(……チャンスだ。)
悠闇は気配遮断を行い、アシュタロスの隙を窺い続けていた。
そして、今、ジークが発する闘気に紛れて、行動へ移す事を決意する。
(――くっ!? 我慢しろ……最後に勝つためだ。)
ジークの背後を守っていたワルキューレを連続サイキックソーサーで、行動不能に落とすアシュタロス。
その技量、横島とは格段に違う。
(耐えよ……そうだ、我だけは、全てにおいて優先しよう。)
それが、主への忠義。
(横島を救う。それが最優先だ。)
横島を救うには、多くの犠牲を伴う。
先ほどの雪之丞、鬼道、美智恵も、悠闇は見ているだけであった。
助けようと思えば、助けられただろう。
だが悠闇は、アシュタロスの癖や、あらゆる動きをどこまでも正確に記憶するため少しでも傍観する必要があった。
(無論、タダとは言わん……横島を救えると言うのなら、この命――)
必要と言うのなら、差し出そう。
(――くれてやる!!)
――心眼は眠らない その74――
「実は気になる事があってね。」
たった今、ワルキューレはアシュタロスが放った多くのサイキックソーサーの餌食となった。
ジークが此方を睨みつける中、アシュタロスはジークの剣に興味を示している。
「君が持つ不死性……それは本当に不死なのか?」
ジークはグラムを装備した時、背中のある部分意外、全くダメージを負わなくなる。
だが、それは一定量のダメージを無効化するだけのものかもしれないと考えるアシュタロス。
「……お喋りが好きだな、アシュタロス。俺からは言えるのはこれだけだ……試してみるか?」
「面白い!」
疾風迅雷。
アシュタロスは、拳を手刀に変え、ジークの喉を切り裂こうと動く。
その速さ、疾風の如く。
「遅いぞ!!」
アシュタロスの手刀は、ジークの首筋で止まり、一度後退する。
ジークはというと、明らかに背中を守ろうというのが分かる。
「何をしている? 安心したまえ! お前の急所は狙わない。」
「ちっ!? 舐めたまねを!!」
ジークの遅れた対応を鼻で笑う。
倒そうと思うなら、とっくにしている。
唯今は、不死と呼ばれし者を殺せるかどうか、試しているだけ。
「そら行くぞ!」
「みえなっ!?」
反撃に出る事など出来ない。
普段ならば、不死性を生かして一方的な展開が出来るはずなのに。
相手は弱点を狙うつもりはないといっているし、それは本当だろう。
だが、この拳の連打が、ジークを前に進ませない。
「ぐっ! くっ! っ!」
ノーダメージだ。
大丈夫。効いちゃいない。
衝撃は伝わり、後ろへとじりじり下げられるが、痛みはない。
だが……
「な!? かっ!?」
その一撃一撃が、並の神魔を滅するに値するものなのだろう。
効いていない。
効いていないはずだ。
どれだけ拳の弾丸がぶつかろうが、急所に当たらなければ効かない。
そのはずなのに、何故だ?
「くふっ!? くそっ! っそ!!」
この敗北感は何だ?
この絶望感は何故だ?
負けていない。
だが、それだけだ。
「なるほど!――だが、心が持つか?」
敵はジークの心を折りに来た。
その一撃一撃が、ジークの精神を砕く。
「身体的には確かに無傷だろう……だが――死ね。」
「なめ、る……な……」
だが、アシュタロスの回転がさらに上がっていく。
何も出来ない。
じりじりと後ろへと後退していく。
それと同時に心が摩擦していく。
ワルキューレも倒れ、残す戦える神魔は自分だけだというのに、唯、一方的に弄ばれ敗北。
「く……そ……」
心が折れる。
自分はここまで無力だったのか?
情けない。
これでは、横島に……?
「そうだ……そう、横島さんだ……」
あの斉天大聖を前に、怯むことなく一撃を入れ、究極と呼ばれし魔体に対し、最後まで戦い抜いたあの姿。
「――止めだ。」
「俺は……僕は……」
敵の渾身の一撃が来た。
これを喰らっても体には支障は無い。
ただ衝撃により後ろに飛ばされるだけだ。
だが、此処は……此処は……
「――此処は引くな!」
「何?」
アシュタロスが放ったサイキックスマッシュは、ジークの顔面へと直撃する。
そうだ。
この身は不死身。
ジークは、己に喝を入れ、あの横島のように足掻こうとする。
此処に来て、ようやく反撃に出るジーク。
この一閃。絶対に決める。
「はぁぁぁぁああああ!!!」
全魔力を剣に集めろ。
後の事を考えるな。
唯今は、この一撃の事のみを考えればいい。
「喰らえアシュタロス!! 僕の一撃が、貴様の闇を喰らってやる!!」
ジークがグラムを振るう。
がしっ!
「――吼えるな。」
「――!? バカ、な……」
そのグラムを右手で強引に掴むアシュタロス。
「この玩具がそんなに大切か? 下らん……」
ビキッ
「――なっ!?」
亀裂が走る。
「絶望しろ。」
バキンッ!?
此処に、あの竜殺しの剣は死ぬ。
「興を削いだ罰だ。己の玩具で死ね。」
「まず――!?」
シャッ!
ザシュッ!?
喉と、魔族の核を狙われた。
膝を突き、顔から地面へと崩れる。
そして地面には紫色の血が広がっていく。
アシュタロスは興味を失くしたのか、追った先の方のグラムをその場に捨てる。
「…………?……ほぅ。」
アシュタロスは、グラムを握っていた右手から赤い液が流れているのに気付く。
「この私に、一矢報いたと言うわけか……」
ジークの一閃を受け止めた時の傷だ。
そうだ。
敵は、確かに最悪最強。
しかし、不死身ではない。
ならば――
(――勝機は十分!)
アシュタロスが、己が流した血に気を取られた瞬間、悠闇は駆けた。
相手は自分に気付いていない。
仕掛けるなら、今だ。
「――そろそろ来る頃だとは思っていたよ。」
(何だと!?)
視線が絡む。
絶対の自信を誇る気配遮断。
それにアシュタロスは気付いていた。
横島が持つ神魔耐性は此処に来ても、アシュタロスを守ろうとする。
(だが、関係あるか!!)
この勢いを消すわけにはいかない。
悠闇はそのままアシュタロスの死角から迫り、超接近戦へと持ち込もうとする。
「――!? 何だと!?」
此処に来て初めてアシュタロスの表情が変わる。
それは、そんなわけがあるか!? というもの。
アシュタロスは、勘に身を委ね、悠闇から距離を取る。
「――ちっ!」
気付かれた。
「……貴様、正気か? それを使うという事は、横島を殺すという事だぞ。」
奇襲は失敗。
だが、まだだ。
「……お前は俺を生贄にするっていうのかよ。」
「――!?」
その口調。
「なぁ、そんなわけないよな?」
その声。
「俺とお前は一心同体なんだろ。だったら、そんな下らない事なんて、やめようぜ、なぁ――」
その姿。
「――悠闇。」
全てが、逆鱗に触れる。
「その姿で……その声で……我が名を呼ぶな!!」
残りの力をこの一瞬に掛ける。
横島が消えた事によって、悠闇の供給源は全く無い。
だが、関係あるか。
どうせ、この身は、今宵、消える。
「やれやれ……己の主を人柱に使おうとは……見下げ果てたよ……」
言わせておけ。
奴は気付いていない。
あの術を使用した過去二回と、この今の状況との決定的な違いに気付いていない。
(因果なものだ。母上を殺し……父上を殺し……そして、最後は我だというわけか……)
過去二回は邪道な使用をしてしまった。
そのために、自分は邪眼竜と呼ばれたのだ。
そして今、初めて正道たる道を歩もう。
(条件は二つ、一つは既に満たしている。そしてもう一つは――!?)
「下がれ!!」
サイキックソーサーが悠闇の行く手を阻む。
それを回避して、再度、特攻をかけようとするが、既に距離が開きすぎている。
(ならば、今一度機会を待つだけだ……チャンスはある。敵が遊んでいる今が、最大のチャンスだ!)
再び姿を消す悠闇。
そして、決意する。
次に我が姿を現したとき、それは『お前』と『我』の最後だと。
「――美神どの、唯一つ、我を信じてくれ。」
「え?」
姿を消す瞬間、美神の後ろに立ち、唯一言告げる。
「…………安心しなさい。アンタが横島を最優先に考えている事ぐらいわかっているわ。シロ!! ピート!! もう一度、仕掛けるわよ!!」
ならば、その隙、自分が作ってやろう。
己の体を弾丸に変え、アシュタロスの隙を作る。
大丈夫だ。
彼女は必ずやってくれる。
何故なら、彼女は横島の最高の相棒だから。
「なるほど……ようやく私を殺しに来たな。」
そうだ。
手加減などおこがましい。
例え美神達が殺す気でアシュタロスを攻撃しようが、傷一つつけようがない。
「アシュタロス!! アンタに一つ言いたいことがあるのよ!!」
シロとピートが左右に分かれて、アシュタロスを挟撃する。
そして、美神の後ろから飛び出して突撃をかけるマリアとテレサ。
「ほぅ、何かね?」
シロの八房を、栄光の手で相殺、いやそのままシロごと吹き飛ばし、反対にいるピートがバンパイア・ミストを使おうが、サイキックソーサーを爆発させて弾く。
そしてマリアを霊波砲で、テレサをサイキックソーサーで仕留めて終了だ。
「アンタ、弱くなったわね。」
「何?」
だが、ここでアシュタロスの後ろから勘九朗と陰念が魔槍で潰しにかかる。
陰念が大声で、勘九朗の存在を極力隠すが、この敵の前に意味は無い。
「強大な力を手に入れて、相手を見下す事しか出来ない。魔神だった時の方がよっぽど怖かったわ。そうね、今のアンタは唯のガキよ。」
「言ってくれる……」
陰念の魔槍の突きを事も無げに掴み、勘九朗へ投げつける。
勘九朗は驚くも、陰念をかわして、そのまま仕掛けてくる。
「魔神だったときは、アンタは決して私達を舐めていなかったわ。だから、隙を見つけることすら出来なかったわ。でも今のアンタなんて隙だらけね。」
勘九朗はアシュタロスが放った霊波砲に吹き飛ばされる。
回避する事も、防御する事も出来る速さではない。
だが、タイミングは掴んだ。
美神は鞭をアシュタロスが勘九朗を仕留めた瞬間、コンマの狂いも無く足に絡める。
殺気のない攻撃であった分、アシュタロスも反応が遅れた。
「――!?」
「いつまで、倒れてんのよ!! いい加減、シャキッとしなさい!!」
まだ、戦力は残っている。
美神は三姉妹に向けて、喝を入れる。
横島を、兄を、家族を取りかしたかったら、その足を、その手を動かせ。
「っ!? あなたに言われなくても、わかってるわ!! 行くわよ、べスパ、パピリオ!!」
「ねえさ……いや、了解!!」
「いくでちゅよ!!」
「なるほど……私の強制力を克服したというのか?」
此処に来て、三姉妹の復活。
アシュタロスが鞭を振りほどく前に、美神はそれを引っ張りバランスを崩させる。
その間に、三姉妹はその華麗な連携で、一気に、畳み掛けようとする。
「皆!! 私に波動を送って!!」
原始風水盤の事件の時のように、後衛に居た皆は美神に霊力を集める。
「美神さん、受け取ってください!!」
「令子ちゃん、頼んだぞ!!」
「お願いね〜!」
「外すんじゃないわよ!!」
おキヌ、西条、冥子、エミ、唐巣、タイガー、カオス、魔鈴、ヒャクメ。
この戦いを見ているだけしか出来ない分、その残った全ての霊力を美神へ託す。
別にアシュタロスをこれで倒せるとは考えていない。
唯今は、やれるだけの事をするだけ。
「貴様ら、何を考えている?」
べスパを、パピリオを赤子の手を捻るように下し、そしてルシオラの足掻きである幻術を無効化する。
「この神眼の前では全てが無駄だ!」
「――ぐっ!?……でも……時間…稼ぎは出来た……でしょ?」
アシュタロスの拳打が、ルシオラの腹へと落ちる。
ごす! と鈍い音が響き、ルシオラが崩れ落ちた。
ルシオラは
最後に捨て台詞を吐いて、気絶する。
――と、同時に皆の霊力が集まった霊波砲が放たれる。
「――!? 貴様ら、何処を狙っている?」
だが、それはアシュタロスの方ではない。
霊波方は、彼の元へ。
「この身は不死身だ!!」
折れたグラムを構えたジーク。
胸の中央部と、喉から大量出血しているが、痛みは気合でねじ伏せる。
「――跳ね返せ!!」
名剣の名に恥じぬ、その気高さ。
それは折れたとしても、変わらない。
霊波砲は見事、アシュタロスへと反射させ、その剣は塵へと消える。
「時間差か!?」
アシュタロスの態勢は整っていない。
まさか、あのジークがまだ動けたとは。
いや、そんな事より、霊波砲を跳ね返すなんて急造アイデアをやりとげた連中に対して理解に苦しむ。
しかし……
《霧/散》
このアシュタロスには届かない。
たった一つの双文珠の前に、皆の霊力がかき消される。
だが、アシュタロスはここに来て初めて文珠を『使わされた』。
文珠を使用しなくても、この程度ならば対処できたはず。
だが、文珠を使わされた。
それがどういう事かわかるだろうか?
「……大したものだ。この私に!?」
炎が舞い、アシュタロスを取り囲む。
まだ、止まらない。
「私は、こんな連中とは一味違うわよ。」
メドーサの応急処置を終えたタマモが、戦線復帰する。
確かに、この状況下。
神魔耐性の影響を受けないタマモは、一番の戦力かもしれない。
「――ほら、行くわよ!!」
神眼を持つアシュタロスの前に、幻術は通用しない。
ならば、武器はこの強靭な肉体と、狐火だ。
「……九尾の狐か?……面白い!」
アシュタロスが揺さぶりをかけて、迫ってくるタマモを見つめる。
だが、その視線はまるで実験動物を見るかのよう。
「その眼……気に食わないわ!!」
「君に文珠の素晴らしさを教えてあげよう!」
アシュタロスは双文珠を一つと、普通の文珠を二つ取り出す。
これは実験だ。
これが文珠使いの戦だ。
「さぁ……これでどうかな?」
文珠を発動させたと同時に、タマモに異変が訪れる。
タマモの姿が、徐々に鉱物のようなものへと変わっていく。
「なに!? なんなの、これ!? いや……いやーーー!!!」
《変》《殺/生》《石》
これが文珠の強さだ。
相手の弱点を、相手の苦手な物を、相手の苦手な場所を創る。
どんな状況だろうが、一発逆転を秘めているその力。
そこにアシュタロスの知識が加わると、完全に手がつけられなくなる。
「ふむ、予定通りといったところか……」
完全に石へと変えられたタマモ。
相手が過去に倒された伝承を利用したその戦い。
横島がフェンリル戦で行った事と全く同じであった。
「さて、これで残すは君たちだけだ。」
美神の方を向き、余裕の笑みを浮かべる。
完全に王手だ。
どれだけ油断しようが、負けないものは負けない。
「そうそう。さっきの言葉、もう一度吐けるかな?」
「さっきの言葉って……あぁ、もしかしてアンタが弱くなったって事?」
確かに状況は最悪だ。
……いや、最悪の一歩手前だ。
「へぇ〜……実は結構気にしていたんだ?」
「なに、弱くなったという根拠がいまいち私にはわからなくてね。だから最後に訂正してくれないかな?――殺す前に。」
「――!?…………あ、そういえばそっか。」
ある事に気付き、美神は笑い出す。
可笑しい。
この化け物は何を言っているんだろうか?
「……何が可笑しい?」
「あははは! 笑っちゃうわ!、ちゃんちゃら、可笑しいわね。」
確かにお前は最強だ。
どれだけ自分達が足掻こうが、倒すことなど出来やしない。
普通の人間、神魔ではお前に勝つことなど出来やしない。
だが、周りを見渡してみろ。
「よく周りを見てみなさい……そうよ――」
……そうだ、まだ一人として――
「――アンタに私達は殺せない。」
――死んじゃいない。
「なんだと?」
「アンタ、自分で気付いていないでしょ?」
姿は見えなくても、分かる。
彼は自分達を守ってくれている。
そうだ。
彼はまだ、負けていない。
彼もまた、戦っている。
魔神だった化け物とあの中で、戦っているんだ。
本当に呆れさしてくれる。
本当に、大馬鹿者だ。
でも、本当に……
「守ってくれている。横島クンがアンタを抑えているのよ。だから、皆はまだ生きている。はっきり言ってあげましょうか? アンタのミス、それは――」
ありがとう。
「――横島クンと融合した事よ。」
「なっ!?」
沈黙。
アシュタロスは下を向き、死んだように動かない。
美神達も対応に困り、とりあえず何があってもすぐ動けるようにと準備をする。
「……………………なるほど。一理ある。」
「え?」
意外な一言が飛び出して、逆に美神がきょとんとした顔になってしまう。
こうも素直に認めるとは思っても無かった。
「確かに、遊んでいたのは私の意志だが、それでもこの手でまだ誰も殺められなかったというのは、私の中にいる横島の意志がそれを防いでいたとうわけか……なるほど、確かに理に適っているな……」
「へ、へぇ〜……認めるんだ。つまり、アンタは私達に勝てないって――!?」
美神が最後まで喋る前に、アシュタロスの力が開放されていく。
「勝てない……? ふざけるな!! これほどの力を手に入れておきながら、そんな致命的な欠陥があってたまるか!!」
禍々しい気がアシュタロスの右手に集まっていく。
強くなるために横島を吸収したというのに、今度はその横島が歯止めになっている?
「いいヒントをありがとう、美神令子よ。」
「――!? アンタ、まさか!?」
いいだろう。
ならば、その意志――破壊するまで。
「褒美に受け取ってくれないか? 君は、私がこの手で殺す第一号だ!!」
「いかん、皆!! 令子ちゃんを守るんだ!!」
一度殺せばそんな意志など消えるはずだ。
アシュタロスが理性を保てば、中にいる横島もその意志をはっきりとさせる。
ならば、無駄な理性など排除し、殺戮本能のみで、目の前の女を殺す!
「そして、私は今度こそ、新たな境地へ――はぁぁぁぁぁああああああああ!!!」
人間が瞬きをする間も与えず、アシュタロスが距離を詰める。
遺言すら残さん。
一瞬で決める!!
ぶぅぅぅううん!!
心臓を抉らんと、豪腕が空気を切り裂く。
ズシャッ!?
終わった。
「……え……?」
美神の前に広がっていく血。
「ア、アンタ……な、なん、で……?」
心臓の位置を腕で貫かれている。
普通の人間では即死だろう。
「……く、っくっく……やっと隙を、見せおったわ。」
美神の目の前に居る二つの存在。
「――捕まえたぞ。アシュタロス。」
「貴様!? 動かん!?――文珠もダメか!?」
二つの姿は、かっての師と弟子のモノ。
悠闇の両手が、己の胸を貫いている腕を掴み、逃がさんと眼で伝える。
「逃げられんさ。もう、術は発動している……発動条件は二つ、一つは、発動前に、相手を掴み、眼を合わせること。相当焦っていたのだな……我が存在を忘れるとは。」
「止めろ! 私がもう一つの条件を知らないとでも思っているのか!? それは――『己の命よりも大切な者を生贄にする事』だろ!!」
一度発動すれば、後は終わりの刻を待つだけだ。
「……今なら感じる。ほんの僅か、ほんの少しの鼓動を……横島……お前はそこに居るんだろ?」
「止せ、貴様は横島も殺そうとしているのだぞ!!」
対象者は使用者の眼に睨みつけられた時点で、拘束される。
だから、アシュタロス『も』動けなくなる。
「……何を恐れている、アシュタロス? 貴様はこの世界の法から逃れたのだろ? ならば、仮に我が貴様に術をかけようが、効かない可能性だってあるのだぞ?」
そう。
アシュタロスという存在は今、アシュタロス自身が定義した法則の中で生きている。
その法則は、この世界の法則と非常に似ているが、全てが同じではない。
アシュタロスの法則の中に、悠闇が今から発動させる術が効かないと示されていれば効かないのだ。
「貴様……どういうつもりだ? まるで、俺なぞ関係ないと言いたそうではないか?……答えろ、邪眼竜!!」
既に姿が薄くなりつつある悠闇は、アシュタロスの瞳から眼を逸らさず、その問いに答えてやる。
「……だったら、教えてやる。貴様は根本的な勘違いをしている。我は、『横島』に術を発動させたのだ!」
「なっ!?」
つまり、アシュタロスが動けないのは、中に居る横島が動けなくなったからという事だ。
文珠が使えないのも、アシュタロスは中にいる横島を通して使用しているので、横島が動くどころか、霊力を扱う事すらも出来なくなれば、使えなくなるのは当然だった。
「貴様とは違う。横島はこの世界の法の中に居る。だから、間違いなく通用する。」
「何を言っている!? 貴様の能力は『生贄を差し出すことで、相手を呪い殺す事』だろうが!?」
確かに、遥か昔、悠闇はこの術を使って二柱の上級魔族を滅ぼした事がある。
だが、アシュタロスのいう事が正しければ、矛盾が出てくる。
今の悠闇にとって、大切な者など横島以外に存在しない。
つまり、生贄と対象者が同じという事になってしまう。
「……知らなかったのだ。本来の使い道から外れ、邪道な行為の結果があのようなものになろうとは……。」
「本来の使い道だと?」
邪道とは敵に、いや、特定の対象者以外にこの術を掛ける事。
では、本来の使い道とは? その効果は?
「教えてやる。本来、この術は――」
もうじき完成する。
後少しだ。
「――『術者の大切な者を復活させるために、術者の命を差し出すもの』だ。」
「な、馬鹿な!? だったら、何で過去二回はあのような結果に!?」
生きている限り、どんな傷でも、病でも治そう。どんな呪いでも解こう。
この化け物を倒すに、己の命では安い。
だが、横島の復活ならば、この命で足りるだろう。
「――つまり、我は横島を『祝福』する。」
古来、『呪い』と『祝い』は同じ意味を持っていた。
唯、思うという事。
その感情が負ならば『呪い』、正ならば『祝い』といつの間にか決め付けられたに過ぎない。
「……貴様は、例え、横島の心が回復した所で、私に勝てると思っているのか? このアシュタロスに!?」
つまり、こういう事だ。
過去二回、悠闇が術を発動させた時は、二柱とも凶悪な魔族だった。
魔族にとって呪いなど日常茶飯事。
呪われた所で、そんな負のエネルギー、痛くも痒くも無い。
「くっくっく……いいか、よく聞け。古来より、魔王を倒すのは勇者と相場で決まっている。まぁ、横島が勇者というのは笑える話だがな。」
むしろ、魔族にとって最も恐れる事は、祝福される事。
どんな怪我でも回復させるような、最高クラスの聖なる力を直撃されたのだ。
幾ら上級魔族といえど生きてはいられなかった。
悠闇が知らなかったというのは、使えば死ぬのは自分ではなく、本来使うべき対象者だったという事。
「さぁ、そろそろお別れだ。一足先に、あの世で待っているぞ。」
呪いだった。
死よりも辛い呪い。
そして、二度目は邪道な方法も知っていた父にあえて頼まれた。
”勝つためだ……使ってくれ”と。
そして、悠闇は……邪眼竜と呼ばれるようになる。
「後悔しろ! たかが人間に全てを託すとはな!! 言い切ってやろう! 貴様の行為は全て無駄に終わる。」
「……ふふ、別に全てを託すわけではない。そうだ――」
エネルギーが収束していく。
ここに今、一つの奇跡が生まれようとしている。
「――横島の心は我が守る!」
―――祝眼・発動―――
「そなたを祝福する、横島!!」
こうして、一つの心眼の物語は幕を下ろす……
(大丈夫…………お主なら、やれるさ。何故なら、おぬしは我が…………)
そして、祝福されし男の心眼が全てに決着を――
――心眼は眠らない その74・完――
あとがき
大方の予想通り、悠闇、途中退場してしまいました。
さて、祝眼ですが、己の命を犠牲に仲間を蘇らせる……?
某RPGのメ○ザルかよ!!って後になって気付きました。
それでは最後まで、よろしくお願いします。