横島の意識が戻る。
目をかすかに開けると、光とともに心配そうに覗き込む小竜姫とタマモの顔が飛び込んでくる。
彼は即座に自分の状態を理解した。
自分が、最後は記憶にないが老師との戦いでぼろぼろになっていること。
そして自分が二人に心配をかけてしまったこと。
相手が老師であることを考えたら死んでいないことを喜ぶべきであるが――もちろん老師は死なないように手加減している――そんなことはこの二人の顔を見れば関係ない。
小竜姫は横島の右手を、タマモは左手を、それぞれ握っている。
「ここはだれ? 私はどこ?」
二番煎じだが、あの時の話はこういう馬鹿なところを除いていて、二人とも知らないので全く問題ない。
完璧に一緒では彼のプライドにかかわるので、若干捻りも加えている。
「貴方はここにいます……。ここにいますよ……」
小竜姫が涙交じりの声で言う。
違う。
彼がここで欲しかったのは、あの時のハリセンだ。
「横島のくせになに心配させてんのよ……バカ………」
タマモも声が少し震えている。
違う。
彼はここで呆れて欲しかった。
二人にこんな顔をさせたくないから言った言葉のはずだった。
世界はそこにあるか 第6話
「やっと目が覚めたか、小僧」
老師はゆっくりと立ち上がり、三人のほうに近づいてくる。
「二人ともいつまでそうしてるんじゃ。修業なのだからこのくらいのことはこれからもあるし、さっきもそう言ったじゃろう。今回は急じゃったが、これからは文珠を預かっておいてそれで治せばよい」
老師が事も無げに言う。
小竜姫も妙神山の管理人であるのだから、老師の言うことが正論だと分かるので何も言うことができない。
タマモも老師にはあまり逆らわないほうがいいと思っているのか、何も言わなかった。
何より彼女は、横島の意志に自分が口を挟みたくないと思っていた。
だが修業とはいえ、初っ端から横島が血塗れで意識を失ったのだ。
二人も言いたいだろう。
理屈じゃない、と。
「俺ならもう全然大丈夫すよっ!」
横島が『癒』の文珠で傷を治しながら体を起こす。
一応ヒーリングはされていたが完全には治っていなかったのだ。
小竜姫もタマモもヒーリングはあまり得意ではないのだからしょうがないだろう。
「ほれっ」
老師が何かを横島に放り投げる。
横島がそれを受け止めると、それは脇差より少し長いくらいの刀だった。
「これは……刀すか?」
横島が鞘から少し抜くと、透きとおるように美しい刀身が表れる。
「こ、これは凄いですね……」
小竜姫が先ほどのことなどなかったかのように目を輝かせている。
「これはな、最高指導者二人に渡されたもんじゃ。『これを持つに値するようになれば渡してくれ』とな。さっき勝負を急いだのはこれもあるんじゃ。武器は使えば使うほど手になじむからの」
「あれは人には言えない事情じゃ……」
「もちろんそれもある」
はっきり言い切った。
「それにしても、これってどのくらい凄いんすか?」
彼の隣で小竜姫が恍惚の表情で見ていたので、気になって聞いてみた。
彼は凄いみたいだ、ということだけは分かったがそれ以上のことは分からない。
武器や道具に対する知識がほとんど無いのだから当然といえる。
「どのくらいって……!」
小竜姫の言葉を老師が遮る。
「そうじゃな。小竜姫の神剣以上であることは間違いなかろうよ。何せあの二人が渡したんじゃからな。
分かりやすく言うと、小竜姫の神剣を十拳の剣とすれば、それは草薙の剣と言ったところか。まあ長さが違うから一概には言えんがの」
老師は分かりやすくと言ったが、横島は十拳の剣を知らなかった。草薙の剣もどこかで聞いたことあるという程度である。
「老師、十拳の剣とは天尾羽張のことですか? 私の神剣はそこまでのものではありませんが……」
「だから例えじゃ。分かりやすく言っただけのこと」
横島はいまいち分からなかったが、これ以上尋ねるのはやめておいた。
老師が最上級に分かりやすく説明していることを察したからだ。
ちなみにタマモは剣の名前も知っていたがあまり興味は無いらしい。
「ではそれを胸に突き立ててみよ」
「はぁ……」
これの意図も分からなかったが、言われたとおりに刀を胸に突き立ててみる。
するとその刀は横島の中にずぶずぶと入り込んでくる。
「何すかこれ! 大丈夫ですよね!」
「慌てるな。それがお主の『モノ』になるだけじゃ」
老師の言葉を理解するが、自分の体に異物が入っていく様子を見るのはあまり気分のいいことではない。
横島は少し虚ろな目でそれが完全に収まるまでを見つめていた。
「これでお主はあれを任意で出すことができる。わしの如意棒のようにな。
ちなみにあれの名は『虚皇』というらしい。知らんでもよいが、知っていいたほうが何かと都合がよいじゃろ」
そう言われて横島は試しに虚皇を出したり消したりしている。
小竜姫はそれを羨ましそうに眺め、タマモは物珍しそうに見ている。
こうして横島の修業の日々は始まったのだった。
横島の周りには十数個の文珠がふわふわと浮かび、正面には老師が立ち、その様子をじっと見ていた。
最初こそ何のコントロールもできなかったが、今ではこれだけの数を、自由自在とはいかないまでも同時の制御できるようになっていたのだ。
「よし。ではこのまま六時間維持。
ただし一時間ごとに文珠の数を一つづつ増やしていけ」
「分かりました」
そう言うと老師は修業上から出て行った。
文珠を作るにはある程度の集中力を必要とする。
一つづつ増やしていくのはそれに気を取られることなく、文珠の操作を維持し続けるためのものだ。
もちろん六時間維持し続ける持久力あってのものである。
そしてもうすぐ終わりかという頃、老師が再びやって来て口を開いた。
ちなみに今はいないが、ここまでの間に小竜姫やタマモが代わる代わるやって来てたりはしている。
「だいぶ上達したようじゃな……。それにしても小僧」
「何すか」
割と疲れた様子で横島が答える。
霊力以上に集中力を消耗している感じだ。
「今でこそわしや小竜姫が教えているから上達も早いが、一人でよく自らの力を抑えることができるようになったのう。しかも基礎すらできておらずに。
それにこれまでのお主は『意識的に方向を決める』、なんてしたこと無かったはずじゃろう」
「そりゃきつかったっすよ。でもまあ、ずっと一人ってわけじゃなかったんすよ、実は。何かたまに自称仙人っていうのが現れて、勝手に教授していったんです」
「ほう……。どんな奴じゃ?」
老師が興味深そうに尋ねる。
「えっとまず背が高くて……180以上ありましたね。長い黒髪で、着流しを着た美人でした。かっこいいって感じすね。」
「仙女か……」
「いや、自称なんで分かりませんけど」
それから老師は黙って考え込み、横島の修業の時間は少し延びた。
老師とだけではなく、当然小竜姫との修業も行っている。
今も彼女と剣を切り結んでいた。
彼が使っているのは虚皇では無く霊波刀だ。
凄い刀であることは確かだが、あれは少し短いので主に使うのではなく、予備にと考えていた。
「ではここまでにして休憩にしましょうか。
それと、こういう言い方するとあれですが、意外と横島さんってすごく綺麗な太刀筋ですね」
「そうすか?」
「ええ!」
そう言って小竜姫が微笑む。
もともと剣など習ったことも無く、ただやりやすい様に攻撃していただけの彼だ。
教えさえすれば、それがそのまま馴染んでくる。
ただ、やはり彼には似合わないが。
「横島、終わったの? じゃあゲームしようよ」
タマモが修業場に降りて来て、座り込んでいた横島の腕を取る。
「しょうがねえなぁ……」
正直疲れていたし小竜姫ともう少し話もしたかったが、タマモのずっと待ってました、といった感じの顔には勝てず、立ち上がる。
彼女は基本的に人間の娯楽に対してかなり高い評価をつけている。
ゲームも今まではしたことが無かったが、こちらでするようになってからはすぐに気に入ったようだ。
タマモが横島の腕を組んで連れて行く。
「私もします!」
ひとり残されそうになった、小竜姫が叫ぶ。
「珍しいですね。じゃあ、エウティタ2の四人対戦でもしますか」
横島との二人の時間は邪魔されたが、それはそれとして小竜姫も彼と腕を組み、歩くのだった。
老師と横島は二人でゲームをしていた。
小竜姫とタマモは台所で料理をしている。
タマモは最初料理などさらさらする気が無かったようだが、最近ではよくしているようだ。
食事のときの小竜姫と横島のやり取りが羨ましかったのがきっかけ、ということは誰にも言っていないが。
「それにしても何でいまさら、この漫画のゲーム発売したんすかねー。
原作終わったの何年前だよ……」
「いいではないか、面白ければ」
二人がやっているのは、一度死んだ中学生が霊界探偵として蘇り、妖魔と戦っていくという内容の漫画をゲームにしたものだ。
老師が主人公の少年を、横島が霊剣の使い手を使っていたが、主人公の少年が放った必殺技によって倒されていた。
「またわしの勝ちじゃのう」
「またかっ! このゲームで勝てる気しねーな……。 それにしても老師。
もしかしてこの技って俺にもできるんじゃないすか?」
「できるじゃろうな。指先から霊波砲出しとるだけじゃし。
まあ威力云々となれば話は違うじゃろうが」
「おおぉぉぉ!!」
横島はかなり感激してるようだ。
それもそうだろう。漫画の必殺技を実際に使うなど子供のころの夢だ。
しかも決してかなわない。
その後も彼はいろいろな技について、できるかどうか聞いたようだ。
ある日老師と横島はゲームをしていた。
もちろんゲームばかりしているのではなく、厳しい修業の日々を送っている。
本当に。
今日は吸血鬼を倒すために、エジプトに向かう特殊能力者の漫画をゲームにしたものをしていた。
老師は「銀の戦車」を使うフランス人、横島は「愚者」を使う犬をそれぞれ使っている。
「これは負けませんよ! 友達の家でやりこみましたからね」
「わしがやりこんどらんとでも思ったか!」
熱戦が繰り広げられていく。
何度が勝負をしていると、途中で老師がポツリと呟いた。
「ふと思ったんじゃが、これは文珠で再現できるんじゃないか?」
「あっ、出来るかもしれないすね」
以前ほかのゲームの技が出来たのがよほど快感だったのか、すぐに二人は修業場へと向かうのだった。
修業場へ着くと横島は早速、文珠を四つだし、『星之白金』の文字をこめる。
彼らが使っていたキャラのものではなく、主人公の能力だ。
文珠が発動すると、人のようなものが出てくる。
「すたー・ぷらちな ザ・ワールド!」
横島がそう言うと周りの景色が止まる。
超加速のようにゆっくりになっているのではなく、完全に止まっているのだ。
「すげえ! ほんとに時がっ!」
横島ははしゃいでいるが、すぐに限界が来る。
とりあえず時を止めた証として、老師の後ろに回りこむ。
気付かれずに後ろに回りこむなど普段は絶対出来ないことだ。
「早すぎるぞ……。漫画ではもっといろいろしてたのに。
だがこのセリフだけは言わねば……『そして時は動き出す!』」
再び時が動き出す。
横島が後ろにいることが分かると老師も興奮している。
「だがこの技は……」
「ええ。実戦で使うのは難しいすね」
この技の最大の欠点は発動までの遅さにある。
文珠を出す→文字をこめる→人型を出す→能力発動
の段階を踏まなければいけないからだ。
「だが時を止めるというのは面白いな。『時間停止』では時を止められんのか?」
「難しいすね……。それだけだと止まった時の中を動いてる自分をイメージしきれません。たぶんただ『時を止めるだけ』になると思います。さっきのは漫画を読んでてあれを出せば、そう出来るとイメージできたからですから」
「そうか……」
「でも出せるって分かっただけでも収穫すよ。『狂気之金剛石』とこめればどんな怪我でも治せると思いますし。死んでさえなければ」
「それは何じゃ?」
老師が不思議そうに尋ねる。
「ああ、ゲーム化してるのは三部と五部だけでしたね。四部の主人公の能力なんすよ。俺は四部が一番好きなんだけどなー」
文珠の『治』や『癒』でも単純な怪我ならほとんど治せるが、それ以上の、文珠で治せるとイメージできないような特殊なものは治せない。
『蘇』でも死者が生き返らないのと同じだ。
だがそんなことよりも二人のそれからの会話は、好きな能力談義に変わっていった。
「時を止めるだけなら『世界』でいいのではないか?」
「あっ!」
横島は厳しい修業の日々を送っている。
あとがき
今回の最初はあんなのにするつもりは無かったのに……。(マジで)
はっ! まさか! 何者かのスタ○ド攻撃を受けている可能性がある!
というわけで第6話です。
修業はもの凄い地味です。老師になんとか流を伝授されるわけでもなければ、奥義を叫んでもいません。せっかくもらった刀も使ってません。
でも次回で逆行前は終わりかな。
今回も読んでいただきありがとうございました。
ちなみにエウティタに2は存在しませんし(続編はあるけど)、幽○の最新版(フォーエバー)はまだ発売してません。
>皇 翠輝さん
地味な技は私も何気に効くと思ってます。サイキック猫騙しとかw
あとあの幻術はタイガーのものではなくて、ルシオラのをパクッてます。
すみませんでした! 描写不足です。
>白さん
ゲームする暇はあるようですw
だがゲームばかりしてるわけじゃありません(当然)
>ルーさん
地味です。ひたすらに。
文珠は万能ではありませんが、万能たりえるとは思ってます。
>茜鷹さん
ルシオラのものです。描写不足で……
>通りすがりさん
直しときました。
>siriusさん
そうです。幻影系ということになるんでしょう。
>之さん
あれは小竜姫様に隠れた、タマモの魅力を知ってもらうシーンなんですけどねw(無茶言うな)
>caseさん
使えます。むしろ4回使って、そこでのツッコミに期待しましょうw
書いてませんが一応タマモも修業してます。主に小竜姫様と。
>ヴァイゼさん
タマモは懐いているんですが、うまく表現できていないだけなんですよ。
なんせ生まれてそれほど経ってないから。
そう考えるとタマモが可愛く思えてきませんw?
では。