『シロちゃんと朝食を』
暮れかかった日の光が照らす道路を爆走する一台の自転車。
自転車とは言えその速度は普通の乗用車に匹敵している。
それだけでも人目を引くのだが、腰につけた綱で苦も無く自転車を引く美少女とその後ろで泣き叫びながら必死にハンドルを操作する少年という取り合わせは激しく目立つ。
にもかかわらず町の人はさほど彼らを気にした様子は無い。
すでに日常のひとコマと化しているのだろう。
この変わったカップルは美神除霊事務所のメンバーである横島とその愛弟子である人狼の少女シロである。
すでに限界域で爆走していた自転車だったがシロが突然立ち止まったためにコントロールを失い凄まじい勢いで近くの電柱に激突した。
「センセっ♪」
振り返って少年を確認しようとしたシロ。
しかしそこには少年は居ない。
なんだか嫌な予感がして尻尾の毛を逆立てながら、師匠の気配を探るとそれは自分の真上から感じられるような気がする。
恐る恐る見上げたシロの目は自分の頭の上の電柱に抱きついている横島の姿を映し出した。
額に汗しつつも口を開いてみる。
「さ、散歩は楽しいでござるな♪」
「あほぉぉぉ!死ぬわっ!ちっとは慣性の法則ってのを学べっ!!」
怒鳴りながらもスルスルと電柱を降りてくる少年。
普通の人間なら死んでいるだろうが彼は無事らしい。もっともそんな少年の人とも思えぬ頑丈さはこの町の人間なら大抵の人は知っているので道行く人も驚きはしない。
「んで何で急に立ち止まった?骨でも落ちていたか?」
「え?骨でござるか?!どこ?どこでござる?!」
「落ちているか!拾い食いはすんなっ!」
「あきゃん!」
骨と聞いてキョロキョロしだしたシロの脳天に横島の鉄拳が炸裂する。
厳しいようだが昨今の情勢下では犬の拾い食いは事故の元だ。
犬の躾はその場でやるのが肝心!
でもシロは狼だし、頭を叩くのはよくないよ横島君。
「うう〜。痛いでござるぅ〜」
頭を押さえて涙目になるシロに溜め息つきながら横島は倒れていた自転車を起こした。
特にどこも壊れていないあたりこの自転車も持ち主に似て頑丈らしい。
「俺かて痛かったわい!んで、なんで急に立ち止まったんだ?ああん?」
ジトっとした視線を向けられて怯むシロだったが、すぐに立ち直るとピシっと電柱に貼られた貼り紙を指差した。
「あ、なんだこれ?」
「先生見るでござる!ペット同伴喫茶だそうでござるよ!」
確かに貼り紙には『新規開店 ペット同伴喫茶犬っ子』と書いてある。
その貼り紙の中の一文、「開店セール 今なら全品半額。しかもペットちゃんのお好きなおやつプレゼント」という文句に横島の視線が釘付けになった。
「センセ♪ここに行くでござる!」
「まあ金なら多少はあるし…今日はバイトも無いしなぁ…」
「だったら行くでござるっ!隣町とは言え拙者の足ならここからすぐでござるっ!」
言うなりシロは横島を無理やりに自転車へ乗せると横島が反論する間も与えずにダッシュで走り出す。
「いきなりかぁぁぁぁ。あほぉぉぉぉぉ!!」
ドップラー効果とともに走り去る自転車を道行く人々は笑顔で見送るのだった。
ペット同伴喫茶といっても外見は普通の喫茶店である。
違うのは席と席の間が広いこととリードをつなぐ杭が立っていることかもしれない。
壁には様々なペットの写真が貼られている。
そして何よりも横島を驚かせたのはウェイトレスの服装だった。
おそらくは店主の趣味なのだろう。
ウェイトレスは皆、メイド服に犬耳装備だったりする。
早くもこのウェイトレス目当てなのか、明らかに野良猫と思える猫に引っかかれながらも、幸せそうに注文する大きなお友達系のお兄さんなんかもいて店はかなり込んでいた。
「さ、先生早く入るでござる!」
「あ、ああ…」
シロに促されて入店しようとした横島だったが、その前に立ちふさがるのはやたらごっついウェイターだった。
当然、彼もメイド服に犬耳装備である。
「お待ちください。お客様。」
「失礼しました。」
犬耳のごっつい兄ちゃんが野太い声で話しかけてくれば誰だった逃げようとするだろう。
当然、横島とて例外ではない。
0.1秒で回れ右して逃走準備に入る横島だったがウェイターは慣れているのか気にもせずに話しかけてきた。
「こちらはペット同伴喫茶です。お客様のような特殊なペット…それもまた漢の浪漫ではありますがそういう趣味の方はお断りしてます。」
「ちょっと待て。何か凄まじく誤解してないか?」
思わず振り返っちゃう横島。ああ悲しきは関西人の突っ込み本能。
令子に対しても発揮されるこの本能は本能でありながら持ち主を危険に追いやるという困った特徴を持っていた。
「誤解ですか…ふむ…つまり男の方がペットなのですな?」
「違う…」
「むう…奥が深い…」
がっくりと脱力する横島に感心した目を向けるウェイター。
そして横島の隣で怪訝な顔をするシロ。
そこにはなんだか妙な脱力空間が展開していた。
「先生。拙者のペットだったんでござるか?」
「違うわ!」
ボケるシロに突っ込みながら横島はシロの首のかけられていた精霊石を取った。
たちまちドロンと子狼化するシロにウェイターは目を丸くする。
「これは…相当に珍しい犬ですね。」
「うーむ…前にも似たような反応があった気がするが…まあそういうことだ。」
「これは失礼しました。どうぞお入りください。あ、お客様にはそういうプレイもありでしょうから個室の方を用意させていただきます。」
「どういうプレイを想像しているかは聞きたくないから聞かんが…また凄まじく誤解しとるだろう。」
しかし横島の抗議に対してもウェイターはニヤリと笑うだけである。
「ささどうぞ」と言われてなんだか有耶無耶のうちに横島とシロは入店してしまった。
個室といっても普通の部屋である。
周囲がガラス張りになっていて他の客の様子も良く見える。
つまりは猫に対してネズミやハムスターのようなペットを連れてきた客が安心して過ごせるようにと考えられた部屋なのであろう。
シロは横島と喫茶店に入ったのが嬉しいのかしきりに尻尾を振っている。
しかし横島はなんとも言えぬ居心地の悪さを感じていた。
何だか自分も犬耳メイド服目当てに来店したと思われている気がするのだ。
確かにウエイトレスさんは美人揃いである。
それは嬉しいが横島に獣っ娘属性は無い。
彼のストライクゾーンは目茶目茶広いように見えて意外と狭い。
年下に煩悩を感じないのがその証拠だろう。
心ここにあらずと言った師匠の姿に目の前のシロがクーンと鳴く。
なんとも微妙な空気に耐え切れず横島はシロに精霊石を返した。
「先生は拙者とこういうところに来るのが嫌なんでござるか?」
人型に戻ったシロの第一声がそれである。
多少、驚きつつも横島は首を横に振った。
「そういうんじゃなくてだなぁ…なんつーか居心地が悪い。」
「その割には先ほどからあちらのオナゴたちをジロジロと見ているようでござるが?」
何だかシロの機嫌が悪い。普通の男ならここで気がつくだろうが横島はシロが子供の時から知っている。っていうか子供だと思っているのでそういう思考には至らない。
「何を言っているんだ?」と口を開こうとしたとき、ウェイトレスがメニューと水を持ってやってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
ロングヘアーに犬耳装備のウェイトレスさんは中々美人だった。
そんな美人に横島君がリアクションしないわけはないわけで。
「あなたをオーダーしたいんだが。バンビーノ…」
本人の考えではダンディなつもり、傍から見れば危ないイタリア系少年といった様子で瞬きする間もなくウェイトレスさんの手を握る横島。
その速さは人狼のシロの動体視力を持ってしても影しか捕らえ切れない速さだった。
しかしおっきなお友達系のお兄さんのお相手で慣れているのか、ウェイトレスさんはニッコリ笑いながら軽く横島の手首を捻ってねじふせる。
「あだだだだだ…」
「いけませんわお客様。こんなに可愛い彼女がいらっしゃるのに…」
「か、彼女でござるか…そ、そんな…は、恥ずかしいでござる…」
悶絶する横島の横ではシロが頬を染めて身をくねらせている。
だけどその至福の時も横島の一言であっさりと終わりを告げた。
「ち、違います!シロは彼女じゃないっすから!!」
「え…」
横島の言葉に絶句するシロ。
ウエイトレスのお姉さんは横島の手首を極めたまましばし首を捻っていたが、やがて一人納得したのか笑顔を向けた。
「では妹さんですか?」
「うーん…兄妹というか…師匠と弟子というか…」
何と説明すればいいやらと悩む横島にお姉さんは不思議そうな視線を向ける。
「師弟ってことは…「はい!コーチ!」ってプレイですか?それはまた特殊な…あ、でもそれならブルマは標準装備なはず?」
「あんたは何を想像してますか…?おいシロ!お前も何か言えよ。」
お姉さんの勘違いを正そうと関節極められたままシロに話しかけても返事は無い。
不思議に思ってみればそこには目に一杯の涙を溜めたシロがいた。
「し、シロ…どうした?」
横島の問いかけにもシロは唇を噛んだまま答えない。
かわりにその剣術で鍛えた割に華奢な肩がプルプルと小刻みに震えていた。
「せ…」
顔を伏せ震えるシロの目の辺りからポツンと一粒の雫が落ちてテーブルを濡らす。
「シロ?」ともう一度問いかけられてやっと彼女は涙に濡れた顔を上げた。
「先生のバカァァァァァ!!」
叫ぶなり喫茶店を飛び出していくシロを呆然と見送る横島は、同じように呆然としているお姉さんに関節を極められたままだった。
「ふーーーーーん。それで泣きながら帰って来たってわけ?」
グシグシと泣きながらおキヌの煎れた麦茶を飲むシロに、タマモがアイスキャンデーを舐めながら同情の視線を向ける。
この相棒が横島に単なる師匠以上の感情を持っていることは知っていたが、まさかここまで一途だとは思わなかった。
慰めようとしたおキヌがシロの頭をヨシヨシと撫でてやっている。
「グス…ヒック…おキヌ殿…拙者は先生の「があるふれんど」とやらにはなれんのでござるか?」
「うーん…そんなことも無いと思うけど…シロちゃんたちじゃまだ早いかな?」
「たち?」
ピクリとタマモの眉が動いた。
口の中のアイキャンがガリっと砕ける。
「え?どうしたのタマモちゃん?」
「つまり…わたし「たち」が子供だからヨコシマは相手にしないってこと?」
「えーと…えーと…そうじゃなくて…」
自分の失言に気がついて慌てて打ち消そうとするおキヌの言葉は、すでに血が上ったタマモには届かない。
目に決意の炎を湛え、タマモは落ち込むシロを叱咤した。
「シロ!やるわよ!!こうなったら私たちでヨコシマの鼻を明かしてやるのよ!!」
「どうするんでござるか?」
「あの…だから…」
「レディになるのよっ!!」
「おおっ!なるほど!!」
「えーとね…だからね…」
元気を取り戻すシロに頷くタマモ、その後ろでオタオタするおキヌ。
「さあ!そうと決まれば特訓よ!!」
「おーっ!拙者やるでござるよ!!」
そうして二人はおキヌのことなど構っていられないとばかりに屋根裏へと駆け上がって行った。
一人残されたおキヌは自分の失態に一人呟くしか出来なかった。
「ライバル増やしちゃったかも…くすん…」
屋根裏に駆け上がった獣っ娘たち。
意気込んでみたもののどうすれば良いかわからない。
二人揃って「うーむ」と頭を捻っていれば、見かねたのだろう人工幽霊が遠慮がちに声をかけてきた。
『あの…レディになりたいと言うなら良い映画があるのですが…』
「映画?」
「時代劇でござるか?」
『いえ、昔の映画で『マイ・フェレディ』というのがあります。確か少女を一人前のレディにするという映画だったと記憶してます。』
「それよ!」
「そうでござるな!!」
光明が見えたと意気込む獣っ娘。
タマモが善は急げとばかりに人工幽霊を問い詰める。
「どこにあるの?!!」
『オーナーが再放送されたのを録画していたはずですが…書庫のライブラリィにあると思います。』
「行くわよ!!シロ!!」
「応っ!!」
そして二人は書庫へとたどり着いた。
除霊の資料や古い文献に混じって、住人それぞれの名前が書かれた本棚がある。
今までは他人の趣味などあんまり気にとめていなかったが、令子の本棚を探すついでに他人のそれを覗き込んでみると、おのおのの趣味がわかって興味深い。
「シロ。あんたって本当に時代劇マニアなのね…」
確かにシロ専用の棚には「忍法 獅子変化」だの「秘剣 影写し」だのの時代小説や漫画がずらっと並んでいた。
「そういうタマモこそ、漫画ばかりでござらんか。」
シロの指差したタマモ専用の棚には、「お揚げの急太郎」とか「仮面の忍者 赤揚げ」とか「究極! おいなり仮面」とか微妙なラインナップが並んでいる。
「その点、さすがおキヌちゃんねぇ…」
露骨に話を逸らしながらタマモが指差したおキヌ専用書棚には、料理関係の本とかがきちんと整頓されて並んでいる。ちゃんと手製のブックカバーをかけられ、背の部分におキヌの達筆で本の題名が書き込まれているなど几帳面な彼女らしい。
そのうちの一冊がタマモの興味を引いた。
何かの包装紙で作られた花柄のカバーには「明日のためにその壱」と書かれている。
何となくそれを手に取って中を見たタマモがピキリと硬直して本を取り落とした。
「どうしたでござるか?タマモ?」と問いかけてくる相棒にも答えずにガクガクと震えだすタマモ。
その口からは意味不明な言葉がポツリポツリと漏れ出すばかり。
「明日のためって…その壱って…これが壱なら弐とか参って…」
怪訝に思ってタマモの落とした本を拾おうとするシロの手がタマモにガッチリと掴まれる。
「なんでござるか?!」
タマモらしくもない強い力で腕を握られてちょっと不服そうなシロだったが、目に涙を浮かべてフルフルと顔を横に振るタマモの姿にその語気も弱まった。
「どうしたでござる?」
「いい…シロ…私は何も見てないわよ…。」
「はぁ?」
「いいからっ!さあ!早く目的のビデオを探してきて!!」
慌てたタマモの様子に首をかしげながらも令子の棚にビデオを探しに行くシロを視界の隅で見送って、タマモはボソボソと呟きながら、その新婚の奥様向けの解説本(図解入り)を書棚に戻した。
どこか虚ろなでありながらもほっぺたを赤く染めるという、かなり複雑な表情をしたタマモが身を震わせて呟く。
「おキヌちゃん…恐ろしい子…」
その後、シロの探し出したビデオを屋根裏で鑑賞する獣っ娘たち。
古い映画だけれども、初めて見るハリウッドのミュージカルは少女たちには新鮮だった。
映画が終わって「「ふーっ」」と溜め息をつく二人。
やがてどちらからとも無く顔を見合わせると互いの目に炎を乗せてコックリと頷きあう。
「シロ!やるわよ!私についてらっしゃい!!」
「拙者やるでござるよ!タマモ!!」
こうしてシロの特訓は始まった。
雨の日も…。
「まずはレディらしい発音よ!いい?「パプアニューギニアのワニはよく客食うワニだ」…はいっ!」
「ぱ、ぱぽー」
「違うっ!もう一回!!」
「はいでござる!!」
風の日も…。
「おしとやかに歩く練習よ!その水の入ったバケツを頭に乗せたままヒンズースクワット5000回!!」
「歩いてないでこざるが?」
シロの頭にあるのはでっけー業務用のポリバケツ。はっきり言って立っているだけで凄い。
「口答えするなっ!」
「はいでござる!!」
晴天の日も…。
「違うっ!チークダンスってのはそんなんじゃないっ!」
「こうでござるか?」
「違うって!相手を崩して一気に背負うのよ!!」
「こうでござるかっ!」
綺麗な弧を描いて舞う横島っぽい人形。
「よしっ!今のは完璧に一本よ!!」
そしてついに…シロの長く辛い修行は終わりを告げた。
逆光の朝日を浴びてすっくと立つシロ。
身に纏った柔道着は長い特訓のせいで擦り切れていたが、それは彼女の努力の証。
こうしてついに脚力、瞬発力、多彩な投げ技、そして早口言葉の能力も身につけた最強のレディが誕生したのである。
「さあ、行きなさいシロ!ヨコシマに最強のレディとなったあんたの姿を見せてやるのよ!!」
「おうっ!でござる!!」
返事とともにダッシュで駆け出すシロを見送るタマモの目には友を思う涙が光っていた。
「頑張ってね…シロ」
そんな少女たちをこっそり見守っていた人工幽霊は、ついに最後まで『修行の方向性に問題があるのでは?』と言えなかった自分をこっそり責めていた。
横島の部屋の前に着いたシロはすーっと大きく深呼吸し、走ったためとは別の鼓動の高鳴りを抑えつつ、少年の部屋のドアをノックする。
ノックという割には派手な音が響いたかも知れないが、自分を見て驚く少年の反応を期待するシロにはそんなことは些細な出来事である。
数回にわたるノックの後、期待と緊張でまた高鳴り始めた心臓を押さえて待つシロの前に眠そうな横島の顔が現れた。
「先生…じゃなくて横島さん!おはようございますでござりますことよ!」
何とも珍妙な挨拶に横島の顎が落ちる。
そりゃあ挨拶だけならともかくも、後ろで一本にまとめた銀髪もいいとしても、柔道着を着て鉄下駄を履いたシロの姿を寝起きに見せつけられればビックリするというものだろう。
「なにしとるんじゃお前は?」
「これから拙…わたくしとデートしませんことでござりませんか?」
胸の辺りまで落ちていた横島の顎は今や膝ぐらいまで下がった。
それでも何とか気をとりなおしてヤレヤレと首を振る。
「デートって散歩だろうが?」
「ちがうでござりますことよ!デートでござりますわいなぁ」
何だか今日のシロに逆らうのは得策じゃないと考え始めたのか、横島はコメカミにでっかい汗のツブを貼り付けると「ちょっと待ってろ」と言って部屋に戻っていった。
朝の河川敷遊歩道を散歩するシロと横島。
シロの言っていたデートとは何のことやら?と首を傾げる横島だったが、今日のシロは爆走しないから「きっとゆっくり歩くことをデートと思っているんだろうな」と簡単に脳内解釈して、まあ普通の散歩を楽しんでいた。
やがて遊歩道の端っこにある広場の前に着いたとき、唐突にシロが横島の前に回りこむと訴えるかのように上目遣いで彼の顔を覗きこんできた。
「先…横島さん…拙…わたくしと踊りませんことでござりませんか?」
「はぁ?踊りって盆踊りにはまだ早いだろ?」
「そうじゃなくって!ち、ちーくだんすでござりますことよ。」
横島の顎は今度こそ地面まで落ちた。
そりゃあ早朝、人もまばらな河川敷とはいえ、チークダンスなどやるような場所ではない。音楽といえば遠くで町内会のおじいちゃんたちがやっているラジオ体操が聞こえるぐらいだ。
戸惑う横島に拒絶されたと思ったのか、シロは唇を噛んで涙ぐむ。
「先生は…拙者と踊るのが嫌なんでござるか…」
「いや…そうじゃなくってだなぁ…」
「だったらいいんでござるな?」
満面の笑みと共に抱きついてくるシロ。
何となく罪悪感を感じた横島が「しゃあねぇなぁ」と踊りの真似事だけでしようかと頬を緩めた瞬間、シロの手が横島のTシャツの奥襟を掴んだ。
「おい?」
「せっ!!」
どんなダンスだ?と声に出す間もなくシロの気合一閃、横島は綺麗に一回転して頭から地面に叩きつけられた。
「ふーっ…さあ、横島さん続きを…って…先生?先生えぇぇぇぇ!!!」
不意を突かれ、ちょっと受身の取れないタイミングで放たれた背負い投げをまともに喰らった横島は、揺り動かすシロに何の反応も示すことなく完璧に気絶していた。
顔に温かい雨があたる感触に目を覚ます横島。
ぼんやりした思考の中で後頭部に当たる柔らかな感触と、耳に聞こえてくるかすかな泣き声に薄く目を開けてみれば、自分を覗きこんでいるシロの泣き顔が見えた。
横島が意識を取り戻したことに気がついたシロの顔に安堵の色が浮かんだが、それはすぐに悲しみへととって変わる。
「先生…すまんでござる…」
とりあえず膝枕から頭を起こすと、横島はよっこらせと立ち上がり、泣くシロの頭をポンポンと叩く。
それにつられたのかシロの口からははっきりとした泣き声があふれ出した。
横島はシロの頭に手を乗せたまましゃがむと同じ目線から優しく問いかける。
「なあ…どうしたんだ?」
「ぐす…先生が拙者のこと子ども扱いするから…大人のレディになろうと思って…」
それがなぜ背負い投げになったのかは不明だが、泣きじゃくるシロの話を聞けば納得できない気がしないでもない。
「だから…拙者が子供だから先生は拙者を「があるふれんど」にしてくれんのでござろう…?」
「まあ…そうだなぁ…」
「ぶぇ…」
「あー。泣くな泣くな…」
「だって…」
「ふう」と溜め息をつくと横島はシロの頭を乱暴に撫でる。
思わず見上げたシロから目線をそらせながら横島はぶっきらぼうに言い放った。
「お前だっていつまでも子供じゃないだろう。」
「え?」
「もしお前が大人になって、そん時俺に彼女が居なけりゃガールフレンドになってくれるか?」
「先生…」
一瞬、感動の光を浮かべたシロだったが、すぐに目を伏せると哀しげに首を振った。
「信用できんでござる…」
「だよなぁ…確かに俺は節操が無いからなぁ…」
「そうじゃないでござる!!」
ポリポリと頭をかきながら苦笑する横島にシロは必死で首を振った。
シロの目からしても横島に恋愛感情を持っている女性は多い。
師匠のことは信頼していても、自分が大人になるまで横島が、いや周囲の女性たちが待ってくれるとは思えないシロである。
そんなシロの感情を知ってか知らずか、横島は苦笑したままシロの手を取って立たせると、手を握ったまま歩き出した。
不意に手を握られ、戸惑うシロがいくら「どこへ行くのか?」と聞いても横島はただ照れくさそうに笑うだけで答えない。
もしや先生は子供っぽい自分に怒ったのでは?と不安になるシロの目にまた涙がたまり出す。
しばらく歩き続けると近くの商店街に行き着いた。
休日の来客を見込んでか、店を開ける店主たちが一様に店舗前を掃除している中、横島はシロの手を握ったまま一軒の玩具店の前に立つとズボンのポケットから100円玉を取り出す。
何をする気か?といぶかしむシロの前で、横島は玩具店の前に並んでいるガチャガチャの一つに100円玉を放り込むと何かを念じる。
ガチャガチャから出てきたのは丸いプラスチックのケースに入った玩具の指輪。
安っぽい金属の輪に水色に光るガラス玉がついているそれをシロに手渡そうとして、握る横島の手をシロは振り払った。
驚いた横島にシロは泣きじゃくりながら食って掛かる。
「やっぱり先生は拙者を子供と思っているのでござる!だからそんな玩具で誤魔化そうとしてるんでござるな?!!」
言ってしまってからシロは横島が悲しげに自分を見ていることに気がついて後悔した。
慌てて言葉を探そうにも、語彙の乏しいシロでは自分の気持ちを上手く伝えることが出来ない。
あれほど特訓したのはなんだったんだろうと唇を噛み、震えるシロの手をいきなり握ると横島は開店したばかりの一軒の店にまっすぐ歩き始める。
手を引っ張られているシロには横島の顔は見えない、それでも真剣な気配が師匠の体から立ち上っているのに気がついて体を硬くするシロ。
やがてシロの前に「アクセサリーの店・ファニー」という古ぼけた看板が現れた。
横島は無言のまま店に入っていく。
手を引かれるままに店に入ったシロの前で、横島は店主の老人と何やら話しこんでいた。
シロには会話の内容はよくわからなかったが、真剣に何かを交渉している横島の表情から口を挟んではいけないと黙って聞いていた。
店主の老人は最初は戸惑っていたが、やがて何かを昔を懐かしむかのような不思議な笑顔を見せると、横島から玩具の指輪を受け取って店の奥へ引っ込んでいった。
やがて手をつないだまま待っている二人の前に穏やかな笑みを浮かべながら店主が戻ってくると横島に一つの小箱を手渡した。
「あの…これは?」
「サービスですよ。」
不思議そうな顔をする横島に、店主はニッコリと笑うと青いビロードの指輪箱を手渡した。
店主に深々と頭を下げて、横島は指輪箱の蓋を開けそれをシロに手渡す。
怪訝な顔でシロが覗き込んでも中に在るのはさっきの玩具の指輪である。
再び悲しくなって俯くシロに横島は微笑みながらその指輪をかざして見せた。
安っぽい金属の輪の部分には真新しい彫り込みで今日の日付と一言。
『約束 シロへ』
その字を読んだシロの瞳が見る見る潤み出す。
だけど今度の涙は悲しみのそれではなかった。
「先生…」と声を詰まらせるシロに、横島はニッコリと笑いかけ優しく口を開いた。
「さあ、飯でも食って帰るか。」
「はいっ!」
お辞儀をして店を出て行く二人を見送った店主は、笑顔のままもう何年も吹いていなかった口笛を吹き始める。
早朝の店内に静かに響くその曲の名は「Moon River」と言う。
後書き
ども。犬雀です。
えーと。今回はちょっと趣向を変えてみました。
まだまだ未熟な犬ですので色々と実験するのは楽しいです。
元ネタは…かなり古い映画ですね。実は犬は古い映画マニアであります。
さて、次はアレの続きを書きますつもりです。
では…
りんぐぅ2のレス返しであります。
1>ジェミナス様
うーん…海綿体断裂…怖いですなw
2>HAL様
ダメダメ空間がりんぐぅの持ち味ですのでw
3>御汐様
うふふふふふ…。まあツボってことでw
4>AC04アタッカー様
サバ刺身…食ってみたいであります。
5>ヴァイゼ様
あはは。実は別な呪いは後半に使おうかと思って…んで結局オナラネタ。反省ですなw
6>casa様
うーん。面白いかもですね。掲示板のひかる様の書き込み見て、犬も考えなくちゃと思っていたんです。正式投稿の時には加わるかも知れません。
7>偽バルタン様
確かに…。さてりんぐぅは本当に横島君にくくられているんでしょうか?
8>梶木まぐ郎様
オチですか…実はハッピーとバッドと二つ考えてます。
どっちになるかは天気次第(おいおい)
9>へのへのもへじ様
ふふふ…さてどっちのエンドでしょう。
10>柳野雫様
りんぐぅは育てば美女になる予定ですんで美神さんたちも何かを感じ取っているかもw
11>比嘉様
コメントに疲れる…わはは。確かに。犬も書いてて脱力することがありますですw
12>黒川様
学校も面白いですなぁ。ふむふむメモメモと。
13>R様
あ、そのアイディア頂いても宜しいですか?w
またメモメモと。
15>朧霞様
犬は生イカで地獄を見たことがあります。
さて果たして上手く落とせるでしょうか?
16>Yu-san様
確かにりんぐぅの呪いはセコイですなぁ。エミさんと戦わせて見たかった気もしますが、きっと瞬殺されるでしょうw
17>プロミス様
いえいえ。犬はおキヌちゃんの魅力の一つと思ってますのでw<嫉妬パワー
18>なまけもの様
学校ってのがやっぱり皆さん期待なさってますね。
むう…プロット見直すかな?でもそしたら次で終わらない気が…(苦笑)
タマモちゃんの方のレス返しであります。
1>)様
誤字かと思って見直したら犬もオカマに見えました。焦りました〜(笑)
2>MAGIふぁ様
MAGIふぁ様にはかないませんです。竹槍はまあおキヌちゃんぽいかな?と(どこが?)
3>摩夜摩夢様
いえいえ。摩夜様のセンスにはいつも感心させられておりますです。
4>だーちゃん様
確かにここの画像版に投稿される方は皆様、素晴らしいですよね。
5>HAL様
笑っていただけて幸いであります。
タマモ物は…お茶を飲みながらどうぞ。まだ投稿してないですけどね。
明日ぐらいには完成させたいです。
6>LINUS様
あはは。意味は無いです。剣玉と対抗するのは?って考えたらあんなのになりましたw
7>比嘉様
いえいえ。比嘉様もイラスト、SSともに素晴らしいと思いますですよ。
8>ヴァイゼ様
おぉっ!言われて見れば確かに!雪之丞君を出すのは初めてですな。
犬もビックリしました。
9>柳野雫様
まあ、あの状態のタマモには雪之丞君も勝てそうに無いということでw
10>朧霞様
犬もいつも朧霞様の作品に感謝の気持ちを抱いております。
また素晴らしいお話を読ませてくださいませ。
11>橋本心臓様
ありがとうございます。今後もなるべく頑張ります。(微妙に弱気)
12>偽バルタン様
確かに着ぐるみプレイですなぁ。ってそんなプレイが本当にあるんでしょうか?w
13>名称詐称主義様
はっはっはっ。犬もそんなに高い寿司は食ったこと無いので知りません。
でも犬の地元は回転寿司でも美味しいのです!(負け惜しみ)
14>シシン様
妄想なら誰にも負けません!でも構想力は…orz
15>ATK51様
あはは。確かに王道ですね。というより犬の壊れは王道をなぞっているだけですので。
GSはとてもパターンが似合う作品だと思うのです。
16>なまけもの様
ほとんどたかす様のイラストのお力だと思いますですよ〜(笑)
17>ヒロヒロ様
変形するケンダマ…うーむ。見てみたいですな。w