第14話 「女神と魔女と巫女さんと」
キキキキキキとタイヤを軋ませて4WDは横島たちの前で止まった。
バンと勢いをつけて開いたドアから飛び出してきたのは、人間界では雪代霧香と名乗っている湖の女神トーコロカムイである。
呆然としている愛子と小鳩の前で霧香は横島目掛けて一直線に突き進むとその胸に飛び込んだ。
「ぐえっ!」
途中で唯を踏んだのは…まあ仕方ないだろう道路に寝ている方が悪いのだし…。
「横島さんだ!横島さんだ!横島さんだぁぁぁぁ!!!」
横島の胸に頭をグリグリとこすり付けて叫ぶ霧香。
以前はツルツルだった頭もおかっぱ程度には元に戻っている。少なくとも違和感は無い。
「あの…霧香さん…」
「ひどいです!北海道に来るならちゃんと連絡下さいっ!」
「すんません…」
「お姉さんちゃんと用意してたんですからっ!」
そう言うなり霧香は淡いブルーの夏物スーツのポケットからパラパラと一つなぎになった特殊な用途のゴム製品を取り出して横島の前に突きつけた。
「えへへ〜。今度はちゃんと一ダース用意してありますよ〜♪」
「待ってっ!今、ここでそんなもん出されたらぁぁぁぁ!!!」
「ふえ?」
血の叫びを上げる横島に霧香が首を傾げるその後ろではモモが「あっちゃー」と天を仰ぎ、ユクが「ふふふ…」と笑っている。
そして更にその後ろではムクリムクリと起き上がるゾンビの群れ。
皆一様に暗い影を背負っていた。
「あうあうあう…」と腰が抜けかけたか崩れ落ちる横島にキョトンとした視線を向けた霧香が後ろを振り向いて「きゃっ」と叫んで硬直した。
「な、な、な、なんですか!このアンデッドの群れはっ?!!」
「あー。んとね…タダッチのお友達らしいよ…」
「ふふふ…でも…今はゾンビ…」
「「「「死んでません〜」」」」
マヌケ時空で人が死ぬことは無いと証明されたのかも知れない。
「あの…横島さん…コレっていったいどういうことでしょうか?」
「俺にもわからんとです…」
「んとね…」とモモが今までの経緯を説明する。途端に険しくなる霧香の顔。
そして彼女は自分達にユラユラと近寄ってくるゾンビ目掛けて一喝した。
「そこにお座りなさい!!」
ちょっと抜けててエッチくても女神は女神である。ゾンビたちが抵抗できるわけも無く全員雷にでも打たれたかのようにぴょんと跳ねて道路に正座する。
霧香はそんな彼女たちを見回して優しく笑った。
「駄目ですよ。殿方の股間を叩いたり齧ったりしては…。死んじゃいますし使えなくなっちゃいますよ。それは皆さんも困るでしょ?」
自分も齧ったことはちゃっかり棚の上に放り上げての霧香であるが、もちろん少女たちはそんなことは知らないから素直に頷く。
「「「はい…」」」
「困るって何がっすか?」
「あー。殿方はちょっと席を外してもらえますか?モモちゃんユクちゃんお願いね。」
「うん。タダッチあっち行ってよ!ほらそこの大きな人と震えている人も!」
「ふふふ…あっちに木陰が…」
「ああ…なんか知らないけど行くぞタイガー、ピート」
ユクとモモに連れられて横島たちが道から外れた木陰に向かうのを確認した霧香は「ふー」と息を一つ吐いて正座している少女たちに向き直った。
木陰でしばらく休んでいる横島の前におキヌがしょんぼりとやってきた。
よくよく見ればその目に大粒の涙が溜まっていた。
タイガーとピートは頷きあうとユクやモモと一緒にその場を離れる。
どうやら気を利かせたらしい。
「あの…横島さん…」
「何?おキヌちゃん?」
「あの…あの…さっきはごめんなさい!」
深々と頭を下げるおキヌに横島は驚いた。
「へ?」
「その…横島さんの…その…大事な部分を叩いちゃって…」
下げたままのおキヌの顔のあたりから涙の雫がポタリポタリと地面に落ちる。
「あああああ…いや…気にしないでいいから、幸い大事には至ってないと思うし…」
「でもぉ…」
「いや本当に気にしないで!」
「けど…もし…使えなくなったら私…あの…ちゃんと責任取りますから!」
「え?」
「あの…いっぱいお勉強して横島さんがちゃんと元気になるように…その…」
顔を真っ赤に染めてモジモジと身をよじりながら爆弾発言をかますおキヌに横島も混乱した。こんな美少女に「あなたのためにエッチいことを勉強する」と目の前で言われて平然としている奴とは友達になりたくないと通りすがりの犬も同意する。
「いやあのね…本当に大丈夫だからね。そんな変なこと考えないでね…それに俺もおキヌちゃんに謝らなきゃ無いし」
「え?私にですか?」
「うん…ジャングルで蛇に噛まれたときさ…思わずおキヌちゃんの傷口に吸い付いちゃっただろ?ごめん…後からタイガーに聞いたんだけどアレって凄く痛いんだって?俺知らなくてさ…本当にごめん!!」
正直に言えば確かに痛かったのではあるが、だけどおキヌは嬉しかった。
横島が自分のことを心配してくれたのがわかったから。だから謝られるなんて考えても見なかった。
そんな彼に対して嫉妬心からとんでもないことをした…と思うとおキヌはますます彼に対して申し訳ない気持ちになった。それと同時に心の奥底からある衝動が沸いてきて、それは普段奥手で一歩引くところのある彼女の心を激しく揺さぶった。
「うえぇぇぇぇん…横島さぁぁん!」
「ぬおっ!」
感極まって抱きついてきたおキヌを受け止めようとしてバランスを崩す横島。
後ろに倒れた彼の耳におキヌの囁き声が沁み込む。
「大好きです…横島さん…」
「え?」と聞き返そうとした彼の唇が少女の柔らかな唇によって塞がれる。
その甘美な感触に混乱する横島の目の前でツと唇を放したおキヌが妖しく笑った。
それは普段の彼女からは考えられないほどの色気があった。
「知ってました?横島さん…」
「え?」
「初めてあった時から大好きだったんですよ…」
聞き返そうとする彼の唇がまた塞がれる。普段、同僚として接していた奥手の少女の大胆な行動に横島君の股間は徐々に蘇生しつつあった。
「くすっ…良かった…大丈夫みたいですね…」
なにやら尋常ではない少女の様子に「お、おキヌちゃん?」と横島が声を上げたようとした時、彼らの背後から聞こえるのは別な少女たちの声。
「待ちなせい…」
「それ以上はさすがに認められませんわ…」
「小鳩もそう思います…」
「以下同文ね…」
勿論、唯、アリエス、小鳩に愛子である。
ズンと逆光を背負って立つ彼女たちの服の前には夥しい草が土と一緒についていた。
どうやら匍匐全身して近づいてきていたらしい。
「あ、あははは…つい…」
「まあ、良いですけどね…これにて一件落着としませんかしら…幸いにも忠夫様のご子息も無事のようですし…」
「はい…」と頬を染めて頷くおキヌ。やはり見られていたのは恥ずかしいのだろう。
「ああ…って子息って何!なんでわかるんじゃ?!」
「見ればわかります…」と同じく頬を染めた小鳩が指差すその場所には、固いはずのジーンズ生地をものともせず自己主張する横島の主砲があった。
「ぬおっ!イヤぁぁぁ。見んといてぇぇぇ!!」
股間を隠して泣き叫ぶ横島をまあまあと宥めて少女たちは木陰に腰を下ろす。
ほどなくして霧香たち北海道の神様と魔鈴やタイガー、ピートもやってきてひとまず休憩ということになった。
車に積んでいたのか霧香がコンビニの袋からサンドイッチとか飲み物を出す。
愛子の中の天本も誘ったが彼は疲れているからと出てこなかった。
一通り腹ごしらえも済んで落ち着いてみれば少女たちはまだ霧香の紹介を受けていないことにやっと気がつく。
そういえば先ほど何やら不穏な会話があったような気がして、問いただそうと横島を見ればいつの間にかおキヌの膝を枕にイビキをかいていた。
やはり色々と精神的に消耗したのだろう。
そんな少年を優しい目で見ながら魔鈴が「うー」と指を咥えておキヌの膝で眠る横島を見ている霧香に話を向ける。
「あの…あなたは?」
「私ですか?すいません。なんかどたばたして言い忘れてましたね。私はこの地の湖の神をやってます。雪代霧香と言います。」
「まあ…そうでしたの。」とアリエスが感心する。水の妖魔であるカッパにとって湖の神は親しみやすいのだろう。
「神様が多いんですね。」と小鳩。ユクやモモも神様に見えないが目の前の美女もまた神様に見えない。ショートの髪型といいスーツといい一見したところ企業秘書か女教師といった感じである。
霧香の挨拶に少女たちも自己紹介を始める。
小鳩や愛子が横島の隣に暮らしていると聞いた時、霧香の眉がピクリと動いたが特に口には出さなかった。
だが最後に自己紹介した唯に対して霧香は驚いたかのような気の毒そうな眼を向けた。
「そうですか…あなたが横島さんの言っていた「眠り続ける少女」でしたか…でも今ここにいるということはお目覚めになったんですね。横島さんの文珠と皆さんの想いのおかげですよね。」
「へう。そうですっ!タダオくんは命の恩人で私の大事な人ですっ!」
「そうですね。詳しくは言えませんけど横島さんは私の命の恩人でもあります。ところで…その平たい胸はやはり副作用ですか?」
「えうっ!!」
「あ、でも大丈夫ですから!私も髪の毛が無くなっちゃったけどほら今はちゃんと生えてますし。ですからその胸もちゃんと元に戻りますよ。…あれ?どうかしましたか?」
見れば唯は下を向いてブルブルと小刻みに震えていたが、キッと顔を上げ涙を浮かべた目で叫ぶ。
「ぐすっ…この胸は生まれつきだもん!」
「え゛…」
ありゃそりゃ悪いことを言っちゃったわね〜と後悔する霧香だったが、アリエスは唯の間違いに気がついた。悪気はないがついつい駄目押しするのが彼女の癖である。
それさえなきゃ人望もちょっとは上がるだろう。
「あの…唯様…生まれつきってことは今後の成長も望めないということかと…」
「あうぅぅぅぅ。ち、違うもん!これから育つんだもん!霧香さんやモモさんみたいになるんだもん!」
「あ、そういえば霧香さんと唯ちゃんて顔の感じが似ているわね。」
首をブンブカ振りまわして虚しい未来予想を展開する唯に愛子が何となく同意すれば、我が意を得たりと意気込む唯。
シタタと霧香に近づくと真剣な眼で彼女に詰め寄る。
「でしょでしょ!だから私も大きくなるもん!ねえ霧香さん!神様なら胸の大きくなる方法教えてっ!」
「あの…私…そっちの方は専門外でして…」
湖に何を願うやらこの娘は…とポリポリ頬を掻く霧香に変わりポツリと答えたのは鹿の神様。
「…私…知ってる…」
「「本当ですかっ!」」と飛び上がる唯とおキヌ。
その反動でおキヌの膝から横島が転がり落ちた。
「ぬおっ!」、「あ、横島さんごめんなさい!」
「いや良いけど…何の話?」
「唯さんのおっぱいを大きくする話です。」
小鳩の答えに呆気に取られてそちらを見れば異様な気迫を伴ってユクに迫る唯がいた。
「えうっ!えうっ!そ、それでその方法とはっ!」
「簡単…」
そう言ってユクは口笛を吹く。その音に誘われるように森から小さな黒い生き物の群れが飛来した。ユクはその一匹を手にとって唯に見せる。
「それで胸をチクッとすれば…見る見るうちに…」
「おおっ!なるほどっ!」
「マテや…それって…」と横島がユクに聞けば彼女はニッコリと答えた。
「クロスズメバチ…ふふふ…」
「そりゃ単に腫れるだけじゃぁぁぁぁ!!「あ゛う゛っ!」…え?」
嫌な予感に恐る恐る振り向いた横島の前で捲り上げたTシャツもそのままに胸を押さえてプルプルと震える唯がいた。
「タダオくん…おっぱいが痛いよう…」
「やってみなきゃ気づかんのかぁぁぁ!!!」
「ぐすっ…だってぇ…」
「どうしてあんたは一手先を読むってことが出来ないのよぉぉぉ!」
「あ、愛子さん落ち着いてっ!」
小鳩にとりなされて落ち着く愛子だったがまだ肩が小刻みに震えていた。
なんだかもうどうでも良いような気がして空を見上げる。
トンビが暢気に飛んでいてちょっとだけ優しい気持ちになれた。
「えうぅぅぅ!痛いよう!痛いようぅぅぅ!タダオくん毒吸ってよぅ!!」
「「「何っ?!!」」」
Tシャツをたくし上げたままダクダクと涙を流して横島に迫る唯に少女たちの脳裏に「まさか?!」の思いが沸き起こる。
(唯ちゃん…最初からそれが狙いだった?!)
そこまで考えたとしたら確かに策士ではあるが…多分違うだろう。
だって…
「唯ちゃん…大丈夫よ…」と魔鈴がニッコリ笑いながら出したのはポイズンリムーバーだったのだから。
注射器を逆に使うと言えばわかりよいだろうか?とにかく魔鈴はそれを唯の蜂刺され部分に押し付けると容赦なくピストンを引いた。
「にぎゃぁぁぁぁぁ!と、取れるうぅぅぅぅ!!」
こうして唯の捨て身の策?は失敗に終わったのである。
木陰の隅っこで胸を押さえてエグエグ泣く唯。
幸いにもクロスズメバチは毒性が弱いので大事には至らないらしい。
なんだかどっと疲れる一同である。
それでも気を取り直して魔鈴が霧香にまた話しかけた。
どうやらどうしても確認したいことがあるらしい。
「あの…」と遠慮がちな彼女に霧香は「はい?」と笑顔を向ける。
なんとなく身の危険を感じた横島が「俺、しっこ!」と言うなり駆け出した。
ピートとタイガーも「僕も!」とか「ワッシもですじゃ」とか言って横島を追う。
妙なところで危機回避能力が高まっている男どもである。
「えーと…さっきユクさんが言っていた「初めての人」って何ですか?」
口調は穏やかだが気配は尋問官のそれである。
「あ、なんでもないですよ。」とパタパタ手を振る霧香の後ろでまたまたユクがいらんことを言う。どうやらトラブル好きらしい。迷惑な娘である。
「でも…ポケットの中身…」
「うっ…」
「あはは…霧香さん…ちょっとポケットの中身を出してみてくれませんか?」
神様すら怯えさせるような魔鈴の迫力に霧香さんは渋々とポケットの中身を取り出した。
それは当然、先ほど見せた魅惑のゴム製品の群れ。
少女たちの顔がピシリと引きつる。
「うふふ…霧香さん?これって何に使うつもりですか?」
「あ、えーとえーと…氷嚢ですね…」
「一ダースも?」
「う…後は投げて遊ぶとか…」
「そんな初めてブツを見た中学生みたいなことじゃなくて正直におっしゃってください…」
顔は笑っているが気配は相変わらず怖い。
何しろ近くに生えていたタンポポがクタリと萎れたりするのだから。
霧香の返事も怯えを含んでいる。
「はひ…」
「こほん…横島さんとはどこまで行きましたか?」
「あ…あはは…えーとえーと…シてはいません…」
ダクダクと嫌な汗を流しながら霧香は答えるが、その視線の動きを魔鈴は見逃さなかった。
「ふむ…ではその手前までですね…」
さすが魔女、洞察力と観察力は常人より優れている。
「ギクウッ!…えーと…ハムハムとか…」
「ハムハム…って何ですか?」と小鳩が首を傾げる。
そんな小鳩に自称「床上手」の魔鈴さんは女教師の顔つきでコクリと頷くと自信満々に説明する。
「抱き合うことですね。ハグの柔らかい感じです。」
「あ、なるほど…」とほっとする小鳩。それなら自分の方が進んでいるとちょっと誇らしげである。他の少女たちも「「ほうほう…」」とどことなく余裕の表情で感心していた。
ただ一人、おキヌだけは「?」と疑問符を浮かべていたが、まあ物知りの魔鈴が言うのだからと納得する。
一瞬キョトンとした顔をした霧香だったが魔鈴の勘違いに心中で大きく息を吐き出すとホッとした表情を浮かべる。
そんな彼女の後ろでモモとユクがボソリボソリと囁きあっていた。
「ねえ…あの魔女の人の言うことって違うよね。」
「…ふふふ…畳水練…または図上演習…はっきり言えば「知ったか」…ふふふ…」
そんな神様の内緒話は今や露骨に優越感を滲ませた魔鈴には聞こえない。
神様に向けて説教モード全開である。
「こほん…霧香さん。いくら横島さんが好きでもいきなりその…何と言うか…ゴム製品は良くないですよ…。」
「はい…」
「というわけでそれは回収します。」
「えええ…そんなぁ〜。高かったのにぃ…」
「何か?」
「なんでもないです…。」
ガックリと両手を地に付けてうなだれる霧香を多少の同情を持って見つめる魔鈴であったが彼女は気づいていない。
下を向いた霧香の唇がニヤリと笑ったことに…。
かくて魔鈴の知ったかぶりのおかげで横島君の脳内で繰り広げられた壮烈な艦隊戦とその後の桃色の展開は闇に葬られたのである。
しかしおキヌだけは何か釈然としないものを感じていた。
帰ったら美神に聞いて見ようかと考えているおキヌ。
どうやら横島の危機は潜在化しただけのようだった。
とにかく何とか話も纏まってみれば、まあ同好の志の集まりというか…妙に打ち解ける少女たちとお姉さんたち。
その華やかな空気に先ほど萎れたタンポポも蘇生した。
霧香が乗ってきた4WDに同乗して一行は稚内に向けて出発する。
道中は平和そのものであり横島たち男どもは何か知らんがホッと胸を撫で下ろしたのである。
美智恵に渡されたメモの住所を頼りに一行が着いたのは一軒の民家であった。
漁師をやっているのか魚網とか漁具が納められた物置の前で作業をしている老人がいる。
突然の来客にその老人は訝しげにこちらを見ていた。
魔鈴と横島が代表して彼に挨拶する。
「あの…ここは砂津川さんのお宅で宜しいのでしょうか?」
「ああ…そうだが…」
妙齢の美女にいきなり尋ねてこられて老人の浮かべる戸惑いの表情はますます大きくなった。
「突然で申し訳ありません。私たちは東京でGSをしているものですが、実は砂津川良助さんのことをお聞きしたいと思いまして…」
「良助はわしのアニキだが…戦争で死んだよ。」
「レイテでですか?」
「ああ、そうだが…何でそれを?」
そこで横島はカバンの中から丁重に白い布に包まれた譜面の束を取り出して老人に渡した。
怪訝な顔で包みを開いた老人の顔が驚愕に彩られ、やがてその目から大粒の涙がポタリポタリと地に落ちていく。
「これは…間違いない…アニキの字だ…アニキの作った曲だ…どうしてあんたらがコレを?」
そこで魔鈴は彼らがレイテで体験したことを老人に伝えた。
魔鈴の話の途中で老人の目からは次々と涙が溢れ出し、彼女の話が終わったときはついに彼は地面に崩れ落ちると号泣した。
横島は老人の肩に手をかけ、ハンカチを渡そうとするが彼のポケットにそんな気の効いたものは入ってない。途方にくれる彼の前に愛子がそっと白いハンカチを差し出した。
「ああ…すまんな…」
顔を拭う老人に横島は砂津川のことを聞いてみる。
老人は時折、涙を拭いながら彼のことを語り出した。
「アニキは音楽家志望でなぁ…いつか自分の作った曲をオーケストラで指揮したいというのが口癖だった。だが…あの戦争で軍楽隊として動員されて…結局はレイテで行方不明になった…。」
「そうなんすか…」
「それじゃあコレがお兄さんの遺品ということになりますね。確かにお渡ししましたよ。」
優しく老人の手を取る魔鈴。だが老人は彼女の申し出に対して静かに首を振った。
「コレは確かにアニキのものだ…じゃがわしに渡されても無学なわしにはこれの意味がわからん…これを音にすることもできん…それじゃあ意味がないだろう?不躾な願いかも知れないが貴方達の力でこれに命を与えてくれんか?」
「それは…演奏したいということですか?」
「そうだ…プロでなくてもいい。音になったコレを聞きたい。それこそがアニキの遺志だと思う。」
「わかりました…ではそれまでお預かりします。もし演奏のときは必ずお呼びしますね。」
魔鈴の言葉に砂津川の弟という老人は深々と頭を下げた。
老人のもとを辞し車に戻った横島と魔鈴だがその表情は複雑である。
遺品を届ければ何かが起きると思って北海道に来たのだが、どうやらそれは空振りに終わったようだ。
落胆すれば良いのか、遺品を届けることが出来たことを喜べばよいのかと考え込む一同に霧香が「折角ですから観光しませんか?」提案する。
その言葉にピクリと反応したのは魔鈴さん。もそもそとバッグをあさって取り出すのは北海道観光ガイドブック。
それをビシッと霧香に示して彼女はにっこりと笑った。
「あざらし!」
「ふえ?」
「あざらし見たい〜。」
「あ、はい。えーと…だったら宗谷岬に行きましょうか。」
「わーいわーい。あざらし〜♪」
わきわきと喜んでカメラを準備する魔鈴。
察するところ生粋のあざらしマニアのようだ。
やがて車は宗谷岬につく。襟裳のような断崖絶壁と違って宗谷岬は海岸まで行くことができ、魔鈴はカメラ片手にダッシュで飛び出して行った。
晴天の空の下、カモメやウミネコが飛びまわり、たまに海面に降りては波にチャプチャプ浮かんでいるが、穏やかな波の中にあざらしの姿は見えなかった。
「うー。あざらし〜。」と指を咥えて海面を見る魔鈴にようやく追いつく横島たち。
彼らも手分けして海を見るがやはりどこにもあざらしはいない。
「いないですノー」
「ええ。この時期彼らは沖にいることが多いですから」と霧香がタイガーに答える。
「ぐすっ…あざらし…」と涙目の魔鈴さん。だがやがて何かを決意したのかキッと海面をにらみつけた。
「こうなったら…アレを使うしか…」
「待って下さいって!こんなところで重火器を使ったらっ?!」
慌てて止める横島に魔鈴は「へ?」と戸惑うもすぐにニッコリ笑った。
「違いますよ。こんなところで手榴弾…こほん…魔法なんか使いません。使うのは「あざらし寄せの歌」です。」
「そんな歌があるんですかいノー」
「さあ…モモは聞いたことが無いなぁ…」
訝しげな顔をする一同をほっといて、魔鈴はスカートが水に濡れないように注意深く海に近づくと大きく息を吸ってこれから体操でもするかのように元気よく歌い出す。
「♪あざらしい朝が来た〜」
「「「それは違うだろぉぉぉぉ!!!」」」
飛んでいたカモメがバタバタと海に落ちた。
後書き
ども。犬雀です。
えー。早い更新ですんません。とりあえず「書けるときに書く」をモットーに頑張ってみます。と書いてみれば予告と違う…また嘘予告しちゃいましたorz
おキヌちゃん好きの人すんません。前回とはちょっと違う感じに壊れてもらいました。
魔鈴さん好きの人…ますますすんません。
完結まで残り二話。なんとか頑張ってみますです。
では…
1>TK―PO様
はいです。やりすぎでした。すまんであります。
実は犬もガクブルでしたw
2>シシン様
きついですねぇ〜。まあその反動ゆえに今回はかなり大胆に行動できたかと…w
3>法師陰陽師様
はいです。ゲストキャラとしては北海道メンバーはおいしいであります。
微妙に魔鈴と霧香がかぶるのが悩みであります。
4>オロチ様
まあぶっちゃけ、魔鈴さんと唯と霧香さんは同レベルであります。
今回はおキヌちゃん黒からちょっとピンク色に…。
5>ヴァイゼ様
マヌケ…実はウイルス説。なるほど面白い設定ですな。
赤城さんあたりに研究してもらうか…メモメモ
6>AC04アタッカー様
すんませんと平謝りですorz
7>ジェミナス様
ちょっとした修羅場でした。修羅場を書くのは苦手で逃げたというのは内緒ですw
8>Mk-2様
ちなみに北海道ではウミネコはゴメと言いますです。
9>NK様
実はあの辺のバスは手を上げると止まってくれたりします。
バス停要らず?…あるんですけどね。w
ちなみにバス停の名前が「〇〇さん前」とかだったりします。
さて幽霊列車の正体は…最終話で明らかに…出来ればいいなぁ(マテ)
10>黒川様
石狩晩〇…まさか知っている人がいたとは…。犬の十八番でありますが…。
11>紫苑様
アリエスは自在胸ですがやはり上限がありますです。
12>菅根様
まあ迂闊でありますが鹿と牛の監視網まで想定してなかったということでしょうかw
13>柳野雫様
さて後半でシリアスになるかギャグに転ぶか…実は犬にもわかりませぬ。
14>あまもり様
美神萌えキャラいいですねぇ〜。犬はGSで嫌いなキャラがいないので出来れば皆で幸せになんて思ってます。
15>煌鬼様
あの技はおそらく封印されることになると思いますですw