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▽レス始

「お祓いしませう!? その弐(GS)」

Astaroth (2005-04-01 06:19)
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   お祓いしませう!? その弐


 横島は半信半疑だったが、タマモはかなり本気でやる気も満々だった。

 どうすればお祓い屋になれるのか、そもそも一体何をすればいいのかよく判っていない横島は、タマモの「任せておきなさいよ」という根拠のない大見得にただ頷くしかない。

 同居を初めて最初の三日間を、タマモはひたすら霊力の回復に努めた。稲荷寿司を主食とし、家主にはキツネうどんを無理矢理勧めて自分はそのお揚げをもらう。
 日中は狐の姿に戻り、ベランダから差し込む日光を浴びながらのお昼寝だ。夕方になって、高校から帰ってきた同居人にだらしない寝姿を見られようが、既に正体をバラしていたから気にすることもない。
 当然、家事なんかするわけがなかった。

「女の子と一緒に住む旨味がコレッぽっちもないやんか!」

 そんな文句も涼しげに尻尾を振って聞き流す。

 休養期間中、タマモが横島に出した指示は、筆記用具と紙の調達だ。
 家中から掻き集めた筆記具のうち、コクヨの筆ペンに合格点が与えられ、横島は放課後に文房具屋に寄って、同じモノを何本かまとめて購入する。
 ただ、紙のほうは少々問題があった。初めは書くモノに合わせて書道用の和紙を買ったのだが、
「墨をのせたら破けそうな紙で、どうしろって言うのよ!」
 とすげなく却下され、仕方なく画材専門店まで足を運ぶ羽目になった。

「えぇと、変なクスリを使ってなくて、天然素材100%の手漉きの紙、って注文なんすけど」
「こちらになります」
「たかっ! なんで紙一枚の値段が4桁もあるんだよ!」

 財布の中身と銀行の預金残高を思い浮かべ、憂鬱になる横島だった。これでお祓い屋が失敗すれば、タマモとともに路頭に迷うことは必至だ。
 今夜から稲荷寿司と味噌汁は手製でいこう、そんな所帯じみた思考に、さらに気分が暗く沈んでいく。

 世帯主の苦悩をよそに、買ってきた和紙が気に入ったのか、タマモは嬉しそうに頬の肉を緩めてクンクンと紙の匂いを嗅ぐ。
「懐かしいぃ。紙っていったら、やっぱりコレよ」
 お前は一体いつの時代の人だよ、と内心で突っ込みを入れてから、横島はリビングのソファに腰を落ち着ける。
 ガラステーブルを挟んで、向かいの床にタマモが正座する。ハガキを少し引き延ばしたようなサイズの和紙を綺麗に重ねて目の前に置き、神妙な面持ちで筆ペンを右手に取る。

「で、結局何をするんだ?」
「お札を作るのよ。見様見真似だけど、ね」
「札ぁ?」
「そ。これに霊力を込めて術を発動させるの」

 路地で妖女を焼き尽くした時、タマモが素手だったのを横島は憶えている。
「なぁ、それって二度手間と違うんか?」
「あたしが直接力を使ったら、他のお祓い師に感づかれちゃうでしょ。お祓いしに行って、反対にお祓いされるなんて洒落にもならないわ」
「そうなんか」

 それ以上説明されても理解できそうになかったので、適当に相づちを打って口を閉ざす。

 タマモは和紙の上に筆先を下ろすと、ゆっくりと慎重に、黒々とした墨で文字らしきものを描いていく。

 横島はその手元をじっと…………見ていなかった。
 彼の視線はもう少し上の場所で焦点が合っていた。

「ねぇ、そんなに見ていられるとやりにくいわよ」
「いや、気にせんと続けてくれい」
「面白いの?」
「面白いってか……興奮する」
「えっ!?」

 ここ数日、タマモはマンションから一歩も外へ出ていない。女の子用の着替えを買ってくる甲斐性など横島にあるはずもないから、彼女が部屋で着ているのは母親が残していったものばかりだ。
 サイズが合わない。
 それは無防備な箇所が多いということでもある。
 煩悩溢れる少年は、少女を見下ろす位置に陣取った自分の判断力に心からの喝采を送っていた。

“初めて会った時もノーブラだったよなぁ。
 あのワンピースの下はこんなんなってたんやなぁ。
 大きくはないんだけど、なんかこう、目が引き寄せられるっていうか。
 あぁ、あかん、手まで引き寄せられそうや。
 うっ、もうちょいで先端が……”

 テーブル越しに横島が身を乗り出した直後。

 ピシッ!

 まだ墨の乾かないお札がその顔面に叩きつけられた。

「アウチッ!」
「やけに鼻息が荒いと思ったら、ドコ見てんのよ、このスケベ!」
「ち、違う、誤解だ、俺はただ何を書いてんのかなぁと……」
「へぇ、横島ってお札を見て興奮する変態なんだ?」

 一つ屋根の下で暮らす女の子から変態呼ばわりされるほど屈辱的なことはない。
「すみません、胸見てました」
 あっさりと前言を撤回すると、ソファから降りて潔く土下座した。

「まったく油断も隙もないんだから。お陰で失敗しちゃったじゃないの」

「ちょっと待てぃ!」

 ガバッ、と横島が勢いよく顔を上げる。叱られて萎縮していた態度はそこには欠片も残っていない。

「それ一枚で稲荷が20個以上買えるんだぞ、気安く失敗すな!」

「えっ!?」

 今度はタマモが青くなる番だった。
「お、お稲荷さん20個ぉ……やだ、どぉしよう、緊張してきちゃった、もう脅かさないでよぉ」
 ブツブツ口の中で呟きながら、床に落ちている失敗作と真新しい和紙との間で視線をオロオロと泳がせる。
「その失敗したヤツ、どうすんだ?」
「あはは、えと、コレね。これはその……そう、練習用よ。いきなりぶっつけ本番よりも、前もって使い方を練習したほうが安心でしょ?」
 どうにか誤魔化そうという魂胆が見え見えで、横島はここぞとばかりに追及した。
「そんな自信のないものを本番で使おうとしていたわけか?」

 タマモの目が一瞬丸くなった。
 そして、何かを悟ったのか、偉そうにふんぞり返る横島に向かってニヤリと微笑んだ。
「ねぇ、横島?」
 攻守交代のチャンスを見逃すほど甘い性格はしていなかった。
「なにか誤解しているようだけど、お札を使うの、横島よ?」

「なんですとぉ?」

「まさか、あたし一人に全部押しつけるつもりだったなんて言わないわよね? 女の子一人に稼がせて自分は高みの見物? それって世間では“ヒモ”って言うのよ」

「マジ、ですか?」

「判ったら、さっさとどこかへ行ってちょうだい。これ以上失敗したら、お祓いが成功するまで食事抜きにするからね」

 どちらが家主なのか判らない台詞で追い立てられ、横島は不承不承キッチンに立て籠もる。
 そして、夕食のためのお米を研ぎながら、理不尽な己れの身の上を嘆き、そっと目元に涙を滲ませるのだ。


 夕食が終わってから、一張羅のワンピースに着替えたタマモは、お札の練習をすると行って横島を外に連れ出した。
 人気のない公園を目指して歩く道すがら、懇切丁寧にお札の説明をするのだが、横島から返ってくる反応はあまり芳しくなかった。

「っていうかさ、俺、霊力なんて欠片もないんだぞ。上手くいくわけがないって」

 ん〜、とタマモは顎に指先を当てて考える。

「横島はあたしの力を信じてないの?」

「いや、そんなことはないぞ」
 それは本当だと、横島は力一杯首を振った。
「あれだけスゴいヤツを見せられたからな。タマモが凄いってのは充分判ってるって」

「それなら大丈夫よ」
 タマモは隣を歩く少年の背中を軽く叩き、ニッコリと笑った。
「お札を使う自分じゃなくて、お札を作ったあたしを信じればいいの」
「なんか微妙にバカにされてるような気がするんだが」
「失敗したお札だけど、途中まではあたしが一生懸命想いを込めたのよ。横島はそれを形にする切っ掛けを与えるだけ」
「うぅ、やっぱ自信ねぇ……」
「情けないんだから、もう」

 二人が着いたのは、特別な遊具はないもののボール遊びができる程度の広さはある区立公園だ。
 茂みやベンチの裏にデート代をけちるカップルが潜んでいないことを確かめてから、園内のほぼ中央で足を止める。

「火を点けるの持ってきた?」
「お、おう」
 問いかけに、横島はジージャンのポケットから父親が置いていったジッポと、タマモが書き損じたお札を取り出した。
「さっきも言った通り、それにはあたしの狐火が封じられているから。意識を集中してお札の中のあたしを感じてみて」
「わ、判った」

 横島は瞼を閉じ、手にした和紙の感触に全神経を差し向けた。
 タマモの力……タマモの力……。

“タマモっていえば、やっぱり初めて会った時のフニフニだよなぁ。
 いや、バスタオル脱落事件も捨てがたい。
 あの衝撃映像は俺の人生の中のベスト・オブ・ザ・ベストだ。
 いいモン拝ませてもらったなぁ……”

 ふと、手の中の札が熱を帯びていることに気がついた。

「な、なんか、いけそうな気がする」

「よぉし、横島ぁ、ドカーンといっちゃえ!」

「まかせろっ!」

 シャキーンとジッポの蓋を鳴らし、シュボッと一発点火。

「いくぞ、一枚1200円の美濃和紙の威力を見せてみろ!」
「お稲荷さん20個分の底力よ!」

 ライターの炎の先がお札の端を舐めた直後、

 眩い白色の光球が横島の前に出現した。
 思わず腕で視界を遮ったほど、放射される輝きは圧倒的で威圧的だった。

「す、すげぇ!」
「やったじゃない! ほら、早く投げてみなさいよ!」
「お、おうよ」

 とりあえず壊れにくそうなモノ、と視線を巡らせ、横島は一柱の外灯に目をつけた。

「飛んでけぇ!」

 大きく振りかぶった右手をひと振り。

 と同時に

 ヒュン

 炎球が猛烈な速度で空中を横切り、薄闇の中で一本の残像を残す。

 実際にボールを握って全力投球したところで、これほどまでのスピードは出ないだろう。
 横島が放った光の玉は真っ直ぐに外灯に向かって飛行し……。

「「あっ」」

 そのすぐ横を通過していった。

「どこを狙ったの?」
「……面目ない」

 幸い、光球は障害物に当たることもなく、公園の敷地の外に飛び出して、民家の間をすり抜けていく。

 ホッ、と二人が胸を撫で下ろしたその時。

 ドカーン!

 とんがり屋根の天辺に乗っていた十字の形をした飾り物に衝突した。

「「…………」」

 閃光と衝撃音が夜空に吸い込まれて消えた後、とんがり屋根の上には何も残っていなかった。

 横島とタマモは互いの顔を見合わせると、クルリとその場で回れ右をした。

「と、とりあえず、練習は成功したってことで」
「そ、そうよね、威力も確かめられたことだし」

 二人は揃って公園の出口に向かって歩き出す。なぜか、徒競走の選手並の速度だったが、緩めようという気は微塵もない。

「ほら、あれだ。屋根の上の変なモノがなくなって、隣の家の日当たりも良くなって万事OKな?」
「だいたい屋根の上に乗っけるんなら、雷の直撃にでも耐えられるぐらいの丈夫なモノにしなさいって」
 公園を出ると、一目散でマンションを目指した。
「あんなトコに教会があったなんてなぁ」
「教会?」
「西洋の神様を祀ってるトコだよ」
「ふ〜ん、お稲荷さん20個の和紙に負けてるようじゃ、西洋の神様もたいしたことないわね」

 幸い、逃亡する二人を目撃する者もなく、この晩に発生した奇妙な十字架消失事件は迷宮入りとなる。

 結末が予定外だったため、タマモは気づかなかった。
 失敗したお札には、あれほどの威力は込められていなかったことに。


 土曜の午後。
 高校の授業が終わってからすぐに帰宅した横島は、キツネうどんで昼食を済ませると、タマモとともに街へ出た。
 何の実績もない二人が飛び込みで仕事を取れるはずもない。

 頼りとしたのは、タマモの嗅覚だった。

 人が大勢集まる場所には必ず澱みが発生する。そこで生じる霊障を嗅ぎつけて仕事にしてしまおう、というわけだ。
 無論、街中を歩き回るだけでそう簡単に発見できるとは楽観していない。
 ただ、タマモはこの街に来た初日に横島と巡り会った自分の強運を信じていた。
 今日がダメでも明日がある。さらに言えば、横島の財布が空になるまでの間に、1件でもいいから仕事になればいいのだ。

「ま、なんとかなるだろう」

 それが二人の出した結論だ。

 まずは駅周辺の繁華街を大きく迂回するコースを歩き、次第に捜索範囲を狭めていく。
 自縛霊や浮遊霊はそこかしこに存在していたが、タダ働きは御免である。人様に迷惑を掛ける程度にはタチが悪くあってほしい。欲を言えば、見掛けは派手でもそれほど強くなく、横島の使うお札で見事に散ってくれる相手が望ましい。

 そんな都合の良い相手が…………。

 いた。

 タマモは小躍りしたくなる気持ちを抑えながら、隣を歩く相棒の名を呼んだ。
「横島!」

 返事はなかった。
 慌てて横を見る。
 一緒に歩いていたはずの少年の姿はどこにもなかった。

「ちょ、ちょっと、どこへ行ったのよ」

 気を落ち着かせ、嗅ぎ慣れた匂いを辿って歩いてきた道を引き返す。
 角を曲がり、交通量の多い道路を渡った先に、横島はいた。

「あのバカ!」

 横島は二十歳前後の若い女性となんとも嬉しそうな顔をして話し込んでいた。
 風に乗って、お気楽な彼の声がタマモの耳にも届いてきた。

「え、お姉さんも待ち合わせっすか? 奇遇だなぁ、俺もなんすよ。でもなんかスッポかされたみたいでどうしようかなぁなんて思ってたトコだったりするわけで。お姉さんはどれぐらい……えぇ!? 約束の時間から5分も過ぎてる? そりゃダメっすよ、罪です、死刑ですよ、お姉さんを待たせるなんていっぺん頭を叩き割ったほうがいいって。あ、そうだ、相手が来るまで俺と楽しく語らいながら過ごすってのは? ちょうどいい場所に美味しいケーキ屋さんがあるんすよ。そこからなら待ち合わせ場所もよく見えるし……」

 喋りまくる横島よりも、相手をしていた女性のほうが接近に気づくのは早かった。

「残念ね、あなたの待ち人のほうが先に来たみたいよ?」

「!?」

「よ・こ・し・まぁ〜!」

 呼ばれた当人は恐ろしくて振り向くことができなかった。

「頭を叩き割ったほうがいいのはアンタでしょうが!」
「か、堪忍やぁ」
 グイッと耳朶を後ろから引っ張られ、横島は情けない悲鳴を上げて許しを乞う。

「可愛い彼女をあまり怒らせたら駄目よ」
 仲良くね、とにこやかに手を振りながら女性は去っていく。

「あぁ、お姉さん、名前と電話番号!」
「いい加減にしなさい!」
 タマモの怒りは収まらない。自分は仕事になるネタを本気で探していたというのに、この男は人の苦労をよそに、こともあろか軟派にいそしんでいたのだ。
「何しに来たと思ってんの!」
 容赦なく耳を引き寄せ、怒号を相手の鼓膜にぶちかます。
「せ、せやかて」
「だいたい、あたしが横に居るのに、なに他の女にちょっかい出してんのよ!」
「あ、あのなぁ、ヤらせてくれん子よりも、少しでも可能性のある相手に賭けてみる。これは男の本能とも言えるわけで……」
「その本能の源を、今この場で根本から消し炭にしてあげましょうか?」
「うぐっ」

 周囲の好奇に満ちた視線に臆することなく、タマモは横島を引きずるようにして先ほどの場所へと戻っていく。
「世話が焼けるんだから。仕事が見つかりそうなんだから、もっとチャンとしてよね」
「ほんとか?」
「小粒な悪霊、って感じね。周りは人の気配でザワついてるから、ちょっとした騒動になってるみたい。きちんと交渉してよ?」
 途端に、横島の背骨にシャンと芯が通る。
「任せろ、生粋の大阪芸人の交渉術を見せてやる」
 世間的にはタマモよりも横島が年上になる。まして、この時代の常識に疎いタマモを話し合いの前面に出すことは不安材料でしかなかった。

 タマモが案内したのは商業施設が建ち並ぶ繁華街の一角だ。
「あそこか」
 二人の視線の先には、鉄板の防壁で囲まれた古い工場跡。
 前の道路には何台かの工事用車両が停まり、その周りでは黄色いヘルメットを被った男たちが所在なげにうろついている。

 横島は最初に一番偉そうな男を捜す。
 簡単に見つかった。黒塗りの乗用車の脇に一人だけ背広姿の男が立っていた。現場の監督らしい作業服の男と深刻そうな表情で話し合っている。

「よし」
 自分自身に気合いを入れ、横島はそちらへと足を踏み出した。
 足取りはしっかりしている。
 頑張ってね、というタマモの応援に手を振り返すだけの余裕もあった。

「こんちわ〜」
 男たちに近づくと、できるだけ暢気な声で話しかけた。
 背広姿と作業服の両方の男が同時に訝しげな目を横島に向けてくる。
「どうも悪霊でお困りのようですが、手っ取り早い解決方法を試してみませんか?」
 年齢差を相手に抱かせてしまったら負けになる。飄々とした態度を崩さず、視線を背広の男の口元に真っ直ぐ当てて逸らさない。
「GSかね?」
「し、しかし、随分と若いように見えますが……」
 一般ではGSに年齢は関係ないとされている。信憑性はともかく、横島はその噂を逆手にとる。
「工期が遅れると、それだけ人件費やら何やら嵩みますよね。どうです、手早く対応するのが最も賢い選択だと思いますよ。今なら格安で承りますが?」
「君にそれほどの経験があるとは思えないのだがね、本当にできるのかね?」
 背広の男が半信半疑で聞き返す。
 質問に正直に答えるような交渉は最低だ。
 横島はニッと唇の端で笑うと、右手の指を一本立ててみせた。
「百万でどうです?」
「なに!?」
 男たちの反応に、横島は内心で舌打ちする。高すぎたのか。
 が、結果はまったくの正反対だった。
「昨日相談しにいったGSは1億だと言ったぞ!」
「ああ、それはボリ過ぎですね。まぁ、こちらが安いというのも認めますが。もちろん成功報酬です。失敗してもそちらの懐は痛まない。成功すれば、支払うはずだった9千9百万が浮く。別段、分の悪い賭けではないと思いますよ」
「おもしろい、任せてみようじゃないか!」
 男の態度は半分以上投げやりだったが、それだけ、藁にでも縋りたいという思いがあったのだろう。
「ただし、すでに第一級の霊障として役所に届け出ている。敷地内で何が起ころうとも私たちは一切の責任は負わないぞ」
「それが自分たちの仕事ですから。それじゃあ、30分で片づけてきますんで、封筒に現金を入れて待っててくださいよ」

 軽く頭を下げ、横島は二人に背を向けて歩き出す。
 離れると、すぐにタマモが駆け寄ってきた。
「やったじゃない!」
 小声で健闘を褒め称えた。
「いやもう、膝がガクガク」
「全然そうには見えなかったわよ」
「ああいうタイプは、こちらが弱気を見せたら相手にしてくんないからなぁ」
 すぐ横に並んだ少女へ、気弱そうに苦笑する。
「それよりも、これからのほうがよっぽど怖いよ。なぁ、やっぱりタマモがやんないか?」
「何言ってるのよ、ここまで来たんだからしっかり根性見せてみなさいって」
 背中を叩かれ、防壁の一部に設けられた潜り戸を通って工場跡地に入っていく。

 霊力を持たない横島ですら、一瞬身震いをしたほどに禍々しい霊気に満ちていた。
「うん、想像していた通り、たいしたことないわね」
「こ、これでか?」
 しれっと言ってのけるタマモに、横島は本気で逃げようかなと考える。
「あ、逃げる、なんて言ったらあたしが燃やしてあげるから」
「うぅ、俺に味方はいないんかい」
「バカねえ、あたしが一番の味方でしょ」
 背中に火炎放射器を突きつけてくるような味方はお断りだ、とは間違っても言えない横島だった。

 タマモの嗅覚を頼りに悪霊のいる場所へと移動する。
『ここはオレの工場だっ! 再開発など許さんぞ、出て行け!』
 腹の底を揺さぶる唸り声。
「うわぁ、タチ悪そう……」
「死んでからも迷惑かけるなんて、ほんと人間ってダメよねぇ」
「生きているうちから迷惑かけまくりの狐もタチ悪いっす」
「何か言った?」
「い、いや、なんにも」

 物陰から顔を覗かせ、そっと向こうの様子を窺ってみる。

 フロアのほぼ真ん中で、赤黒い人の形をした光が浮かび上がっていた。
『オレの工場だっ、誰にも渡さんぞ!』
 ウロウロ歩き回っているかと思えば、突然立ち止まって軋むような声を張り上げる。そのたびに床に散乱した廃材がでたらめに宙に舞い上がった。

「なんか萎えそう……」
 顔を引っ込め、横島はその場に蹲る。武者震いか、全身が小刻みに震えてくる。

 と、タマモの顔がそっと近づいてきた。

 コツン

 二人の額が重なり合う。

「大丈夫よ、横島ならできるわよ」

 フワリ、と甘い香りが二人の間を横切り、

 チュッ

 優しいキスが少年のおでこに舞い降りる。

「元気、出た?」

 目をパチクリさせていた横島の表情が、次第に引き締まった男の顔に変わっていく。

「なんか、俄然やる気が出てきた」

 スクッ、と立ち上がる。身体の震えはもう止まっていた。
 自分は信じられなくても、タマモの力は信じられる。
 躊躇なく、物陰から開かれた空間へと身を躍らせた。

「そうこなくっちゃ!」

 少女の声援を背中に浴び、横島は敢然と悪霊と正面から向き合った。
 シャキーンとジッポの蓋を甲高く響かせて、ポケットからお札を颯爽と取り出した。

「まずは、タマモ流幻術1200円分!」

 術が発動した瞬間、当たりの雰囲気が一変する。
 対象者に過ぎ去りし日の幸せな夢を見させる幻術だ。

 悪霊の気が逸れた隙を狙い、

「で、タマモ流結界1200円!」

 相手の動きを完璧に封じ込めた。

「最後は大奮発して、狐火2400円分を喰らいやがれ!」

 2枚同時に発火させると、身動きとれない悪霊目掛けて、遠慮なく叩き込んだ。

『ぐおぉぉぉぉ!』

 白色の閃光が悪霊を包み込む。
 工場跡内を閃光が突き抜けた。

 後には、何も残らない。
 禍々しい空気は完全に一掃されていた。

「や、やったのか……?」

 バン!

 タマモの小さな手が横島の背中の上で大きな音を鳴らした。

「やったじゃない!」
「俺……できたんか」
「そうよ、やったのよ、百万よ!」

 見つめ合う二人の顔が、どんどんとだらしなく緩んでいく。

「タンパク質じゃ! 一週間ぶりに肉が食える!」
「もう横島のまずいお稲荷さんを食べなくて済むのよね!」

 横島とタマモの、二人のお祓い屋稼業はこうして始まった。


あとがき
 ようやく、1つめのお仕事が完了です。
 なんか、作者は「チュッ」が好きみたいです。
 次回、仕事を取られた美神、怒りの登場です。
 ……なんとかGS試験までは連載続けたいですねぇ……。

 前話にレスをつけたくださった方、感謝の気持ちで一杯です。

>wata さま
 ラブコメ、なのでしょうか? 書いてる本人もよく判っていなかったりします。

>朧霞 さま
 これまでのSSにはない、新しいタマモの姿を模索中。可愛いといいなぁ。

>HAL さま
 原作では出番の少なかったタマモの補完計画発動? 尻尾の数は、まだ内緒。

>法師陰陽師 さま
 おキヌちゃんは次回に登場の予定。でも、脇ですから……。ざぁんねん!?

>しばざくら さま
 一方的に頼られるのではなく、対等な関係を目指して描きたいと思ってます。

>LINUS さま
 いや夫婦にはまだ早いっしょ。その零で予告した通り、モグリ開始です。

>柳野雫 さま
 仲良く喧嘩しながら、コツコツと関係を築いていきたいなぁ、と思案中です。

>KZG さま
 応援のお言葉がなによりも励みになります。次回も頑張るぞぉ、の予定。

>Dan さま
 ようやく話が回り始めた、ってところですね。GSキャラをどう絡ませるかが問題ですね。


 この話を読んでくださったすべての人に感謝の気持ちを。
 ありがとうございました。

 でわでわ

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