暮れも押し迫った12月。
GS見習い・横島忠夫はある決意を持って、自らのバイト先である美神令子の事務所へと歩を進めていた。
吐く息は当然白く、天気は冬らしい曇天だ。
空気は肌を刺すような冷たさをもっていたが、今の彼には緊張のためかあまり気になるものではなかった。
世界はそこにあるか 第1話
「こんちわー、美神さん」
横島がそう言うと、
「おはよう、横島君」
「おはようございます。横島さん」
所長の美神令子と同僚の氷室キヌが返す。いつものやりとりだ。
「どうしたのよ。今日は仕事無かったと思うけど」
今日は休日ではあるが、彼が事務所に来るような理由は無い。
昔は理由無く来ることも頻繁にあったが、最近は仕事がある日以外はほとんど顔を出さなくなっていた。
「ええっとですね、今日は相談というかお願いがありまして……」
「何よ。お金でも貸して欲しいの? 貸してもいいけどトイチね」
トイチというのは美神にしてみればかなり良心的なんじゃないだろうか、なんて考えが頭に浮かぶが、今日はそんなことを言いに来たのではない。
「いえ、そうじゃなくてですね、高校を卒業したら正所員として雇ってもらえませんか? 大学に行かない以上仕送りも無くなりますし」
「何言ってんの。そんなの無理に決まってるでしょ」
僅かな思案も無くすぐさま答えが返ってくる。
だが彼も簡単に諦めるわけにはいかない。
「どうにかなりなせんかねー」
どうにかしてあげてください、というような視線をおキヌが美神に投げかけるが、彼女は何事も無いように無視する。
「ならないわよ。GSにとって高校卒業なんて何の意味もないんだから」
彼女の言っていることはある意味正論だが、社会的には的をはずしているとしか言いようが無い。六道女学園の霊能科だって卒業はかなり大きな節目のはずだ。横島も仕送りが無くなるということを伝えている。
「そうすか……。じゃあ今日限りでバイト辞めさせてもらいます。今までありがとうございました」
「え!? ちょ……!」
そう言うと横島はすぐに事務所を後にした。
「ちょっと美神さん! 止めなくいいんですか、横島さん行っちゃいますよ」
おキヌが声を荒げる。
だが美神は俯いたまま何も言わない。
ただじっと何かをこらえてるようだ。
憎まれ口一つ叩かないいつもと違った様子に、興奮していたおキヌも違和感を感じる。
いつもであれば「ほっときなさい! どうせそのうちまた来るわ!」とでも言いそうなものである。
「ねえ、おキヌちゃん……」
少しの沈黙の後、美神が不意に口を開いた。
「人は一生で何回『選択』するか分かる?」
唐突な、それでいて脈絡も無い質問におキヌは困惑する。
「え? そんなの分かるわけないじゃないですか。どういう意味なんですか?」
「そう、分からないわ。人は選択せずに生きてはいけない。そしてその人生で何回するのかも分からないような選択を、たった一回間違えるだけで死ぬこともある。破滅することもある」
おキヌはまだ分からないといった表情で、美神の次の言葉を待っている。
「つまり今回の選択は私にとっても、彼にとってもそういうもんだったってこと。たぶん横島君が所員として戻ってくることはもうないわ」
美神は自分の心から搾り出すようにして言う。
彼女は分かってしまった。今までそんなぎりぎりの選択を何度もしてきただけに。そして自分の意地が彼をここから去らしたということも。
「そんな!」
おキヌはその場から動けなかった。
どうすればいいのか?
彼を追いかけていけばいいのだろうか?
追いかけて、彼に会ってどうしようというのだろうか?
説得?
だが彼の意志以上の意志が自分にあるとは思えなかった……。
横島は事務所からアパートまでの道を一人歩いてる。
行くときとは違い、冬の冷たい空気が身にしみていた。
はぁっ、と一つため息をつく。
イラっときたとはいえ、あっさりしすぎていたんではないだろうか、という思いがあったのだ。未練こそないが、いろいろなことがあった思い入れのある仕事場だ。
だがもうそんなことを考えていてもしょうがない。
これからどうするかが重要だった。
彼は奇跡的に3年に進級した後、今までとは違い地道に出席を続け、後は最後の試験さえ受ければ卒業できるというところまできていた。
今彼が考えているのは世間の人と同じ将来のことだった。
このまま卒業とともにGSになれるのなら言うことはなかった。危険ではあるが高収入の、世間的には憧れの仕事だ。見習いではあるが、それなりにやりがいも感じていた。それに彼は収入以上にこの世界での出会った人たちを貴重に感じていた。
だが今日出た結果はノーだ。
あれ以来独自に続けてきた修業で、並以上の実力――実際は並どころかトップクラスだが――はあるんではないかという自信もあった。
このまま美神のところでバイトを続ければ、単なるフリーターだ。たとえGS見習いという大義名分があったとしてもだ。
自己満足だとしても、それではルシオラ、そして両親に顔向けできないと思っていた。
今の彼はルシオラは当然としても、両親にも多大な恩を感じていた。変わったところはあるが、思いやりのあるできた人だ、というのを理解していた。
それに彼はGSを是非にでもやりたいわけじゃない。
確かに命がけでとったGS免許であったが、彼は悪霊をしばくのが好きでもなければ、お金をもうけたいと思ってるわけでもなかった。
「どうすっかなー……。六道女学園で非常勤講師で雇ってもらおっか。経験つめば、正式に雇ってくれるかもしれんし。いっそこのまま修業続けて、人類の限界にでも挑戦すっかなー」
前に鬼道が言っていた、「派手さはないが、これはこれでいい感じや」という言葉が思い出される。知識はともかく、命をかけた戦場を何度も潜り抜けてきた自分だからこそ教えられることがあるかも、とも思っていた。それに霊能科なら大卒でなくても講師にはなれたはずだ。
修業にしても、両親は納得はしてくれなくとも、理解はしてくれるだろうという思いがあった。
妙神山が頭に浮かぶ。
あの戦い以来妙神山には行っていない。
「このあたりがいい機会かもな。どうするにしても、とりあえず妙神山に行ってみるか。今までの自分と訣別したいって気持ちもあるし、独りの修業ももう限界にきてるし」
よしっ、と決意を固める。
彼の頭にはしばらく会っていなかった、いろいろな人が浮かんでいた。
パピリオには怒られるだろうなー、とか。小竜姫様はまた自分に優しく接してくれるかなー、とか。老師はまたゲームばかりしてるんだろうなー、とか。
彼は考えているうちに泣きそうになっている自分に気付く。
自分の矮小さにも。
その後は門をくぐったら最初に誰と会うだろうか? なんと最初に言えばいいだろうか?
そればかり考えていた。
そして数時間後、横島は妙神山の門の前に立っていた。
あとがき
割と好意的なレスに浮かれて第1話出してみました。
全然逆行してません。それとなぜ彼が今まで妙神山に行かなかったのかとかは次回書きます。あと大卒でなくても……、は私の脳内設定です。あまりつっこまないでくださいw。(たぶん大丈夫だと思うんですけど)
今回は動きの少ない、あっさりとした回だったのでいまいちという方もおられたでしょうが、ここまで読んでいただきありがとうございました。
>桜葉さん
過分な評価ありがとうございます。何とか頑張っていこうと思いますんでこれからも読んでやってください。
>ルーさん
1.プロローグなんで、あんまり説明入れると萎えるかなーと思いほとんど入れませんでした。これから書いていくつもりです。
2.これはサっちゃんの「わかっていたこと」や、「御都合主義の予定調和」に絡んできます。似たようなことをハヌマンが次回説明すると思います。(若干ネタバレか?)
3.これは考え中です。
>ゆーわさん
やっぱり無い方がいいですかねー、どうしようか……。
これからも応援していただけると嬉しいです。
>通りすがりさん
何年後かは今回出ましたね。
それ以外も次回以降で書いていきたいと思います。
>mouseさん
私も以前はシュレディンガーと思ってたんですが、最近読んだ本にシュレジンガーと出てきたのでそっちにしてみました。どっちが正規に近いかは分かりませんw
まあ、所詮プロローグはプロローグであり、プロローグでしかないということでしょうかね。
では。