第15話 「氷雪の門」
魔鈴の「必殺・あざらし寄せの歌」が終わってもあざらしは一向にその姿をみせない。
ただ空中でずっこけてバランスを崩したカモメが海に落ちて溺れるという惨々たる状況を招いただけである。
「ああっ!カモメさん!どうしたのっ?!」
「「「「あんたのせいやぁぁぁぁ!!!」」」」
一斉に突っ込まれて「そんなぁ…」と項垂れる魔鈴さん。
よほどガッカリしたのか目がウルウルと潤んでいて、今にも大粒の涙がこぼれそうだ。
女性が泣くのにはとことん弱いのが除霊部員の男たちの共通点である。
でもこんな時に年上の女性に気の効いた慰めが出来るほど手馴れていないのだ。
助けを求めるように霧香を見れば、彼女は言うべきか言わざるべきか?とでもいうような複雑な表情を浮かべていた。
そんな霧香の前にスッとユクが進み出て、今や「ぐすぐす…」と鼻をすすりはじめた魔鈴に話しかけた。
「私…呼べる…」
「え?本当ですか?!ユクさんっ!!」
「本当…」とコックリ頷くユクを霧香が慌てて止めようとするが、「お願いします!あざらし見たいんですっ!!」とユクに縋りつかんばかりの魔鈴の様子に「ほふう…」と重たい息を吐いて後ろに下がると魔鈴を気の毒そうな目で見た。
「早くっ!早くっ!」
せかす魔鈴にニッコリと笑うとユクは海に向かい口笛を吹いて何やらこの地の言葉で語りかける。
やがてその声に答えるかのように波間にポコポコとあざらしの頭が浮かび上がって来た。
「キャー!!あざらしがこんなに~♪」
歓喜して波間に漂うあざらしをパシャパシャと激写する魔鈴さん。
ユクに向かって振り返るとまたまた頭を下げた。
「あのっ!あのっ!もっと近くで見たいんですけどっ!出来れば抱っことかもしたいんですけどっ!出来ますか?!」
「出来る…」
「キャーキャー!」ともう我を忘れてはしゃぎまくる魔鈴に背を向けて、ユクは波間を漂うあざらしに言葉をかけた。
「来て…トッカリ…」
呟くようなユクの言葉とともに一頭のあざらしがパチャパチャと波を蹴立てて近寄ってくると、波打ち際の岩の一つにのそっと乗っかる。
「うわぁ!あざらしがこんな近くに~♪」
服が濡れることも構わずに魔鈴はあざらしに抱きついた。
幸せそうにあざらしに頬擦りする魔女を呆然と見ていた除霊部員だったが、霧香とモモの表情が沈痛さと憐憫を含んでいることに気がついた。
「霧香さん。どうしたんすか?」
「横島さん…あざらしも神様なんですよ…」
その台詞の意味することに気がついてピシリと固まる横島の肩をモモがとんとんと叩く。
「タダッチ…後でフォローしてあげてね…じゃないと…あの人可哀想過ぎるもん…」
「ああ…そうだなモモちゃん…」
「うん…タダッチ~」
ついに堪えきれなくなったか抱きついて泣き出すモモを優しく抱きとめる横島の目にも涙が光る。
せめて…せめて中身が美男美女だったらとわずかな望みにすがる横島の様子をキョトンとした顔で眺める除霊部員たち。
だがついに残酷な真実が白日の元に晒される時が来た。
「きゃぁぁぁぁあああ!」
「「「え?」」」
魂を凍らせるような魔鈴の悲鳴にそちらを見れば、顔面を蒼白にしてガクガクと振るえる魔鈴さん。
何が起きたかはすぐにわかった。
だって魔鈴が抱きついているものは………。
漢らしい顎鬚をたくわえたハゲ頭の親父。彼が男性ホルモンに満ち溢れているのは、唯一身につけている銭型模様のふんどし以外の部分が漢毛に覆われていることからも明白だ
親父は蒼白になった魔鈴を抱きしめたままでユクにニカリと笑う。
日焼けした肌に白い歯がキラリと光り海の男を満開といった感じ。
「ようユク。なんか用かと思えばこんな美人を紹介してくれるのか?」
「こんにちはトッカリ…この人がどうしても会いたいって言うから…」
「ぐわっはっはっ。そうかそうか。だが俺はもっとでっぷりした女の方がいいなぁ。」
「残念…」
何だか微妙な会話をする鹿の神とあざらしの神。
その会話がやっと耳に入ったか魔鈴がまた悲鳴をあげる。
「いやぁぁぁぁぁぁ!あざらしがっ!あざらしがっ!!こんなムサイおっさんにぃぃぃ!!ふにゅう…」
「おっと」
クタリと気を失った魔鈴を支えたトッカリは霧香を見つけると彼女を抱いたまま近寄ってきた。
「お久しぶりトッカリ。」
「おう。久しぶりだなトーコロ。ところでそこで牛と抱き合っているのが?」
「ええ。横島さんです。」
「そうか。お前がなぁ。いやスマンな。俺たち神が世話になっちまったってのにすっかり挨拶が遅れちまった。」
「それは後でも良いですから彼女を放して上げてくれません?」
「お、こりゃすまん。」
霧香に言われてトッカリは慌てて近寄ってきたピートとタイガーに魔鈴を優しく手渡した。
「魔鈴さん!魔鈴さん!」と愛子が揺さぶってもしっかりと白目を剥いて気絶している魔鈴さんはピクリともしない。
呼吸はしているからとりあえず命には別状ないだろう。
心の傷は…もう仕方ないかも知れない。
そんな除霊部員たちを見ていたトッカリが何がおかしいのか「ぐわっはっはっ」と豪快に笑う。
それに釣られたのか眷属のあざらしたちも海の中から「も゛っも゛っも゛っ」と声を上げ海は異様な空気に包まれた。
とりあえず魔鈴を草の上に寝かせて愛子たちが介抱している間に横島とトッカリたちは挨拶を済ませる。
あの戦いに参加できなくてすまん。と詫びるトッカリは横島に北の海の幸を送ると約束した。どうやら美智恵の願いはかないそうだと横島がホッとした時、後ろで小鳩の悲鳴があがった。
「きゃぁ。魔鈴さん止めてくださいっ!」
「えうっ!魔鈴さぁぁん!!」
「放してっ!放してください!コレは悪い夢ですっ!!あざらしが親父になるなんてあってはいけないんですっ!」
目覚めた途端、現実が受け入れられずに錯乱したか魔鈴さん大暴走。
黒い謎の鉄球を握り締め泣きながら叫んでいる。
「ひーん。横島さぁぁん。止めてぇぇぇ!」
おキヌの悲鳴に横島はダッシュで走り出した…ふと隣を見ればトッカリも彼の横を走っている。
「何でトッカリさんまで?!」
「あ、つい…逃げるものを追うのは肉食獣の習性なもんでな。ぐははははは!」
自分の方に走ってくる横島の姿にホッとした表情を見せた魔鈴だが横島とともに自分の方に「ぐははは」と笑いながら吶喊してくるトッカリを見てまたまた青ざめた。
「いやぁぁぁぁ!!」
「魔鈴様!手を放したらっ!」
閃光…爆音…
「「「「「あきょぉぉぉぉぉぉぉ」」」」
魔鈴の手から零れ落ちた魔法は到着した横島とトッカリもろとも少女たちを再び爆炎に巻き込んだ。
とりあえず爆発から離れていてノーダメージだったモモとユクが顔を見合わせて溜め息を吐く。
「あーあ…タダッチまで…」
「ふふふ…連鎖爆発?…」
「何を落ち着いているんですかっ!早く横島さんたちを回収して逃げますよ!」
確かに霧香の言うとおり、辺りを見れば爆音に驚いた観光客が慌てた様子で携帯を使っている。
どこかに通報しているのは間違いないだろう。
この場にいたらややこしいことになるのは明白だ。
何しろ自分たち自然神は簡単に人目に触れてはならないという掟がある。
その割にはちょろちょろと歩き回っている気もするがその辺りはアバウトらしい。
だけど流石に官憲のお世話はまずいだろう。
「「らじゃ!」」
モモとユクが幸いにも爆発に巻き込まれなかったタイガーとピートを従えて霧香の車に全員を乗せ、それを確認するや否や霧香がタイヤを鳴らして一目散に宗谷岬から逃げだし、とりあえず神々が官憲のお世話になるという不祥事は一時的に避けられたのであった。
後に残され、ちょびっと焦げてピクピク痙攣しているトッカリがか細い声で鳴いた。
「もきゅ…」
やはりあざらしは「もきゅ」と鳴くらしい。それを知った魔鈴が喜ぶかどうかは不明であるが…。
ちなみに通報で警官が駆けつけた時は爆発の痕跡も「もきゅ」と鳴く髭親父もどこにも存在せず、首を傾げながら周囲の人間に聞き込みをしたところ、倒れていた親父は海から出てきたあざらしたちに担がれて海に運ばれ、残ったあざらしが箒とちりとりで現場を綺麗に掃除してから海に戻って行ったという奇妙な証言を得て報告書をどうしようか?と頭を抱えたのであった。
無我夢中で逃げ出した一行がたどり着いたのは「望郷の丘」と呼ばれる場所。
幸い?にも追っ手はかからなかったようだ。
とりあえず一休みと一同は車を降りる。
彼らの前に広がるのは国境近くの北の海。
ユクとモモが買ってきたジュースを飲みながら「すみません…」と項垂れる魔鈴を慰めていた横島の横を愛子の体から出てきた天本がヨロヨロと歩いていく。
「天本先生…?」と問いかける小鳩に返事もせず、彼は丘の上に設置された石碑に向かって何かにとり憑かれたかのようにヨロヨロと進み続けた。
何事か?と見守る除霊部員たちの前で天本は石碑にたどり着くとそこに書かれた碑文を読みはじめる。
そして…唐突に石碑に抱きついて号泣し始めた。
慌てて駆け寄った横島たちを気にもせず天本は子供のように石碑を抱いて泣きつづける。
「なんということじゃ!変わっておる!変わっておる!!」
それは悲しみより喜びを含んだ泣き声であった。
「あの…霧香さん。これって何の石碑っすか?」
「これは「氷雪の門」と言うそうです。人間たちの戦に対する反省を込めて作られたものと聞きますが…詳しいことは…。」
「あ、それなら私わかるわ。」
「本当か愛子。」
「ええ。この海の先に樺太って場所があるの知っているでしょ。」
「ああ。何となく…習った気がしないでもない…」
頼りない横島の返事に愛子は苦笑いを浮かべながらも簡単に説明し出した。
ここのところ唯の家庭教師役もやっている彼女の説明はなかなか様になっている。
「もう…。あのね。終戦直後、樺太にS国が侵攻してきたの。その時、樺太のある郵便局の女性交換手たちが最後の最後まで本国…日本にその様子を打電し続けて、そして最後は全員が服毒自殺したのよ。この石碑はその悲劇を忘れないために作られたのね。「北のひめゆりの塔」とも言われているって習ったわ。」
「なんで自殺なんかしたんですかいノー」
「確か軍人たちが機密保持と敵の捕虜になるなって戦陣訓を民間人に押し付けた結果と聞いたけど…。」
「違う!!」
突然の声は天本のものだった。老人が発したとは思えない怒声に驚く横島たちに天本は静かに頭を下げる。
「すまんの。驚いたじゃろ。じゃがわしはここに来れて良かった。」
「先生は何か知っているんですか?」
「ああ、よく知っておるよピート君。なにしろわしはその現場に居たのじゃから…。」
「えう?そういえば先生は樺太に居たって言ってましたね。」
「ああ、そうじゃな。ちょうど良い。お主らに聞いてもらおう。わしの体験した話じゃ…。」
そして天本は石碑の側に腰を下ろすと語り出した。
「終戦間近になって突然S国軍が侵攻を開始したというのは愛子君の言うとおりじゃ。だがその郵便局の話はな8月20日のことじゃよ。」
「え?確か終戦は15日じゃ…?」
「そうとも…今でも夢に見るわい。あの日、わしらは本土へ帰るべく港に向かって急いでおった。なにしろS国軍は隣町まで来ていたのじゃ。わしらに出来ることは逃げることだけじゃった。」
「軍隊はどうしていたのですか?」
「軍?そんなものは形式的にはありゃせんよ。何しろ玉音放送の後じゃ。軍は解体命令が出ていたからの。じゃが確かに軍人は居た。そして彼らはわしらと一緒に逃げようとした。だが勘違いするでないぞ。全員が全員そうだったわけではない。多くの兵や将校は民間人を逃がすべく尽力したのじゃ。良いか?もし日本軍が逃げたのならなぜ8月20日に400名もの戦死者が出ておるのじゃ?彼らは抵抗したのだよ。時間を稼ぐためにな…」
「戦ったんですか?」
「戦ったものもいる。目端の利く奴は逃げたじゃろ。じゃが日本軍はすでに形式的には存在せん。捕まれば捕虜にもなれずなぶり殺しになるだけじゃ。事実、休戦の特使としてS国軍に向かった将校は殺されたよ。」
「それって…戦時国際法違反では…」
「そんな道理は通用せん。実際、多くの民間人が死んでおる。それはまさに赤い嵐のようじゃった。略奪、暴行…およそ戦争の負の面が一気に出たと言えたじゃろう。…そして…わしと菊姉もそれに巻き込まれた。」
「あの地図をくれた人ですかいノー」
タイガーの言葉に頷いて天本は話を続ける。
「親とはぐれ、銃弾が迫る中、菊姉ちゃんはまだ幼いわしの手を引いて必死に走ってくれた。どれほど走ったことか…やがてわしの目の前に港が見えてきた。」
そして天本はその皺だらけの手で顔を覆って体を震わせた。
「もう少しで助かる!そう思った時、突然菊姉ちゃんが倒れた。狙われたのか流れ弾なのかは知らぬ。だが振り向いたわしには菊姉ちゃんの手が血に染まっているのが見えた。菊姉ちゃんは…それでも…笑って…わしに言ったのじゃ…「逃げろ」…と…」
天本の話には嘘の響きは無い。
淡々とありのままに彼の体験を話すだけだが、それでも除霊部員たちはその場に立ち会ったかのような苦さが心を覆うのを感じていた。
「わしは…怖くなって逃げた。菊姉ちゃんを見捨てて逃げた。逃げる時、菊姉ちゃんが何か言ったような気がした…じゃが…わしは耳を塞いで逃げたのじゃ!」
横島には菊という少女が何を言ったかわかったような気がした。
だが彼と天本には決定的な違いがある。
それがわかるから彼は何も言えなかった。いや言うべきではないと思えた。
「どこをどうしたか未だに思い出せん。気がつけばわしは船に乗っていた。助かったと思った。じゃがそれもまだだったのじゃ。」
「え?」
「港を出たのは三隻の輸送船や民間船じゃった。だがここに着いたのはわしの乗った一隻だけじゃったよ。途中でなS国の潜水艦に喰われたのじゃ…」
「そんな…軍艦でもないのに…」
「戦争中は通商破壊と言ってな。輸送船を沈めるのは当然じゃった。じゃが…日本はすでに降伏していたのにな…戦争は終わったと思っていたのにな…」
「あの…さっき変わっているって言ったのは?」
「わしは日本に戻り学校に通うことが出来て何とか教職につくことが出来た。教え子にあんな想いはさせたくなかった…。そしてある日、赴任していた学校の修学旅行で二度と来る事が無いと思っていたここを訪ねたのじゃ。」
そして天本は石碑をにらみつける。
「その時、この石碑に書かれたいた文章はな…先ほど愛子君が説明してくれたものと同じじゃったよ。わしの知らないところで歴史は書き換わっておった…。」
「なんでそんなことが…」とピートの乾いた声に魔鈴が答える。
その口調にかすかな苦さを感じて除霊部員たちは驚いた。
「戦争を単純な二元論で語ろうとした勢力があったんですね。」
「そうじゃろうな…」
「う?どういうことですか?」
「戦争は良くない…そのために作られた一つのロジックが「日本軍は悪」です。日本軍が悪ならば二元論で言えば対立した軍は善になる。なのに善が悪をしたことが知れれば「日本軍は悪」という前提が崩れる。それを良しとしない人たちがいたということです。」
魔鈴の言葉に天本が続ける。
「そうじゃろう…そしてわしはそれに異議を唱えることも無くこの年まで生きながらえた…じゃが少なくともここに関しては誰かが異議を唱えてくれたんじゃろ。それを知っただけでもわしは満足じゃ…。」
そして天本はまだ涙に濡れた目で石碑を見る。
その石碑には「乙女達は己の職に殉じた」とは書かれていたが、軍が自決を命令したとはどこにも書いていなかった。
天本の目から再び涙が溢れ出すのを粛然と見詰めるしかない除霊部員たちであった。
結局、その晩は天本の体調も考え稚内の近くに宿をとってそこで一泊することとなった。
霧香が電話で手配してくれたのは温泉付きの貸し別荘である。
部屋数も多いかなり大きな別荘で風呂も露天風呂が二つついていた。
横島たちはそこで一晩休んでから明日の朝一番で帰京することにしたのである。
勿論、そんな宿泊がタダで済むわけは無かったのだが…それはまた別の機会に…。
東京についた横島たちを出迎えたのは見送り同様に美智恵と白井医師。
白井医師は轟沈から降りた天本を車椅子に乗せ皆への挨拶もそこそこにすぐに出発する。珍しく白井の顔に焦りの色があるのを魔鈴は見逃さなかった。
白い病院車両を見送った横島がふと目をやると、美智恵が乗ってきたGメンの車からいそいそとでっけーアイスボックスを引っ張り出している。
「隊長…」
「ん?何?…あ、これ?大丈夫よ。ちゃんと氷も入れてきたから♪」
なんかワキワキと喜んでいる美智恵から横島は目を逸らしたが、(なんだかすっげー気まずいけど言わなきゃならないよなうん。)と諦めて美智恵に向き直る。
「すんません…カニ買ってこれませんでした…」
「え…そう…そうなんだ…でも仕方ないわね…」
ドヨーンと澱み出す美智恵の周りの空気。
「あ、でも向こうの知り合いが今度、送ってくれるって言ってましたからお裾分けしますよ。」
「あ、そうなんだ♪」
ピカリと晴れる美智恵の周りの空気。
いきなり機嫌の良くなった美智恵は轟沈から降りた一同を美神令子除霊事務所へと誘った。狭い車での移動には愛子の母艦機能がフル活躍である。
『いらっしゃいませ皆さん。』と挨拶をしてくる人工幽霊壱号に「よっ!」と手を上げ勝手知ったる応接間に行けば、シロタマとカトちゃんがぐったりと床に倒れている。
その周りに落ちているおもちゃとか絵本を見ればここで何があったかは一目瞭然だった。
ひのめを預かってなんとか寝かせたものの精根尽き果てたらしい。
「私、お茶煎れて来ますね。」とおキヌが台所に立つ。
自分も疲れているだろうにええ娘やなぁ~と彼女の後姿に心の中で頭を下げる横島。
そんな彼の心中を察して微笑みの目で見つめる少女たちと魔女とは裏腹に微妙に居心地の悪さを実感する虎と吸血鬼だった。
おキヌが入れたお茶と美智恵が買っておいたのか香ばしい香りを放つ団子を前にして除霊部員たちは稚内での出来事を報告した。
話が「宗谷岬・謎の魔法暴発事故」になったとき美智恵の眉が一瞬ピクリと動いたが、あの後、唯が地元警察に魔鈴とともに出頭して「あざらしの悪霊にかかわる霊障」と説明したと聞いて納得したようだ。
まあ、あながち嘘ではない。
「すると特に手がかりはつかめなかったということね。」
「そうですね。」と美智恵に頷く横島だったが魔鈴が小首を傾げながら静かに美智恵に告げる。
「でも…ちょっと気になることが…」
「何?」
「へう。この楽譜さんなんですけど…力が強まっている気が…」
「そうね。私もそう思う。」
唯と愛子が魔鈴の言いたいことを察したのか美智恵に譜面を手渡しながら話した。
「そうか。この曲が鍵になるかもね。でも演奏してみると言っても…」
「あ、それだったらうちの学校の音楽部とかに頼んでみたらどうかしら?」
「でもねぇ。何か霊障があったら…」
愛子の提案も美智恵の立場としてはすぐに頷けるものではないだろう。
考え込む美智恵にアリエスがシパッと元気よく手を上げた。
「ではGメンの皆様が護衛するということでいかがですか?何ならわたくしもカッパ四天王を呼びますわよ。それでも足りないならカッパ軍を総動員してでも…」
「「「それはやめて…」」」
期せずしての全員突っ込み。
そりゃあ無理も無い。あの超兵器「風雲!カッパ城」が街中で暴れたら大惨事である。アリエスのことだ下手をしたらノリだけで「カッ波」を発射しかねない。
それにカッパ四天王が役に立つとは到底思えないし。
「ふーむ」と考え込んでいた美智恵だが他に解決策も無い以上は横島たちの提案に乗るしかないと判断する。
最も必要な準備に糸目はつけないつもりだったが。
「そうね。それじゃあ場所は横島君の学校で演奏の方は頼めるかしら。私はGメンの手配をするわ。一応、蛇のこともあるから結界車とか用意しておくわね。その他の詳しいことはまた打ち合わせするということで…」
「「「「はい。」」」」
「それじゃあ今日はこれまでにしましょうか。みんなも疲れていることだし。」
美智恵が場をまとめようとしたとき意外な人物が声を上げた。
『あの…私も楽器に憑依すればお手伝いできると思いますが…』
「何?」
「そういえば人工幽霊さんは車とかにも憑くことができましたものね。」
おキヌが何かを思い出したかのように頷く。
『ええ。ですが学校まで行く方法が。オーナーは今入院中ですし街中を車だけで走るわけにも…』
「あ、それならスクラップ=ドッグに憑依すれば良いですっ!」
『え?』
「試しにやってみるですっ!」
そう言うと唯は愛子と一緒に外に飛び出した。
後に続く一同の前で愛子からスクラップ=ドッグが吐き出される。
唯は建物の壁とスクラップ=ドッグの間に立つと集中し始めた。
やがてそれぞれが淡く輝き出し、その光が消えたとき、唯が乗ってもいないのにギュオーンとスクラップ=ドッグのカメラに灯が入る。
そして聞こえてくるのは興奮した人工幽霊壱号の叫び。
『おおお!コレは!何と言うフイット感!!』
「お前、F-1とかに憑依した事あるじゃん。」
『ふっふっふっ。違うんですよ。横島さん。やはりメカは人型なのです!そして潜在するパワー!!それにこの機能美!なんと素晴らしい!』
(元は粗大ゴミだよな…)とは思うが喜んでいるみたいだから誰も口には出さない。
いつもの冷静な感じとは違いハシャギまくっている人工幽霊に「鏡見ます?」とアリエスが「魚手烈闘」の変形バージョンらしい水の壁を作り出してあげた。
その前に立とうとする人工幽霊だが凍りついたかのようにその場を動こうとしない。
「どうした?」
『う、動けません!』
「あ~。確かそれって唯ちゃんの霊力で動いていたのよね。」
愛子が納得したかのような声を上げるが、横島にはピンと来ないようだ。
「でもロボは勝手に動いているじゃん。」
「えう。そう言えば赤城先輩は「あれはたまたま動いちゃった」とか言ってました。」
「たまたま意志持ったんかい。」
それはそれで凄い気がする。
「おそらく唯さんと相性がいいんでしょうね。」と小鳩
「ではコレに唯様が乗れば…」
アリエスの台詞に魔鈴が同意した。
「ええ。普通に動けるようになると思いますよ。」
『唯さんお願いです!』
「えう。わかりましたぁ~。」
そして唯はヨジヨジとスクラップ=ドッグによじ登ると人工幽霊が開けたハッチに飛び込んだ。
再び輝き出すスクラップ=ドッグ。そして光が治まると…。
『ふおぉぉぉぉぉぉ!漲るうぅぅぅぅ!!』
両手を振り上げ歓喜の声を上げるスクラップ=ドッグもとい今は人工幽霊壱号。
ガッキョンガッキョンと動くとアリエスの作った水鏡の前に立つ。
その鉄の両拳がカメラの前に揃えられ彼が吐くのはお約束のあの台詞。
『これが…私…なんて美しい…』
「美しいですかいノー」
『それに何なのでしょう!この漲るパワーは!』
「お、おい…」
『ふはははははははは。人がまるでアリのようだ!』
「妙な野望に目覚めるなっ!」
『あんぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!』
人工幽霊は横島の投げつけた『雷』の文珠の発する電撃に撃たれて断末魔の絶叫を上げるとパタリと倒れた。
『ううっ…ヒドイです…横島さん。』
「あほう。そんな人類の敵になりかねん奴を野放しに出来るかいっ!」
『ぐっすん…半分は洒落だったのに…』
「半分は本気ってことだろうがぁぁ!」
『あんぎゃぁぁぁぁ!!』
再び炸裂する『雷』の文珠は人工幽霊をまたまた打ちのめした。
ぷすぷすと香ばしい匂いを放つ人工幽霊。微妙に指先が痙攣している。
そんな彼を痛ましい目で見ていた横島におキヌがとっても遠慮がちに声をかける。
「あの…横島さん…中に唯さんが乗っていたような…」
「しまったぁぁぁぁ!!」
慌てて焦げた人工幽霊を火事場の馬鹿力全開でひっくり返し、ハッチを開けて中を覗き込んだ横島の顔から表情が消える。
「どうしたんですか?」
「見るな!おキヌちゃん見ちゃ駄目だ!」
覗こうとしたおキヌを抱きしめて彼女の視界からコクピットを隠す横島の態度におキヌの小さな胸に嫌な予感が湧き上がる。
「まさか…」
抱き合って震えるおキヌと横島の間隙をついてヒョイとコクピットを覗き込んだアリエスの笑いを含んだ悲痛な声。
「まあ…美味しそうなサンマの塩焼きが…」
「わ、私はサンマさんではありませんぜぃ…」
口から黒い煙を吐きながらコクピットからジリジリと這い出てくるのは完璧にアフロ化した天野唯。
「ああ、そういえばお塩するの忘れてましたわね。」
「納得するのはそっちですかっ!」
焦げてはいるが髪型と色以外はダメージが無いようである。
「生きていたんですかい!」と驚くタイガー。
「なんで生きていれるんでしょう…」と首を捻るピート。
だが彼らはすぐに声を揃えて頷きあった。
「「「まあ唯ちゃんだから…」」」
天野唯…不死身の女と言う二つ名は定着しつつあった。
後書き
ども。犬雀です。
えーと…実は今回はかなり悩みました。こういうテーマは色々と難しいかなとか思ったんですけど…判断は読者の皆様におまかせしますです。
ちなみに場所および碑文の内容の変更などはほとんど真実でありますが、それ以外は脚色が入ってます。もし興味のある方は題名で検索なさってください。
なお貸し別荘の話はちょっと流れが悪くなるので割愛しました。
もし読みたいという方がいらっしゃるようなら「挿話」という形で後に投稿させていただくことになるかも知れませんです。
では…次回最終話。
蛇の正体は?幽霊列車って何?学校の霊たちはどうなるの?
え?美神さんってまだ入院中?
すべての謎が明らかに…なると良いなぁ…。
1>しんちゃん様
はい。魔鈴さんはあざらしに会えました…可哀想な結果でしたけど。
2>AC04アタッカー様
んー。その辺はとりあえずブラバンにやってもらおうかとw
3>IDE様
あはは。ちょっと無理かなぁ。外伝とか挿話とか幕間で何とかしますです。
4>オロチ様
あっちですかwどうなんでしょう…犬に修羅場が書けますでしょうかねぇ?w
5>法師陰陽師様
ごめんなさい。でも今回の被害者は魔鈴さんと人工幽霊でした。それでおキヌいじめを許してください。
6>NK様
あはは。バレてましたか。はいです。トッカリが登場しましたw
7>紫苑様
演奏だけなら霊能者でなくても良いと思ってましたのでその辺はあんまし考えませんでした。
8>シシン様
さてさて何に使うんでしょう。そして霧香さんの笑いは…確か彼女はグロスで用意すると…げふんげふん
9>神威様
確かに横島にトランペットも面白いですね。
10>ヴァイゼ様
はいです。魔鈴さん生兵法でした。やはり魔女は謎が多くないとwバレバレって気もしますが…
11>柳野雫様
ごめんなさい。今回はまたまた魔鈴さん虐めしちゃいました。
さて霧香さんの笑いの意味は…とりあえず保留ですw
12>黒川様
はいです。吹奏楽部を考えてました。練習も含めて一週間なら優秀かな?とか考えてますです。
13>ザビンガ様
モスラ…それは双子が歌うとやってくるというアレですか?にはは。内緒であります。
14>ミーティア様
彼女たちは北海道限定キャラで「別名・やきそば弁〇」キャラでありますが、まだ絡む余地はあると思います。乳牛は結構どこにでもいるものですしw
15>ncro様
うははは。それもいいですねぇ。>交響楽団
16>なまけもの様
魔鈴さん…なんとなくテロリスト化してきた気が…魔鈴さんファンに刺されないかと心配な今日この頃であります。