。
「―――――――――――ルシ、オラ………?」
横島は、目前に佇む女性の名を口にした。
BACK< >NEXT