第3話 彼の見解
ブロロロロロロ………………
「あぢぃ………。」
バスを降りた途端、ムワっとした熱気が襲ってくる。
冷房が効いていた車内とは明らかに違う。
この気温差は横島の気力を一気に失わさせるには十分だった。
真夏の太陽はギラギラとアスファルトを照りつけて気温を上昇させ、湿気を大量に含んだ空気は容赦なく不快指数を上昇させる。
四方八方からはセミがひたすら大合唱している。
護岸コンクリートの向こうに見える海からは心地よい潮風がそよいでくるが、その程度では気休めにしかならない。
視覚、聴覚、触覚への容赦ない攻撃。
今、この場は問答無用の地獄であった。
「あ゛ー………。選択、ミスったかなあ………?」
横島は今の状況に愚痴りながら、首に掛けたタオルで汗を拭く。
ハンカチも持ってきているのだが、この暑さでは到底間に合わないと判断したので、タオルをリュックの底から引っ張り出してきたのだ。
腕時計をちらりと見る。
このままなら指定された時間に余裕で到着できるだろう。
横島は荷物を背負い直して歩き始めた。
「えーっと、どれどれ………?」
横島は歩きながらA4版のプリントに目を通す。
記載されている依頼内容の要点を頭に叩き込みながら、彼は昨日の事務所での出来事を思い返していた。
〜回想〜
「依頼料は200万。場所はM県の僻地よ。普通ならこんな安いかつ遠い場所での仕事なんて受けないんだけどね。ま、アンタ単独での仕事なんだからこれくらいが妥当でしょ。」
「は、はあ。そうっスか………って美神さん!? いきなり一人でやれなんてどう言う風の吹き回「どう言う事ですか! 美神さん!?」
お、おキヌちゃん!?」
唐突に声がした方を振り返ってみると、そこには救急箱を両手に持ったおキヌが少々怖い顔をして仁王立ちしていた。
頬をぷくーっと膨らませている辺りが何だか可愛い。
怒っていると言うより、拗ねていると言った風に見える。
しかしおキヌの表情はこの際どうでもいいだろう。
問題は、彼女が美神に対し、仕事の件で異論を挟んでいるのだ。
非常に珍しい事態である。
「言葉通りよ。この仕事は横島クン一人でやらせるつもりなの。」
「横島さんはまだ見習いですよ!? サポートとして誰かを付けるべきではないですか!? 主に私とか私とか私とか………。」
ちゃっかり自分が付いていく主張している辺り、いい度胸である。
ちなみに、最後の部分は美神には聞こえていても、横島には聞こえていない。
まあ、これはお約束ってことで。
「(ピキッ)今日は何だかえらく積極的ね………。見習いだからこそよ。これまでは一応サポートは付けてたけど、いい加減に一人で除霊できるようにならなければ一人前とは到底認められないでしょ? それはおキヌちゃんも十分わかってるはずよ。」
そうなのである。
横島は例のアシュタロス事件以降、度々美神抜きでの除霊を任されていたのだ。
美神もあの戦いを通じて、横島が自分と匹敵するまでに力を付けていることを明確な形で認識させられた。
もちろんそれだけではなく、横島の重要性を認識したGS協会と、母親である美神美智恵の強力な圧力もあったりしたのだが。
それらもろもろの要因があり、彼を見習いGSから一人前のGSにさせるために色々と腐心していると言う訳である。
………………「ようやく」と言う言葉も付けた方が適切かもしれないが。
もちろん、横島を見習いのままにしておくより、一人前としておいた方がこれからの活動に色々と有利になると言う思惑もないわけではない。
その「横島一人前計画」の一環が、美神抜きでの除霊なのである。
最初はオブザーバーとして美神も着いていた。
しかし最近はサポートとしておキヌ、シロ、タマモの誰かを付けることと、報告文を提出させるだけにしている。
それだけ、彼の力量は上がってきていると言うことなのだ。
もっとも、美神に言わせれば「まだまだよ」とのことなのだが。
「で、でも横島さん一人じゃまだ不安と言うか頼りないと言うか、トラブルを起こすことは確実と言うか………。主に女性関係で………。」
美神の正統かつ圧力ムンムンの反論にたじろきながらも、おキヌはまだ食い下がる。
どうやそこまでしても横島に同行したいらしい。
おキヌにしては非常に積極的だ。
これも愛故だろうか。(笑)
しかし、今回はそれが裏目に出たようである。
「まあ、それは私も否定しないけどね。でもおキヌちゃん。あれを見なさい………。」
「え?」
美神がため息をつきながらおキヌの肩を軽く叩き、おキヌの背後へと視線を送る。
その先には―――――――――
「ええんや〜〜〜………。ええんや〜〜〜………。どうせオレは所詮貧弱な坊やなんや〜〜〜………。おキヌちゃんにさえ信用されない雑魚い男でしかないんや〜〜〜………。」
シロ、タマモと一列に並んで机に突っ伏し、滂沱の涙を流している横島の姿があった。
美神ならまだしも、おキヌに目の前でそりゃもう手酷く言われたため、結構ダメージは深刻だ。
「ああーっ!? よ、横島さん!? ち、違うんですよこれはっ!! いや、だって詰めが甘いのはいつものことだから………わわわ!!今の嘘です嘘!! どうせまた女性関係でトラブルを起こすことは確実………って違います違います!! そうじゃなくていやあのそのっ!!(汗)」
おキヌ、大暴走中。
フォローをするどころか、傷口を抉りまくっている。
しかし横島のこれまでの素行からして、これらの事実は否定できないだろう。(笑)
横島はおキヌの無意識かつ容赦ない糾弾(おキヌにとってはフォロー)に、電気ショック治療を受けている重体患者のごとくビクンビクンと体を大きく痙攣させている。
「ぐはっ………。(バタリ)」
………そして遂に動かなくなってしまった。
心電図がここにあれば、ピ――――――と単調な音をたて、心拍数は0と表示されていること請け合いである。
「よ、横島さはーーーーーーんっ!!!???」
おキヌの絶叫が空しく響き渡った。
「はあ………。毎回毎回何やってんだか………。」
美神は毎度の笑劇に眉を顰めた。
………………………美神令子除霊事務所は今日も賑やかなようである。
ちなみに、この後復活した横島が、「やっとオレを認めてくれたんスね!? これはもう愛の告白と受け取るしかぁっっ!!」などと抜かしながら美神にルパンダイブを敢行し、強烈なガゼルパンチをカウンターで決められて血の海に沈んだのは余談である。
その時、美神の顔が照れているのか、微妙に赤くなっていたとかいないとか………。(笑)
その姿をおキヌが目撃してしまい、「遂に美神さんも本格参戦ですかね………? これは対策を立てておかないと………。」などど微妙に黒化しながらブツブツと呟いていたのもまた余談。
一方のシロとタマモ。
いまだに再起不能………。
〜回想終了〜
横島は相変わらずな事務所の笑劇を思い返して一人苦笑する。
思えば、自分がアルバイトに入ってから、周りは常に波乱に満ち溢れていた。
仕事ではいろんな人や人外と出会ったり戦ったり。
外国はおろか月にまでも行ったし、果ては時空を越えたりもした。
事務所では、美神にはシバかれ、おキヌには拗ねられ、シロには引き摺られ、タマモには焼かれる。
外では、雪之丞とバトルし、ピートとは弁当の取り合いをしたり、タイガーにはさば折りを食らったりする。
………休む暇もなかったような気がする。
極めつけは人類の敵までもやったことだろう。
その中でモテない自分が魔族の少女と恋に落ちただけでも驚愕すべき出来事なのに、その先でその少女と世界の存続との選択が待っているなんて誰も思いもしなかったに違いない。
いや、思ってたらむしろ怖いのだが。
しかし、改めて振り返ってみると、まるでどこぞのファンタジー小説みたいな話だ。
ただし、シリアス2割、ギャグ8割の。
いつでもどこでもギャグを忘れなかった自分って時々すごい。
やっぱり自分にはギャグがお似合いらしい。
一方で、あの蛍の化身である少女との最後はいまだに自分の中に影を落とし続けている。
彼女のことを想い、こっそりと涙を流して哀しみに沈んだときも何度かあった。
自分の無力さを呪い、何かに八つ当たりすることもあった。
しかし、それを癒してくれたのは事務所の面々や戦友たちだった。
美神のガメツさ。
おキヌの優しさ。
シロとタマモのケンカ。
雪之丞やピート、タイガーとの喧騒。
それだけじゃない、たくさんの思い出。
そこにはこの世界があったからこその笑顔と活気に満ち溢れていた。
その屈託のない姿を見ると、いつまでも後ろ向きである自分が情けなく見えてくる。
前向きであらねばと思う。
しかし、それは彼女のことを吹っ切るとか、忘れるとか言う安易なことではない。
彼女のことを忘れることはないし、これからもずっと想い続けるだろう。
この世界は彼女の墓標なのだから。
彼女はずっと自分を見ているのだろう。
だからこそ彼女を悲しませることはしたくない。
彼女が好きになってくれた自分であり続けるのだ。
これからもずっと。
だから皆には感謝しているのだ。
本当に。
彼女の存在に改めて気付かせてくれたから。
自分の歩むべき道が少しだけ見えたような気がするから。
もっとも、こんなことクサすぎるので、皆に言うつもりは毛頭ないのだが。
彼はプリントから目を離し、海の方を見る。
目に映るのは海と船と綺麗な砂浜だけ。
これが地元の東京湾だと、海水は濁っているし、浜は工場と商業施設で埋め尽くされている。
船なんて、もう多すぎて嫌になる
だがこの地は、海ーーーーーーーーーーー!と大声で自信たっぷりに叫びまくれそうなほど雄大だ。
さすがはM県のド田舎だと言えよう。
しかし、ここは東京とは比べ物にならないほど、公共交通機関に乏しい。
リゾート地にするにはもってこいの環境なのだが、あまりの交通の便の悪さが全てを頓挫させているのだ。
電車はとっくに廃線になっている。
バスは通っているのだが、一日当たりの本数は両手で数えられるぐらいしかない。
これでは水着姿のねーちゃんをナンパするなど夢のまた夢。
地元の子供たちの遊び場ぐらいにかならないだろう。
実際、小学生ぐらいの女の子が一人、砂の城を作って遊んでいるだけだし。
ちなみに、今は日曜の午後2時くらいである。
その日時にこの有様では、期待なんてするだけ無駄だろう。
「夢、早くも潰えたり………。」
横島は微妙に落ち込みながら、依頼書をカバンの中にしまい、依頼人の下へ行こうと歩みを早くしようとする。
―――その時。
“今こそ継承の時。”
声が聞こえた。
背後から。
“早く来てね、私の元へ。”
横島は弾かれたように後ろを振り返る。
視線の先はさっきまで一人の女の子が居た場所。
「え………?」
誰も居ない。
波の音が聞こえるだけ。
足跡すらない。
“待ってるよ。お兄さん――――――。”
わからない。
この声がどこから聞こえてくるのか。
ここは現実なのか。
はたまた幻覚でしかないのか。
唯一現実に残っているもの。
それは波に浸食されつつある、崩れかけた砂の城だけだった………。
〜執筆後記〜
どもども、長門千凪です。
気が付けばもう8月に突入。
扇風機が手放せませんね。
むしろ常時稼働中。
クーラーはあんまし使いたくないですし。
ああ………貧乏が憎らしい………。
さあ、次回はやっとクロスのキャラが登場!?
やっとこさ本題に入れます。
さあーーー!頑張って書くぞーーーーーー!!!
それでは今回はこの辺で。
ではでは!!