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「小笠原エミの心情6(GS)」

テイル (2005-08-22 02:57)
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 エミは対峙する二人の横島に混乱していた。わけがわからない。なぜ横島が二人いるのだろうか。
(お、落ち着くワケ)
 こういう状況もあり得ないわけではない。少なくとも、エミにも二つは可能性が思いつく。
 一つは時間軸のずれた未来の横島だという可能性だ。しかしその可能性は、知る限りでは無いはずだった。アシュタロスの事件後、神魔族により時間移動は封印されたはずなのだから。
 では残る可能性は一つ……。
(偽物?)
 脳裏に浮かんだその答えは、すぐにうち消されることになる。
「さて……」
 男がそう言って前に出した人差し指の先に、文珠が出現したからだ。偽物ならば文珠を使うことなどできない。あれは横島固有の能力の筈なのだ。
 それでは一体、あの男は何者なのか。エミには答えが出せなかった。
 混乱するエミには関係なく、事態は進む。
「俺にはお前のように、それほど霊波刀を自在に操ることはできない。それは俺とお前の差だ。お前が有利に立っている。しかし逆もあるはずだ。俺が有利に立ち、お前が不利な部分がな。そして思うに……俺がお前よりも優れているものは、これだ」
 男は残る片方の手でも人差し指を伸ばすと、そこにも文珠を出現させた。その様子に横島は警戒する表情を浮かべるが、それだけだった。迂闊に仕掛けるわけにはいかないのだろう。
「先ほどお前も文珠を使ったな。その時お前は、自分の手の内に直接具現化させていた。これは想像だが……それしかできないんだろ?」
 さらに文珠が出現する。今度は……男の目の前の空間。手の中でも、指の先でもない。肉体的に何の関連もない場所に、男は文珠を具現化させたのだ。
「おまけにさっきその文珠を、お前は自分の手で投げつけた。……お粗末な使用方法といわざるをえんな」
 横島の手に文珠が現れる。その文珠に防という字が浮かぶのと、男の前に浮かぶ文珠が、自分の意志でもあるかのように横島に向かっていったのはほぼ同時。
「くっ!!」
 男から放たれた文珠を、横島の文珠が『防』ぐ。高出力の結界に囲まれた横島は、そして見た。
 文珠の結界に触れながら、何も変わらず浮かぶ文珠を……。
「やはりお粗末だな。何の文字も入っていない文珠を、文珠で防ぐとはなぁ」
 男が笑う。それは勝利を確信する笑みだ。
「文字が入っていないのに、触れれば発動するとでも思ったのか? そんなはず無いよな。基本中の基本だからな。なら……文字が入っていると勘違いでもしたか?」
 男が笑う中、横島の文珠の効果が消えていく。高出力だった代わりに、その効果も短い。
 そしてそれを待っていたかのように、横島の前に浮く文珠が変化を見せる。『爆』という文字が浮かんだのだ。
「っっ!!」
 激しい爆発音が公園内に響いた。衝撃波が木陰に潜むエミの元へも届く。もうもうと土煙が舞う様を、エミは呆然と眺めた。
 一瞬、果てしない不安がエミの胸中を支配する。
(まさか)
 エミは土煙を凝視した。やがて土煙が晴れ、そこに無事に立つ横島を確認する。
 どうやらぎりぎり文珠で防いだらしい。横島の手に光る『壁』という文珠に、エミは深い深い息を吐いた。
(っと。安心するのは早いワケ)
 横島は無事だったが、状況の悪さは相変わらずだ。
 間違いなく、男は横島を圧倒している。それを認めないわけにはいかなかった。まだ横島が無事なのは、男の中に油断と嗜虐的な感情が生まれているからだ。
 エミは男の笑い顔を見た。楽しそうな笑い顔。それでいて、反吐が出るほどエミが嫌いな顔。
(あれがどんな表情か……わかってしまう自分が悲しいワケ)
 男に浮かぶ笑み……それは自分の障害となった存在に対する残虐性であり、その存在を嬲ることによって感じる暗い喜びだ。明らかに楽しんでいる。その事にエミは唇を噛むが、その事が横島の命を長らえさせていることも事実。
(大丈夫。まだ大丈夫。チャンスはきっと来る。それは今じゃないワケ。……幸いあいつは私の存在に感づいてない。今はそれだけが切り札)
 わき出す感情に穏行が乱されないよう気をつけながら、エミは二人を見守る。横島の援護を、もっとも効果的に行うために。
「防いだか。まあ、見事だな。文珠を一つ無駄にしたがな」
 男が向ける蔑みの視線に、しかし横島は怯まない。惑わされない。迷わない。
「遠隔操作に長けている……いや、違うな。文珠自体に長けているのか」
 横島の強さの真骨頂は文珠だ。そこに差があるということは、まともに戦えば横島には万が一の勝ち目もないことになる。
 しかし。
「けどよ、俺は退かないぞ」
「安心しろ……俺も逃がす気はない、この裏切り者が。お前はここで殺す」
 男の周囲に文珠が出現していく。それは自らの意志があるかのように舞い、輝く。自らが設定した場所に文珠を出現させ、そして操っているのだ。
 その光景を見た横島の顔から、一瞬だけ闘志が消えた。その様子を男は見逃さなかった。
「どうした? あまりの実力差に戦う気が失せたか? そうだよなぁ、お前じゃこんな事はできないもんなぁ。数十個の文珠を一度に操るなんて、無理だものなあ」
「………」
「圧倒的実力差ってのは、こういうものを言うんだよな? 絶望したか? 何が絶対に退かないだ。笑わせる!」
 横島は、じっと男が操る文珠に視線を注いだまま口を開かない。
 自分の罵倒に反応を見せない横島に男はいらついた。
「……何とか言ったらどうだ?」
 男の言葉に、横島が口を開いた。
「ほ……みた…だ」
 その声は小さく、男には届かない。
「あ!?」
 顔を歪めた男に、横島が再び言う。今度は届いた。
「ほたる、みたいだ」
 その言葉を聞いた瞬間、男の表情から邪悪さが抜け落ちた。ゆるゆるとその視線が、自らが生み出した文珠達に注がれる。その表情に、様々な感情が浮かんでは消えていく。
 男の胸に、様々な感情が去来していた。そしてそれは、ルシオラに対する様々な思いだ。横島に指摘され、自身が生み出したものが蛍に似ていることに気づいた。そして周囲を舞う蛍の幻影を通し、ルシオラに対する思いが溢れたのだろう。
 そして……男が見せているその様は、エミにとって千載一遇の好機といえた。
 文珠を見ていた男の視界に、文珠以外の何かが映る。それが精霊石という霊石だという事を理解した瞬間には、石ははじけていた。
「ちっ!」
 真昼を思わせる光が公園内を溢れる。反射的に精霊石の光から目をかばう。まともに浴びれば視力を奪われてしまう。
「くそ。仲間がいたのか!?」
 さすがに横島から意識を完全にそらしてはいない。精霊石を投げたのは横島ではない。
 舌打ちしながら、男は慌てて態勢を整えようとした。そして男は、既に目の前に横島がいることに気づく。
「な!?」
 一瞬だけでよかった。一瞬だけ隙を作ればよかった。その一瞬で、横島は男の間合いに入ることができるのだから。
 横島は当然エミが追ってきていることを知っていた。エミが戦いの様子を窺っていることを知っていた。きっと援護してくれると、そうわかっていた。だからエミが投げた精霊石に驚かなかったし、我に返ることもできた。
 精霊石炸裂の際、横島は光を浴びないよう目を閉じ、男に向かって走ったのだ。
「りゃあああ!!」
 横島の霊波刀が男を薙ぐ。防御は間に合わなかった。それでも男は、霊力を高めることによってダメージを最小限に抑える。だが、横島の攻撃はそれで終わりではなかった。
 横島は男が浮かべた文珠をいくつか掴むと、その胸に押しつけたのだ。

 『次』『元』『移』『動』

 男が作りだした文珠は、横島の意志によって発動した。男の背後の空間に穴が空く。それは世界を隔てる壁に空いた穴だ。
 穴は男を吸い込もうと吸引を始めた。
「おおおおおお!」
 それでも男は吸い込まれなかった。霊力を全開にして踏みとどまる。そしてその手に文珠が浮かぶ。
 あらゆる状況をひっくり返す……その力が文珠にはある。もちろん今の男の状況ですら対処することができる。しかしそれはあくまでも、文珠がその力を発現させたならの話だ。
 文字が浮かぶ前に、男の文珠は横島の霊波刀によってはじかれた。
「きさまぁぁあ!!」
 憤怒の形相で横島を見る男に、横島はさらに文珠を放つ。

 『霊』『力』『封』『印』『錠』

 五つの文珠は男に炸裂すると、すぐさまその効果を顕わした。男のチャクラから霊力が消えていく。
「き、さ」
 抵抗の術を失った男は、次元の穴に落ちていく。血走った目が横島を射抜く。
 横島は男の視線に目を逸らさず、じっと男が穴に吸い込まれていく様を見ていた。
「おおおおおおお!!」
 獣のような叫び声を最後に、男は完全に穴に落ちた。それでも抵抗しようと、手を伸ばす。
 その最後の未練もやがて穴に吸い込まれ、そして公園に静寂が戻った。
(やった……)
 状況がいまいち飲み込めない戦いだったが、とりあえず敵の排除に成功した。
「横島」
 エミが木陰から歩み出た。しかし横島は動かなかった。男が消えた空間に、じっと視線を注いでいる。
 静かだった。先ほどの戦いの余韻が残る今、公園は別世界のようだった。
 ぽつり、と雨が一粒振ってきた。やがて雨粒はその大きさを、数を増していく。
 エミはそっと横島の袖をつまんだ。
「横島、雨が降ってきたワケ。とりあえず……移動した方がいいワケ」
 雨足が次第に強くなる中、ゆっくりと横島が振り向いた。
「あ……」
 横島は泣いていた。間違いなく泣いていた。たとえ横島の頬を流れるのは単なる雨だったとしても、涙を流していなかったとしても……それでも、エミには横島が泣いているようにしか見えなかった。
「おたく……」
 何を言えばいいのかわからなかった。こんな時、どんな言葉を掛ければいいのかわからなかった。
 だからエミは、そっと横島の肩を抱いた。
「エミさん……」
 横島の身体に触れたエミは、その身体が冷えていることに気づいた。雨のせいだろうか。それとも――。
「移動、するワケ」
 ここにいてはいけない……。そんな思いがエミの中に生まれる。
「私のマンションが近いワケ。そこに……行くワケ」
 その言葉は、予想していたよりもあっさりとエミの口から出た。


あとがき
 戦闘シーンって難しいですね……。

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