「あああ、これが飲まずにやってられっか」
酒の入ったグラスを片手にやさぐれている青年を、エミはおもしろそうに眺めていた。
駅前の居酒屋での話である。
あの後どんよりと落ち込んだ横島に誘われたのだ。こうしてのこのこついて来た自分に多少驚きはするものの、さほど不自然に感じていないのも事実。
それをエミは、今回の件について全然わかっていないための好奇心だと思っていた。結局なにもわからない。はっきりさせなければ気持ち悪くて帰れない……その思いからついてきたのだと。
横島がしゃべるに任せ、少女のことを全く話題にしようとしない自分に、エミは気づいていない。
「なんでですかねえ、エミさん。世界とか運命ってのは、望まぬ不幸を絶対に用意してるんですよねえ」
「そうね。そんなもんよ」
「望んでも手に入らないものはある。でも幸せにはなりたいですもんねぇ」
「そうよね」
横島の言葉に相づちを打ちながら、エミはグラスを傾けた。普段来るようなことは絶対にない安居酒屋とはいえ、奢りなのだから文句はない。
(あの薄給の横島に奢られる……結構いい話のタネにはなるワケ。後で令子に話したら、どんな顔するか……)
あの恋愛感情は小学生以下の令子。横島に好意を寄せていることがばればれだということにも気づかない恋愛初心者。
二人きりで飲みに行ったなんて事を話したら、しかもそれが横島の奢りだと知ったなら……きっとそれはもう面白い反応をするだろう。
ちなみにその後、横島がどんな扱いをされるかまでは考えに及ばない。
含み笑いをしながら、エミはグラスに口を付けた。アルコールが喉を通っていく。
(そういえば……)
そっとグラスを唇から離し、エミは目の前に座る横島を見る。その胸に、ふと去来する思いがあった。
(こうして誰かに奢られて食事するのって……初めて、だったワケ)
それどころか二人きりで誰かと食事をするという行為自体が、もしかしたら初めてかもしれない。どんなに誘ってもピートは応じなかったし、それをわかっていながら誘っていた節もある。従業員のタイガーと食事をすることはあっても、それはあくまで仕事中の話。プライベートではない。
(結構、壁を作っていたつもりだったんだけど……)
目の前の青年は、相変わらずやけ酒ですといわんばかりにグラスをあおっている。その様子をエミはじっと見つめた。
(確か人外によく好かれてるんだっけ。人外も人間に対して壁を作っていることが多いワケ。その人外に好かれるって事は、なにか……壁の内側に入る才能でも持ってるワケ?)
見た目や行動からは、とても心を許せる存在には思えない。しかしいつの間にか、懐に入ってしまっている……横島とは、そんな存在なのかもしれない。
(女の尻を追っかけているときはともかく、こうして視線が合うとやっぱりわかるワケ。優しい、そして包容力のある目……って!?)
じっと横島の目をのぞいていたエミは、横島がきょとんとした表情で自分を見ていることに気づく。
横島が照れたように笑った。
「どうしたんすか? ぼうっとしてますよ?」
「な、なんでもないワケ!!」
慌てて視線を逸らした。
どうにも今日は思考に沈んでしまう。プロにあるまじき間抜けさは、これで本日二度目だ。
妙なことを考えるからこうなるのだ。さっさと目的を達して帰ればいい。
「ってゆーか!!」
照れ隠しも含め、エミはグラスを少し強めにテーブルに置いた。
「はい?」
「そろそろ、聞いてもいいワケ!?」
その言葉に、横島の顔に動揺の色が浮かんだ。
少々強引に話を変えたが、何のことかは言う必要はないようだった。
横島の顔に、苦い表情が浮かぶ。
「あの娘の……事っすか?」
「そうよ。そもそもそれでおたくについてきたんだからね。幼気な少女を守るのは大人の役目なワケ」
「ひどいっすねぇ」
苦笑を浮かべた横島は、一転して真剣な表情を浮かべた。
……依然笑みは浮かべている。しかしその目におちゃらけた雰囲気が消えたのだ。
「あの娘は、俺にとって大切な存在なんすよ」
「だからストーキング?」
「違いますって」
横島は逡巡してみせた。どうやらよほど言いづらいことがあるらしい。
若干の間を空けてから、横島は再び口を開いた。
「あの娘に、恋愛感情はないっすよ。でも絶対に幸せになって貰いたいって気持ちはあって……」
恋愛感情はない?
「でもあのボーイフレンドと一緒にいるとき、泣いてたみたいだったけど?」
「はあ、まあ」
「……はっきりしないわね。結局あの娘は、おたくにとってどんな関係なワケ?」
「それは……その、なんというか」
どうにも歯切れが悪い。そしてそのまま、横島は口をつぐんでしまった。
「……言えないワケ?」
「すんません」
うなだれるように横島は頭を下げた。
追及しようと口を開いたエミは、しかし横島の表情を見て、何も言わずに口を閉じた。
そっと、溜め息つく。
「わかったワケ。あの娘との関係については、これ以上はやめとくワケ」
追及することはできそうだった。しかし横島の顔に浮かぶ、深い苦悩がエミを押しとどめた。
誰にでも、触れられたくないことはある。
「代わりにもう一つ。……これから先も、今日みたいなことするワケ?」
「そう、ですね。彼女を見守るのは、俺の義務、ですから」
言いづらそうに、しかしそれでもはっきり頷いた。
「俺にとってあの娘は……絶対に守らなければならない存在なんです。傷つけたくない大切な存在なんです」
唇を噛みしめ拳を堅く握りながら、まるで自分を責めるかのように横島は言った。
「絶対に……幸せになって欲しい、存在なんですよ……」
強い口調でそういう横島は、何故だろう……まるで泣いているように、エミには感じられた。
あとがき
なかなか思った通りには書けませんね。
思い描いたものと、実際に文章になったものとの隔たり……なんとかならないもんでしょうかねぇ。
って、物書き共通の悩みですよね……w
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