「思い出したぞい!!」
「何よ!? つまんない事だったら、承知しないわよ!!」
現在、《竜》《神》を使用した横島が魔体に横殴りにされ、海に叩き落された時である。
美神達は本部が半壊しつつも、ヒャクメ達の力を使って、横島と魔体との戦いを中継し続けることは出来ていた。
そのような中、カオスは、喉の痞えが取れたような顔をして、話を続ける。
「いや、坊主の体に描かれていた半円の魔法陣があったじゃろ? 見覚えがあった理由をようやく思い出したんじゃ!」
「だから何!? さっさと言いなさいよ!!」
横島がやられた所を見せられ、美神の機嫌が物凄く悪い。
唯でさえ、この場で見学などという己の不甲斐なさを感じているのだ。
カオスも、美神が焦っている事を悟ったのか、もったいぶるのをやめて、その覚えについて話す。
「以前、わしがお主の肉体を奪おうとした事があったじゃろ? あの時、わしは魂を交換する事によって、他人の能力と肉体を奪おうとしたんじゃよ。」
カオスは、以前、それを実行して、横島の肉体を奪うことに成功していた。
その時の魔方陣の外側の部分が、横島の体に描かれていたモノとかなり似ている事を告げる。
「――あの魔方陣は、『魂の移動』を表す。」
「魂の移動……?」
その事だけは確かだと、断言するカオス。
「じゃが、問題は坊主に描かれていたモノは、交換ではな――」
「美神さん!! 横島さんが!!」
モニターの先には、未だ自分達に大丈夫だと、後姿を見せる横島が居た。
――心眼は眠らない その72――
(弱点が後ろにあるのは、わかったけど、あんな小さいと霊視を続けなきゃ、やっぱ無理なんか?)
先ほどの一撃で、よく《竜》《神》が解けなかったものだと自分に感心する横島。
フラフラだが、状況は先ほどと比べれば天と地ほど違う。
あの箇所に一撃を加えれば、こちらの勝利なのだ。
勝てる可能性がある。その事実が横島を奮い立たせる。
(何にせよ、今の俺は――てめえに勝てる。」
狙いは、背後の腰。
例え、右目が見えなくてもそれは肉眼での事。
心眼にそのような事、関係は無い。
「行くぜ――超加速!!」
確かに悠闇自身が超加速を使えたという事はあるが、それでもこの洗練された動き。
横島はこの土壇場で、超加速のコツを掴んだようだ。
「遅いな。」
だが、この程度の速さなど魔体にとっては大した意味はない。
横島が裏を取ろうと動くが、魔体の拳が横島を襲う。
その一撃に気付いた横島は、なんとかガードに成功するも後ろに弾かれてしまう。
「どうしたのだ、横島? さきほどの、結晶を破壊した時のような神憑り的な速さを見せてみろ。でなければ、私を倒すことなど出来はしないぞ。」
「うるせい!! 出来るなら、とっくにやっとるわ!!」
確かに横島は、先ほどの結晶破壊時の時、アシュタロスに身動き一つさせなかった。
それは、《韋》《駄》《天》と《竜》《神》の特性の違いだろう。
《韋》《駄》《天》を使用した際、横島は速く、誰よりも速くと願った。
《竜》《神》を使用した際の横島は、魔体の弱点を見つけるため、霊視の強化を願った。
そのため、今の横島に《韋》《駄》《天》を使用した時のような速さはない。
テレポートを使用できないというのなら、尚更だ。
(くそ! 折角見つけた弱点も、このままじゃ――!?)
しかし劣勢続く中、戦局を変えようと、戦士達が復活する。
「雪之丞!! 鬼道!! 背中の腰の部分だ!! そこを狙え!!」
「横島だけに、いい格好はさせられねえぜ!!」
魔装術を使用した雪之丞は、上空から霊波砲を放つ。
「まだ僕は負けてへん!!」
鬼道は海面から、光の矢を連射する。
「しつこい連中だな。」
「でなければ、てめえと戦っていられるか!!」
「しつこいはお互い様やで!!」
魔体は、二つの攻撃を容易く回避する。
その動き、雪之丞と鬼道には見える事はない。
当然だろう。それは超加速、本来は速さを極めし韋駄天の技で、人間である横島が使えること自体が異端なのだ。
「役不足なのだよ。君達では――!?」
魔体は二人に向けて魔力波を放とうとする。
当然の結果だった。
超加速に対抗するには、超加速が必要となる。
(ナイスフォローだぜ!! お前らの死は無駄にはせん!)
だが、魔体は此処に来て、横島の存在から注意を逸らしてしまった。
横島も元から、雪之丞と鬼道が魔体にダメージを与えられるとは思ってはいない。
だが、魔体の気を逸らす事は出来るだろうと、あえて大声で、雪之丞達の名を叫んだのだ。
まぁ、薄情ではあるが……
「もらったーーー!!!」
横島は背後を取る事に成功する。
だが――
「――その程度では、な?」
魔体は、さらにその上を行く。
雪之丞と、鬼道が囮だという事など読んでいると言わんばかりに。
雪之丞達にぶつけようとした魔力波を横島に放つ。
回避は不可能。
「出直してきたまえ。私を倒すと――なっ!?」
しかし、魔力波が横島を包み込んだ瞬間、その肉体は一枚の紙切れに戻る。
そう。横島の狙いは魔体が、自分から気を少しでも逸らした瞬間に、己の分身を作ること。
そして、気配遮断。
魔体が自分を視界から外した瞬間、横島はこれを発動させた。
現在の横島は《竜》《神》。
そのため、悠闇と同等の気配遮断を体現していた。
破壊された分身と、魔体を挟むような位置に、横島は現れる。
予定通りだ。
後は、腰の後ろのバリアが張られていない箇所に一撃を決めるだけ。
「これで終わりだーーー!!!」
妙神山で手に入れた文珠。
平安時代で習った式神の作り方。
悠闇から習った気配遮断。
数々の経験が魔体を、アシュタロスを倒すためのチャンスを作る。
「……大した小細工だが……見えるかね?」
だが、魔神は横島の行動を小細工と切り捨てる。
「そんなっ!? なんで、ないんだよ!?」
先ほどまであった、腰の後ろの僅かな歪みが消えている。
「常に霊視を全開させているわけではあるまい? その隙をつかせてもらっただけだよ。」
「なにを!? んなアホな!?」
見つけた。
歪みの位置が、魔体の額、つまりアシュタロス自身の位置に移動している。
「確かにこの魔体には致命的な弱点が残っている。だがそれを、弱点の場所を移動させる事によって、今のようなケースに対応できるようにしたというわけさ。」
「ふざけんな!! 究極だからって何でもアリかよ!?」
だが、弱点がなくなったわけではない。
弱点が移動するという事は厄介だが、横島が常に霊視を続ければ解決するだけの事。
しかしそれは、同時に横島に多大な負荷を与える。
下手すれば、今度は左目も失明しかねない。
「さぁて、おしゃべりしている暇はないぞ。手がないというのなら、私が手助けしてやろうか? そう、例えば――」
「――!?」
その先を言うな。
アシュタロスの次の言葉がわかっただけに、横島は焦る。
そう、それは……
「――君の仲間を皆殺しにしてあげよう。」
この戦い初めて、アシュタロスの口から『仲間を殺す』と明言される。
「ふざけんなよ、そんな事は俺を倒してからにしろよ……」
つまり、横島は追い込まれたという事だ。
「今の君じゃ物足りないのだよ。まだ、躊躇っているのだろ?」
つまり、横島を追い込んだという事だ。
「いや、自分自身としては、限界と思っているのかもしれない。しかし、その程度では、私とは対等とはとてもいえないな。だから、まだ先があるはずだ。」
ならば、その先に進むにはどうすればいい?
横島はそれを知りたい。
だから、アシュタロスはそれに答え様としている。
「君の目のまで大切な誰かが、死ねばいい加減、目も覚めるだろう……なぁに、すぐに慣れるさ。人の死など、我々にとってはゴミの様なものなのだからな……」
魔体が動き出す。
その先に居るのは、美神達。
「やめろ!!」
横島は超加速を発動させて、額の部分を狙おうとする。
だが、小細工を弄しても、通用しなかったのだ。
単純な一撃など、決まるわけがなく、魔体から放たれた魔力波を横島は直撃してしまう。
「うぁぁぁぁああ!?」
今日何度目だろう。
再び、海の中に叩き落された横島。
厄介な事に《竜》《神》の効果も切れてしまった。
これで残す文珠は後一つ。
「ぷはっ!? はぁ、はぁ……くそ! くそ! ちきしょう!!」
海面に浮いてから、己の無力さに腕を振り回して海に八つ当たりするしかなかった。
「そこで見とけ――仲間が消える瞬間をな!!」
魔体の中央部に、闇の気が収束され始める。
ゆっくり動いているのは、それだけの時間、横島に絶望させたいからだろう。
(心眼!! 聞こえるか!? 頼むから逃げてくれ!!)
横島は悠闇と連絡を取ろうとするが、通じない。
やはり、悠闇からではないと連絡が取れないのだろう。
「なんで!? こんだけやって、結局ど……こ、これ、は?」
どうしようもない。
今は唯、腕を振り海面に叩きつける。
そして、その瞬間、ある物が服から出てくる。
「……半分は霊能力を失い、もう半分は暴走した、か。」
それはカタストロフーA。
だが、横島は既に一粒使っている。
今、もう一粒使用すれば、どうなるか分からない。
「――だから、どうした?」
目の前で、そんなふざけた事されてたまるか。
自分が生きられるなら、糞だって食べられる。
しかし――
「それ以上の覚悟をしとるんじゃーーー!!!」
カタストロフーAを飲み込む横島。
先ほどと同じように、文珠の使用数が4つ回復する。
「まだだ!! 後の事なんて、考えるな!!」
それはまるでフェンリル戦の時のように、強引に文珠を2つ生成する。
アシュタロスの方も、横島が何か仕出かそうという事に気付いたようで、此方を警戒している。
「最後の悪足掻きか……私を失望させるなよ。」
失望?
勝手に期待するな。
「うぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!」
霊力が暴走していく。
だが、考えてみろ。
霊力の暴走など、横島にとっては慣れ親しんだもの。
《狂》《戦》《士》を使用した時に比べれば、児戯に等しい。
ピキッ
しかし、何かが壊れた。
だが、ブレーキはない。
この片道切符。
最後まで行くだけだ。
《竜》《神》
それは、霊視を極めた者だけが出来る、神眼を発動させるもの。
「……下らないな。それだけでは、勝てないという事を理解できなかったのか?」
明らかに失望したと、アシュタロスの横島を見る眼が冷め始めた。
だが、これからだ。
今まで、最後の最後で皆の予想を裏切ってきた横島が、こんな所で終わるわけがない。
「いい加減、起きやがれ――ヨコシマ!!」
美神は、魂を奪われながらも、根性だけで、魂の形を維持し続けてきた。
ならば、南極で心を破壊されたヨコシマだって、どうにかできるはずだ。
第一、今のヨコシマは心が破壊されて眠りについているだけ。
だったら、起こせばいいだけなのだから。
「このままじゃ、美神さんからは元が取れんままだし、心眼とも何も出来てないまま終わるし、おキヌちゃんだって、あの巫女装束を俺達の手で脱がしてないし、小竜姫さまだって……(略)……だから、力を貸しやがれ!!!」
言っているうちに、自分の霊力も上昇していく横島。
そして、それは一時的にしろヨコシマを覚醒させる。
《重》
「眼だけも……脚だけでも、ダメなんだろ? だったら――」
《韋》《駄》《天》
(――両方使えば、文句ねえだろうが!!!)
《竜》《神》《重》《韋》《駄》《天》
「なっ!? バカな!? 一つの魂に、複数の神を宿らす事など、出来るわけが――ヨコシマか!?」
これが答えだ。
普段の横島が制御できる文珠の数は5つ。
戦闘中ならば、4つがいいところだろう。
だが、今の横島は、カタストロフーAの使用。
そして、ヨコシマのサポートがついている。
悠闇の霊視。
韋駄天の超加速。
この二つの力を《重》ねた。
そして、ヨコシマのサポート。
カタストロフーAのテレポート。
「これで足りなきゃ――さらに!!」
何より……
「煩悩全開!!」
(煩悩全開!!)
横島の集中力<煩悩パワー>。
時は横島が支配した。
神眼は発動した。
弱点の位置は、魔体の額部分。
上等だ。アシュタロスに直接叩き込めるのだから。
「くらえ!!!」
渾身の霊波砲がバリアの欠落箇所であるアシュタロスにぶち当たる。
「ぐぉぉぉぉぉぉおおおお!!?」
アシュタロスの断末魔の叫びが響き渡る。
「はぁ、はぁ、はぁ……やっと、やっと、これで……」
これで、終わったと、大きく息を吐く横島。
「これで、やっ――!? げほっ!? げはっ!?」
そして、吐血。
止まらない。
苦しい。
頭が痛い。
心臓がうまく動かない。
呼吸が出来ない。
「あっはっはっはっは!!!」
そんな中、崩壊していくアシュタロスが、負けたはずなのに、何故か勝者は自分だと、高笑いし始める。
「くっくっく、当然だ。君の役目は私を倒したと同時に終了するのだからな……それは必然なのだよ。」
己と同じように崩壊していく横島を見つめ、アシュタロスは予定通りだと言う。
「光があるからこそ闇は生きられる……そうだ、闇が存在しなければ光は存在する事を許されないのだよ、横島忠夫。」
「私も、お前も、所詮は創造主の掌の上で踊っているにすぎん。そう私だけではな……私を倒したと同時に世界はお前の排除を試みる。当然だな。私が倒れれば、次にこの世界で最も危険なのは、私を倒した者なのだから……」
「ぐはっ! げっ! ふ、ふざけんな……それじゃ、まるで俺が、お前を倒すためだけに存在した捨て駒じゃねえか……」
吐血する横島。
その症状が治まる気配は見えない。
「よく分かっているじゃないか。その通り、所詮、君は創造主に言い様に使われているに過ぎん。捨て駒だよ、君は……いや、これすらも世界の発展に扱われる……君は、優秀な捨て駒だ。」
横島の心眼はアシュタロスの語りの真偽を見極める。
そして、分かる。
アシュタロスの言葉に嘘はない。
「長い月日を経て私は理解したよ。私だけでも、君だけでも、この世界は変えることは不可能という事を。ならば、私は考えた――私達、二つの存在の力を融合させれば、と。」
「――!? ど、どういう、事だよ?」
悪寒が走る。
不味い、この場に居ては不味い。
あの魔神はもうじき死ぬはずだ。
このままでは自分も助からないが、先に魔神が消える。
これで、魔神と人の戦争は終結するはずなのに……はずなのに、何故、魂が熱い?
「あ、あ、あ……あぁぁあぁぁああああああ!!!」
横島が恐怖という感情を声に変えて、助けを求める。
だが、助けなど間に合わない。
「邪魔など入らんよ。この周辺には既に結界を張らせてもらった。転移で逃げる事も、接近する事もできん。」
横島の胸部が半円の光を発し、同時に、アシュタロスの胸部から半円の闇が発する。
二つの半円は交わってきて、一つの円を描いていく……
「世界に祝福されし存在と、世界に呪われし存在が、一つになる。分かるか? 光と闇、決して交わる事のない二つが一つになるのだ。これぞ、正に究極の矛盾。この世界の法則の外に居る。そう――私達は今、『世界から解放』される。」
横島は一つの光となり、アシュタロスだった闇と交わる。
闇、光、闇、光、互いに主導権を握り合おうとする。
「………………始まりは、いつだったかな。」
そこから、現れる唯一の、『ソンザイ』。
「いや、そんな事どうでもいいか……大事なのは、この現在、この今だ。。今は唯、祝おう。」
この『ソンザイ』、魔神でも人でもない。
「喜べ、この世界の全ての存在よ。お前達は今、新たな創造主を迎えたのだ。」
だが、その姿――
「我が名は、アシュタロス。人でも、魔神でも、ましてや神でもない。ただ、この世界を破壊し、創造する者だ。」
――横島忠夫。
「知れ、横島。文珠とは本人のイメージ次第でどんな願いも叶えられるモノ。そこに不可能というモノはない。故に、事を理解していれば、このような事も可能なのだよ……大地よ、我が生誕を祝福せよ!」
《地/震》
今宵、世界が震撼す……
――心眼は眠らない その72・完――
あとがき
さぁて、ようやくここまで来ました。
アシュタロスの真の目的、それは抑止力(自分を倒せる者)と化した横島との融合でした。