横島の部屋には、変な、まさしく変なと形容するのが相応しい空気が漂っていた。
横島は「何? 俺が何したっちゅうねん!? 昨日までうまくいってたやん!」といった表情で、途方に暮れている。
タマモは呆れた目を向けているし、
おキヌはただただ頭の上に疑問符を浮かべている。
心眼は何を考えているかは分からないが、何かを悟っているようだ。
人は人生で多くの選択をする。
それは事務所を辞めるか、辞めないかといった、大きなことから
今日の授業をサボるか、サボらないか
果ては牛丼屋で卵をつけるか、つけないかといった、些細なことまで、一日でも数限りない選択をしている。
選択をしないものに幸福が訪れることはなく、
さりとて選択をしたとしても幸福になれるとは限らない。
ならばせめて祈ろう。
今日のこの選択が彼にとって、そして彼女にとって、幸あらんことを……。
世界はそこにあるか 第12話
「じゃあ次いってみようか。次はデミアンとベルゼブルの襲来だな。あっ、そういえばワルキューレが瞬殺したやつがいるんだっけ? 確かワルキューレは筋骨隆々のやつなんて言ってたけど、そういう奴とはあんまり戦いたくないなあ。ベルゼブルは小さい上に、数が多いから厄介なんだよな。まあ、文珠を使えば何とかなるか。まともにやりあうのも馬鹿らしいし。デミアンは本体を狙うんだったな。前回は雪之上の攻撃で偶然出てきたけど、今回もうまくいくのか? 本体さえ見つけられれば、本体は弱いから……」
みんなにではなく、一人でぶつぶつと言っている。
4番を選んだというよりは、それ以上に現実逃避といった感じだが。
「でみあんって誰ですか?」
おキヌが尋ねる。
果たして最初に聞くべきところは、そこかと聞きたいところだが、最後に出てきたので印象に残ったのだろう。
そうだと思いたい。
「あぁ、デミアンっていうのはうちのクラスメイトのメガネAがやる役なんだ。ちなみにメガネBは小道具で……」
「混ぜたっ!」
タマモの鋭いツッコミがとぶ。
ツッコミというより、呆れを通り越した驚きだろうか。
だがおキヌは「ほえー……、そうなんですかぁー……」なんて間の抜けたことをふわふわしながら言っている。
まさかこれで誤魔化せてしまったのか。
いや、いくら幽霊時代のおキヌの天然ぶりが半端でないとはいっても、そこまで上手くいくはずがない。
「それで私が生き返るってどういうことなんですか?」
その言葉に横島は現実に戻ってきて、再び途方に暮れる。
だがここで不幸中の幸いなのは、まだおキヌがタマモのことをそんなに気に掛けていないことだろう。
ここでタマモのことまで出されては収拾がつかない。
実際こう見えて、おキヌの頭の中も降って湧いた事態にいっぱいなのだ。
『おい……』
横島の頭のなかに、心眼の声が聞こえる。
「何だ……いい考えでもあんのか?」
彼も頭の中で返す。
『お主も、もうどうすればいいか分かっているのだろう?
死津喪比女の事件で最も避けなければならないのは、彼女の特攻だ。
ならばばれたならばれたで、一部を語るのは決して下策ではあるまい。その後どうすべきかも分かっているはずだ』
心眼の言葉に彼は黙る。
単純に考えて、ここで一番良いのは『忘』の万珠を使うことだ。
彼はそれをしない。
何か確固たる理由があるわけではない。
ただ彼がそれをしたくないだけである。
だが、ここでたとえ最良の選択をしたとしても、“この場面”における最善の選択に必ずしもなるとは限らないのだ。
横島はしょうがないか、といった表情で覚悟を決める。
「おキヌちゃん、よく聞いてね……」
横島の真剣な表情に、おキヌもいつもの彼のおちゃらけでないことを悟って、真剣な目で見つめ返した。
ちなみに横島と心眼のやり取りは、彼の頭の中でのことなので、おキヌの言葉から不自然なほどのタイムラグはない。
それから横島はアシュタロスのことや、最高指導者の話は避け、現時点で話してもいいだろうということだけを語っていった。
彼が未来から来たこと。
彼が文珠というものを使えること。
おキヌが死津喪比女という妖怪を封じるために、人身御供となり、地脈と一体化していたのを、美神が切り離したこと。
そしてうまくいけば、彼女が生き返ることである。
おキヌは絶句した。
忘れてしまっていた自分のことももちろんある。
だがそれ以上に……
『今は…まだ泣くな……』
横島は、泣いていた。
「えっ……」
手を頬に当て、ようやく自分が泣いていることに気付く。
彼は思い出していたのだ。
彼女を失ったときの、悲しみと喪失感を。
それが自分の不甲斐なさのために起こったことであり、そのせいで周りにどれだけ辛い思いをさせてきたのか。
そして思い出していたのだ。
彼女が帰ってきたときの、喜びと充実感を。
―――あったかいなーーっ!! やーらかいなーーっ!!
彼女に触れ、暖かさを感じることができることが、どれだけ嬉しく、愛おしかったか。
おキヌもいつの間にか泣いていた。
詳しい事情が分かっているわけではない。
だが彼から伝わってくる何かに、涙もろい彼女も自然と涙を流していた。
『後悔と贖罪の念なぞで泣くべきではない。
お主が泣くべき時は、後の歓喜のみだ』
心眼の言葉に頷き、おキヌの手を両手で握り締めた。
「心眼の言う通りだな。だから…今はこんなこと忘れてしまおう……」
「ふぇ……?」
横島が何のことを言っているのか分からず、首をかしげる。
次の瞬間、彼の手の中で『封印』の文珠が輝いた。
これで今の彼女からは、今のやり取りは封印され、“その時”になれば思い出すことができるようになったのだ。
これが横島が彼女にしてやれる、最善だった。
卓袱台の上にはけして贅沢なものではないが、おキヌが丁寧に、そして丹精込めて作った料理が並んでいた。
メインのホッケの塩焼き。
ホウレン草と厚揚げのごま油炒め。
そしてご飯に油揚げの味噌汁。
材料に油揚げと厚揚げがあったのは、タマモにとっては僥倖だろう。
「うん、うまいよ!」
「そうですか。ありがとうございます」
和やかな空気が漂う。
タマモも久しぶりに彼女の料理が食べられて機嫌がいいようだ。
「この子は誰なんですか?」
落ち着いたところで、タマモのことについて尋ねる。
ようやくといった感じだが。
「この子は俺の知り合いでタマモっていうんだ」
「よろしく」
「私こそよろしくね、タマモちゃん」
タマモが笑顔で挨拶すると、おキヌも笑顔で返す。
今の彼女にはこの程度の説明で十分だろう。
タマモの今の姿は子供だし、子供好きのおキヌはかなり庇護欲をそそられているようだ。
その後、昼食を食べ終わると、洗い物をして、彼女は帰っていった。
明日から妙神山に行くということもあり、横島は部屋でのんびりとしている。
戦略があまり詰まっていないことを心眼に指摘されたが、とりあえずこれでいいだろう、ということになった。
まず大枠をしっかりと決める。
そしてほぼ確実に起こるであろう予想外に、臨機応変に対応する。
それが行き当たりばったりでない、臨機応変というものである。
あまり今からいろいろ決めてしまうと、予想外に対する柔軟性が弱くなってしまう可能性が高いからだ。
「なあ、タマモ。お前も明日妙神山に行くだろ」
当然行くとは思っていたが、暇だったので会話の一つとして、一応確認してみる。
だが帰ってきたのは、意外な答えだった。
「私? 行かないよ」
「はっ? それじゃあその間何してんだ?」
タマモが今、特にしたいことなど思いつかない。
「ちょっと行きたいとこがあって……」
「行きたいとこ? デジャヴーランドにでも行きたいのか?」
それなら今からでも連れて行ってやろうか、とも思うが、そんな金はこの家のどこを探してもないことに気付く。
「なんでよ……」
「じゃあどこなんだよ!?」
「……香港」
横島は小竜姫と並んで座り、静かに空を見ていた。
流れていく雲をひたすら見ていると、ひどく穏やかな気分になっていく。
山の上なので、空も綺麗に見えるようだ。
……つまり、暇なのだ。
もうここにいるのもそろそろ終わりだ。
今の彼は美神が最初にやった修業を終え、任意で第一封印が解けるようになっていた。
体もこの短期間ではかつてのものには遠いものの、イメージと実際の動きのズレはほとんどなくなっている。
だが小竜姫しかいないので剣の修行と、自己鍛錬ぐらいしか出来ず、それ以外の時間はすこぶる暇なのであった。
これまでに人狼の里も訪ねている。
やはり結界に近づいたあたりから監視されていたようだが、小竜姫は神族なので追い返されることはなかったし、横島も彼女の連れとして迎えてくれた。
訪れた口実は、武神として八房を見てみたいということだ。
不思議には思われたようだったが、特に何を言われることもなかった。
八房の封印を強化したあと、シロの父親の目の治療も文珠で行なった。
これで仮にポチが八房を手に入れたとしても、里随一の剣士である彼のことだ、殺されることはないだろう。
そのおかげか、横島はシロにはもの凄く懐かれ、里にいる間はずっとくっついているほどだった。
「……もうそろそろ下りるんですか?」
沈黙を破り、小竜姫が少し寂しそうに尋ねる。
「ええ。美神さんと約束した2週間になりますから」
また二人は静かに空を眺める。
緩やかな風が流れ、頬を撫ぜる。
「タマモ大丈夫ですかね……。
俺が下りるときに一度戻ってくるって言ってたけど……」
「大丈夫ですよ。彼女も無茶はしないでしょうし、姿こそ幼くなっていますが、強さはかなりのものですから」
勘九郎に負けるはずはないし、幻術を使えば、メドーサから逃げるのも容易いことである。
それに彼女も様子見と言っていたので、特を行動を起こすわけでない。
それでも心配は心配なのだ。
飛行機で行ってるわけではないので、ちゃんと帰ってこれるだろうか。
とか、
パスポート持ってないから、捕まったりしないだろうか。
などなどである。
それこそ杞憂なのだが。
横島が妙神山を下り、事務所に行くと、中で子供が泣いている声が聞こえる。
「ちわー、どうしたんすか、美神さん?」
「あっ、横島君! いいところに来たわ!
お願いだから、ちょっと手伝って!!」
美神がかなりテンパった様子で、彼に救いを求める。
さすがの彼女も、泣く子供には敵わないようだ。
「もしかしてれーこちゃんですか!?
パイパーの時の美神さんにそっくりっすね!」
「そんなことはいいから早く!」
美神が急かすがその大声で、彼女の泣き声もいっそう大きくなる。
あぁッ! と美神が慌てるがどうしようもない。
「大丈夫だぞー」
横島がれーこちゃんを抱え上げ、背中を撫でると徐々に泣き声が小さくなっていく。
その様子に美神はほっとして肩の力を抜く。
「横島さんって意外と子供の扱い上手いんですよねー」なんて言いながら、おキヌも感心している。
横島はれーこちゃんの背中を撫でながら、このタイミングの良さに心の中で苦笑していた。
あとがき
前回の平安京の逆行に関して意見いただき、いろいろ(誤魔化し方を)考えたんですがどうしようもないようです。
どうもアシュタロスを未来に吹き飛ばすのは、必須のようですね。そうしないとメフィストが結晶を取り込んでもすぐに取り返されてしまいますから。
ですが美神の中に結晶があるということは過去に行ったという結果なので、中世と同じく行くことは決定しているということですね。
原作を持ってないばかりにこんなミスを……(もう百円で買いました)
まあ彼の(横島の)意見ですしw(責任転嫁)
隊長に関しては好意的な意見が多かったですが、このSSにおける彼女に関してはあとのレス返しでもう少し説明します。
さて今回!
彼の選択としては3番が一番近いんですが、彼女に話すことで、美神にばれては元も子もないので『封印』を併用したと。
タマモは次回冒頭で書こうかな。
今回も読んでいただきありがとうございます。
>MAGIふぁさん
こんなはずでは、っていうのは当然あるでしょうねー。
なんせGS美神のSSなんですからw
>白さん
こんな選択したようです。
彼女は無事生き返ることが出来るのかw
>九龍さん
初めまして。ありがたい評価どうもです。
ここで横島が隊長のことをなんとも思っていないとすると、2話での横島の老師への言葉が凄く薄っぺらいものになってしまいますからね。
>響さん
こんな全く名台詞でもないネタを分かってくれる人がいるとわw
心眼に関してはやっぱり擬人化とかしたほうがいいんすかねー。
そのほうが動かしやすいことは動かしやすいんすけど。
>法師陰陽師さん
3番と同じということはないですが、一緒に来た人以外では仲間一号でしょうね。
>こうゆうさん
戦略が詰まっていないのは、本文でも書いてますが、ぶっちゃけ書きすぎると作者が話を広げにく(ry
ルシオラたちに関してはまだ話にも上がってないんで、スルーか、っていうのはまだ早いかと。
>トナさん
一応第6の選択肢です。第5の選択肢(1番+4番)
心眼はこのあとも彼の相方をしっかりはたしてもらいましょう。
>柳野雫さん
私も伝えるだけでいいと思っていて、話すなら魔族のワルキューレが話せば説得力もあるし大丈夫だろうと思ってたんですが。
上手くいかないものです(泣)
>casaさん
幽霊並、っていうか幽霊!!
やはりバンダナのままにしないほうがいいか……。
>ヴァイゼさん
そうですね。仙水のあの技のほうがイメージとしてははるかに似てます。
ただオールレンジ攻撃は男の(ry
>valさん
>裏で色々と動き回ったから
目的が行動を正当化するとは限りませんから
タマモに関しても独断行動の自衛隊に対する意趣返しとも考えられますし。
平安京は、かなり乱暴な考えですが、道真が殺してくれれば魂が転生するからそのほうが都合がいいともw
思ったことはレスしていただければ、私もいろいろ考えられるのでありがたいです。
>九鬼悟郎さん
>美智恵自身ひのめを妊娠中で身動きがとれなかった
彼のことで本気で後悔してたら子供なんて作らないでしょう。
娘との生活を取り戻し、新しい絆をも手に入れた彼女を見れば、彼は思ったかもしれませんね。
「何で俺はこんなに空っぽなのに、こいつは……!」と
>アシュタロス戦自体、薄氷を踏む様なぎりぎりの連続
確かにそうですが、コスモプロセッサを使ってルシオラを復活させ、結晶を奪うタイミングはかなり紙一重でした。
何か出来たかもしれません。
>結晶の所有者が令子でなくとも暗殺という愚行に反対したのは間違いありませんから
横島を敵ごと吹っ飛ばそうとしたのにですか
彼の隊長に関する考えはこのSSにおける「設定」ですから、原作を持ってこられると辛いです。そうすると多くのSSで出てくる魔族化やハーレムも、原作にそんなこと出て来てないということになりますから。
私自身隊長が嫌いなわけではありませんが、九龍さんのところでも書いたようにここで彼女に対して何も思っていないのは流れ上おかしいと思いますんで。
まあここでの彼はこうだと思っていただければ。
では。