「西条副隊長、どちらに行くのですか?」
西条は、ヘリの操縦士をGメン、対妖魔で編成された警察や、自衛隊の連中に預けた後、己の最も得意とする武器を持ち出して、戦場に戻ろうとする。
「……僕には僕にしか出来ない事がある。唯、それをやりに行くだけさ。」
「は、は〜……?」
よくわかっていないのか、職員は首をかしげる。
そんな様子を見て、西条は苦笑しながら、武器の確認をする。
「そうだね。人間には得意不得意がある。GSが、妖怪達を退治したりする、つまり攻めを得意とするなら、君達は、民間の人たちを守る事に優れていると思っているよ。」
GS達が、妖怪達を退治したところで、一般の人たちが守れていなければどうしようもない。
現在のように、悪霊の集団が街中を徘徊しているならば、攻める事だけを考えてはいけない。
「君達が、居るからこそ僕達は安心して攻める事が出来る。それを忘れないほうがいい……メキラ!」
西条は、ここまで来るために使ったメキラを呼び寄せ、自分が居るべき場所に戻る。
「……横島くん。君にも、君にしか出来ない事があるんだからな……頼んだぞ!」
――心眼は眠らない その70――
技と力の応酬。
べスパが、その能力に任せた攻撃をすれば、メドーサは己の培ってきた経験という武器で、華麗に流す。
だが、追い詰められた獣の如く、べスパの一撃は鋭く、完全に受け流す事をよしとしない。
(っ! まいったね……想像以上にやるじゃないか。)
メドーサにとって、計算外だったのが、超加速をうまく使えなかった事だろう。
堕天してからは、竜気と魔力によって超加速をコントロールしていたので、妖気のみで動いている今、超加速を使いこなせない事が、ここまで厳しい事になるとは思わなかった。
それだけではない。
横島から頼まれた、『殺さないで欲しい』。
つまり、手加減して欲しいという事だ。
相手は、魔神の娘。
しかもアシュタロスから魔力を供給されているべスパと違い、妖気のみで戦っているメドーサに手加減など出来る余裕はない。
「これ以上、アンタに時間をかけている暇はないんだよ!!」
べスパはこの接近戦で、けりをつけようと意気込む。
「……ふ〜、全く面倒な事だ。知っているかい? 人間が作った言葉にこういうものがあるということを……」
べスパは、メドーサを己の距離に入れると同時に、最大限まで魔力を引き出し、その突進の力も含んで、押しつぶそうとする。
「終わりだ!!」
「柔よく――」
べスパの迫り来る腕を、刺又の間に通して、下から上に押し上げる。
態勢が少し崩れるも、その勢いを殺さず突っ込んでくるべスパ。
だが、少し崩せば、後はそこから瓦解させるのみ。
「――剛を制す!」
刺又の柄の部分で、べスパの足を払う。
腕から強引に突っ込んだべスパに、今度は下から攻め、前屈みの状態にさせた。
後は仕上げだ。
「まだ!」
腕をかわされ、前屈みになりながらも、体を捻って回し蹴りを放つべスパ。
だが、その判断は勝負を急いだための失策に終わる。
(やはり、まだまだ青いってわけか……)
べスパの軸足をさらに払って、完全にべスパの視界から外れる事に成功したメドーサは、べスパを地面に叩きつけて、亜空間から複数の刺又を取り出して、首、手首、足首にと、地面を使い拘束する。
べスパが、こんなもの! と足掻こうとした瞬間――
「――土角結界。」
「そ、そんな!?」
――べスパを包み込む土。
それにはメドーサの妖気も含まれているため、簡単に動けない。
事前に刺又で、拘束した事が効いたようだ。
「静まれ!…………どうだい? いくらアンタでも、その態勢から刺又と結界、同時に抜け出す事は無理だね。」
「く! く! うあぁぁぁぁあああああ!!!」
顔だけ見える状態のべスパが、何とかこの結界を強引に破壊しようとするが、そこまで簡単に行くわけがない。
「もういい加減にしな。今更、あの場所に――!?」
轟音と共に、コスモプロセッサが崩壊しているのが見える。
「なっ!? そ、そんな…………」
抵抗する事を止めるべスパ。
これで、自分の目的は失ってしまった。
コスモ・プロセッサを使い、今にも壊れようとしている横島の体を治す事。
もう、横島の体を治すにはあの装置を使うしかなかった。
「霊共が、消えていっている? つまり、この大量の霊団は、あの建物が原因だったってわけか?」
街中を徘徊していた霊団は、悲鳴を上げながら消えていく。
それは成仏というには程遠く、これが強引に生き返らせられた者達の末路だろう。
「……これで、兄さんを助ける事は出来なくなったってわけか……あはは、私達って一体何のために……?」
泣き崩れるべスパを見て、これ以上拘束する必要はないと見たのか、結界等を取り除く。
「兄さん? つまりあの坊やの事だろう? 助けるって……それは自分では出来ない事なのかい?」
それは意外な盲点。
「あっ!?」
助ける事が出来るのは、自分達だけだと思っていたべスパは、もし横島が自分で、その体を治す事を願っていればという事を失念していた。
「そ、そうだ! 確かに、もし兄さんがそれを願っていれば……」
「おい!…………まぁ、いいか。」
兎に角、確認しなければとべスパは横島が居ると思われる崩れ行くコスモ・プロセッサのもとに向かう。
まだ、希望は捨てるには早い。
「……エネルギーが戻ってきたか。だが、この嫌な予感は何だ? 確かこれは……」
それは、遥か昔にもあった胸騒ぎ。
この予感、それは――
「……これ以上、私を置いていくんじゃないよ。」
――戦友の死。
/*/
「また!?」
「そっちこそ、しつこいわね!!」
お互いに、幻術使い。
タマモが、妖艶な幻術でルシオラを騙せば、ルシオラは、華麗な幻術で、タマモを騙す。
完全に互角。
「炎よ、舞いなさい!!」
「遅いわよ!!」
ならば、勝負を決めるのは、他の能力。
接近戦ならば、ルシオラ。
遠距離ならばタマモ。
如何に己の距離で戦うかが、勝敗を分かつ。
(これ以上、時間をかけていられない!!)
しかし、焦るわけにはいかない。
焦れば、形勢は一気にタマモに傾く。
(もしかしたら、ヨコシマはもう、アシュ様の所に……くっ!)
だが、急がなければ横島はアシュタロスのもとに到着する。
すでにタマモとも勝負が始まってから、かなりの時間が経過していた。
一時は、タマモを放って置いて、コスモ・プロセッサのもとに向かおうとしたが、そうはタマモが許さない。
ルシオラの背後から、狐火を放ち、自分に対して背を向ける事を許さなかった。
(全く……こんな連中なら、100枚じゃなくて、1000枚要求すればよかったわね。)
予想以上の強さに、タマモはタマモで必死であった。
だが、それを相手に悟らせる事は、プライドが許さない。
常に、涼しげに、余裕を持って勝たなければ、己のプライドが許さない。
「でも、いい加減飽きてきたわ。こうなったら、次で――!? 何!?」
その音は、コスモ・プロセッサ崩壊の音。
同時に、ルシオラの膝が崩れる。
「間に…合わなかった……」
「ちょ、ちょっとどうしたのよ!?」
いくら敵だからといって、いきなり放心状態になられては困る。
「ちょっと! ねぇったら!?」
完全に沈黙するルシオラ。
だが――
「……めないわ。認める事なんて、出来るわけないじゃない!」
「ちょ!……行っちゃったわね……………………あっ。」
ルシオラはこのまま居るわけには行かないと、タマモの虚をついて、横島のもとに向かう。
それを見送ってしまい、少しの時間を置いて、タマモもルシオラの後を追う。
/*/
べスパ、ルシオラの決着がついた時、パピリオの方は、意外な決着を迎えていた。
勘九朗と陰念という意外な援軍の活躍によって、パピリオを倒すことに成功するわけにもなく、結局、シロの奮闘があるも徐々にパピリオの地力に押され続けるGS達。
「ちょっと! こんなに強いなんて聞いてないわよ!!」
「知るかよ! こうなったら、隙を見て、とんずらでもするか!?」
当たらなければ意味がない。
当たってもあまり意味がない。
折角、覚えた魔槍術も空しく、勘九朗と陰念の登場は時間稼ぎにしかならなかった。
「全部、お前らのせいでちゅ! お前達が居なければ、ヨコシマだって私達の!!」
「何を!! 先生は、おぬし達と共に生きたいと言っていた!! なのに、何故その言葉が信じられない!?」
八房の力も、徐々に衰えてきた。
それもそのはず。
シロは、犬飼、パピリオと二連戦、そしてどちらも手加減を許さない強敵。
あと少しで、シロの力も尽きるだろう。
「全然、効いていないわ〜」
「くっ! どうして!?」
冥子と魔鈴は、パピリオが相手では戦力外。
パピリオがガードをしなくても、対してダメージは当たっていない。
そのため、冥子と魔鈴はパピリオの行動を僅かでも邪魔する事しか出来ない。
「まだ…まだ…まだ……」
心を折れてはいない。
だが、体がついていかない。
「この程度……あの時と比べれば、大して!!」
フェンリルの時は、さらに酷かった。
だが、最後に来てくれたのは……
「そっか、先生は、来ないんでござるな……」
今回、横島が来る事はない。
横島は自分達を信じて先に進んだのだ。
「そうでござる――」
だからこそ、今度は自分達の番だ。
「先生の期待に応えられないで、何が一番弟子だ!!!」
「根性だけで、どうにかなる世の中じゃないでちゅよ!!」
何が悪い。
一途なのが、
真っ直ぐ進む事が、
ただ、あの男を追い続けることの何が悪い!?
「――全く……だけど、その思いが大切なのかもしれないね。」
弾丸は目標に届き、銃声が鳴り響く。
「え……? うそ…でちゅ……」
倒れこむパピリオ。
パピリオは、そのまま蝶の姿へと変わる。
シロは、銃声が飛んできた方を見つめると、其処にはライフルを持っていた西条が居た。
「彼女達が、敵に回った時、万が一のためにルシオラ君から採取しておいた麻酔液が効いたようだね。」
Gメンは万が一の時、ルシオラからは、麻酔液、べスパからは、毒、パピリオからは鱗粉を手に入れていた。
西条は、それをライフルの弾にこめて、ビルの屋上からパピリオに狙いをつけた。
己の銃の腕に絶対の自信があるからこそ出来る離れ業。
西条が普段、横島に向けて銃を撃つ時があるが、それは逆に言えば、横島を殺さない自身があるからこそ出来る業だ。
横島に当たらないように、横島が防げるように、仮に当たっても、横島の体力ならばかすり傷だろうと。
「さぁて、横島くん。今回の出来事で、君は僕に借りを作りっぱなしなんだよ。」
西条は、メキラを使って、シロ達の元に向かおうとする。
パピリオを眠らす事は出来たが、まだ勝負は終わってはいないのだ。
「君が借りを全て返すには、ただ一つ――」
輝くコスモ・プロセッサを睨みつけて、思い届けと叫ぶ。
「――令子ちゃんを助けてみろ!!」
/*/
三姉妹全ての決着がつき、上空でも、一つの戦いが幕を下ろす。
「何で、私を殺さないのよ……」
勝負は一瞬。
ピートはバンパイア・ミストを巧みに使い、テレサの裏を取って、何時でも殺せる事をアピールする。
テレサも、ピートの能力を調べれば、調べるほど自分にとってピートが戦いづらい相手だという事を悟る。
「僕は君を倒したくない。君を倒せば、マリアが悲しむ。」
「それで? じゃ、私はどうなるっていうのよ?」
テレサは、ピートが油断する事に期待するが、どうやらそれも許さないようだ。
今日のピートは一味違う。
そして……
ピートが、説得を続ける事数分後、コスモ・プロセッサが崩壊する。
「……あ〜あ、降参するわ。こうなった以上、どうしようもこのプログラムもあまり意味がないわね。」
「そうか……ありがとう。」
説得に成功し、ホッとするピート。
しかし、内心では――
(これで、僕もレギュラーですか!?)
――ピートの野望。乞うご期待!
……戦闘シーンがカットされている事に気付いて欲しい。
/*/
『何とか、凌いだな……』
「ん、そうだな……」
カタストロフの効果も切れ、皆を何とか避難させる事に成功した横島。
美神やおキヌ、雪之丞、鬼道、マリアはその後ろでぐったりしている。
全員が全員、全力を出して、ここまで来たのだ。
そして、横島のもとに訪れるべスパ、ルシオラ。
「ヨコシマ!!」
「兄さん!?」
殆ど泣きながら、横島のもとにたどり着くルシオラとべスパ。
そんな姉妹に横島は、とりあえずチョップをかます。
「このアホたれめ! だから、俺が何とかするって言ったんだよ!!」
「で、でも……」
「そうよ! 私達が動かなくちゃ、ヨコシマの体を……」
ここで、反応する者達が居る。
「そうだぜ、横島!! こいつ等は、一体何のこと、言ってんだよ!?」
「体って……横島クン、一体どうしたっていうの?」
皆が騒ぐ中、横島は、なんと言うか言いづらそうに口を開く。
「その、何ていうんすかね? まぁ、確かにアイツに体弄くられましたけど、それもこの装置で治しましたし、だから、今更って感じで……?」
「ホント? ホントにもう、大丈夫なの? ヨコシマ!?」
今ひとつ信じていないルシオラや、べスパ。
事が事だけに、そう簡単には納得しないだろう。
そんな中、美神はこうなったら悠闇に事の真相を確かめようとする。
『……大丈夫だ。コヤツの体はすでに完治しておる。《韋》《駄》《天》などという無茶な文珠の使い方をしたため、しばらくは疲労が残るが問題ないだろう。』
「そう。あなたが言うのなら、信頼できるわね。」
「それじゃ、俺が全く信頼されていないみたいじゃないっすか!?」
美神の”当然でしょ!”という言葉に、一同は笑い出す。
その中心に居るのがやはり横島。
そんな雰囲気の中に、徐々に皆が集まってくる。
「メドーサ!? それにお前は、タマモ!?」
「久しぶりね。安心しなさい、今は休戦中にしてあげる。」
いきなり、現れたメドーサやタマモに皆は警戒するが、それが事前に張っておいた策だと説明する事で何とか、緊迫感はあるが、戦いが起こる気配はない。
「令子ちゃん!? よかった!! 本当によかった!!」
「心配掛けてごめんなさい……でも、もう大丈夫だから……」
「おい! 俺様も忘れんなよ!」
「諦めなさい、所詮、私達なんてその他大勢なんだから……」
西条と美神は、互いに無事に祝い、(二名騒いでいる者もいるが……)
「はっ!? ルシオラちゃん、べスパちゃん!?」
再び、人の体型に戻ったパピリオに説明するのが大変であったり、
「横島さん!! 僕は彼女を説得する事に成功しましたよ!!」
「ぬおっ!? あの時の姉ちゃん!?」
「テレサじゃと!?」
「なによ! 私が居たら悪い?」
「そんな事・ない・マリア・嬉しい……」
「……姉さん。」
さらに意外なキャラの登場によって、場は混乱していく。
そして――
「この霊波!?」
『やはり、そう簡単にはいかぬか……』
「まぁ、わかってた事だけどな……」
皆が驚く中、横島と悠闇が冷静に瓦礫の奥を睨みつける。
其処から現れたのは、片腕を失い、瀕死の魔神。
「……やぁ、諸君。一先ず、私をここまで追い詰める事に成功した君達に賛辞を送ろう。」
その姿は、今にも死ぬというのに、威風堂々としていた。
正に、魔神だと。
そんな魔神を見つめるGSチーム達。
皆が慌てているが、横島には分かる――あれはすでに死んでいると。
「ルシオラ、べスパ、パピリオ……やはりお前達も、私のもとを離れてのだな……」
そう言いながらも、そうなった事を嬉しく思うアシュタロス。
それでこそ、私の作品だと。それでこそ私の娘だと言いたいのか?
「もう、時間も残されていない……その前に横島忠夫……本当に大した人間だよ、君は……」
「うるせえ。どうでもいいからとっとと消えろ。」
「ふっふっふ。そう言うな。折角、数千年ぶりに光と影が揃ったのだ。これを楽しまずに何を楽しめと?」
アシュタロスの音を立てて、体が崩れていく。
それでも、アシュタロスから本当の勝利者は己だと、笑みが消える事ない。
「しかし、斉天大聖とはな……あの時ばかり恐れ入った。だが、もう邪魔が入る事はあるまい。妨害電波は消えているが、神族共が来るには、もう少し時間が掛かる……では、そろそろ――『創める』としようか……」
その瞬間、皆が気を引き締め、魔神の動向を瞬き一つ見逃さないと、神経を研ぎ澄ます。
「さぁ、勇者達よ……最後の試練だ。私が創りし、究極の魔体――それを君達は超える事が出来るかな?」
演じるかのように、声高らかに笑い声を上げアシュタロスの肉体は此処に崩壊する。
「……究極の魔体? なんだそりゃ?」
横島が三姉妹の方に尋ねるが、いい返事は返ってこない。
「ごめんなさい。聞いた事はあるけど、確かそれはアシュ様が、土偶羅様にだけ触らせていたから、私達はよく分からないのよ。」
「えぇ、あらゆる神魔が防げないような火力兵器を持っている事と、あらゆる攻撃を受け付けないバリアを張っている事ぐらいしか……」
ルシオラ達が、何かないかと思い出そうとしていると、西条が持ち歩いていた通信鬼から連絡が入る。
『皆、大変な事になったわ。一先ず、本部まできてくれない。』
美智恵は、かなり深刻な表情で究極の魔体らしきものが、東京湾沖にある、嫁姑島に現れた事を伝える。
それは、全長100メートル近くはあるだろう。
「本当に長かった……ようやく時がきた。」
その額の所で魔神は、悲願が間もなく訪れる事に喜びを隠し切れない。
「光と影、陽と陰、カードの裏と表……」
光、それは影があるからこそ分かるもの。
陽、それは陰があるからこそ分かるもの。
裏、それは表があるからこそ分かるもの。
この全ては、比較すべき対象があるからこそ存在している。
「そう、存在しなくては存在できない……悪という基準があるからこそ、正義というのは存在するのだ……」
魔神を囲う『魂の牢獄』。
魔神は、ここから脱獄するために、数千の年月をかけてきた。
悪であり続けることなど、勝ってはいけない戦いを繰り返す事など、茶番劇の悪役を演じる事など、もう終わりにしよう。
「最早、天界は、私を見逃す事ないだろう……だが――」
仮に、猿神に倒されたところで、アシュタロスの当初の目的、己の完全なる死は達成できたはず。
「――横島よ、私の真なる目的のため、最後まで付き合ってもらうぞ。」
既に魔神の望みは、己の消滅ではない。
/*/
「横島さん……本当によかった!」
「小竜姫さま、皆、今まで、すんませんでした。」
本部に戻った横島達を出迎えたのは、妨害電波が消えた事によって眠りから覚めた神魔達。
横島は自分が仕出かした事、謝罪した所で済む問題ではないが、それでも今は、頭を皆に下げていく。
「横島……そんな事は後だ。今は、最後のアレをどうにかしよう。」
「あぁ、ありがとう。ワルキューレ……」
そんな事は、この戦いの後で十分だ。
今は、あの災厄をどうにかしよう。
だが、一体どうすれば?
究極の魔体は、あらゆる神魔を超越する。
アレの前では、斉天大聖すらどうしようもないだろう。
そんな化け物が、2,3日は稼動するのだ。
何もしなければ、人類はこの地球上から滅ぶだろう。
「で、問題はあらゆる攻撃を無効化するっていうバリアだけど……!? もしかして、それって宇宙のタマゴを応用しているんじゃ!?」
美神が、南極で見た宇宙のタマゴを思い出す。
あれを使い、攻撃を別の空間に流せるというのなら確かに、無敵のバリアとなる。
つまり、コスモ・プロセッサは究極の魔体を作っている時の副産物だったというわけだ。
「でも、バリアなんて全然見えないわ!?」
ヒャクメがモニターを通して、究極の魔体を霊視するがバリアが張っている事すら分かっていない。
横島が、悠闇が霊視したところで結果は同じであった。
「こうなったら、近づいてから、もう一度霊視してみますよ。あの兵器が本当に究極っていうんならとっくに出て来ているはずっすよね!?」
「そうね、何か弱点があるからこそ、出して来れなかった。そう考えてもいいかもしれないわ。」
横島の考えに美智恵も賛同してくれる。
「となると、やはりここは――」
あの魔体を破壊する策など、すでに決まっている。
「――《三》《位》《一》《体》、これしかないわね。横島クン、文珠の方は大丈夫?」
「そうっすね。さっき薬飲んで4つ回復しましたし、今のストックは7個ですから、何とかいけますよ。」
『ならば、ワレはおぬしの戦いぶりを拝見させてもらおう。』
悠闇は、《三》《位》《一》《体》の邪魔になるため、式神に憑依しておく必要がある。
「えぇ、頑張ってね。アンタの戦いぶり、ここでしっかり見てるから……」
足手纏いは、いらない。
皆は、横島、雪之丞、鬼道に残された霊力を託す。
全員が疲労しているため、気休めにしかならないが、少なくてもこれで戦える。
「よっしゃ、それじゃそろそろ行きましょか!!」
「おっしゃ! とっととこんなくだらねえ事終わらしてやろうぜ!!」
鬼道が、雪之丞が気合を入れて、横島を見つめる。
皆も横島に注目して、彼の言葉を待つ。
「え、と、まぁ、いい加減シリアス続けんのも飽きましたし、とっと終わらせたいっす!! でも、その前に――」
「その前に?」
「――ちょっと、トイレ!」
「とっとと行ってこんかーーー!!!」
こんな時ぐらいしっかりしろよと、美神が蹴りを一発いれて部屋からたたき出される。
「全く……」
美神は、溜息を吐きながらもいつも調子を取り戻す。
(……これも彼も人徳なのかもしれないわね。)
美智恵は周囲を見渡して、納得する。
先ほどまでは、皆が、力みすぎていたが、今はどうだ。
リラックスしながらも、適度の緊張感を保っているため、最も戦闘に適した状態といえよう。
「…………う〜ん、後少しで、思い出せるんじゃが……」
「どうしたのよ?」
美神が先ほどから、何かを思い出そうとしてるカオスに声を掛ける。
「いや、なに。小僧の体に描かれていた、ちょうど半分だけ描かれていた陣なんじゃが……何処かで、似たようなモノを見たような気がしてな。」
「あぁ、でも、もう問題ないわよ。コスモ・プロセッサで使ってしっかり治したそうだから。」
美神は悠闇の言葉を信じて、カオスに問題は解決している事を告げる。
カオスもそれを聞くと、そうか、とだけ言う。
(横島さんの体……あれ、そういえば……)
だが、ここでヒャクメが美神の発言のおかしさに気付く。
(……まぁ、今はあの魔体をどうにかする事が先決よね。)
こうして一つの嘘は、隠される。
一方、トイレに行った横島だが――
「げはっ! ぶっ!…………っ、はぁ〜……」
『後、どれほどだ?』
洗面所は朱に染められていた。
そんな中、悠闇は取り乱さず、横島に後、どれだけ体が持つかを尋ねる。
「う〜ん……つーか今にも死にそう。」
『ふん、それだけ吐けるならまだまだ大丈夫そうだな。』
横島はとりあえず、口をすすいで服が赤く染まっていないか確かめる。
「それにしてもあれだな。己の傷を隠しながらも、ラスボスと戦う勇者! ふ、やっぱヒーローはこうでなくちゃいかん!!」
『ヒーローか……本当に子供だな、おぬしは。』
「うるせい! あ! そうそう――どうしてあの時、俺の嘘に合わしたんだ?」
あの時、横島は唯、皆に心配をかけるのが嫌で嘘を吐いたのが、まさか悠闇が話を合わせてくれるとは思ってもいなかった。
『何、あの時、アシュタロスが生きている可能性は非常に高かった。そんな中、一番の戦力であるおぬしが、重傷だと皆の士気に関わる。それに、おぬしを本当に治す方法ならば、『あて』があるのでな。だから、おぬしがワレの眼から見て、本当に危険になった時まではいいだろうと判断しただけだ。』
どの道、横島がどれだけ傷ついていようが、横島が居なくてはアシュタロスに勝つことは出来ない。
ならば、いらぬ心配を皆に掛けるわけにはいかなかった。
「マジか!? いや〜正直、文珠使っても治す自身があまりなかったからな〜。」
文珠というのはイメージが肝心。
未来横島が未来から血清を取りに来たのも、イメージが不十分だったために、《解》《毒》といった事が成功しなかったからだ。
もし、未来横島が美神がどのような毒を受け、どのような血清を作れば治せるかと理解していたなら文珠で治す事も出来ただろう。
『相変わらずいい加減な……』
「悪いな。正直、美神さんが復活した瞬間、気が抜けちまって……これでやっと俺達の日常に帰れるんだって、な?」
水で洗面所を綺麗に洗い流して、横島はトイレから出ようと、ドアノブに手を掛けて、眼を開く。
「あ! いい事思いついた……」
それはちょっとしたお呪い<おまじない>。
「…………ホント、ここまでマグレでよくやったよな……正直、このままとんずらでもしちまおっかな〜……命あってのモノダネやからなー。」
これはあの時の再現だ。
『……何が言いたい? 望みがあるなら相談にのるぞ。小竜姫さまはそのためにワレをさずけたのだからな。』
アレからまだ数ヶ月の月日しか流れていない。
「ちょ……ちょっとムチャな相談でもか?」
思えば色々な事があった。
『フ……そうだな、例えば……』
その全てが今は、懐かしく美しい。
『”アシュタロスをブチ倒す”とかかな?』
その一言が横島を目覚めさせ、今もまた、横島を導く。
「わははは、そいつはたしかに無茶な相談だな!」
悠闇はきっかけを与えただけだった。
『横島……ワレはそなたに一つだけ、言葉を送ろう。』
数多の事件が少年を育て、この場に導いてきた。
『我が名は心眼と言う! 読んでの字の如く”心の眼”だ! ワレはおぬしを鍛え続ける事で、おぬしの”心の眼”を開こうとした……』
美神が、おキヌが、多くの仲間が、そして、悠闇という心眼が少年をここまで支え続けてきた。
『きっかけはワレであったが、これまで行ってきたおぬしの戦いは、全ておぬしの実力でもある――自分を信じよ! そうすれば必ず勝てる!!』
誰一人掛けても、今の横島はなかっただろう。
そして、横島が居たからこそ、今の皆がいる。
『おぬしの”心の眼”は既に目覚めている。最早、おぬしの心眼が眠る事はないだろう……そう、おぬしの――』
だから、忘れてはいけない。
彼が歩んだ道、それを忘れるわけにはいかない。
『――心眼は眠らない。』
進もう。
ゆっくりでいい、一歩ずつでいい。
「あぁ……ありがとうな……」
時に一休みするのもいいだろう。
たまには、後ろを振り返るのもいいだろう。
だから、最後は――
「……それじゃ、行くか!」
――笑顔で、『ただいま』と言えます様に……
――心眼は眠らない その70・完――
あとがき
タイトルにある『心眼』は眠らない。
この心眼のもう一つの意味、それは横島の心の眼でした。
それでは次回、ようやく最終決戦開始です!