四人が入った空間
そこは今までいたところとほとんど変わらなかった。
もちろん妙神山にいるわけではない。
だがそこは陽の光が差し、雲が流れ、風が吹いている。
気温が高すぎることも低すぎることもなく、空気が薄いわけでもなければ、重力が極端に強いというわけでもない。
ただ時間の流れだけが、外よりも速いのだろう。
もちろん実感することはできないが。
ここでならゆっくり静養できるだろうなと思えるような、今から本当に修業するのかと疑いたくなるような、そんな場所である。
世界はそこにあるか 第5話
四人はこれから住むであろう、家の前に立っていた。
二階建ての日本家屋。
確かにあまり多くの人が住めるところではない。
周りはうっそうとした森のような場所で、その中の少し開けた草原の真ん中に、それはぽつんと建っている。
横島と小竜姫は修業をどこでするのか疑問だったが、それは家の前にあった立て札を見るとすぐに解決した。
『ようこそいらっしゃいました。修業場は家の地下にありますので、どうぞごゆっくり修業に励んでください』
とあったからだ。
「とりあえず家に入ってみましょうか?」
「そうすね」
小竜姫の言葉に横島が答えるが、他の二人も異存なんかあるわけがなく、ぞろぞろと家に入っていく。
一階はトイレやフロのほかに、台所と居間、それに部屋が一つ。
二階は部屋が三つあるだけだ。
とりあえず部屋分けとしては、一階に老師。二階の三部屋にそれぞれ横島、小竜姫、タマモが暮らすことになった。
これは一階の部屋は広いだけでなく、テレビとゲームがあり、明らかに老師専用、といった雰囲気を醸しだしていたからだ。
老師もこれを見たときは嬉しそうだった。
ちなみに二階の三部屋には特に違いはない。
修行は一時間後と老師に言われ、自分の部屋の畳の上に腰を下ろす。
そこで彼はこれからの修行のことを考えていた。
これまでも修業していたが、それは一人でのこと。それに教えるのが老師とあればかなり厳しくなることが予想される。
初めて老師のところで修行したときも死にかけたのだ。
とりあえず死ぬわけにはいかんよな、などと考えていると、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえる。
この家の二階は、一階とは違いふすまではなく、木の扉で仕切られている。
「私です」
「あっ、小竜姫様ですか。どうぞ」
横島が返事をすると、小竜姫が入ってくる。
かなりまじめな、というよりは若干思いつめたような表情をしている。
「あの……修業頑張ってくださいね! 私も頑張って、精一杯教えますから!」
一気に言い切る。
「お、お願いします……」
横島はなぜいきなり小竜姫がこのようなことを言ってきたのか分からず、驚き、少しうろたえている。
やはり相当きついんだろうか、などと考えている。
だが感じとしては、試合前にクラブの先輩を激励する後輩の女の子、といった感じである。
修業を試合に、教えますを応援しますに言い変えれば分かりやすい。
もちろん一年近く横島のことで苦悩してきた彼女にとって、彼に稽古をつけるというのが大きな意味を持っているということもある。
「タマモ! どうしたんだ?」
いつの間にか小竜姫の後ろにタマモが立っている。
扉は開けっ放しだったのだ。
「別に……二人がいたから来ただけ」
タマモが素っ気なく言う。
「ふーん……。それはいいが、お前もここで修業すんのか? その前になんであの時妙神山に来たんだ?」
「なぜっていまさら言われても答えるのは難しいけど、しいて言うなら横島がいたからよ。修業は私にもしてくれるんだったら、少ししようかな。別にどっちでもいいけど、今の霊力は前世の数百分の一だから、成長の余地だけはあると思うし」
何年もいるみたいだしね、と付け加える。
「俺がいても楽しいことなんかあまりないぞ。まあ、見てて飽きない、とかはたまに言われるけどな……」
「それで十分じゃない」
そう言ってタマモが少し微笑む。
だがこの状況が面白くないのが小竜姫だ。
勇気を振り絞って横島の部屋に来たのに、すぐにタマモが現れ、今は自分がかやの外に置かれたようになっているからだ。
それにタマモの横島に対する感情も気になっていた。
「あの……タマモさんは油揚げが好きなんですよね? 油揚げより好きなものってあるんですか……?」
横島は質問の意図が分からず、怪訝な表情になる。
だがタマモは完全に分かったようだ。
「それは食べ物で?」
「いえ、食べ物じゃなくてもいいんですけど……」
小竜姫の顔が上気する。
自分の意図がばれないか心配なのだ。実際はこんな誘導尋問、引っかかるほうがどうかしているのだが。
「うーん……じゃあ、横島かな」
「えっ!!」
タマモが妖艶な笑みを浮かべそう言うと、小竜姫は動揺する。
だが横島は単に呆れてるだけのようだ。
「冗談よ」
小竜姫の様子を見るのは楽しかったが、少し気の毒になったようだ。
「おいおいタマモ……。あまり小竜姫様をからかうなよ。あの人はちょっとどころでなく潔癖なところがあるんだから」
タマモの性格を知っており、こんなことだろうと思っていた横島。
からかわれたと分かって、さらに顔が赤くなる小竜姫。
だがそもそも油揚げより好きというのが、どの程度の位置にあるのかかなり疑問である。
タマモがいくら油揚げを好きとはいっても、小竜姫は明らかに比較の対象を間違っているんじゃないだろうか……。
その後三人は、当たり障りのないことを話し、地下の修業場へと向かった。
地下へ降りると360度何もない空間が広がっており、ここがさらに異空間になっていることを思わせる。
「それで老師。具体的にどういう方向で修業を進めるんですか?」
横島が尋ねる。
横島の前には老師と小竜姫が並んで立っており、タマモは少し離れたところで座って見ている。
やはりあまりやる気はないようだ。
「お主は霊力の収束に関しては、百年に一人以上の逸材だが、それ以外が疎かじゃ。よってこれからは収束以外に、操作、放出、強化の修業をしてもらう。それと並行してわしから体術を、小竜姫からは剣術を学んでもらう」
予想以上にきつくなさそうなのでほっとする横島。
これならなんとかなりそうだと考えていた。
「それとさらに並行してわしとの殺し合いをしてもらう。魂を鍛えるには死ぬか、死にかけるかするのが一番手っ取り早いからの」
「なんすかっ、それ! 死にかけるどころじゃなく、死にますよ!」
きついとかきつくないどころの問題ではない事態に、横島は慌てる。
「落ち着け! いきなりやるとは言っておらん。まずは文殊の操作からじゃ。これが一番重要だからな。お主、いつも文珠を使うときただ投げつけておるだけじゃろ」
「そうだけど、操ったりできるんすか?」
横島の言葉に老師が呆れたような顔をする。
「お主の霊気で作ったもんじゃ、当然できるに決まっとるわい。
文珠は具現化し過ぎとるから分かりにくいかもしれんが、サイキックソーサーだってただ投げとるわけじゃないはずじゃ」
確かに道理である。
おそらく最初に使ったときに言われた、投げつけなければ駄目、というのが彼の固定観念になっていたのだろう。
それにただ投げるだけでは、一定以上の強さの敵には当たらない。
今まではそれを機転でしのいできたのだ。
「ではまず文珠に念を込めずに投げ、操ってみよ」
「うす」
横島が前方に文殊を投げる。
だがそれは数十メートル進むと重力に逆らうことなくあっけなく落ち、地面をころころと転がっていった。
「……ではまずはわしと試合するか」
今の行動がなかったように振舞う老師。
いきなり自由自在に操れるとは思ってなかったが、これはひどすぎた。
「ちょ、ちょっと待ってください! マジで死にますって!」
「老師それはさすがに……」
小竜姫もフォローする。
「いやこれはゆっくりやっていこう。それにとりあえず修業という感じを出さねばならんからな」
そう言って如意棒を取り出す老師。
「それなら仕方ないですね……」
やけに素直に横島もハンズオブグローリーという名の霊波刀を出す。
二人の間に戦いの緊張が満ちていく。
だがお互い動こうとしない。
「どうした横島? 弟子から仕掛けんでどうする?」
そう言うと老師の如意棒がまっすぐ横島を襲う。
「がはっ!」
如意棒は横島の胸にめりこみ、そのまま吹っ飛ばされる。
少しは反応できたようだが、霊波刀は霊力不足と収束不足であっけなく掻き消されていた。
「ぐうぅ……。アバラが何本かいったか、こりゃ。それに今の突きは予備動作がほとんどなかったぞ……」
横島はよろよろとしながらも何とか立ち上がる。
「どうした? そんなもんか? それなら本当に死ぬぞ?」
「こんなとこで死ぬわけにいきませんよ」
横島は再び霊波刀を作ると、それに『硬』の文珠で強化し、老師に切り掛かる。
「おおおぉぉぉぉ!!」
凄まじい勢いで横島が斬りつけ続けるが、老師はそれを流すように受け止めている。
これを見て小竜姫は疑問に思っていた。
この攻撃の勢いは確かに凄いが、こんな正面からの攻撃は彼らしくない。
何か考えがあるのか……。
そんなことを考えていると、突如老師が何もない左側面に如意棒を突き出した。
いや何もないことはなく如意棒の先には横島がいる。そして老師の前の横島は幻のように消え去った。
「幻術か、確かによく考えていたが、技の切れが甘いな」
「さすが……だが!」
老師の如意棒が横島に突き刺さったかに思えた瞬間、彼の体が霧状になる。
見切られたときのため、あらかじめ『霧』の文珠と仕込んでおいたのだ。
「これでっ!」
「ふん!」
横島が『爆』の文殊を投げ、老師が如意棒で迎え撃つ。
二人の間で大きな爆発が起こり、煙が立ち込める。
そして煙が晴れた後に現れたのは、血塗れで倒れ、気絶している横島と、ほとんど無傷で立つ老師だった。
「横島さんっ!」
「横島!」
小竜姫とタマモが倒れた横島に駆け寄る。
一方老師は今の戦いを思い返していた。
真正面からの猛攻に気をそらし、幻術。
さらにそれが見破られたときのための霧化。
十分評価に値するものだ。
「合格じゃな……」
そう呟いて老師はその場に座り、キセルを吹かし始めた。
あとがき
某部屋みたいだったら何年もいたら、彼だと気が狂いそうになるんじゃないかと思い、この空間はこんな感じにしてみました。
小竜姫様とタマモはあんな感じでどうでしょう?
ヒロインだけど、これからも二人が横島に気持ちを伝えたり、甘甘な展開になることはないと思います(たぶん) まあ可愛いなぁとさえ思っていただければw
次回もおそらく修業です。
今回も読んでいただきありがとうございました。
>白さん
タマモも一応ヒロイン確定しました。
キムチ鍋私も好きです。
友人とするときはほとんどこれですね。
>caseさん
そうです定員二名ですね。
確かにあのハリセンは手ごたえ抜群ですが、こういうときの彼は無敵(不死身)なので大丈夫かとw
>ヴァイゼさん
ラブ米と言えるのか分からないものが展開してますが、どうでしょう。
修業風景は……。
某部屋は修業は二名までのようです。セル編で言ってたし。
入るだけならいけるのかな?
では。