深き闇に佇む二つの存在。
「土偶羅魔具羅よ……この世で最も強き力が何かわかるか?」
最強の一つに数えられる魔神は、己の道具に語りかける。
「最も強き力……天界が所有する神具の…いや、それとも魔界が所有する魔具の、いやはや人間界の核も破壊力、汚染力という点では相当な……」
土偶羅は神話に出てくる人間界で有名から無名所までの、直接的な破壊力を持ったアイテムの名を上げていく。
「違うな。よく考えてみよ……お前は今、様々な名を上げていったが現にどうだ? 数多の宝具が世界を破壊しようとしたが、世界はこのように存在している。今まで、幾度も世界崩壊の危機は訪れてた。それこそ、私が生まれる前から数知れずにな……」
魔神は、天を見上げるように、顔を上げて己が導き出した答えを告げる。
「だが、この世界は今もなお、生き続けている。それは、世界崩壊が訪れる時に現われし力、この世で最も強き力――『抑止力』が現われるからだ。」
魔神は語る。
抑止という力は、最も優れた破壊力を持っているわけでもなければ、全能でもない。
では、何故、最強と呼ばれるのか?
理由は一つ。
ただ――負けないからだ。
それは世界崩壊の際、絶対的強さを誇り、世界のバランスを保つ究極の力。
相手が1なら抑止は2、相手が10なら抑止は11の力を出し崩壊を防ぐ。
だから、負けない。
「抑止は必ず、私の前に現れるだろう。これは結果論だが、もし私が倒れた時、私の目の前の存在が抑止力だった事がわかる。」
「ん? 横島が抑止力だと思っていたのではないのですか? でなければ、我々が今までしてきた事が全く……」
土偶羅は横島が抑止力だと思っていたが、魔神は『まだ』横島は抑止力ではないという。
「抑止とは、本当に世界が崩壊する寸前まで現れる事はないだろう。だからこそ、私はあの計画を遂行させる。」
あの計画。それは三姉妹にすら教えていなかったモノで、エネルギー結晶体を必要とするモノ。
成功すれば、反勢力の完全なる一掃は無論、この世界の唯一絶対に王になる事も可能だろう。
「その時、私の予想が外れ、横島が抑止ではなかったというのなら……所詮、横島は……いや、私もその程度だったという事だ。」
茶番を演じていたのは自分だったのだと、魔神は言う。
「……………………いいえ、アシュタロス様が間違える事などあろうございませんぞ!!」
今、土偶羅はアシュタロスの完全なる道具として決意する。
「アシュタロス様の悲願成就まで、後少しなのですぞ! それなのにあなた様がそのような弱気でどうなさいます!! アシュタロス様こそが、この世界の王に相応しい!! 言っておきますが、私のこの思いは、決してプログラムではありませぬからな!!」
アシュタロスは、土偶羅の意外な啖呵に少し驚くが、すぐにその通りだと頷く。
「……行くぞ、土偶羅魔具羅よ。我々は世界を浄化せねばならない。」
世界崩壊の刻は近づき――
「仰せのままに……」
――横島<抑止力になろうとする者>がそれを止めようとするだろう。
――心眼は眠らない その66――
南極での戦いから帰還した横島は、捕まった当初、アシュタロスに何かされた事もあって緊急検査を行う事になった。
「こいつは正に芸術品じゃな……」
「そうね……これほどの呪術なんて見たことないワケ。」
人間界の法則とは違った事にはめっぽう強いカオスや、呪いのスペシャリストのエミ、そしてオカルトGメンの精鋭を中心に横島に仕掛けられている魔法科学の結晶を考察している。
「香港の際にも原始風水盤があったが、それを超えておるわ、これは……」
カオスは、横島の体内に埋め込まれている異物を取り出そうとしたが、
「不可能じゃな……下手な事をすれば小僧の命も一緒にお陀仏になりかねん。」
「まぁ、体内に残った所で特に支障があるわけじゃないしね。」
魂に付着した形になっているモノ、それは横島の霊力を増幅させる装置。
横島が暴走の際、尋常ではない霊圧を感じさせたのはこれが原因だったのかもれしれない。
逆天号の増幅器もそうだったが、アシュタロスの有する技術力は、全ての神魔から頭一つ抜けている。
「となると、問題はこの不完全な形で残っておる陣じゃな……」
「でも、変な形よね。ちょうど、狙ったように陣の半分しか描かれていないなんて……」
Gメンが所有する霊的な装置を使用して、ようやく視認できる小さな陣。
これもまた、人間のレベルでは破壊、除去が不可能であった。
「ねぇ、幽体離脱をしても除去は不可能なの?」
後ろに控えていた美神が、エミ達に尋ねるが、魂に付着している事、外す事によって何が起こるか分からないという事から、出来ないという結論が返ってくる。
「まぁ、何にせよ、この魔方陣も多分、アシュタロスが何かに使おうとしていて、そのまま放置していた可能性が高いワケ。もう、こんなところでいいんじゃない?」
人間界では最高クラスの呪い屋であるエミを以ってしても、この増幅器といい魔法陣といい半分も理解していない。唯、芸術品だという事がわかるぐらいであった。
「せめて、ヒャクメが目覚めていれば何かわかったかもしれぬな……」
美神と同じように、カオス達を見守っていた悠闇は、自分の知識が及ばぬ事に苛立ちを覚える。
南極から帰還してみれば、横島からエネルギーを受けている悠闇を除き、全ての神魔がエネルギー不足で昏睡状態に陥っていた。
これはつまりアシュタロスの妨害電波の影響が残っている事を示している。
「――あの魔神が、あの程度で死んだとは考えない方がいいわね。」
「ママっ!? 西条さん!?」
美智恵と西条が、三姉妹の処遇について記されている書類が入った封筒を、持って現われる。
廊下ら聞こえてきた会話に、返答した後、封筒から書類を出す。
「……それでGS本部の決定は?」
美神も、悠闇も固唾を呑んで答えを待つ。
「そんな怖い顔をしないの。GS本部は、ルシオラ、べスパ、パピリオの三者を条件付だけど、放霊を認めたわ。」
「では、その条件とは?」
放霊が認められたといって、その条件が度を越したものであれば意味がなくなる。
「交流のある特定のGSの保護観察下におく事。ホント、ここまで持っていくのにも苦労したわよ。」
美智恵、西条は三姉妹の助けるために、南極では横島や三姉妹の協力のおかげで、アシュタロスを退かせたと事件を改竄したりしていた。
GS本部でも、三姉妹の処遇について意見が分かれていて、書類をある程度は改竄しなければこうもうまくいくことはなかっただろう。
しかし、今まで数多くの事を仕出かしても三姉妹に擁護派がいたのは、横島の文珠使いとしての能力を高く評価しており、うまく分達の派閥に取り込もうとしているに過ぎない。
(彼には貸しを作っておいた方がいいものね。)
美智恵も、このような面倒な作業を引き受けたのには、それなりに含む事があったようだ。
(ふっふっふ……妹と言っているが、横島クンの事だ。必ず、過ちを犯すだろう。横島クン……大いに間違いたまえ!!)
西条も右に同じ。
「なるほどね……それじゃ、彼女達は今、何処に居るの?」
「彼女達なら横島クンのアパートに行っているはずよ。兄さんの住んでいる場所を見てみたいですって。」
その後も適当に雑談していると、エミとカオスが帰宅し始める。
「おぉ、そういえば、忘れておったわ。ほれ――受け取れ。」
カオスは、ポケットから錠剤が入ってそうな小さな箱を取り出し、悠闇に投げつける。
それを片手で受け取り、中身を確認する悠闇。
以前から西条を通して頼んでいた物だったが、ようやく完成したようだ。
「……それがカタストロフーAの改良版?」
美神が物珍しそうに、その物を見る。
カタストロフーA、横島は以前、それを飲み、中途半端に霊能に目覚めた事があった。
しかし、中途半端とえ、当時、完全に素人だった横島が瞬間移動を使えたほど強力な力を得る事が可能な代物。
無論、瞬間移動は横島が秘めた力だった可能性もあるが、どちらにせよこれを飲めば横島にさらなる力が訪れる。
「それで、効能の方は如何に?」
「実験の結果、それ一粒で300秒間、霊能力を高める事が出来る。破壊力が増した者、霊波を無制限に撃てる者、新たな力に目覚めた者、人それぞれじゃな。」
世の中、お金を出せば、危険と分かっていても怪しい薬を飲んでくれる者は腐るほど居る。
GSの免許こそ取れたが、実際の除霊で挫折し、GSを止めようとしている者。
怪我によってGSを止めるしかないため、最後に大金を得ようとする者。
この薬で新たな力を得ようとする者。
結果、予めその人専用に作られた薬で、試していき副作用無しで300秒強化が出来るようになった。
「――じゃが、その代わり薬を使えるのは数日に一粒。一日に二粒食した者の半分は霊能力を失い、また半分は暴走した。運が良い者で、数ヶ月の入院コースじゃ。」
「別にかまわぬ……300秒あれば十分だ。二つ目など必要ない。」
そう、必要な時は一瞬。
その一瞬に全てをかけるだけだ。
「それじゃ、ワシは帰るぞ。」
カオスはそういい残して、帰ろうとドアを開けようとすると、
ガツンッ!?
「ぶぉぉぉおっ!?」
ドアが開き、カオスの顔面を直撃させる。
だが加害者は、被害者に気付かずへらへらと皆に挨拶をする。
「いや〜〜、やっと入院生活も終わりっすか! う〜〜ん、ここの看護婦さんとのスキンシップが出来なくなるのが残念っすよ!」
横島がいつものノリで現れる。
「「「「はぁ〜〜……」」」」
「何で、皆、溜息を吐くんすか!?」
/*/
美神の車で、病院からアパートに向かう一行。
『やはり、こちらの方が落ち着くな。』
久しぶりにバンダナ状態に戻った悠闇が、気分良く横島に語りかけるが、横島としてはムチムチ状態じゃない悠闇など、悠闇じゃないと言いたいだろう。
「そういや、美神さんのお母さんには感謝しきれないっすね。」
「西条さんにもよ。ママと西条さんが頑張ったから、理由はどうあれ人類の敵側だったアンタも無事に居られるんだから……」
GS本部への報告では、横島は美智恵と西条の命による潜入捜査という形になっている。
それは無理があるのでは? と呆れている連中もいたが、無理も通せば道理がなんとやら。
横島の今までの実績や、文珠使いの能力をアピールし、横島の利用価値を高める事で、強引に納得させた。
元々、横島がアシュタロス派に居た事は、GS側でも上層部と実際に横島を見た物しか居ない。情報操作など簡単だっただろう。
「まぁ、おかげでこれからアンタには色々厄介ごとが降りかかってくると思うけど……これが限界だったんだからね。」
「分かってます。本当に皆には感謝しているっすよ。ルシオラ達の事も、全部、俺の我侭を通してもらって……」
ちょっと力を出せば、簡単に人間を殺す事が出来る魔族を助けてくれなど、どう考えてみても馬鹿げているだろう。
「気にするなとは言わないわ。感謝は行動で示しなさい。横島クンには、その力があるでしょ?」
姉が弟に教えるかのように、厳しく、しかしその中に優しさを残し、道を示す。
美神の思いは《心》を通じてほんの僅かではあったが、横島に伝わる。
横島は美神に大切に思われている。横島はそれを家族愛として受け取った。
「はい……俺、頑張ります。」
それは少年の目ではなく、男の目であった。
(……最早、こやつにワレは必要ないのかもしれぬな。寂しい事ではあるが、今は、祝福しよう。)
そして、その成長を見守り続けた存在は、素直に横島の成長を祝福する。
(だが、問題は今回の事件により、天界、魔界がどう動くかか。)
横島は、それほどまでの多くの和平派の神魔を殺しすぎた。
その耐性力はすでにアシュタロスにも影響するほど。
なにより対象の天敵の武器を作り出す事すら可能な文珠。
チャンネルが回復すれば、必ず、横島に接触してくるだろう。
(全く、アシュタロスの事といい、その後の事といい、面倒ごとが好きなやつだな…………?…………前言撤回だ。こやつはまだまだ目が離せん。)
悶々と悩み、ようやく結論に達した悠闇。
横島にはまだ、自分の力が必要だ。
そう思える事がこれだけ嬉しい事だとは思わなかった。
「着いたわよ。」
「ありがとうございます。」
今の時間ならば、隣の部屋の小鳩は学校だろう。
「そういや、俺って………………あれ?………………マジで?……」
階段を上がっている途中、とんでもない事に気付く。
何故、今まで気付かなかったのか?
「うぎゃーーーーー!!!」
『な、なんだ!?』
「何よ!?」
横島がルシオラ達に捕まって二ヶ月近く。
その間、学校には行ってません。
つまり……
「留年やとーーーー!!?」
そういう事だ。
例え、今まで無遅刻無欠席だったとしても、定期考査がある。
それを受けていないのに、横島は休みがちなので尚更まずい。
グレートマザー、再降臨か!? と思ったが、
「あ〜〜、そういう事ね。安心なさい、学校の方はママが公欠にしてあげたはずよ。」
「マジっすか!? 助かったーーーー!!!」
本当に助かったと、今の横島ならば美智恵が神に見えるだろう。
バァンッ
横島の部屋の扉が開き、こちらに足音が三人分迫ってくる。
「ヨコシマ!」
「兄さん!」
「ヨコシマ!」
「おっす! 元気にしてたか?」
三姉妹全員が、横島に駆け寄り再会の挨拶を交わす。
離れていた期間は、僅か数日だけだが、お互い心配だったのだろう。
横島は、三姉妹がGS達にどのようにされるのか?
また、三姉妹も人類を裏切った形になる横島がどのようにされるのか?
だが、それもようやく解決し家族は、再会する。
「はい、はい! おキヌちゃんが仕事場で退院祝いの用意してるんだから、アンタ達も、さっさと感動の再会を済まして来るのよ!」
「――!?」
『どうした?』
横島がある単語でビクッとする。
横島はそれとなく、その話題を逸らそうとするが、悠闇は原因に気付く。
(あぁ、おキヌどのか。)
髪に縛り付けていた美神の思いすら、ある程度得ていた《心》の文珠。
死津喪比女の事件の際から、常に持ち続けていたおキヌの思いは、それとは比較にならないぐらい籠められている。
「……? まぁ、私は先に行って待ってるから、早くね。主役が居ないとどうしようもないでしょ。」
美神はエンジンをかけながら、そう言って一人事務所に帰っていく。
(おキヌちゃん……今は、待っててくれ! 今の俺はまだまだだからな。)
家族を得、大人としての自覚を手に入れたのか、それともヨコシマから受け継いだ思いによって成長したのか、現在の厄介ごとを抱えすぎの自分では、どうしようもないと判断したのかもしれない。
(美神さん、おキヌちゃん、心眼、ヨコシマ……《心》の文珠に籠められた思い……それに小竜姫様にもしっかり謝らなけりゃならんしな……)
今の自分が居るのは、多くの仲間のおかげだと分かっている。
だからこそ、ちゃんとしたい。
「全く、やる事が多すぎるなぁ〜…………」
――でも、充実している。
青く広がった空は、今の横島の気持ちを表していた。
「ほら、ヨコシマ! さっさと行くでちゅよ!」
「ま、そんなあせんなって。」
/*/
事務所では、美神、おキヌ、シロ、西条、美智恵が横島達が来るのを待っていた。
西条と美智恵が居るのは、何か連絡事項があったのかもしれない。
「あぁ、ゴッドよ、って違う! 美神さんのお母さん、一体どうしたんすか?」
「一つ、忘れていた事があってね。横島クンのアパートじゃ、彼女達が住めるほど広くないでしょ? だから、Gメン<ウチ>でそれなりの住居を提供してあげようと思ったのよ。一応、今の君はオカルトGメンの一員になっているし。」
潜入捜査をさせるという事は、Gメンであったほうが何かと都合がいい。
という事で本人の承諾も無しに、オカルトGメンに出世していた横島。
「あ、ホント何から何まですみません。確かに俺んちじゃ、狭すぎるし、お願いします。」
頼りっぱなしで気が引けるが、自分だけではどうしようもない。
この借りは必ず返すと誓い、今だけは、美知恵の言葉に甘えよう。
「そんな恐縮しなくていいわよ。アシュタロスが生きているなら、その時こそは、あなたの力が最も必要なのよ。もっと、胸を張りなさい。」
「は、はぁ〜。」
まだまだねと、笑みを浮かべながら、マンションのカタログを渡す美智恵。
「それじゃ、皆、グラスを持って…………かんぱ〜〜い!」
今は、楽しもう。
この刹那のように短くも、安らかな日々を……
/*/
退院祝いから数日後、横島は本当に久しぶりにクラスメイトと顔を合わす。
出席日数も何とかしてもらい、追試で、ある程度の点を取れば進級させてもらえるという事にもなった。
元から、横島は頭が悪いわけではない。
ただ、勉強しないだけだ。授業はよく休み、学校に来たと思えば授業中は寝ている。そしてテスト勉強はしない。これでは点の取りようがない。
しかし、目標、目的、夢を持った人間は強い。
こんな所で一年無駄にしてたまるか! と猛勉強の甲斐もあって、昨日の追試を突破したばかりだった。
「聞いたぞ、横島!! 事件解決の裏でお前が活躍してたんだな!?」
――核ジャック事件。
核発射こそ未然に防いだが、前代未聞の大量の核が盗まれたのだ。
アシュタロスという名自体は世間一般にそこまで広がっていないが核が盗まれた事自体は、世界中の人々に知らされている。
「すごいわ、横島クン! もう、クラスメイトとして鼻が高いわ〜!」
愛子も感激している。
愛子は、横島の姿が消え、すぐに美神達も行方をくらましたので、状況を知らなかったのだ。
ピートとタイガーは、世間に広まっている情報とは少し違う事に気付いているが、横島が活躍した事は事実なので、特に何も言わない。
「ん、まぁ、俺だけの力じゃないしな。ほら、ピートとタイガーだって頑張ったんだぜ。」
「「「「「「んなっ!?」」」」」」
横島が謙遜している。
ピートもタイガーも驚きを隠せない。
いつもなら俺が俺がと調子に乗るのに、この落ち着きよう。
あの悲劇再びか!? と皆が思い始めた時――
「ちくしょーーー!!! そんなに俺が大人になる事が気に食わんかーーー!!? だったらお望みどおり――愛子ーーー!!!」
「あぁ!! ダメよ、皆が見てる前でなんて!! せめて、皆が居ない所で!!」
「「「「「そんな事、俺らがさせるかーーー!!!」」」」」
進化したルパンダイブも、クラス中の野郎(タイガー除く)を突破する事は出来なかった。
盛大に吹き飛び、大量の鼻血を出す横島。
「いや〜〜、何にせよ、横島が無事でよかったぜ!」
ほんの一秒前に全員でぶっとばしながら、爽やかな笑顔で横島の見つめる。
「お前ら!! 全員死ねーーー!!!」
「うぉ、本気になるな!! 横島ーー!!」
戦場と化す教室。
先生が来ているのに、全く気付いていない生徒。
だが、これがいつも通りの風景だと、教師は何も言わない。
「まぁ、たまにはいいだろう……二ヶ月ぶりか……」
教師は、何時終わるかも知れぬ、横島対男子生徒(タイガー、ピート除く)の戦いを微笑ましく眺めていた。
「……あれ?」
『どうした、横島?』
あらかた片付き、横島が自分が鼻血を出していた事に気付く。
最初の集団リンチを除けば、一撃ももらった記憶はない。
「やだ〜〜! 横島クンたら、またエッチな事考えてる!」
クラスの女子が騒ぎにそれに反応する横島。
ごしごしと、袖で鼻血をふき取り、残った勢力を片付けに行く。
(……気のせいだよな?)
一瞬、何かが頭の中で響いた。
――もうすぐだ……もうすぐ、全てがハジマル……――
/*/
三姉妹は、横島が退院したその日に自分達が選んだマンションに引っ越していた。
何故か、女性専用のマンションに決まったのは、どうやらカタログがそれ専用だったらしい。
やはり策士美智恵といったところか。
「え〜と……次は八百屋ね。」
ルシオラが、近所の商店街を歩き、今日の夕飯の買い物をしている。
この数日、夕飯は横島のアパートで食べて、それから三姉妹は自分達の住居に帰るといった毎日を過ごしていた。
「おう、今日はルシオラちゃん、一人かい!」
「えぇ、今日は何がお勧めですか?」
この商店街、おキヌが幽霊だった時にも、使っていた所でどうやら霊能関係にはかなり慣れているようだ。
たった二、三日で、向こうから「ルシオラちゃん! 今日はキャベツが安いよ!」などと言ってくれる。
「また、来てくれよ!! 美人はいつだって大歓迎だ!!」
全ての買い物が終了し、後は、アパートに向かうだけ。
「今日は、思ったより早かったわね……」
やはりパピリオが居ないと、買い物がはかどる。
ルシオラは、パピリオのために買っておいたお菓子を見つめると、再び歩き出し――
「――!? これは……」
目の前に犬が居た。
もちろんただの犬ではない。
「ツイテ…コイ……」
「っ!? やはり生きていたのね……」
十中八九、アシュタロスの使い魔、いや単なる連絡を伝えるために多少の魔力で洗脳されているだけのようだ。
(……ダメね。私を監視している者が居ないわ。)
Gメンの誰かが辺りで自分を監視しているかと気配を探ったか、どうやら居ないらしい。
アシュタロスが自分達にコンタクトを取ってくるとは考えていないのだろうか? とルシオラはGメンの甘さに叱咤する。
もし、ここで監視が居れば、向こうが何らかの行動に出てくれるというのに。
だが、Gメンはしっかりルシオラ達、三姉妹は愚か、横島も監視対象にいれていた。
しかし、たった今、ルシオラを監視していた者は、眠らされている。
起きても、記憶が曖昧になっているだけだろう。
「コッチ…ダ……」
如何にもという路地裏に足を踏み入れる。
今は相手の出方を探る必要があるとルシオラはそれに従う。
食材に変な匂いはつかないだろうか? と可笑しな心配をしている自分に笑ってしまうルシオラ。
「――ルシオラよ。」
背後から聞こえる声。
「っ!? 土偶羅様!?」
そこに居たのは土偶羅。
突然現れたのは、何か転移装置を使ったのかもしれない。
「慌てるな。わしはアシュタロス様の、真なる目的を伝えに来ただけだ。これを聞き、お前達がどうするかは好きにするがいい。」
「え? 一体どういう事?」
好きにしろと言う。
ただ伝えに来ただけだと言う。
だが、土偶羅から語られたアシュタロスの目的はルシオラに選択肢を一つにさせる。
「そ、そんな……嘘よ……ヨコシマが……ヨコシマが……」
「信じるか、信じないかはお前達次第だ。だが、このままでは横島の命は助からんぞ……いいのか?」
それは、このままでは横島の命は消えるというモノ。
土偶羅が全てではないが、真実を語っている事は分かる。
「もうそろそろ、横島の体に異変が起きるはずだ……どうする? 時間が欲しいというのなら、またあし――」
「その必要はないわ……べスパとパピリオにも私から言っておく。」
顔を上げたルシオラの顔は悲痛な決意をしたモノ。
どうして、こうなってしまうのだろうか?
ただ、自分達はもう、平和に、幸せに暮らしたいだけだというのに……
「ならば、よいな?」
やはり、世界は……世界は……
「えぇ、私はアシュ様の道具になるわ。」
世界は、優しくない。
――心眼は眠らない その66・完――
あとがき
なんとか、GW中に一本UPできました。
さぁ、アシュタロスの真の計画を少しだけですが、知る事になったルシオラ。
横島を治せるのはアシュタロスだけ。だからルシオラはアシュタロスの元に戻ります。
次回は……う〜ん、頑張ってGW中にもう一本!……ダメだったらごめんなさい。