こそこそと身を隠しながら、横島は目当ての少女を尾行していた。少女の方はそんな横島の存在を微塵も感じてはいないようだ。
仮にも横島は、魔界の大尉に戦士として認められた経験を持つ。素人に気取られる尾行をするような素人ではない。当然といえば当然といえよう。
そしてそんな横島をさらに尾行する女性の姿。
(なんでこんな事になったワケ?)
浅黒い肌をした美女……小笠原エミは胸中でぼやいた。
(手っ取り早く後ろからしばき倒して、さっさと片を付けようと思っていたのに)
元々はピートに会うために出かけたはずが、気がつけば横島の尾行。言い換えればストーキング。
正直冗談ではなかった。しかしだからといって、手っ取り早くしばき倒すわけにもいかない。そうできない理由ができてしまった。
エミの視線が少女の隣に注がれた。そこには待ち合わせでもしていたのだろうか、先ほど少女と合流した少年が歩いている。
二人の距離感、そして雰囲気……。おそらく彼女のボーイフレンドだと、エミは判断した。
こうなると謎になってくるのが、二人が合流したとき滂沱の涙を流していた横島の行動だ。
いつもの彼ならば、高確率で合流時に乱入している。「これは俺んだーー」とかなんとか言いながら。しかし今回それがなかった。もしそうなっていれば、その時とばかりにエミもしばき倒すことができるのだが、いっこうにそのような素振りを見せない。ただ気づかれないよう観察しながら、少女について行くだけ……。
つまりは、妙なのだ。今の横島は、通常あり得ない行動をしている。これではまるで……。
(本気でストーキングしているみたいなワケ)
なんだかんだいっても、横島がどういう人間かは知っている。弱者と女に弱く、人が本気で嫌がることはできない超のつく善人。……それが横島だと、エミは評価していた。
自分の欲求に何を犠牲にしても従う。そんな人間ならば、あの事件の時に結晶を破壊することは絶対になかった。
その横島が、本気で少女を尾行している。その理由とはいったい何なのか。……それが、エミが未だ横島を尾行している理由だった。
つまりは、気になってしまったのである。
(あぁもう! なんであたしが!!)
胸中で毒づきながら、エミは見事な穏行で横島達を追跡していた。
しばらく歩いた後、少女達は公園に入っていった。続く横島と、さらに続くエミ。
公園には樹齢千年を越えるような木々が立ち並び、夏の日差しを多少なりとも和らげてくれていた。風がそよそよと流れていくのも心地よい。
少女達は備え付けのベンチに腰掛けた。寄り添いながらなにやら楽しそうに笑い合う。
風に運ばれ、少女達の声が聞こえた。何を話しているのかはわからない。ただその声から、二人がリラックスしていることが伝わった。お互いに心を許し、楽しい時間を過ごしていることが伝わった。
少女達のおしゃべりは太陽が傾き、空を茜色に染めるまで続いた。やがて会話がとぎれると、二人は替わりにじっと見つめ合った。
そっと、二人の唇が重なった。夕日に染められながら口づけを交わすその様は、少しだけ幻想的で絵になる光景だった。
(なんか、いい感じなワケ)
エミから見てもそう感じるのだ。横島に至っては、言わずもがな。
エミの視界には、お似合いの二人を見ながらだくだくと涙を流す横島が映っていた。
「それじゃぁ」
「うん、ありがと」
少女の自宅の前、送ってきた少年との会話がかすかに聞こえた。少女は手を小さく振りながら、少年が去っていくのを見送っている。
結局少年が見えなくなるまで見送った後、少女は家に入っていく。
「ただいまー」
そんな声が聞こえた。
玄関の扉から漏れる光は、なぜか優しく、どこか懐かしい。
「なんか、結構ほのぼのするじゃない……」
少々羨ましくもある光景に、エミがほっと溜め息を吐いた。その目に、寂しげな光が宿る。
家……。それはエミにとって、温かいイメージはない。これまでたった一人で生きてきた。誰かが自分を待ち、そして迎えてくれる場所など、夢でしかお目にかかったことはない。
羨ましいという気持ちがないといえば嘘になる。帰るべき場所。自分を愛し、共に生きてくれる人。エミが望み、そして最初から諦めているもの。
羨ましい、という気持ちがないといったら嘘になる――。
「……って、何を考えているのやら」
エミは苦笑すると、首を軽く横に振った。
「馬鹿なワケ。考えてもしょうがないことなのに……どうかしてるワケ」
あまりに目の前にあったために、少々魔が差したらしい。
自分は一人で生きていく。それが当然の人生を歩んできたし、その過去を否定するつもりもない。令子や冥子など、現在では友人と呼べる存在もいる。これ以上何を望むのか。
エミは首を振った。なぜ自分がここにいるのか、その目的を忘れてはならない。こうしてやりたくもないストーキングをしたのは、全てあの少女を横島から護るため。少女が無事帰宅したのならば、エミの目的は達成されたも同然だ。
「後はあの馬鹿を締め上げて、色々事情を聞いた後にしばき倒せばいいワケ」
そして明日から、また変わり映えのない日々が始まるのだ。そして、それで良い。
「……あれ?」
横島の姿を探したエミは、頬をひくつかせた。さっきまで電柱の影にいた横島の姿が、いつの間にか消えていたのだ。
「うそ」
きょろきょろと周囲を見回すが、影も形もない。
先ほど確かに意識を横島からそらしていたが、完全にではない。またその時間も決して長くはなかったはずだ。GSとして悪霊その他の妖怪と戦ってきたエミは、一流の戦士でもある。黒魔術を得手とするため直接戦闘においては弱いが、気配読み等に関して他者に負けない自負があった。
その自分が、目標を見失った。
「し、失態なワケ……令子にゃ話せない……」
額に手を押しつけながらぼやいたときだった。
「なにがです?」
エミのぼやきに、横手からどよんとした声がかかった。反射的に振り向いたエミが見たのは、見失ったと思った横島だ。声と同様、暗い表情をして立っている。
エミは慌てふためきそうになって、何とかそれを見せないよう自分を抑えた。さらになんとか、フォローも入れてみる。
「よ、横島じゃない。き、奇遇なワケ」
「ずっとついて来てたのに、奇遇はないんじゃないっすか」
(き、気づかれてたワケ!?)
苦笑する横島に、エミはぱくぱくと唇を動かした。
あとがき
ちなみに、全七話か八話ぐらいを考えています。