何故こうなるのだろうか。エミはそう自問せずにはいられなかった。
候補として挙がるのは、運命、その場の勢い等が優勢。他には体質やら未成年という言葉も可能性としては濃厚だ。そして……あまり認めたくないが、自分の言動が原因という線も捨てられない。
「うにぃ……」
「男が漏らす寝言じゃないワケ……」
薄暗い電灯が灯る路地を歩きながら、酔い潰れた横島に肩を貸すエミはそうぼやいた。
昼間の少女に関しての会話をした後、横島がグラスを空けるペースが格段に速くなり……結果はご覧の通りである。何とか自分の足で歩いているものの、そうでなかったら放り出しているところだ。
「酒は飲んでも飲まれるな、って言葉を知らないワケ?」
実際エミも横島に負けないほどの酒量だが、こちらは至って普通。多少酒臭い気もするが、それだけだ。
人それぞれ適量というものがありますので、飲み過ぎには注意いたしましょう。
それはさておき。
「さて、どうしようか」
さすがに、ずっと横島に肩を貸したままというわけにもいかない。タクシーでも通れば話は速いのだが、計ったように一台も見かけない。もしタクシーがあれば後部座席に放り込んで、後はタクシーの運転手にお任せすればいいのだが。
「ん? あ、駄目か……」
例えタクシーがあったとしても、どこへ横島をやればいいのかわからない。横島のアパートの場所は知らないし、さすがにそこらへ捨てるわけにもいかない。
エミの脳裏にふと、自分のマンションという選択肢が浮かんだ。実はこの場所からそれほど離れていない。連れ帰ろうと思えばできる……そんな距離。
「ちょっと、何を考えているワケ?」
エミはすぐさま自分に突っ込んだ。どうにも今日は思考がおかしい。
「まあ妥当なのは、タクシーを見つけて令子の所へ送り届けるか、もしくはどこかで酔いを覚まさせるか……」
前者は横島の命運が尽きる気がする。別にそれでいい気もするが、良くない気もする。
(じゃあ後者? その場合どこで酔いを覚まさせればいいワケ?)
考えたエミの脳裏に真っ先に浮かんだのは、自宅マンションだった。その事にあきれる。
(……どうしちゃってるワケ、わたしは?)
何故このような思考になるのか。横島に原因があるのか、それとも今日の自分がおかしいのか……それはわからない。ただ、ここまで来ると認めざるを得ないことがある。
(それは、まだこいつと離れたくない……そう感じている自分、か)
考えもしなかった自分の心理に戸惑う。
エミはちらりと自分の肩に視線を向けた。そこには酒に酔い、真っ赤となった横島の顔が寄りかかっている。あどけないとすら言えるその表情は、何の警戒もせず、気が抜けまくっている顔でもあった。
(あ、そうか)
その無防備な顔を見て、唐突にエミは理解した。全てではないが、何故現在横島と離れたくない心理が働いているのか、それだけは何となくわかった。
現在横島が見せている無防備さ。それが嬉しいのだ。自分という薄汚れた存在に対して、何の警戒心も抱かずにいる横島が心地良いのだ。
エミにはある種の雰囲気がある。それを為した者のみに宿る陰の気。GSとして第六感を磨いてきた横島にも、それは容易に感じられるはず。いや、感じられずとも、何となく理解することは可能なはずだ。生命体としての本能が警鐘をならすはずなのだから。
エミに宿る陰の気。それは同族殺しに手を染めた者のみに宿る、罪の証。
「鈍いのか。それとも……」
エミの顔に、何とも言えない表情が浮かぶ。
それは期待であり、同時に歓喜であり、そして……怖れであった。
「やっぱり今日のわたしは、変なワケ。とっくに諦めて捨て去り、そして遠ざけてきたものを欲しいと思ってしまってる。……良くない傾向なワケ」
ごく普通の幸せ。
女としての幸せ。
そんなもの、殺し屋家業に手を染めたときに捨て去った。血に汚れ、憎悪の汚泥をかぶり、冷たい闇の道を歩む。そんな女は……幸福という奇麗で、そして温かなものを手に入れる資格はない。
そんなこと分かり切っているのに、求めてはいけないのに、それなのに止められない。
肩を貸す横島の体温が、温かな体温が、身体の芯の方にまで染みてくる。それを嬉しく感じる自分を止められない。
「でも……」
言い訳するように、エミは呟く。
「そこらへ捨てていく訳にはいかないんだから、このままでもしょうがないワケ」
独りで生きていく。
そう決めて不器用な人生を歩んできたエミにとって、横島の無防備さと体温はまさに甘い毒だった。
本気で部屋に連れていこうか……そうエミが迷ったその時だった。
異変が起きた。彼女の霊感に鋭い刺激が走ったのである。
「っ! これは……!?」
エミは立ち止まると目を閉じた。
どこかで、巨大な霊圧がはじけた。近くではない。しかし遠くでもない。
「向こうの方角」
目を開くと、エミは視線を一方に向けた。その視線の先で異変は起きたようだ。何が起こったのかはわからない。しかし……。
「あまり、良いものじゃなさそうなワケ」
視線を鋭くして呟いたエミの隣で、二度目の異変が起きた。不意に、肩に掛かっていた重みが消えたのだ。
先ほどの霊圧を感じた為かもしれない。酔いが一気に醒めたような表情で、横島がしっかりと自分の足で立っていた。
その目は鋭かった。視線を向けたエミが、思わず息を飲むほど鋭かった。
「来、た!!」
ぼそりと呟く声が聞こえた。その手にはいつ出したのか、文珠が握られている。込められている文字は、『覚』。
文珠が輝いた。文珠の効果で完全に覚醒すると同時に、横島は走り出す。
「あ、ちょ!?」
エミがかけた声に気づきもせず、横島は全力で霊圧がはじけた方向に向かって走っていく。
「な、なんなワケ!?」
状況が理解できなかったエミは、とりあえず横島を追って走り出した。
あとがき
中々エミの心理が難しいですね……。