暗いアパートの中央で横島は座禅を組み思考の海に沈んでいた。時折まぶたがぴくぴくと動く。記憶の一部を読み出しているのだ。
思考の真っ白い霧のなか横島の意識体はふわふわと漂いながら、流れ込んでくる記憶を掻き分けながら進んでいた。
膨大な記憶の中、必要なものだけを持ち帰り自分の中で昇華する。なんといっても悠久の時を生きた魔神の記憶だ。もし全てを自分に取り込んでしまえば人間横島忠夫の人格は壊れてしまいかねない。
それでなくても長く居すぎるとアシュタロスの人格に犯されてしまう。
突然横島の意識体が揺らぐ。
(…っ長く居過ぎたか?)
目を閉じ、流れそうになる意識をつなぎとめながら自分の部屋を思い出すと徐々に肉体の自由が戻っていく。
少し湿った部屋の匂い、布団の半分に座った尻が少し痺れる、あと背筋を張った背中も。
「ふうーっ」
(ちょっとヤバかったな)
戻ってきたことに少し安心しドサッと布団に倒れこみ自分の手のひらを見つめる。確かめるように握ったり開いたり、それを二三度繰り返すと強く握り締めふとつぶやく。
「フン、だがなんとなく解ったぞ、力の扱い方、そして在り方が・・・ん?
…って口調がアシュタロスになっとるやんっ!!いかんっ…いか~ん!!」
自分の口調に気付くと焦ったように立ち上がり部屋に一つしかない窓に向かう。
決意を込めて窓を開け放ち深呼吸、残っている霊力を全てをこの一言にかける。
「のっぴょぴょ~~ん!!」
全身全霊をこめた『のっぴょぴょーん』はアパートを揺るがし寂しげな夕焼けに溶けていった。
美神除霊事務所の面々は突然聞こえたアホな所員の奇声にずっこけていた。
「なにやってんのよ!あのバカは…っ!」
(思い詰めた顔して休みくれだなんて言うから、ちょっと甘くしてみれば…何がのっぴょぴょーんよっ!)
美神令子は椅子に体勢を戻しながら頭を押さえてうなる。
「よ、横島さん元気そうですねぇ?」
「んーむ…なに今の?」
おキヌも困ったように令子に相づち、横島を心配していただけに拍子抜けである。ソファーで寝ていたタマモはびっくりしてずり落ちている。
「ウォーーォン!!」
(せんせぇー!会いたいでござるぅー!)
一月前から令子やおキヌに横島に会いにいくのを禁止されているシロは、この想い先生に届けとばかりに遠吠えをあげる。
すると向こうからまた「ぱんぴれぽにょ~ん」と愛しい先生の奇声が返ってきた。
嬉しくなってまた吠える。遠吠えは令子に叱られるまでつづいた。
◆
横島はこれから生きていく上での目標が欲しかった。それを達成させる事のできる力、自分の手で勝ち得た何かが欲しかった。
それは横島にとって初めて生まれた下心のない野心といっていいかもしれない。
力を求めた横島は、最初は妙神山に行こうとも考えた。だが聞くところによると、あそこは伸び悩んだ修業者達が訪れる場所らしい、ならまだ自分は行くべきではない。(まぁ最難関の修業はやってしまったが)
それに自分は今まで努力というものをしたことがあっただろうか?自分はどうやって力を得た?心眼に教わったサイキックソーサー、偶然発現した栄光の手、生か死か一か八かで手に入れた文珠。どれも運がよかっただけだ。
今でも令子の荷物持ち、除霊中はもっぱら後方支援、あぶなくなるとぎゃーぎゃーわーわー助けて美神さーんと令子にオンブダッコ状態。
(それでいつか美神さんをモノにする?冗談だったらオモロイな)
大体あの時、何が原因でルシオラは死んだ?ベスパか?アシュタロスか?それとも人間側がもっとうまくやってれば?
どれも違う。敵も味方も最善を尽くしただけだ。誰が死んでもおかしくはなかった。では原因は?
(俺は周囲に流されていただけでルシオラを守れなかった。俺の弱さがルシオラを殺した。
…あの頃のルシオラはもう戻らないのかもしれない。
だとしたら俺の中に眠る霊波片だけがルシオラが生きた証。
俺はアイツに何をしてやれる?俺に惚れて命まで掛けてくれたアイツに。
何もない、せめて己に誇れる自分でいよう。ルシオラに誇れる自分になろう。
あんなイイ女が俺に惚れてくれたんだからな。)
それは横島ができそこないの頭で何日も欠けてひねり出したたった一つの真実。
◆
夜、公園で舞踏を舞っている青年が一人。いや、闘舞か。闘いを想定したその舞いは見るものを魅了する。現に公園のベンチに寝転がっていた浮浪者が惚けた顔で青年、横島に魅入っていた。
一見、中国拳法のようだが、実は神魔界に伝わるもののだったりする。以前横島がアシュタロスの記憶海に沈んださい、偶然発見し持ち帰った記憶、今は無き古の流派である。
横島は気付いていないがこの武術の記憶は正確にはアシュタロスのものではない。アシュタロスになる以前、戦の女神イシュタルだった頃の記憶である。デタントなどなかった時代、女神イシュタルはこの武術で魔族とのいくさに明け暮れたという。
闘舞を舞ながら横島は高揚していた。
(体が軽い。霊力の扱い方、在り方を理解するだけでこんなにも変わるものなのか?
体中に流れる霊気を感じる。いや、それどころか空気にも草木からも…)
世界は一変した。
動きを一端止め、腰を落としてゆっくりと拳を突き出す。と同時に体から溢れる霊気を体内に留め加速循環させ、拳が一番伸びたあたりでひねりを加え一気に放出させる。
ドンッと激しく地面を叩くような音がし、旋風が巻き起こり近くに立っていた木が葉を撒き散らしながら揺れていた。
横島が自身のふるった力に驚いていると、なんとなく草木がぎゃーぎゃー文句を言っているような気がした。まぁ気のせいだろ、とは思いつつも…
「す、すまん……ん?」
ふと今度は別の違和感を感じる。いや、体中からだ。普段慣れない動きをしたからだろう。体の節々が悲鳴を上げている。
(あかん、立つのも辛いわ~休憩しよ)
「横島か?」
公園のベンチで買ってきたジュースを飲んでいると声を掛けられた。
男だ。同世代くらいだろうか、見覚えのあるメガネ顔だ。目線を下げそいつの服装をみると以前自分が着ていたのと同じ学制服。
(同じクラスだった奴か)
「よぉ久しぶりだなノビタクン?」
(確か名前は、秋…秋本だったような)
「誰がのび太だっ 相変わらずふざけた奴だな」
そういいながら秋本は俺の近くまで来て腰を下ろした。
「ふーん、横島ガッコ辞めたって聞いたけどこんなとこで何やってんだ? ん?もしかしてホームレスってヤツか?」
「アホかっ!家ならそこにあるわい!ってゆうかお前俺の家、来たことあるだろ?」
横島がそういうと秋本は覚えてたのか?と少し驚いていた。
「なんで辞めたんだガッコ?お前、割りと楽しんでたと思うが」
「進級できそうになかったからなぁ、それにホレ、俺ってばGS資格取ってるし?問題ないかなぁーと、それに優秀だし?もう将来ウハウハ間違い無し!わはははは!」
「…」
「…可哀想なものをみる目でみらんでくれ、悲しくなる」
秋本はしばらく横島を怪しいものを見るようにしていたが、話題を変えるように問い掛けた。
「それはいいがお前、ガッコ辞めたこと親に言ったのか?」
「当たり前だろ!」
(言ったよな?アレ?)
「ふーん、あ!そうだ、お前今度の日曜あいてる?」
「…っ!日曜?空いてると思うが…なんかあんのか?」
(いや言ったさたぶん、電話で?ナンテイワレタ?)
「感謝しろ!合コンに誘ってやろう!」
「…は?」
(なんだって?今こいつはなんて言った?合コン?俺の記憶が確かなら合同コンパの略だよな)
「合コンだとぅ!?」
「ああ、嬉しかろう?」
「嘘じゃねぇだろな?いざ場所に行ったら合体コンバトラーでしたっ!とか言わねぇだろな?」
「い、言わねぇよ大体なんだそりゃ、なんだ来ないのか?」
「行くに決まってんだらー!?あああ、お前ってイイ奴だったんだな!こんなことならもっとお前に奢ったりしとくんだった!」
「ほう、今からでも遅くはないぞ」
そう言い秋本は手を差し出してくる。
「…給料日な?」
「絶対な? おっとそろそろ電車なくなるわ、詳しい事はまた連絡すっから、じゃな」
そう言い去っていく秋本。横島はありがとう心の友よ!と輝かしい顔でそれを見送る。
この時点ですでに横島の頭には恐るべき母親のことは綺麗さっぱり無くなっていた。
「見ていてくれルシオラ!お前を生ませてやれる日は近い!(がんばってねヨコシマ)あぁ!文字通り精一杯がんばるぜ!」
思いっきり都合の良い考えの横島には、とうとう幻聴が聞こえだしたりしていた。
あとがき
どーもねずみ男です。自分の理想の横島を書き出したらこんなんになりました。横島の過去との決別、そして決意。読み手に伝われば幸いです。次回は横島のサポート役を登場させたいと思います。オリキャラではありません。予想とかレスいただければ頑張る気力もめっさ増えるんで応援してください。
K‐2様、たんたん様、時塚様またレス頂けると幸いです。
たんたん様へ
これから微力ながら設定も増やしていきたいと思ってます。でも拙者伏線とかまで頭まわらんかも…
時塚様へ
俺、このSSの横島と同じでグレートマザーの事すっかり忘れてました。時塚様のレスみたとき「あー!」って思いましたもん、本当に感謝です!