インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始

「歩む道(第七話――横島の参)(GS)」

テイル (2005-07-11 03:10)
BACK< >NEXT

 横島はなぜ狂ったのか。
 横島はなぜ堕ちてしまったのか。
 心優しい少年は、なぜかくも残虐な所業に手を下せるようになってしまったのか……。
 直接の要因はおキヌの死だ。彼にとって大切な心優しき少女の無惨な死。それが彼を変えたのは想像に難くない。しかしそれはあくまで要因であって、原因ではないのだ。
 では一体なぜなのか。
 忘れてはならないのは、横島はとても弱い人間だということだろう。肉体的、霊的にはもちろんのこと、精神的にもとても弱い。
 彼は自分がいかに駄目かを知っていた。自分が凡人だと信じていた。だから追いつめられるとすぐに取り乱すし、自分の命を守るために誇りだって簡単に捨てられる。敵に媚びへつらう事も、全く問題ではない。
 しかしそんな横島は、同時に金剛石に勝る強さも持っていた。彼は絶対に譲れない護るべき部分を、必ず護った。その時だけは横島の心は絶対に折れなかった。
 彼はどれほど絶望的な状況でも、その状況が一人でないならば、絶対に諦めなかった。特に彼のそばに護るべき対象がいた場合、彼は死にたくないと喚きつつ、大切な存在のためにその命を容易に危険にさらすのだ。
 横島は弱い。そして強い。……とても強い。
 己がどれだけ弱いかを知っていた。そしてその弱さを認め、まっすぐに向き合ってもいた。時に目を背けがちな自分の弱さという敵から、横島は目を背けなかった。
 横島は強い。精神的に強い。弱さを知るからこそ強い。そんな横島が、いかに大切な存在を奪われたからと言って、どうして悪鬼に成り下がるだろう。まだ彼には護るべき大切な仲間が他にいる。どれほどの怒りと、どれほどの憎悪があろうとも、その感情に引きずられ他の仲間達を捨てるなぞ、横島に関してはあり得ない話だ。
 しかし実際に横島は闇に堕ちた。なぜであろうか。
 その答えに気づいたのは、もっとも彼の近くにいた令子やおキヌではなく、美智恵だった。
「それは横島くんの心に、闇に堕ちる理由があったから」
 美智恵の指摘に令子とおキヌは身を固くした。すぐさま彼女らは察したからだ。今まで横島の心に闇を埋め込むような事件といえば、一つしかない。そしてそのことに気づくことができなかった自分たちに、彼女達はショックを受けた。
 令子達は忘れていたのだ。意図的にそうしようとしていたからこそ忘れてしまった。彼女達にとってあの事件は終わったことだったから。過去に流れていった出来事だったから。……横島に関することだからこそ、過去にしてしまった。
 彼女達は、苦痛に耐えることができる。今まで実際に辛く苦しい出来事に耐えてきた。しかしそれは支えがあったからだ。横島という支えがあったからこそ、彼女達は困難な状況でも諦めず、過酷な運命に向かって前を向いて歩くことができた。
 しかしあの事件は、横島が彼女達の支えになることはなかった。誰よりも彼自身が支えて貰わなければならない立場にあったからだ。
 もちろん彼女らは横島を支えた。しかしすぐにやめてしまった。なぜならば、彼が……すぐに一人で歩き出したからだ。
 彼が無理をして歩いていることを、彼女らは考えなかった。考えると、辛かったから。苦しかったから。だから、考えなかった。
 アシュタロス事変。
 誰の心にも傷を残した事件だった。


 そこは静かな世界だった。まるで星のない宇宙のような世界。現実との境界が曖昧になりそうな程朧気で、それでも確かに存在する世界。風もなく、音もなく、何もない空間にとってつけたような一本道と、道に沿うようにして立ち並ぶ色とりどりの扉……。闇の帳に包まれたこの世界で、それだけがこの世界の全てだった。
「なんか、寂しい世界でござるなあ」
「そうね」
 きょろきょろと辺りを見回すシロに令子が言う。
「でもこんなもんよ、夢の世界なんて」
「そうよね〜。令子ちゃんの夢の中も、こんな感じだったわ〜」
 ハイラを伴う冥子が、にこにこしながら頷いた。
 現在令子達は、ハイラの力により横島の夢の中に立っている。
 夢の世界とは同時に、心の世界でもある。左右に並ぶ扉は横島の記憶……思い出であり、遙か延びる道は横島の心の奥深くに続いている。
「さ、行きましょ」
 美智恵の号令に、令子達はその道を歩き始めた。目的地は横島の心の奥底だ。
 なぜ彼女らは横島の夢の中へ入ったのか。その目的は誉められたものではない。自ら横島の心の奥底へ踏み入り、彼の心の闇を直接取り払うつもりなのだ。……本来時間をかけて共に苦しみながら乗り越えるべき困難を、手っ取り早く解決してしまおうというのだ。こんな卑怯なことはない。
 だからこそ横島の意識を奪う直前、美智恵は彼に謝ったのだろう。その思いもあってか、しばらくの間令子達は黙々と進んでいた。しかしいつまで経っても変わらぬ景色に、すぐに子犬がじれた。
 隣を歩く式神使いに話しかける。
「景色がかわらんでござるなぁ。冥子殿。その、シンソーシンリというのは遠いんでござるか?」
「うん、一番奥だから〜。ただ〜、令子ちゃんの時とは違って敵が入る訳じゃないから〜、邪魔されるって事はないと思うけど〜」
 冥子の言葉に令子は、かつてナイトメアという馬面の悪魔にとりつかれた時のことを思い出した。
「扉かなんかがあって、先に進めないようになってたんだっけ。あの時は私が案内をしてたから突破できたけど……」
 今回明確な敵がいるわけではない。おそらく邪魔が入ることはないだろう。
「とにかくこの道を進んでいればいいんでしょ。ただ」
 タマモが遙か先を見るように目を細めた。
 道はただ延々と続いている。果てなど見えない。
「いつ着くのか、想像もできないわね」
 ぼやくタマモに美智恵が苦笑した。
「現実世界とは時間の流れが違うはずだから、気にしてもしょうがないわよ」
「そういえば美神さんの時も、3日間ぐらい寝ていたんですもんね」
 思い出したようにおキヌが頷く。
「長いようでいて〜、短くて〜。短いようでいて〜、長いの〜。それが〜夢の世界なのよ〜」
 冥子がなぜかえっへんと胸を張りながら解説する。
「まあ、夢というのは確かにそんなもんでござるからな。ただこうしてずっと同じ光景が続くと、なんだか同じ所をぐるぐる回っているようで不安になるでござるよ。変化といえば、この扉しかないでござるからなぁ」
 シロが左右に立ち並ぶ扉に視線を向けた。
 色違いの扉が、延々と続く道に沿ってやはり延々と続いている。
 扉の色は様々だ。鮮やかな緋色、艶やかな黒色。他にも金色や銀に赤のメッシュが入ったやつなど、実に多彩だ。
「この扉はいったい何なんでござるか?」
「それはね〜、横島くんの記憶の扉よ〜」
「先生の……記憶?」
「そう〜。横島くんが大切な思い出として心に刻んでいる記憶が詰まっているの〜。だから〜、勝手に開けちゃ駄目よ〜」
「そうよ、シロ」
 先に歩く令子が、頷きながら振り向いた。
「特にあんたは開けそうだから……って、シロ?」
 振り向いた先には、シロはいなかった。さっきまで冥子の隣にいたはずなのだが。
「……美神」
 隣にやってきたタマモを見ると、彼女は黙って指をさした。
 その先には今にも扉を開けようとするシロの後ろ姿。これでもかと言うほど、尻尾が左右に大きく振られている。
「先生の思い出ーー!」
「ああっ! こらぁ!!」
 思わず叫びながら、そういえば、と美神は思った。
(やっぱりこいつ横島の弟子……。それにこいつこう見えても、実年齢十歳に満たない子供だったっけ)
 時と場合を無視する好奇心と、後先考えない欲求に素直な行動力は、まさにそのものである。
 みんなの視線が集中する中、開かれた緋色の扉から、光が溢れた。


 夜の闇の中、月光に照らされて白い裸体が浮く。
 緩やかに流れる緋色の髪。細い首。放漫な胸と、そこで可愛らしく主張するピンクの頂。その下には引き締まった腹部と、芸術的なまでに美しい腰のラインが続く。
 そして……幾分影になった位置には、髪と同色の淡い茂みと、そしてはっきりとその存在を浮き上がらせている(検閲削除でありんす)が見えた。
『もどった!!』
 自分の身体を確かめるように見ながら、そう無防備すぎる美女は叫んだ。


 ぱたり、と扉が閉まり映像は終わった。
 痛すぎる空気が場を支配するなか、シロは恐る恐る後ろを振り返ってみた。
 彼女のすぐ後ろに、呆然とした表情で立ち竦む令子がいた。その顔はゆでた蛸よりなお赤い。
 その顔は羞恥心からなのか、それとも怒りからなのか。
「みられてたみられてたみられてたみられてた」
 念仏のような呟きを聞き、おそらく前者だとシロは判断した。しかし後者に移行するのも時間の問題だろう。
「えと……邪精霊の事件の時でしたっけ。美神さんが小さくされちゃって……」
 思い出すように呟いたおキヌの言葉がスイッチになったのか。令子の瞳に、炎が燃え始めた。
 身の危険すら感じる怒気に、シロは何とかフォローを入れてみた。
「さ、さすが美神殿。奇麗な身体でござるなぁ」
 怒りの炎は猛り、荒れ狂い始めた。……どうやら逆効果だったらしい。
「え、えーと」
 獣としての本能が、これでもかという程の警鐘を鳴らしていた。
 何とかしなくては――。
 パニックに陥いりそうになりながら、シロは何とかごまかそうと手段を探った。そして一つだけ、今ここで打てる手を思いつく。
 おそらくそれが最善手。
 しかしその手段がどれだけ最悪手に近いかのか、シロにはわからない。
「ほ、他の扉はどうなっているのでござるかなぁ」
 シロは冷や汗を流しながら令子から視線を逸らすと、隣の扉に向かった。背中に痛いほどの視線を感じる。突き刺さるような……とは、このようなものを言うのだろうか。
「ちょっと!!」
 令子の怒鳴りに萎縮しそうな体を何とか動かし、シロは隣の扉を開いた。
 先ほどと同じ、緋色の扉を。
 光が溢れた。


 風に美しい緋色の髪がたなびいていた。
 愛車のハンドルを握りながら、令子が頬を染めつつ口を開く。
『前世でわたし……横島くんのこと……』
 潤んだ瞳でそう言う令子の姿は、歳不相応に幼く、そして可愛く見えた。
 美しい、奇麗……ではなく、可愛い。
 常に心に張り巡らせていた防壁を、完全に取り除いた表情。
 まさに心を裸にしているような、無防備な令子がそこにはいた。
『わたし……あんたのことが、好きなのかもしれない……』


 直接心臓を捕まれるかのような甘い声の余韻を残し、扉は閉まった。
 沈黙があたりを包んでいる。
 シロは振り返った。先ほどと同じ場所に、顔を朱に染めた令子が惚けたように突っ立っていた。
 先ほどまでの怒気は、無論どこぞへと消え去っている。
「美神どの……いつのまに」
 冷ややかとさえ言えるシロの声に、びくりと令子は反応した。
 攻守逆転の瞬間である。
「あ、いや、あれはその」
 あそこまでは言っていない……。
 令子は慌ててそう言い訳しそうになり、墓穴を掘るに過ぎないことに気づく。
(ああ、もう!! あの時あんなこといってないのに! 横島くん……事実をねじ曲げないで!!)
 胸中で叫ぶ令子……でもちょびっと嬉しかったりして。
「にやけているでござるよ、美神どの」
「あ、え?」
 慌てて顔に手を当てたときだった。
「確かに、いつのまに……ですね」
「わきょっ」
 右隣に、おキヌがいつのまにか立っていた。
 じとりとした視線が令子を射抜く。
 思わず後ずさりした令子に、とん、とぶつかる何か。
 振り向くと、そこにはやはりいつの間にか立つタマモの姿。
「いつも酷い扱いしてるのにねえ。美神、やるじゃん」
 こちらは面白そうな笑みを浮かべている。
「いや、だからあれは」
「あれは?」
「………」
 ぱくぱくと金魚のように口を開閉する令子は、しかし一言もしゃべれない。
 少し離れたところで見ていた母は、娘のその姿に溜め息を吐いたとか吐かなかったとか……。
 ともあれこの状況から抜け出すために、令子は何かないかときょろきょろと周囲を見回した。その視線が、緋色の扉のさらに隣、黒い扉で固定される。
 緋色が自分ならば、では黒色は?
 思いついた瞬間、令子は動いた。
 目当ての扉に前に立つと、威勢よく言った。
「そ、そう言うおキヌちゃんはどうなのよう!」
 ……ちょっと幼い言葉が響く中、開かれた扉から光が溢れた。


 胸に一人の少女がすがりついている。
 巫女の服を身に纏ったその少女は、そのまま男の胸の内で呟くように言った。
「横島さん……大好き……」
 耳から脳へと染み込む甘い声が、二人きりの薄暗い部屋の中、ゆるやかに溶けて消えた……。


 扉が閉まった。
 全員の顔がおキヌに向く。
『ほう』
 全員の声が唱和した。後ずさるおキヌ。
「ふうん。はっきりと告白しているとはねぇ」
「おキヌどの……」
「南部グループの時ね。……気がつかなかったわ」
「あああああ」
 矢継ぎ早に言われ、おキヌは頭を抱えた。
 なぜか自分の所へ矛先が向いてしまった。まさかの事態である。このままでは、今までのつけが全て自分の所へ来てしまう。
 その理由があの出来事というのでは、少し嫌だ。
 おキヌは確かに横島に惹かれている。そしてあの時盛り上がって告白してしまった事も事実だ。しかし別に返事を貰っているわけではない。そもそもあの後横島の余計な一言によって、こめかみの血管を浮かせていたりもする。さらにはそのすぐ後に南部グループの兵隊達に捕縛されてしまったし。そしてその後何もない。
 ……つまり、あれはうやむやになってしまっている出来事なのだ。一世一代とも言える告白だったというのに、ちょっと切ない。おまけにその後アシュタロスの事件に巻き込まれていき、なおさら蒸し返せなくなってしまった悲しい思い出でもある。
 さすがにこの思い出のせいで令子達に責められるのは避けたい。だからおキヌは嫉妬の矛先を避けるべく、二番……いや、三番煎じに走った。
「えーと」
 おキヌは素早く視線を走らせると、一つの扉を選んだ。彼女はみんなの視線が集中する中、その扉の前に移動する。黄金とも思しき黄色い扉である。
「え?」
 声を上げたのはタマモだ。まあ、扉の色を見れば、あの扉が誰の思い出なのか一目瞭然だ。
「ちょ、ちょっと」
「えい」
 慌てたような声を背中で聞きながら、おキヌは扉を開いた。


 極上、といえる美女が目の前にいた。
 切れ長の目と九つに分けられたポニーテールこそ現在のタマモとの共通点だが、その肢体は到底十代とは思えないほど成熟し、醸し出す雰囲気は正に傾国の美女にふさわしい。
「ね、え、横島……」
 ミニから伸びるしなやかな素足を組み替えながら、彼女は煎餅布団の上で妖艶な笑みを浮かべた。
「わたしって……魅力的?」
 どんな男とて屈してしまいそうな、甘い甘い声が耳朶を打つ……。


 扉が閉まった。
「タマモおおおっ!」
 まず吠えたのはシロである。
「い、今のはなんでござるかあ!!」
「あ、えと」
 言い淀むタマモの両肩に、ぐわしっと手が置かれた。
 令子とおキヌである。
「タマモ……吐きなさい……」
「あのあと、どうなったのかしら……」
 目が全く笑っていない笑みを向けられ、最上級とすら謳われる大妖の転生体は固まった。
「はは、は」
 今更「そう言えばタマモって前世は有名な美女だったんだよなぁ。今はがきんちょだけど」との横島の言葉に腹が立ち、ちょっとばかりからかっただけだった……などといっても信用しそうにない。
 ……そう、特にこいつは。
「吐くでござる吐くでござる!! よもや先生に不埒なまねなど……この女狐!!」
 シロは言葉通り噛みつかんばかりの勢いでタマモに詰め寄った。数時間前には屍同然だったとは思えない剣幕だ。
 少々釈然としないが、とりあえず威勢がいいだけあれよりはましだろう。
「そもそもタマモは(ピー)でしかも(ピピピー)なのでござるから(ピピピピピー)でござろうがっ!?」
 ……前言撤回。
「何ですって馬鹿犬!! 実年齢八歳のおこちゃまにそこまで言われる筋合いはないわよ!! この外見と中身の一致しない大馬鹿ノータリン!!」
「なにおう!」
「そうよ。そもそもあんたはどうなのよ。人のこと女狐女狐ってこのアホ犬! ……ああ、そうか。あんたは私たちみたいな思い出がないのね。いつも散歩という名のフルマラソンに引きずってるだけだもんね。そうよね。嫉妬は嫉妬でも美神やおキヌとは種類の違う嫉妬なのよねー。」
「ば、馬鹿にするなどござる。拙者にも先生との甘い思い出ぐらい!!」
 顔を真っ赤にしたシロは、周囲を見回した。そして最も手近にある銀に赤のメッシュが入った扉に猛スピードで駆け寄る。
『あ』
 二人のやりとりに一歩引いていた令子とおキヌは、シロの行動に小さく声を上げた。しかし今更止まるわけがない。
「とくと見るでござる!!」
 シロは勢いよく扉を開いた。どうやら横島のプライバシーは塵芥に等しいらしい……。
 ともあれ光は、他の扉と同様やっぱり溢れた。


 なだらかな丘陵が目の前にあった。
 さして大きくはないが、紛れもない女性の胸だ。
「くぅ〜ん……」
 切なそうな声が、顔を埋める胸の持ち主から漏れた。
「せんせい……。拙者、まだ心の準備が……」
 鼻にかかる甘い声が耳元でささやかれる。
 それは歳不相応な色気を感じさせる、女の声。
 雄を誘う雌の誘惑……。


 扉が閉まると同時に映像は消えた。
「どうでござるか! 拙者だってこれくらい……は……えーと」
 勢い込んで振り返ったシロの声は、集中するジト目に知りつぼみになった。
「子供だと思ってたのに……」
「油断したわ。まさかこんなことしていたなんて」
「お子ちゃまのくせに、やるわね」
 三人が三人とも呟くように言った。
 ここまでは他の三人と同じだ。しかしここからがシロは違った。
「そ、そーでござる。拙者と先生はもう身も心もつながった恋人同士なのでござる!!」
 そうのたまったのだ。
『なーーっ!』
 それを聞いた令子とおキヌは顔色を変えた。
 なんだかんだで二人が横島に好意を持っているのは周知の事実……。
 変わらなかったのはタマモである。
 というか、一笑に付した。
「馬鹿ね、嘘に決まってるじゃない。こんながきんちょに横島が手を出すわけないでしょ」
 あの時、自分にも出そうとしなかったのだから……とは、口には出さない。
「拙者を馬鹿にするでござるか!!」
「あーら、じゃあ何かあったっての?」
「う」
 悔しそうに呻くシロに勝ち誇ってみせたタマモの左右を、令子とおキヌが固めた。
「それを言うならあんたもでしょ。あの後どうなったの……?」
「教えないと、これから一ヶ月油揚げ抜きです」
「ひ、卑怯よそれは。そもそもあんた達のだって先がものすごく気になるじゃない! どうだったのよ?」
 途端に引き気味になる二人。
「それは、まあその」
「なんていうか」
 ……ぶっちゃけ、特に何があるわけではない。
 それでもその反応に声を上げる娘もいる。
「な! 教えてくれないなんてずるいでござる!!」
『あんたが言うな!』
「きゃいん」
 令子、おキヌ、タマモの声が見事に唱和した。


 少し離れたところでこれらの様子を見ていた美智恵は、溜め息を吐いた。
「この娘達……状況わかっているのかしら」
 そもそもここには横島を救いに来たのだ。しかも失敗すれば横島の破滅は必至、という事態まで進展してしまっているこの状況……。決して遊んでいる場合ではない。
 それをしかも横島のプライバシーを無視しまくって、あげくにわいのわいのと騒いでいれば……美智恵でなくとも溜め息ぐらい吐く。
 あきれた表情を浮かべる美智恵に反して、しかし隣りに立つ冥子の様子は違った。にこにこと笑顔を浮かべ、令子達を見ている。
「ま〜ま〜。この方が令子ちゃんらしいし〜」
「そうかしら?」
「そうですよ〜。精神的に追いつめられているより〜、普段通りの令子ちゃんの方が〜、失敗は無いと思いますもの〜」
 相変わらず間延びする口調だが、その内容と表情に今までの危うさは感じられない。むしろ落ち着いた大人の女性としての雰囲気を漂わせている。
 そのことに、美智恵は驚きを持って彼女を見た。
「冥子さん……変わったわね……」
 何が……とも言わない美智恵に、冥子はちらりと視線を向けた。
「どんなに望んでも〜、どんなに願っても〜、大切なものは掌から零れ落ちちゃうの〜」
 冥子は再び令子達に視線を戻す。相変わらずぎゃいぎゃいやり合っている令子達を見る目は、とても優しげで……そして嬉しそうだった。
「それは嫌だから〜。自分で護るしかないの〜。一度……掌から零れ落ちそうになったから〜。もうあんな思いは、したくないから〜」
 美智恵ははっとして娘を見た。今でこそ元気に騒いでいるが、あのアシュタロス事件の時……令子は一度死んでいる事を思い出したのだ。
「わたしは無力だから〜。ただでさえ、みんなに迷惑かけてばかりだったから〜。でも、そのせいで大切な人を失っちゃう事もあるんだって……。どんなにすごい人でも、目の前からいなくなっちゃうんだって……わかったから〜」
「冥子さん……」
「自分のせいで、大切な人を失いたくはないから〜。自分が無力なせいで、大切な人を失いたくはないから〜」
 だからがんばることにしたの〜。再び美智恵に顔を向けて冥子は言った。
 あの忌まわしい事件を境に自身の成長を望み、そして成長を果たした女性が目の前にいる。
 美智恵は冥子の顔をじっと見ながら、感慨深げに口を開いた。
「……いいことだと思うわ、冥子さん」
 美智恵の言葉に冥子はにっこりと微笑んだ。
 年相応の、いやそれ以上の、包容力を感じさせる笑みだった。

 

あとがき

偉くおひさしな感じ。皆さん覚えてる?

さっそくだけど、いざさらば。
今度はいつ投稿できるのだろう。


大感謝な感想へのお返事。
今度からレスにつけることにします……。

>saku様
必ず完結させます。
……とここに誓う。


>眞戸澤様
胸で窒息か……。これからさき、やりかねんな。

小生の描く美神令子は……。 

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭

G|Cg|C@Amazon Yahoo yV

z[y[W yVoC[UNLIMIT1~] COiq COsI