GS試験
2000人近い人が受験し、一次試験で128人にまで絞られ、最終的に32人しか資格を得ることができない。
狭き門である。
科学を基盤とする現代社会において、幽霊や妖怪は定義することが非常に困難な“よく分からないもの”である。
そのよく分からないものを退治できること証明するのが、GS試験であり、優秀な人物しか合格できないようになっているのだ。
昔美神に説明されたことを思い出しながら、横島はGS試験の二次試験会場の前に静かに立っていた。
GSとして優れているとはどういうことなんだろう……。
そんなことを思いながら。
世界はそこにあるか 第9話
横島が会場に入るとすぐに美神を見つける。
「どうも、ミカ・レイさん」
「おはよう、横島君」
ミカ・レイになりきっているのか、かるく微笑んでいて愛想もいい。
「なっ……なんか落ち着いてるわね……」
前回のように糸目で、ぼぉーっとしているわけではないが、彼女はその姿にどこか滑稽さを感じていた。
「ええ。まあ、なるようになるしかないって悟ったんすよ。
人事を尽くして天命を待つってやつですか」
いつ人事を尽くしたのよ、とでも言おうと思ったがなぜか憚られた。
彼はひそか心の中で、自分の言葉を嘲笑していたのだ。
―――人事? 天命? そんなもの……!
彼女にもその様子が伝わったのかもしれない。
ふと視線をそらすと、壁に寄りかかっているピートを見つける。
何か悩んだ様子で、爪を噛んでいた。
「どうしたんだ? ピート」
横島が話しかける。
「あ、横島さん。えーっとあなたは?」
「ミカ・レイよ」
ミカ・レイと名乗るのは一応初めてである。
「次の試合、勝てる気がしないんです……」
「何言ってんだよ、お前が負けるわけねえだろ」
実際彼は次の試合で勝っている。
「僕も正直人間より強いと自惚れてたんですが、昨日の試合で思ったより苦戦してしまって……。
僕は所詮半人前なんです。人間としても吸血鬼としても……」
「バカ者ォーーーッ!!!!!」
美神の手が出るよりも早く、待ってましたと言わんばかりに、横島がピートの顔面を右の拳で殴りつける。
「ぐっ、なに……!」
「ヨコシマ流星拳!」
追い討ちのように、彼の拳が光のごとく無数に襲い掛かる。
「ぐはっ!」
最後にはピートは宙を舞い、顔面から地面に叩きつけられる。
一部では有名な落ち方だ。
「人間とか、吸血鬼とか、そんなの関係ねえだろ!
ピートはピートだろが! そんなことに振り回されてるんじゃねえよ!」
「よ…横島さん……」
さすがバンパイアハーフとでも言うべきか、ギャグキャラでもないのにもう話が聞けるくらいまでは回復していた。
「あんた、キャラ変わってるわよ……」
突然のことにすぐに事態が飲み込めなかった彼女だが、ようやく理解したのか横島に冷ややかな言葉を送る。
「!! そうですか……。じゃあミカ・レイさん、あとのことはよろしくお願いします」
こちらも静かに返す。
「……分かったわ」
そう言うと美神は右拳を前に突き出した。
「……横島のくせに、なに生意気言ってんのよ!」
横島の周りに閃光が糸状に走る。
「がはぁッ!」
ピートと同じように横島も宙を舞う。
もちろん落ち方も同じだ。
血をだらだら流しながらも、満足そうな笑みを浮かべている。
『……これで良かったのか?』
「当然!」
心眼の問いに躊躇なく答える。
彼が第七感に目覚めるのは遠そうである。
横島が試合コートに入る。
目の前には黒いコートのようなものを着た女性。
九能市氷雅のようだ。
「九能市氷雅、18歳です。お手柔らかにお願いしますわ」
こちらを油断させようとしてるのか、それとも甘く見ているのか、笑顔で話しかけてきた。
おそらく両方だろう。
こちらもへらへらと笑顔を返した。
相手が霊刀を懐に隠し持っていることは分かっている。
だが、横島は試合開始の合図とともに、九能市に飛び掛った。
九能市は作戦通りといった顔で、霊刀を振り下ろす。
彼女は確信しただろう。
――自分の勝利を
だが次の瞬間倒れていたのは彼女だった。
簡単である。
振り下ろされてくる霊刀を、両目で見切る。
その振り下ろされてくる霊刀よりも早く動いてかわし、懐に入る。
そして相手の顎に霊力を込めた掌底を食らわせる。
ただ、これだけ。
だがこれだけならいくらでも言い訳が出来る。
動き自体の難易度は白羽取りに比べたら低いものだ。
瞬殺してしまったのは多少問題があるかもしれないが、相手がカウンターを狙っていた以上、こちらから仕掛けないわけにもいかなかったのでしょうがない。
だがそれ以上に勝負を長引かせてしまったほうが、あまり良くない事態になりそうなことは容易に想像がつく。
「勝者、横島! GS資格取得!」
横島は何が何だか分からない、といった表情で――もちろん演技であるが――試合コートを後にした。
「やったわね、横島君!」
「おめでとうございます! 横島さん」
美神とおキヌが嬉しそうに寄ってくる。
「どうも、ミカ・レイさん、おキヌちゃん。
俺もまだ実感湧かないんすけど……」
「まあしょうがないわよ。あれもそのバンダナのおかげなんでしょ。
やっぱり横島君には少しもったいないわね」
その言葉に横島と心眼は、心の中でニヤリと笑った。
予定通り、説明するまでもなく、そう思い込んでいるのだ。
まあこの頃の横島のことを考えればしょうがないことであるが。
「それでも凄いですよ!」
『あまりこやつを褒めんでくれ……。
すぐ調子に乗るからな』
心眼のフォローもばっちりだ。
「横島さーん!」
ピートも駆け寄ってくる。
「さっきの試合を見ていたら、横島さんの言っていたことが分かったような気がします。
もうすぐ僕の試合ですから、見ていてください!」
バンダナに頼り切る横島の姿だろうか。
拳で語ったおかげか、ピートはかなり吹っ切れたような顔をしていた。
「おっ、おう。頑張れよ……」
少し怖いが……。
横島はトイレにいた。
するとドアが開いて、白竜寺の胴着を着た二人組みが入ってくる。
「あいつ、横島とかいう奴じゃねえですか?」
「あら、ホント。雪之丞のお気に入りね」
顔に傷のある男と、リーゼントでおかま口調の男だ。
「よう、あんた!」
顔に傷のある男、と書かれても全くかっこよくない陰念が絡んでくる。
「いー気になってんじゃねえぜ!」
ガンを飛ばしている。
「あぁっ!! てめーもしかして次の対戦相手の陰念とかいうザコか!?
トイレの中でまで小細工とは、ご苦労なことだな!
背も小さけりゃ、器も小さいのか!?
どうせてめー、ママっ子(マンモーニ)とか呼ばれてたんだろ!」
一気にまくし立てた。
ちなみにタイガーはまだ負けていないので、次の対戦相手は彼なのかもしれないのだが、そんなことは忘れている。
「てめえっ、ブッ殺すぞ!」
そう言うと、霊波砲のようなもので洗面台を破壊する。
水道管が破裂したのか、水が吹き出している。
「その辺にしなさい、陰念! みっともないわよ!」
勘九郎が陰念をたしなめる。
「いくらあんたでもそんな指図……!」
陰念が勘九郎をにらみつけると、その隙に出て行こうとする。
「て、てめえ! 待ちやがれ!」
「陰念! あたしの言うことが聞けないってゆーの!」
そう言って追いかけようとする陰念を止める。
だが横島はもうその場を後にしていた。
中では『メドーサ様』発言で慌てているだろうが、そんなことは今の横島にはどうでもいいことだ。
「これでキレてくれたと思うか?」
『うむ、上出来だ』
横島の言葉に心眼はそう言って答えた。
「なあ、心眼。陰念はどうしようか」
『ん? 陰念?』
心眼は最初から陰念など眼中にないので、どういうことか尋ね返す。
「ああ、あいつが魔装術を使う前に倒したほうがいいのか、あとに倒したほうがいいのか迷っててな……」
『普通に考えれば、使う前に倒したほうがいいと思うが』
「んー……だけどな、使う前に倒したらあいつ反省しないんじゃないか?
『魔装術さえ使ってれば』って」
つまり人は痛い目見ないと分からないという事だ。
だが、勝負を長引かせて、前回のように魔物化させるのも可哀想である。
『そういうことか。ならばやり方はある。
お主は陰念を倒したあとの自分が、すぐさま魔装術の陰念を倒してしまえば不自然になるかも、と思っておるのだろ?』
「ああ」
『ならば最初から魔装術を使わせてやればいい……』
これが第二試合が始まる前の二人の会話である。
要するに陰念挑発して、最初から本気になってもらおうということだ。
トイレから出た横島は、自動販売機でウーロン茶とオレンジジュースを買い、前回よりも早く会場に帰ってきていた小竜姫のもとに向かった。
小竜姫とメドーサが並んで立っていたが、小竜姫の様子は落ち着いており、むしろメドーサがそれに戸惑い、イラついている。
自分の考えが見透かされているようで、不安なのだろう。
「どうも、小竜姫様。ご苦労様です」
やたらと明るい声でそう言って、ウーロン茶を渡す。
「ほれっ」
メドーサにもオレンジジュースを放り投げて渡した。
「なんだい、これは?」
「オレンジジュース知らんのか、あんたは」
そういうこと言ってんじゃない、と横島を睨みつけるが無視する。
本当は怒鳴りつけたいのだろうが小竜姫の手前、出来ないのだろう。
「横島さん、二回戦はお見事だったそうですね」
小竜姫がにこやかに話しかける。
「いやあ、それほどでもないですよ」
こちらもにこやかに返す。
「それと……、全部“小狐さん”から聞きましたよ」
「そう…ですか……」
小竜姫の顔が一瞬強張る。
「ありがとうございます」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
「……いえ、私が自分で決めたことですから……」
その言葉を聞いて横島は顔を上げ、その話はそれっきりとなった。
その後、たわいもない話を続けていると、血塗れのタイガーがやってきた。
前回よりも怪我がひどい。
おそらく逆上していた陰念に、八つ当たりされたのだろう。
哀れとしか言いようがない。
「次の横島さんの相手……陰念って奴、ありゃとんでもないですケン」
エミのところに行ってから、わざわざ彼のところに忠告に来たのだろう。
横島は彼の友情にほんの少しだけ感動した。本当に少しだけ。
「三回戦! 横島選手対陰念選手!」
陰念は明らかに怒りの表情を横島に向けている。
「『試合に勝つ』『みんなにもばれない』両方やらなくちゃいけないのが辛いところだな」
『両方やるのはわけないことだろ。覚悟は?』
「できてる!」
心眼との息もばっちりである。
ちなみにこの会話は誰にも聞かれていない。
横島はにやりと笑う。
「なに笑ってんだ、てめぇー! ブッ殺してやる!」
そう言うと陰念は魔装術を発動させて、獣のような姿になる。
「そちらは必殺技を使うか! ならこちらも心眼直伝のサイキックソーサーを使わせてもらおう!」
高らかに宣言して、両方の手にサイキックソーサーを出す。
わざわざ大声で言ったのはもちろん、みんなに悟らせないためだ。
「うおぉぉぉ!!」
陰念が拳を振り上げて、襲い掛かって来る。
「うおっ!」
それを余裕を持って大きくかわし、サイキックソーサーを一つ投げつける。
「ぐはっ!」
「もういっちょ!」
一つ目が当たったのを確認してから、もう一つも投げつけた。
爆音が響き渡る。
そして爆煙が晴れると、そこには魔装術が解除された陰念が横たわっていた。
サイキックソーサーは威力だけは高い技である。
それを二つもまともに食らえば、いくら魔装術をしていてもひとたまりもない。
それが未完成のものなら、なおさらである。
「勝者、横島選手!」
陰念の周りに救護班が集まってくる。
『……よし。ではみんなが待ち望んだセリフをあいつに言ってやれ』
「“ブッ殺す”と心の中で思ったならッ!
その時スデに行動は終わっているんだッ!」
『“言葉”でなく“心”で理解しろよ。
ギャングになるのはお勧めできんがな……』
そして横島は試合コートを出る。
とにもかくにも、横島はGS試験ベスト16を決めたのだった。
あとがき
待ち望んだセリフだったんでしょうか?
ライトニングプラズマーの、プロシュート兄貴ーな第9話でしたw
ちなみに美神の光速拳はギャグ専用です。
前回言ったのに小竜姫様あまり出てませんね。タマモは全くだし。
GS試験編のテーマは「覚悟」です。
8話が横島とタマモ(タマモは中途半端だったけど)のでしたし、10話が小竜姫様とタマモの覚悟を書く予定です。
で、9話はそれをネタに遊びをしてみました。
今回も読んでいただきありがとうございました。
>ヴァイゼさん
>某三角心の主人公、終わクロの佐山
守備範囲外で、分かりません。すみません。
似ていたとしてもパクリじゃないです。
>響さん
彼女は因果から追放された請負人でもなければ、人類最強でもありません。
まして赤色なんてありません。
……すいません。名前と口調だけ拝借してます。
だが全くの別人です。
>白さん
期待されるような最強にはならないかもw
今回は相手が相手だったから楽勝だったけど。
ですが面白い話を心がけていきたいと思います。
>ルーさん
1.してます。今日をGS試験と知っていたり、小竜姫が来ることも分かってましたし。
2.mouseさんの説明とほぼ同じ。
心眼は二つを同義に扱ってます。栄光の手は霊波刀しかできないわけじゃないけど。
3.次回をお楽しみにw
>柳野雫さん
納得していただけて嬉しいです。
実際ひやひやだったんで(苦笑)
>mouseさん
まあ小竜姫様とタマモをヒロインにすえてること自体、私の趣味なんでw
>caseさん
ついに小竜姫様復活ですね!
長かった……(爆笑)
>ひすさん
日にちも決まったんですか。
6月予定らしいとは聞いてましたが。
では、アリーヴェデルチ!