GS試験から二日後、横島は美神の事務所にいた。
「つまり、妙神山に行くからバイトしばらく休ませてくれってことね?」
「ええ。試験期間であれだけ成長したのだから、妙神山で少し本格的にやってみないかって、小竜姫様に言ってもらいまして……」
美神は目の前に立つ横島を見ながら考える。
確かに彼の試験中の成長は、小竜姫が彼に与えたアイテムのおかげが多分にあると言っても、驚くべきものだった。
初戦のカオス戦と四回戦の雪之丞とでは全くの別人といえる。
本来なら美神が教えるところなのだろうが、天才肌の彼女は他人に教えることがあまり得意ではない。
感覚で理解しているため言葉にすることが難しいのだ。
それならばいっそ最初に彼の霊能を見出した、小竜姫に任せた方がいいようにも思える。
それにわざわざ神様から誘ってくれているのだ。
本来紹介状がなければ、門前払いされるようなところである。
しばらく荷物持ちがいなくなるのは辛いが、少し仕事を減らしたとしても、彼が霊能の基礎を身につけて帰ってくれば、十分元は取れるだろう。
“除霊”に関しては彼が帰ってきてから教えてもいい。
「……分かったわ。で、期間はどれくらい?
それと学校はどうするの?」
「とりあえず学校は休むんですけど、そんなに休むわけにもいかんので期間は二週間ほどっすね。
……それと、少しお願いがあるんですけど…………」
横島がおずおずと言い出す。
「何?」
「使えるように帰って来るんで、時給上げてもらえませんか?」
さすがにあの貧乏生活をもう一度するのは嫌だった。
それに今の彼の部屋にはタマモがいる。
彼女は食事で贅沢はしないが、と言うか油揚げがあればそれでいいが、とは言っても今までより金が要るのは自明である。
よって駄目元で頼んでみたのである。
「いいわよ」
「へっ?」
予想外の言葉に横島は間抜けな声を漏らす。
横島は、クビにされないだけありがたいと思いなさい、といったような答えが返ってくると思っていたのだ。
「霊能身につけて多少使えるようになってみたいだし、とりあえず500円ぐらいにアップしてあげるわ。
それ以上は帰ってきたときの成長しだいね」
横島は今の状況が理解できなかった。
夢? 脳障害? それとも何者かのスタンド攻撃を? といった考えが頭に浮かぶが、どうも現実としか思えない。
今の段階でアップしただけでも驚愕だというのに、さらにそこからもっと増えるかもしれないのだ。
おそらくこれをピートやタイガーに話しても、彼が家にグレイ飼っている、っていう嘘以上に信じてもらえないだろう。
「……何よ。嬉しくないの!?」
彼のあまりの無反応さに、美神が不機嫌そうに言う。
「いえっ! めっちゃ嬉しいっす! 忠ちゃん感激っす!」
その後、じゃあ失礼しますと言い、よたよたとふらついたした足取りで、出口に歩を進める。
「……ねえ、横島君」
美神の言葉に横島が振り返る。
「何すか?」
「……ちゃんと帰ってきなさいよ?」
「? ……はい」
この言葉にさらに違和感を覚えながらも、横島は事務所を出る。
この時は、妙神山は生死をかけた修業場だからな、ぐらいにしか思わなかった。
世界はそこにあるか 第11話
横島は自分のアパートで目を覚ました。
何か夢を見ていたが、思い出せない。
まあ、夢とはそんなものなので特に気に留めることもない。
隣の布団では、タマモが気持ち良さそうに寝ている。
昨日彼が帰ってきたとき、何をしていたのかかなり疲れた様子だった。
とりあえずすることもないので、目の前にバレーボールぐらいの霊気の玉を出し、それに手をかざしてテニスボールくらいに圧縮する。
それをいくつも出し、彼の周りに浮かべていく。
『何をしているのだ?』
床に置かれていたバンダナから声が聞こえる。
「霊力の収束と操作の修業だ。文珠でやってもいいんだが、今の状態じゃ、そんなに数が出ないからな」
『朝から熱心なことだな……。これで攻撃は出来んのか?』
収束された霊気の玉はかなりの威力がありそうである。
「ふふふ……。良くぞ聞いてくれた!
これを使えば夢のオールレンジ攻撃が出来るのだ!
見える! 俺にも敵が見えるぞーーッ!」
夢を爆発させ、サイキックファンネルとでも名づけるか、とか言っている。
そんな横島に心眼は冷ややかな目を向けるが、使える技であろうことは分かっているので特に何も言わない。
玉だからファンネルとは言えないんじゃないか、とは。
「ふみゅ……」
騒いでいるとタマモがもぞもぞと起きだす。
「あ、悪いな。起こしちまったか」
「別にいい……」
目をこすりながら、横島のほうを見る。
「おはよう、横島」
「おう、おはよう」
挨拶をすると、横島は朝飯のカップうどんを用意し始めた。
朝からカップうどんは少し重いような気もするが、横島の胃にそんなことは全く問題ではなかった。
朝飯は先に昨日の公園で体を動かし、それからということになった。
今は部屋に帰ってきており、二人でうどんをすすっている。
もちろんタマモの所には油揚げが二枚だ。
二人とも食べ終えると、横島が口を開いた。
「昨日の試験のことは話したけど、タマモにこれから何が起こるか詳しく知ってもらわんといかんし、作戦が重要というのは昨日で分かったんで、これから第一回戦略会議を開きたいと思う!」
今の横島は戦術面だけでなく、戦略面でも頭が使えるのだ。
さすがに行き当たりばったりはまずいし。
当然行き当たりばったりと、臨機応変は意味が違う。
『戦術と戦略の違いは各自辞書を引いてくれ』
「そんなネタ分かる奴いんのか?」
横島はそんなことを呟きながら、紙とペンと取り出し、これから起こることで重要なことを書いていく。
ハーピーの襲来
香港の原始風水盤事件
中世に逆行
犬飼による狼王(フェンリル)への変化
死津喪比女の復活とおキヌちゃんの反魂
デミアンとベルゼブルの襲来
平安時代に逆行
月世界へ
アシュタロス事件
「話には聞いてたけど、こうして見ると凄いわね……」
タマモが呆れたように言う。
確かに試験に合格して一年も経っていない見習いが、経験することではないし、普通は生きていられないだろう。
「まずはハーピーに関してだが、大丈夫なのか?
妙神山に行っていては間に合わんかもしれんぞ」
横島は美神の許可をもらい、明日妙神山に行く予定だった。
横島に力があることの理由作りと、封印の一時解除のやり方、及び、今の横島の肉体の鍛錬のためである。
「正確な時期は思い出せんけど、まあ間に合わなくても隊長が勝手に倒してくれるだろ。正直あの頃の俺はなんの役にも立ってなかったし」
『……どうした? らしくないぞ」
心眼は彼のらしくない言い方に疑問を覚える。
「いや……あーそうだな。お前達に隠しててもしょうがねえか……。
俺な、正直隊長が嫌いだ」
鋭い眼光で言い切る。
「あの人はすべてを知っていながら何もしなかった。多分ルシオラが死んだのも敵側の魔族が一人死んだ、ぐらいの認識だったんだろう。
すべてが終わって、あの人が笑顔で現れたとき、俺は殺してやろうか、とすら思ったんだ。結局あの人の目は自分の娘しか見てなかったからな。
それを出さなかったのは、死に別れた母親に再会した美神さんのためだ」
一時神族すら、というより小竜姫や猿神すら信じられなくなっていた彼である。
当時の彼は美智恵を嫌いどころか憎んですらいた。
それを、彼女も己の信じるように行動しただけであり、彼女と自分の価値観の違いなんだと、自分を納得させるのにはかなりの時間がかかった。
だが納得したとしても、横島にとってああいう考えが唾棄すべき嫌悪の対象であることは変わることはない。
何を思い出したのか横島の顔がさらに厳しくなる。
それを察して二人はもうこのことに触れなかった。
「まあハーピー自体の強さはメドーサに比べて大したことないし、間に合わんと決まったわけじゃないし大丈夫だろ! うん!」
強引に話を終わらせる。
『次は原始風水盤だな』
「これは針を奪われない、以上」
前回は雪之丞が体を張って、せっかく手に入れた、最大の鍵である針を奪い返されたのが大きかった。
あれがなければ原始風水盤は作動しない。
向こうの人数を考えると、最後に助っ人に来てもらうのではなく、最初から全員で行けば、十分対処可能である。
「メドーサはどうするの?」
タマモが尋ねる。
「うーん……俺の修業しだいなんだけど、倒すか倒さんかと言えば、出来れば倒さん方向でいこう」
メドーサはその後頻繁に関わってくる重要な人物であり、戦い方や思考方法も大体分かっている。
できれば変えたくない。
『次は中世に逆行か。これはどうする?』
心眼はすっかり進行役である。
「多分行くことになるだろうが、なるべく行きたくないな。
平安時代もそうだけど、あんまり意味ないと思うし。ヌルに関しては全盛時のカオスと協力すれば、なんとでもなるだろ」
『平安時代は初めてアシュタロスと接触した重要な事件では?』
確かに平安時代の事件は重要だが、果たして彼らが逆行する意味があったのかというと疑問である。
おそらく美神が来なくても、メフィストは高島の「俺に惚れろ!」で、結晶を奪い、アシュタロスを裏切ったのではないだろうか。
彼らはその時期を早め、事態を引っ掻き回しただけともいえる。
だが平安時代はともかく、中世はマリアの中に彼らが逆行したという結果が残っているため、多分行くことになるだろう。
『では次は犬飼か。これは魔族が関わったわけではないがフェンリルになった奴はかなり強力だからな……』
「これは八房の封印の強化だな。
人間を避けてても、竜神の小竜姫様が訪ねたら里に入れてくれると思うし、何らかの原因で犬飼が八房を手に入れても、『八房』でフェンリルになる前にボコろう」
横島の剣の腕は、神剣の使い手である小竜姫仕込みである。
同じ獲物を使って負ける道理はない。
確かに今の体では無理だが、だからこそ妙神山にも行くのである。
「でもそれだったらシロが横島の弟子にならないわよ。いいの?」
タマモが素っ気無く、それでいて少し寂しげに言う。
「幼いときに両親を失うなんて、無いほうが良いに決まってる。
それに俺はあいつに復讐心なんて持ってほしくないし。
そりゃ寂しいと思うけど、やっぱそれは俺のエゴだしな……」
『エゴだよ!それは! だな』
「そう。……ってお前やっぱ最高だなぁ。
あぁ……! もう俺はお前から離れられない……!」
心眼だけに、目と目で見つめあう。
人間とバンダナの怪しい恋。
ちなみに心眼は男でも女でもない。
「じゃあ次! 死津喪比女の復活!」
変な流れになってきたので、タマモは無理やり本筋に流れを戻す。
「これは俺の封印の一部解除が前提だけど、『細菌兵器』『枯死』で大丈夫だろ。前回はあれに銃弾打ち込んだの俺だから、目の前で見てるし。
そのあと本体を倒しておキヌちゃんの蘇生だな。
あとあの事件は後手に回って相当の被害が出たから、予定を早めたほうが良いかも。おキヌちゃんも早く生き返るし」
「生き返るんですか?」
「当然だろ!」
言い終わったところで、はっとして後ろを振り返ると、おキヌちゃんがふわふわと浮いていた。
時刻は11時過ぎ。
手には買い物袋を持っていることから、昨日頑張った彼のために昼食を作りに来てくれたのだろう。
「……心眼。俺は、どうすればいい……?」
どうしようもねえ、といった表情で心眼に助けを求める。
『うむ……。
1.「これは今度学校でやる劇の設定なんだよ」と言ってとぼける。
2.「悪いけど忘れてくれ!」と「忘」の文珠を使う。
3.「実はね、おキヌちゃん……」とすべてを話す。
4.「じゃあ次は……」と無かったことにしてそのまま話を続ける。
さあ、選べ』
心眼が横島の声マネを駆使しているのは、少し怖い。
だがやはり横島の相方には相応しいようだ。
もしかして間違ったらバッドエンド確定か、と別の意味でビビる横島。
「……やっぱり抜けてたわね」
タマモは老師の言葉を思い出して、一人呟いた。
あとがき
ファンネル=ろうと(だったと思う) 形がそのまま名前なんですね。
出してみましたけど、あの技実際に使うかどうかは分かりません。
今回横島たちはいろいろ計画練ってます。皆さんにとってはいろいろ予想外のことが起きた方がおもしろいでしょうけど……。まあ計画通り進むとは限りませんし。
次回は修業編!
……ではないです。もう書いたし(書いたのかw)
ハーピーまで書けるか微妙なところ。
今回も読んでいただきありがとうございます。
レス返しは前回の記事に付けさせていただきました。
では。