お祓いしませう!? その参
「むふふふふ」
「ふふふ」
少年と少女の笑い声が響いている。
「わっははは」
「うっふふふ」
最初は控え目だった音量が、徐々に遠慮のないものへと変わっていく。
「ガッハハハ!」
「オッホホホ!」
お互いの顔を見合わせながら大口を開いて笑いあう姿は、傍から見ると少しばかりヘンだった。
「ボロいぞ、ボロ過ぎるぞこの商売!」
「あぁ、菊屋のお稲荷さんが毎日食べられるこの幸せ!」
幸い、場所は自宅マンションのリビングで、ささやかな幸せに浸る二人へ奇異の視線を向ける無粋な輩は一人もいない。
ちょっとイッちゃってる二人、横島とタマモは二件目のお祓いを終えて先ほど帰宅したばかりである。記念すべき初仕事から一週間、赤貧生活から脱したことが心にゆとりをもたらし、それが功を奏したのか、この日の仕事も上々に成し遂げた。
それゆえの高笑い。
普段なら抑え役にまわるはずのタマモも、立て続けの成功に気分がハイになり、ついでに良識と恥じらいも飛んでしまったようで、女の子らしからぬ笑い声を横島と一緒に上げていた。
この日も先週と同じく、街中を歩いて小さな霊障を探していた。
最初に捉えたのは、乱れた地脈の上に建つマンションに巣くっていた悪霊の気配だ。こういう霊的吹きだまりにある物件の場合、一度祓っても一定期間が経過するとすぐに似たような霊障が発生する。専属契約すれば大変に旨味のある仕事だが、管理会社に連絡を入れたところ「GS免許を持っていない方はお断り」とすげなく断られた。
「まあ、しかたないわね」
「だな」
懐が温かいと心も温かくなる。尊大な態度で門前払いをしてくれた会社の人間に腹を立てることもなく、二人は暢気にお仕事探しを続行した。
引き続き住宅街を歩いていて見つけたのが、なにやら剣呑な雰囲気を漂わせる古びた洋館である。廃屋になってから随分と経過しているのか、建物自体は酷く痛み、庭も荒れ放題だ。錆が浮いた鉄製の門扉は針金で縛られ、“立ち入り禁止”と緊急の連絡先が記された貼り紙がしてあった。大理石のプレートには以前の持ち主らしい“鬼塚”という名が彫られている。
「なんか物騒な家だなぁ」
「見たまんまの幽霊屋敷ね」
前回の報酬で購入した携帯電話で、早速不動産屋に打診した。
十分と経たずに、不動産屋の主人が車で駆けつけてきた。
都内の一等地で土地だけでも数億円の価値がある物件を長期間遊ばせておくわけにはいかない、が不動産屋の本音だ。所有しているだけでも膨大な税金がかかるのだ。転売しようにも、悪霊つきではそれも叶わない。これまでに何人ものGSに依頼したが、ことごとく除霊に失敗しているらしい。
「昨日も協会から紹介されたGSに相談しに行ったんですが、報酬が五千万だと言われてしまい、途方に暮れていたところなんですよ。正直な話、それだけの金額を払ってしまったらウチは儲けにならないわけで……」
これはもう、どんな条件でも呑むから祓ってくれ、と言われているようなものだ。
「じゃあ、十分の一の五百万で」
「是非ともお願いします!」
先週が一億で、今週が五千万。正規のGSはいったいどれだけボロい商売をしているのかと、横島は首を傾げずにはいられない。
不動産屋の不安気な視線を背中に受けながら、タマモと並んで家の前に立つ。
「なぁ」
「なに?」
除霊が済んだら取り壊して更地にするという主人の言葉を思い出しながら、横島は脳裏に浮かんだ考えをそのまま口にした。
「屋敷ごと焼き払っちゃったほうが良くないか?」
「それナイスよ。埃臭そうだから、中に入るのイヤだったのよね」
満場一致で可決。そうなれば後は早い。
延焼を防ぐ意味で敷地の四隅に結界用の札を置いてから、狐火を封じた札で点火した。
「おぉ、紙みたいによく燃える!」
「たぶん霊力で建物そのものを支えていたから、浄火の狐火には脆いのよ」
『ぐおぉぉぉぉぉ!』
「なんか言ったか?」
「ううん、空耳じゃない?」
通常なら数時間は掛かるところを、ほんの数分で建物は全焼した。
呆然となって固まる不動産屋の主人を路上に残し、横島とタマモは敷地内に足を踏み入れる。
建物があった、という面影はもはやどこにもない。かろうじて残っていた真っ黒な柱も、横島が指先でチョイと押すと、呆気なくパタンと倒れて粉々に砕け散る。
足下の燃えさしを爪先で踏みにじり、昔観たアニメを真似て言ってみる。
「火事、か」
「自分で火つけといて、なにバカ言ってんのよ。それよりホラ、地下室があるわよ」
「地下室!?」
古びた洋館の地下室と言えば……。
「SM部屋!」
「隠し金庫!」
どっちがどっちの台詞か丸わかりというものである。
少女の白い視線に耐えきれず、少年はピュ〜と口笛を吹きながらそっぽを向く。
「ほら、行くわよ」
散乱する消し炭を避けながら、二人は慎重に階段を降り始めた。
半ばまで下った頃だろうか、突然、ポワッと人影に揺らめく光が出現する。
『こ、ここから先には行かせんぞぉ〜』
この屋敷に憑いていた悪霊なのだろう。それにしては……。
「弱っちぃな」
素人の横島でさえそう呟いたほど、存在感は希薄で、今にも消え入りそうな霊だった。
「鬱陶しいわね、あんた」
タマモが面倒臭そうに右手をひと振りする。
ペチンと平手で叩かれた悪霊は「ひぇ〜」と叫びながら宙を舞い、ペシャンと壁に弾けた。
「うわっ、容赦ねぇ〜」
恨みはないが我が生活のため。横島は南無阿弥陀仏と片手拝みで相手の冥福を祈ってみたりする。
「こんな霊相手に除霊を失敗するなんて、今の時代の祓い屋ってよっぽどヘボなのね。まっ、お陰であたし達が美味しいお稲荷さんを食べられるんだけど」
タマモのその言葉を聞き、前々から気になっていたことを訊いてみた。
「時々、妙に年寄りじみたコト言うよな?」
「なっ!?」
タマモの白い頬が一瞬で紅く染まる。
レディーに歳の話題を振ってはいけない、それは人と妖怪の垣根を越えた共通のお約束らしかった。
「し、仕方ないでしょ! 前世のコト、ぼんやりとだけど憶えてるんだから!」
違う時代に生きた違う自分の記憶を持っている。
「それって、煩わしくないか?」
「う〜ん、どうだろう……よく判んない」
喜びも悲しみも人の倍以上経験している、ということだ。
伏せたタマモの瞳の奥に、外見にそぐわない大人の女の色を見た気がして、横島はブルリと背筋を震わせた。
「どうでもいい記憶は勝手に消えちゃってるみたいだし」
タマモは小さく首を傾げた後、下から横島の顔を覗き込み、
「昔の男のことなんて憶えてないから、安心していいわよ?」
クスリと悪戯っ子みたいに笑いかける。
「な、なんで俺が安心しなきゃいけないんだ!」
頭に血を昇らせた横島は即座に否定すると、ズンズンと勢いをつけて階段を下りていく。
「照れなくてもいいのに」
「ンなわけあるか!」
現実問題として、年頃の娘と同居していて意識するなと言うほうが無理だろう。まして、タマモは文句なしの美少女だ。スタイルも……まぁ、悪くはない。
“でも……狐なんだよなぁ”
その点とどう折り合いをつけるか、果たして本気になってもいいものか、煩悩まみれの少年の悩みは尽きない。
階段を下り切ると、そこは狭くて短い通路になっていて、前方は行き止まりだった。
期待していたような鉄格子の部屋はない。
が、タマモが持ち前の嗅覚を発揮して、たちどころに隠し部屋を見つけ出した。
『ま、待てぇ〜、そこだけは止めてくれぇ』
今にも泣き出しそうな声がしたのに振り返る。
『その部屋に入ったら呪われるぞぉ〜』
先ほどタマモにペシャリとされた霊が、弱々しく宙に浮いていた。
「なんだ、まだ成仏してなかったのか」
襲いかかる元気もなさそうだったから、いくら脅かされようとも横島は少しも怖くない。
「呪いって、コレのこと?」
と、タマモが一冊のノートを手にして隠し部屋から戻ってきた。
『ああっ、それを!』
「なになに……え〜と、鬼塚畜三郎、愛の詩集第568巻?」
悪霊の呻きを無視してタマモがノートの中を読み上げる。
「愛、それは僕の心を切なく濡らす朝露の輝き……?」
「うげっ、なんじゃそりゃ」
『お、おぉ、や、やれてくれぇ〜』
「夢で出会ったスイートハート、君はいったい誰?」
『た、頼む、返してくれぇ』
「まぁ、こんなの残していたら、恥ずかしくて成仏できないわよねぇ」
悪霊の嘆きに、タマモがニッと笑みを返した。
「いいわよ、ほら」
差し出されたノートに悪霊が恐る恐る接近する。
手が触れようとした直前。
ボッ
ノートが狐火に包まれた。
たちまち灰になり、パラパラと床に落ちていく。
『うおぉぉぉ!』
さすがの横島も、そっと目を逸らした。
「ムゴいぞ、それ」
タマモの態度は変わらない。
「ねぇ、鬼塚って言ったわね」
『うっ、うっ、うぅ』
嗚咽する悪霊に向かって、微笑みを絶やすことなく、冷徹に言い放った。
「あんた、最高にキモいわよ」
『ぐわぁぁぁ!』
悪霊は壮絶な叫びを放ち
……頭を抱えて悶え苦しみ
…………徐々にその存在を薄くして
………………完全にこの世から消え去った。
最期を見届けると、タマモはパンパンと掌を叩いて灰を綺麗に落とす。
クイッと顎を上げ、ついでに控え目な胸も昂然と張り、
「お祓い、完了」
自慢気に宣言した。
横島は、つい口に出さずにはいられなかった。
「なぁ、タマモ」
「なに?」
「お前、根性ババ色や」
「…………噛むわよ?」
なにはともあれ、仕事は成功した。
不動産屋の主人から現金で報酬を受け取ると、鼻も高々に、意気揚々として帰宅した。
ここまで順調に事が運ぶと、もっと手間を減らしたいと考えるのが人という生き物だ。これには、妖怪であるタマモも両手を挙げて賛同した。
真っ先に浮かぶのが、仕事を探す手間を省きたい、だ。
「犬じゃあるまいし、ただ歩き回るのって疲れるのよね」
横島としても、タマモに負担が掛かる今のやり方には多少なりとも負い目を感じていた。
「手っ取り早いのは宣伝か」
「あ、TVで観た。たしか、インターネットだった?」
「いや、うちにパソコンないし」
「……貧乏だったものね」
そろそろ一台くらい買っておくか。
無論、横島の頭には、どうせ使うのは日中暇しているタマモだし、という考えがある。
「とりあえず、チラシでも作って配ってみるか?」
「えぇ!? あの駅前で“お願いします”ってやってるヤツ? あたしそんな格好悪いのイヤよ。やるなら横島一人でやってよね」
喉の奥から吹き出しそうになった悪態を、横島はグッと飲み込んだ。
さしあたって、当分の生活費には困らない。
色々と試してみて、上手いやり方を模索すればいい。
しばらくは、タマモにはお札製造器として頑張ってもらい、横島はチラシの方を担当することにした。
翌日の日曜。
横島は前夜に作ったチラシの原稿をコンビニでコピーすると、不動産屋や建築会社などの建物や土地を扱う会社を狙って投函して回った。
午前中一杯を使って配ると、余った分を電柱に貼り付けながら帰宅する。
「ただいまぁ、配ってきたぞ」
返事はない。
ジージャンを脱ぎながら奥へ進む。
ベランダ近くのリビングの床に、タマモはクッションを枕にして寝転がっていた。
ローテーブルの上には、綺麗に並べられた和紙と、キャップをしたままの筆ペン。
お札を作ろうとしたけれども途中で気が変わってお昼寝に移行、という彼女の行動が容易に想像できてしまう姿だった。
「ったく」
舌打ちしながらも、横島の表情はニマッと緩んでいく。火の点いた悪戯心を止める者は、この場には一人もいない。
ソッと足音を忍ばせて近づくと、あどけない寝顔を晒す少女の横に膝を着く。
両手の指がワキワキとなってしまうのは、もはや自然の流れだ。
呼吸のたびに緩やかに上下するささやかな膨らみをギュッと……。
「いや、いきなりソレはまずいだろ」
伸びかけた手を慌てて引っ込める。
ちょっと視線を横にずらせば、短めなスカートの裾からスラリと伸びたしなやかな足が、強烈に♂の本能を誘っていた。
薄い布地の奥に潜む乙女の秘密の園へ……。
「待て待て、そこは最終目的地だ、まだ早い」
ブンブンと首を振って気を取り直す。興奮しているせいか、クラッと眩暈がした。
やっぱり、ここはオーソドックスにキスから始めるべきだろう。
真上からタマモの寝顔を覗き込む。
「くそぉ、やっぱ可愛いよなぁコイツ」
キリッと真っ直ぐに引かれた細い眉。瞼を縁取る長く豊かな睫。
ドクン、ドクン
「ま、前にチュッてしてもらったしな」
ツンと尖った鼻。産毛も見分けられないほどに滑らかな白い頬。
ドクン、ドクン
「こ、こんなトコで、無防備に寝てるほうが悪いんだぞ」
薄目の唇が、妖しく桃色に濡れ光って横島の心を掻き乱す。
ドクン、ドクン
破裂しそうな心臓を懸命に宥めすかし、覚悟を決めた。
「い、いただきます」
目を閉じて顔を沈め……。
ポフッ
クッションと熱い接吻をする己れの間抜けな姿に気づくのに、横島は五秒ほどの時間を費やした。
サワサワと両手を動かしてみるが、タマモの身体はどこにもない。
「横島はなぁにしてるのかしらね?」
突然頭上から響いてきた声に、ガバッと跳ね起きた。
見上げれば、ニコニコと笑うタマモと目が合った。
「タ、タマモさん……なぜそこに……?」
「妙な気配がするから幻術を使ってみたら、コレだものね」
「ア、アレ、ボクハイッタイナニヲシテタノデセウ?」
「寝ている女の子に悪戯するなんて、最低よ?」
「ぐはっ」
一生の不覚だと、横島は胸の内側でポロポロと涙をこぼし、額からツツーと脂汗を垂れ流す。これまでにも赤面シーンはいくらでもあったが、今回のは極めつけだった。
と、
「ねぇ、よこしま」
タマモが妙に優しい声で話しかけてきた。
「そんなにシたい?」
「え、え!? そ、そりゃどちらかと訊かれたら当然疑問の余地もなく当たり前というかそれしかないだろってか……」
軽いパニック状態に陥っていた横島の言語中枢は修復不可能までに壊れていた。
「いいわよ、しても」
「はい?」
「あたしが起きている時に、ちゃんとして、ね?」
タマモは微笑みながら、横島の目の前の床に膝を下ろし、ゆっくりと両手を拡げてみせた。
「横島は口だけじゃないわよね」
タマモの白い八重歯がキラリと輝いた。
危ない、危険だ、触るな。
横島の胸の内側で警報が最大級の音量で鳴り響く。
しかし哀しいかな、横島の理性は女性からの誘惑にはとことん弱かった。
「マジ?」
「横島が本気になってくれたら判るわ」
やばい、と思いつつ、横島の身体はタマモへと引き寄せられていく。
両腕が持ち上がり、細い少女の身体へ回される。
次第に二人の距離が狭まっていく……。
「タマモ……」
「横島ぁ……」
激情に駆られ、腕に力を込めようとした次の瞬間。
ポン!
唇をタコにみたいに突き出した横島の顔の前には、目を細めてニンマリとする金色の狐の姿があった。
「うっ……」
『あたし、きっと抱き心地がいいと思うの』
念話でタマモが話しかけてくる。
『ねぇ、ギュッとして、この、獣姦・や・ろ・う♪』
ドサッ
脱力した横島は床に突っ伏した。
「どうせ、どうせこんなオチだと思ったよ……あぁ、それでも引っ掛かってしまう自分が情けない……こんちくしょう……」
ヒョコヒョコと狐のまま近づくと、タマモは泣き崩れる少年の背中にチョコンと飛び乗った。
『あたしは強い男が好きなの。あたしを自分のものにしたかったら、うんと強くなってあたしを惚れさせてよ』
首を伸ばし、横島の目尻に浮かんだ涙をペロリと舌ですくいとる。
「ムチャ言うな」
『…………だから根性なしなのよ』
タマモはそのまま寝そべると、盛り上がった肩胛骨を枕にして身体を丸めた。
「俺をベッドにすんな」
『あったかくて気持ちいいのよ』
「どうせなら……」
『このまま、よ』
人の姿に戻ってくれというお願いを遮られ、横島は諦めて口と瞼を同時に閉じる。
確かに温かくて気持ちよかった。
気を抜くとウトウトと意識がもっていかれそうだった。
そんな、まったりとした午後の生ぬるい空気を、電話の呼び出し音が無粋にも切り裂いた。
『横島ぁ、電話ぁ』
出る気はないらしい。今にも眠りそうな念話が少年に伝わってきた。
「へいへい」
狐が背中から降りるのを待ってから、這うようにして電話に向かう。
四つん這いのまま、気怠そうにコードレスの受話器を耳に押し当てる。
「もしもし」
『あの……もしもし』
スピーカーから声が流れてきた途端、横島の投げやりな態度は一変した。
スクッと立ち上がると、まるで相手が目前にいるかのごとく直立不動の姿勢を取ったのだ。
理由は簡単だ。
相手は女性だ。それもかなり若い。
最初の一声でピクンと耳を動かした狐が、ゆっくりと身を起こし、電話に応じる少年の足下へと、トテトテと歩いていく。
「俺、横島忠夫っていいますっ! あぁ、これは神が仕組んだ運命の出会いなのか! お嬢さん、是非とも名前をお聞かせください、よければ電話番号も一緒に!」
『はい、あの、キヌといいます。電話番号は、えぇと、03-XXXX-XXXXです』
「おキヌちゃん、だね。うん、國府田マリ子のような高くて澄んだ美しい声に相応しい、とてもきれいな響きの名前だよ」
『あ、いえ、私、そんな……』
「会わなくても俺には判る。おキヌちゃんはその声と名前に似合ったとても清らかな心の持ち主だ。どうだろ、こうして話し合うのも何かの縁、直接会って愛を語ろ……」
喋りまくる横島の足下で、狐が大きく口を開け、
カプッ
ジーンズ越しに鋭い牙をふくらはぎに突き入れた。
「ノぉ〜!」
足を押さえて床の上を転げ回る横島には見向きもせず、タマモは素早く人の姿に戻ると、落ちた受話器を拾い上げる。
「もしもし、電話代わったわよ。で、あんた、何の用?」
淡々と応じるタマモは、恨めし気な眼差しを向けてくる横島を完璧に黙殺した。
キヌからの電話は、仕事を依頼するためのものだった。
しかし、待ち合わせ場所に向かう横島とタマモの足取りは重かった。
仕事の内容はまだ聞いていない。
問題だったのは待ち合わせ場所だった。
キヌが指定してきたのは、二人がお札の練習を行った、あの公園だったのだ。
「これって、やっぱりバレたんかなぁ?」
「貼り紙してすぐに依頼の電話、って時点で疑うべきでしょ」
「くそぉ、女の子を囮にするとは、なんとも卑劣な罠を」
悪気があって十字架を消し飛ばしたわけではない。いつまでも根に持って罠を張るとは言語道断だと、横島は憤慨する。
タマモはといえば、弁償させられて、また横島のまずい手製稲荷を食べる毎日が続くのでは、の一点のみを心配していた。
スッポかそうにも、相手は貼り紙を見ているから横島宅の住所と電話番号は知られている。
「こうなったらアレだ。シラを切るしかない」
「大丈夫?」
「あれだけ暗かったんだ。たとえビデオに撮られてたとしても、判るのは輪郭だけだ。知らぬ存ぜぬを決め込めば逃げられる。タマモ、絶対に言質をとられるなよ」
「うん、判ったわ」
覚悟を決め、二人は公園に乗り込んだ。
待ち合わせの相手は先に到着していた。
上は白で下は赤という衣装。髪は長い黒。電話で聞いていた相手の特徴とピッタリの少女が一人でポツンとベンチ前に佇んでいた。
横島は脇目も振らず、持てる力すべてを出し切ってダッシュした。
「あ、こら、待ちなさいってば!」
制止するタマモは遥か後方に置き去りだ。
「おキヌちゃ〜ん!」
「は、はいっ!?」
突然出現した、としか思えない少年の姿に、おキヌは目をまん丸に開いて硬直する。
横島はそんなおキヌの両手を、ここぞとばかりにしっかりと握りしめた。
「一目見て判ったよ、おキヌちゃんが俺の運命の人だったんだ」
「あ、あの……」
暖かな陽気だというのに、ヒンヤリとした手をしていた。が、その程度で横島の燃えたぎる情熱が冷やされることはない。
「今まで何をしても満たされなかったのは、きっと、おキヌちゃんが俺の隣にいなかったからなんだ。あらためて実感したよ」
「え、えぇと……」
白い着物に朱袴と、たとえ相手が巫女さん系コスプレイヤーだったとしても、愛さえあればきっと乗り越えられると、横島は頑なに信じていた。
「いいよ、何も言わなくても判るんだ。俺たちに必要なのはお互いを信じる心と、愛を伝える言葉だけなんだ」
「あ、哀、ですか?」
そう、相手が宙に浮いちゃってるような存在でも、互いを信じる心さえあれば……。
「浮いちゃってる?」
この時、ようやくタマモが追いついてきた。
グイッ
「いたっ、耳引っ張るな!」
「まったく、真っ昼間から公園で幽霊を押し倒そうとしてどうすんのよ!」
「幽霊!? あぁ、やっぱりそうなんか!」
地面にヘッドバットを繰り出す少年に溜め息を吐くと、タマモはキッと鋭い眼差しを巫女衣装の幽霊に突き刺した。
「こらっ、そこのあんたもポワッと赤い顔してない!」
「あ、あの、私、今口説かれたんでしょうか?」
「へ?」
「うわぁ、これってナンパってやつですよね。私、殿方から告白されるなんて初めてなんです。どうしましょう」
空中でクネクネと身悶えする幽霊。
ゴツンゴツンと地面に頭突きをかます少年。
「なんなのよ、こいつらは……」
マンションに帰ろうかしらと、本気で思い悩むタマモだった。
おキヌが先頭に立って(浮いて)二人を案内したのは、案の定、とんがり屋根から十字架を失くしたあの教会である。
すでに横島もタマモも腹を括っていた。
簡素な、平たく言えば貧乏くさい礼拝堂の中へ、おキヌは扉をすり抜けて入っていく。
後に続こうとした横島を、タマモがいつになく真剣な表情で引き留めた。
「横島、やばいわ」
「どした?」
ジージャンの裾を握りしめるタマモの手が固く強張り、小さく震えていた。
「すごい霊力……中にいるの、とんでもないお祓い師よ」
「やっぱり罠やったんか!?」
おキヌと名乗った幽霊から邪気はまるで感じ取れなかった。だから、二人は安心してここまで着いてきたのだ。
妖怪だから。
ただそれだけの理由で、タマモは生まれ落ちた直後からGSに命を狙われたという。
タマモの尋常ではない怯え方に、横島は奥歯をきつく噛み締める。
「タマモ、いざとなったら狐になれ」
「横島?」
「俺が抱えて逃げてやる」
フッと肩から力を抜き、タマモはジージャンの背中に額を合わせた。
「守ってやる、とは言ってくれないの?」
「無茶な注文すな」
「バカ……狐になったら、あたしのほうが走るのは速いわよ?」
「あぁ、俺ってまったくの役立たず?」
大丈夫、そう口の中で呟くと、タマモは身体を離して一人で立つ。
「ここできっちりと片をつけてやるわ」
「いいんか?」
「ええ」
二人は頷き合い、扉に正面から向きあった。
横島が手を伸ばして扉を押す。
ギイィィィ
「油くらい差せってぇの。信者が逃げるぞ」
そして、扉の向こう側には、
一人の鬼がいた。
いや、正確には、
鬼の形相をした一人の女性が、腕組みをして二人を待ち構えていた。
あとがき
ほんのりと純米の香りがする「その参」をお送りしました。
美神さんの出番が少ないですが、ちょうどいい区切りなのでご勘弁を。
なんというか漫画「GS美神」が持つ荒唐無稽さが足りないような気もしますが……
……ハッチャけた内容のSSは他の方に任せるということで……。
次回、冥子ちゃんが登場、今回断られたマンションが舞台になる予定。
たぶん、2週間以内には……アップしたいです。
前話にレスをつけてくれた方々へ、どうもありがとうございました。
>hiroshi さま
神父さんは次話に登場する予定。横タマ二人組のモグリな生活は今しばらく続きそう。
>wata さま
毎話レスに感謝です。微妙な距離の二人にヤキモキしてもらえると嬉しいなぁ。
>LINUS さま
縄張りを荒らされた美神さんですが、あまり意地悪くならないように注意したいです。
>HAL さま
尻尾の数は今のところ気にしなくても良さそうな。脳内プロットはGS試験前までしかない……。
法皇に神の祝福を。
>しばざくら さま
キャラに違和感がなければいいですね。タマモ派に受け入れてもらえると嬉しいです。
>D, さま
どっちが、というわけではなく、二人で一緒に成長していくようなお話が書きたいです。
>朧霞 さま
どちらかと言えば、二人は堂々とお日様の下を歩いてます。モグリの自覚なし……。
>猿サブレ さま
面白いと感じてもらえれば満足です。チュッは額から唇までの距離が遠いのよ……。
>偽バルタン さま
タマモが意外としっかり者なので、どうしても横島君が尻に敷かれてしまうのですねぇ。
>柳野雫 さま
できるだけ漫画版のキャラ像に近い形で出演させたいと思っているのですが、筆力不足が……。
>ゼフィ さま
ロリっ娘にならないような描写を心掛けています。はたして上手くいっているのでしょうか。
読んでくださったすべての方々に心からの感謝を。
でわでわ