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「小笠原エミの心情7(GS)」

テイル (2005-08-23 01:40)
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 シャワーの蛇口を閉じる。勢いよく流れ出ていたお湯が止まり、張りのある肌を残った水滴が滑り落ちていく。
 バスタオルで体を拭き、バスローブを羽織る。きちんと前を合わせると、エミは髪を拭きながら浴室から出た。
「あがったワケ。あぁスッキリした」
「あ……すんません」
「別に謝ることはないでしょ」
 リビングのソファには、同じようにバスローブを身に纏った横島がいた。既に彼はシャワーを浴びている。マンションについた直後、エミによって浴室に放り込まれたからだ。
 別に一緒に入ったわけではない。エミが自分より先に浴びさせただけだ。身体が冷え切っていたこともあるが、自分が先に入ると、そのままいなくなりそうだったことが大きな理由であった。
 ちなみに彼が着ていた衣服は洗濯機の中に放り込んである。洗濯が終わるまで横島は帰れないという寸法だ。洗濯機は全自動で、乾燥まで自動でやってくれるから放っておけばいい代物だが……未だスイッチが入っていないことに、きっと横島は気づいていない。
 エミは頭を拭いたタオルを首に巻きながら、キッチンに向かった。
「コーヒー淹れるけど?」
「……すんません」
「欲しいって事で。……って、謝るなっていってるワケ」
 エミが苦笑を浮かべる。
 手慣れた仕草でコーヒーを淹れながら、エミは横島を窺った。
(大分、キてるワケ。……さて、どうしようか)
 横島をここに連れ込んだのは、多分に勢いがあったとはいえ、放っておけなかったからと言うのが理由だ。何故放っておけなかったかというと、これまたいくつか理由があるのだが。
 一つ目は言うまでもなく今日の出来事についてだ。状況に流される形となったエミには、今日何が起こったのかさっぱりわからない。あの少女は? あの横島にそっくりの男は? そしてあの時、横島達がしていた会話の真意は? どれもこれも、全く理解していない。その事を横島に聞きたい……それが一つ目の理由。
 そして二つ目は、純粋に帰したくなかったから、という理由だ。雨に打たれながら立ちつくす横島の姿に、どうしようもない胸の切なさをエミは覚えたのだ。……傷つき泣いていた横島を、エミは放っておけなかったのである。
 他にもいくつかあるが、とりあえずこの二つが横島をマンションに連れてきた大きな理由だった。そして重きは後者の理由に置かれている。前者はあくまでエミの好奇心の範疇を出ない。もし横島がどうしても語りたくないのなら、無理に聞くつもりは既になかった。とにかくこの部屋を出るときには、少しはましな顔になっていて欲しい。そう思うエミである。
 二つのカップを手に、エミはキッチンから出た。
「はい。熱いから気をつけるワケ」
「ありがとうございます」
 受け取ったカップを、横島は啜った。
「……あったかいっすね。美味しいです」
「豆はそれなりに良いの使ってるからね」
 横島の正面のソファに腰を掛けながら、エミもコーヒーを啜った。
(なかなか上手く淹れることができたワケ。飲む習慣をつけといて良かった)
 およそ嗜好品と呼ばれるものに、エミは興味がなかった。人生を楽しむ……それを半ば抑制してきたエミにとって、それらは興味を持ってはいけないものだった。だからこのコーヒー豆の種類すら、エミは知らない。
 しかしそれでも、ただ惰性で値が張るものを適当に選んでいただけにしても、エミがコーヒー豆を買い続けていたことには理由がある。
 それはいつか自宅に来るかもしれない物好きに出すため……だ。
(ん、美味しいワケ……)
 やっと本来の目的を達したコーヒーは、いつも飲んでいるものよりも美味しいように、エミには感じられた。
 しばらくの間、二人は沈黙したままコーヒーを啜った。
 部屋に備え付けられている大きなねじ式の時計が、ゆっくりゆっくりと振り子を揺らしている。その規則正しく、そしてかすかな音がリビングに響く。
 ちっく、たっく。
 ちっく、たっく。 
 ちっく、たっく……。
 なぜかはわからない。しかしこの時計の音を聞いていると、エミは何故かとても泣きたくなる時がある。もの悲しくなるときがある。特に一人でいるときなど、死にたくなるときすらある。
「この音……」
 横島が口を開いた。
「なんだか、悲しくなりますね」
 どきり、とした。
「そ、そう?」
「ええ……不思議です。なんだかこの音を聞いていると、昔のことを思い出してしまいます……」
 昔……。
 それはエミにとってのタブー。エミの過去を、GSの仲間は誰も知らない。令子ですら知らない。知られたく、ない。
(思い出したくはない過去。でも目をそらせない昔、か。だからだったワケ……)
 この時計の音を聞いていると、昔を思い出すのか。過去の自分と見つめ合うのか。だから、悲しく、苦しくなるのか。
(だから横島も、悲しくなるって言ったのね……)
 悔いても悔やみきれない過去を横島は持っている。その時必要な力を持たなかった自分を、その選択肢しか選べなかった自分を、悔いてそして責めているのかもしれない。
 陶器がたてるかちゃりという音に、エミは我に返った。顔を上げたエミは、横島のカップがテーブルに置かれているのを見る。どうやら飲み干したらしい。
「おかわり、いる?」
「いえ、いいっす。おいしかったっす。それと……」
 横島が頭を下げた。
「ありがとう、ございました」
「べ、別にいいワケ」
 照れたように顔を背けたエミに、横島が首を振った。
「コーヒーもですけど……さっきのことです」
 あの公園でのことを言っているのだろう。
 エミは自分のカップをテーブルに置いた。
「あれも……別にいいワケ。もともとは私がおたくを尾行したことから始まった、単なる巡り合わせなワケ。礼を言われるような事じゃ、ないワケ」
「そんなことないっすよ。俺とあいつの力の差は歴然でした。エミさんがいなければ、やられてたっす」
 確かにあの文珠を見る限り、男の霊的戦闘能力の高さは常識はずれだったと言っていい。横島単独では勝てなかっただろう。
 横島は大きく息を吐くと、笑みを浮かべた。
「援護のタイミングも絶妙……さすがっすよ。俺もエミさんがどこにいるのか、わからなかったっすからね。見事な穏行でした。昼間の尾行とは、やはり一味違いましたね」
「お遊びと……実践の差、というのはあったかもしれないワケ」
 エミが頷く。
「でも、それでも気づかれなかったのは運が良かっただけなワケ」
 もし二人が戦っておらず、意識を互いに向け合っていなければ、その穏行も見破られていたかもしれない。そう感じるぐらいには、横島達との実力の差をエミは理解していた。
「それにおたくが周囲に意識を飛ばさなかったから、あいつも無警戒でいた。もし私の存在をおたくが探っていたら、気取られていたかもしれないワケ」
「まあ俺はそんなことする必要ありませんでしたから。……あの状況で、エミさんが追ってきてないなんて、ありえませんし」
「確かにそうなワケ」
 二人は微笑み合った。
 そしてその笑みは二人の表情から、だんだんと溶けて消えていく。再び二人の間に沈黙の帳が落ちた。
 やがて横島が口を開く。
「気づいているかもしれませんけど……」
 躊躇うように、しかしそれでもはっきりと、横島は言葉を紡ごうとした。
「あいつ。公園であったあの男は……俺、なんすよ。あいつはもう一人の、俺なんす」
 その試みは成功しなかった。言葉自体はエミに届いたが、その声は絞り出したかのように弱々しかった。
 エミは今まで、横島のこんな声を聞いたことはない。
「……無理にしゃべる必要、ないワケ」
 気遣うようにそう言ったエミに、横島は微笑んだ。とても弱々しく、そして悲しい笑顔。
「聞いて欲しいんです。今日のこと。あいつのこと。そして……」
 拳を握りしめ、歯を食いしばりながら横島が言った。
「俺の……罪のこと」
 時計がかっちかっと動いていた。そしてちょうど、長針と短針が重なる。
 ぼーんと、時計が音をたてた。


あとがき
上手く纏まりませんねぇ

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