ゴールデンウィークも終わった5月のある日。
「横島君ちょっとこっちへ来てくれない。」
「うぃ、了解です。」
令子に呼ばれた横島は令子の机の前に立つ。
「で美神さんいったい何でしょう?」
「まあ待って。みんなちょっと横島君と話したいんで二人だけにしてくれない。」
「はい、分かりました美神さん。」
「美神どのー、拙者もだめでござるかー?」
「ふーん、何か怪しいわね。」
「美神さん! 遂に禁断の「真面目な話なの!!」・・はい、すいません。」
令子のあまりの剣幕に不満を口にしていたシロタマもおキヌと共に黙って部屋を出て行く。
「行ったか。じゃあ横島君、話に入る前にこれを渡しておくわ。」
そう言い令子は一枚のカードを手渡す。
「え? これって俺のライセンス? 何で? 俺別に無くしてないですよ。」
「ランクを見てみなさい。」
「ランク? え? えーーーーー!! らっ、ランクBぃーーー!!」
あまりのショックに大声を出してしまう横島。
「声がでかい! ったくうるさいわねー。
そう、ランクBよ。」
「何でですか美神さん! 今まで俺ランクEの見習いだったのに。」
「まあ横島君の実力を正当に評価したってのが半分、残りは・・・・・私の事情かな?」
背もたれに寄りかかり少しはにかみながら令子が答える。
「美神さん! やっぱり俺に惚れ(ギン!!!)・・すいません、続きをどうぞ。」
「とにかくあなたはこれからランクB。となるとバイト扱いのままっていうのもあまり良くはないのよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「で、これが雇用契約書、美神除霊事務所の正式な職員としてのね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「当面はバイトの時と同じく学校に行っている時間以外での勤務時間となるけど。
・・・・・・・・横島君、どうかした?」
「いえ、なっ何か予想もしていなかったことが起こっているんで、現実感がちょっと・・・・・・」
(クスッ)「心配しなくてもこれは現実よ。」
「はぁ、そうですか・・・」
「それでね、この契約書にサインしてくれれば横島君は美神除霊事務所の正式な職員となる。で横島君はランクBよね。
となると私はそれ相応の給料をあなたに払わないといけないわけよ。」
「えっ? きゅ給料も上げてくれるんですか?」
「もちろん! 学校に行っている時間以外と休日に働くとして、給料は月45万円プラス歩合制。夏休みなんかで朝から出てこれる日が多い月は60万円になってプラス歩合。歩合の部分は横島君が参加した除霊の報酬の必要経費を差し引いた利益の5パーセントよ。
ただし、学生の間はあまり大金を渡すのもどうかと思うんで横島君に渡すのは月15万円まで。それ以外は銀行に口座を作って振り込んどくわ。
・・・・・それでいい?」
「本当? 本当にそんなにもらえるんですか?!」
「本当よ、それで納得したら契約書にサインして。」
「もっ、もちろんっすよ。あっ、ハンコは拇印で良いっスか?」
「ええ、いいわよ。」
そう令子は笑顔で答え、横島はサインをし拇印を押す。
「美神さん、これでいいですか?」
「どれ?・・・・ええ、いいわよ。これで横島君は正式にウチの従業員ね。(ニコッ)」
「そうですね。どうもありがとうございます。」
横島は令子に頭を下げる。
「いいのよ別に。(ニコニコ)」
「いやー、でもこれで袋ラーメンの日々から脱出できますよ。
俺も高給取りですからねー。」
「そうね。(ニヤッ)」
「うーっし、頑張るぞー。」
「ホント頑張ってね横島君。
除霊中に発生した損害の賠償金はあなたも払うんだから(ニヤッ)」
「へっ?!」
「だから賠償金よ。今までは私が全額払っていたけど、これからは横島君にも負担してもらうわ。」
「えー! 聞いてないっすよー!!」
「契約書に書いてあったんだけど?」
「そっ、そんなー! 嬉しくてそんな所まで読んでませんよー!!」
「あらだめじゃない契約書はきちんと読まなきゃ。」
「美神さん! ちなみに負担はどれくらいですか?」
「・・・5パーセントよ。」
「あーよかっ「私が・・」たって・・・へっ?」
「だから私が5パーセント。」
「ってことは・・・・・俺が95パーセントっすかー!! あーやっぱり袋ラーメンの日々は続くのかー!!」
舞い上がっていた横島は一気に奈落の底にたたき落とされる。
「まあ損害を出さなきゃ良いわけだから、除霊の時は今まで以上に真剣にね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・はい。・・・・・・トホホ。」
薬が効きすぎたかと苦笑いの令子と蹲ったまま立ち上がれない横島。
令子は椅子から立ち上がり横島の傍らに寄って立たせる。
「ほらほら立って! じゃあ後はお茶でも飲みながら話しましょ。
おキヌちゃーん!! 私と横島君にお茶ちょうだーい。」
「はーい! 分かりましたー!!」
二人はソファーに向かい合って座るが、横島はまだ肩を落としたままだ。
そこへおキヌがお茶を運んでくる。
「お茶がっ・・・・って、どうしたんですか横島さん、元気ないですよ?」
「何でもないわおキヌちゃん、後で話すから。お茶ありがと。」
「・・・・わかりました。それじゃあ・・」
横島の代わりに令子が答え、おキヌは横島のことをチラチラ見ながらも部屋を出て行く。
令子はお茶でのどを潤すが横島は俯いたまま口も付けない。
「それじゃあ続きを話すわよ。・・・・ほらぁ横島君、顔を上げて!」
「・・・はい。」
ようやく横島は顔を上げ令子を見る。
「でね、横島君ってもう18歳よね。」
「はい、そうですけど・・・・・。」
令子の質問の意味が理解できず戸惑う横島。
「じゃあ横島君には自動車教習所に通ってもらうわ。そこで普通免許と自動2輪免許を取りなさい、費用は私が持つから。」
「えっ、また何で急に?」
「もちろん二手に分かれて除霊作業をする時の為よ。今までは横島君側は電車やバスだったでしょう、待ち時間なんかがもったいないじゃない。もっと効率よくやる為よ。
それだけじゃないわ、小型船舶の免許も取ってもらうからね。除霊はどこであるか分からないから。まあ流石に飛行機は無理だけど。
それに教習所に通っている間も勤務時間として認めるから給料が減ることも無いわ。」
「そっ、そこまでしてくれるんですか。でも何で?」
「横島君もウチの従業員なんだし、除霊に必要になるかもしれない資格は取ってもらってどんどん活躍してもらわなくちゃ!
・・・・・・・・給料がもったいないし・・・・・ね。」
そうはにかんだ笑顔を浮かべて令子が答える。
「分かりました! 俺頑張りま「まだよ。」・・・・へ?」
「まだ話は終わってないの。この間海外での除霊があったでしょう?」
「ええ、ありましたね。」
「きっとこれからも同じような事がある。その時には横島君にも一緒に行ってもらうわ。ランクもBだから前のような問題は起こらないでしょうしね。」
「はあ。」
「当然期間が長くなる可能性もあるわけよ。」
「・・・まあ、そうでしょうね。」
令子の言いたい事が今ひとつ理解できない横島。
「で、そのことを考えると・・・・・・・・・・・・・・横島君にはきちんと学校に行ってもらいたいわけ!! もちろんいざという時の為に出席日数を稼いでおくってのもあるけど、きちんと勉強もするのよ。補習なんて一切認めないからね!! ましてや留年なんて事になったら・・・・・・・うふふ・・・・・・うふふふふふふふふふふ。」
笑いながら神通棍を取り出す令子、次には銃まで取り出す。
「わっ、分かりました・・・・。頑張ります。」
横島は身の危険を感じながらも何とかそう返事をする。
「・・・・・さっきよりー、随分とー、声がー、小さいわねーーー!!!」
そう言いながら神通棍を伸ばす令子。
「頑張ります美神さん!!!!」
「よろしい! 頑張ってね横島君。
・
・
・
一度しか言わないけど、・・・・頼りにしてるわ・・・・心からね。」
そう言って満面の笑みを浮かべる令子。
「・・・み・か・みさん・・・」
横島は顔を赤くし満足な声も出せない。
「じゃあこれから出かけましょ。ウチの正規な従業員になったんだからいつもGジャン・Gパンじゃあ拙いでしょ。スーツを一揃えと他のもちょこちょことね。その後はみんなで外食ね、ぱーっとやりましょ。
これは私からのお祝いよ。」
「美神さん・・・・・・ありがとうございます!」
よこしまは心から感謝をし、頭を下げる。
「いいのよ。ああ、おキヌちゃん達にはあなたから説明してね。それとみんなにも一緒に出かける件を言っておいてね、夕食も外食にするって。
じゃあ私は着替えてくるから。」
そう言って事務室を出て行く令子。
その足取りは実に軽かった。
「おーいおキヌちゃん・シロ・タマモー!」
横島がそう言ってドアを開けると三人が近寄ってくる。
「お話は終わりましたか横島さん?」
「うんまあね。」
「先生! 一体どんな話だったんでござるか? 拙者には話せないような事なのでござるか?」
「いやっ、そんな事は無いぞ。実はだな。」
「「「実は?!」」」
「美神さんが俺を正式にこの事務所の従業員にしてくれたんだよ。
給料も上げてくれるってさ。」
「「「えー!!!」」」
驚く三人。
「ほっ、ほんとでござるか先生。」
「ああ、本当だ。」
「よかったですね横島さん。」
「ありがとうおキヌちゃん。」
「美神も思いきったわねー、横島を従業員にするなんて。・・・・・まあ、おめでと。」
「おうサンキュ、でーも・・」
横島はそこまで言うとタマモの頭を強めに撫でる。
「褒める時くらい素直に褒めろ・・・・この・・・この(ガシガシ)」
「うぁあーー、やーめてー(ガクガク)」
「せんせぇー拙者もー。」
「おういいぞ、ほれほれ(ガシガシ)」
タマモだけでなくシロも撫でつける横島。
「やめてったらー(ガクガク)」
「くーん、せんせぇー。」
その光景を見ておキヌは苦笑いを浮かべている。
「あーひどい目にあった。横島! 女の子の髪をなんだと思っているのよ。もーボサボサじゃない!」
「ん? じゃあどうして逃げなかった? 別に押さえつけて撫でてたわけじゃないぞ。」
「うっ!」
タマモは上目遣いで睨むが横島はどこ吹く風である。
「まあまあタマモちゃんも抑えて、じゃあ今日はお祝いですね横島さん。」
「それがね美神さんが今日の夕食はみんなで外食にするってさ。みんなも準備してきたら?」
「そうなんですか、分かりました。じゃあ準備してきます。」
「拙者もー。」
「待ちなさいよ! バカ犬。」
「狼でご・・・・・・」
三人が事務室を出て行くと横島はため息を一つ吐きソファーに腰掛ける。そこへ、
『横島さんよかったですね。おめでとうございます。』
と声がする。
「サンキュ人工幽霊一号、これからもよろしくな。」
『こちらこそ、横島さん。』
人工幽霊一号と横島は短い会話を交わす。
横島の心の中では先程の、
『頼りにしてるわ・・・・心からね。』
その令子の一言が静かに染み渡っていった。
「みんなそろったわね。じゃあ行きましょうか。」
「はいはーい、拙者お肉がいいでござるー。」
「えー! 油揚げよー。きつねうどんがいい。」
「まあ待ちなさい、今日の主役は横島君なんだから。従業員が着た切り雀じゃウチの名折れよ。
先ずは紳士服売り場ね。スーツやその他一式揃えるわよ。」
「そうですね。横島さんがスーツを着てたのって、私が幽霊の時に美神さんのフィアンセの真似をした時と、六女の霊能バトルの時くらいでしたっけ? でもあの時のスーツやトランペットってどこから出したんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「横島さん、どうかしましたか?」
凍りつく横島に首をかしげるおキヌ。すると令子が、
「ちょっとおキヌちゃんこっちこっち「はい?」・・・
(ひそひそ)だめよそんなところに突っ込んじゃ、ああいうのは業界じゃあ『おやくそく』って言うのよ。
せめて文珠の力って事で納得しておきなさい。」
「(ひそひそ)わ、分かりました美神さん。」
「せんせぇートランペットって何でござるかー?」
「あぁー! 若さゆえの過ちを責めんといてー!! 女子高がー! 女子こーせーがー! 甘酸っぱい香「やかましい!!」(ガスッ! ベキ!・・・・・・・)・・・ふっ、燃え尽きたぜ(バタッ)。」
「あぁ、せんせぇー何故そんな姿にー!」
「(ツンツン)ねぇ美神、こんなの従業員にして大丈夫なの? スーツで外身を飾るより中身の矯正が先なんじゃない?」
シロは床に転がる物体(?)を揺すり、タマモは爪先でつつきながら美神に問い掛ける。
「ははっ・・・・・・・・・・・・そうかも。」
令子も少し考え直そうかと思案する。
「だっ大丈夫ですか横島さん、今ヒーリングを。」
「あーいらないいらない。
さー行くわよ横島君!!」
(バッ!)「了解です、美神さん!」
流石は横島。ギャグモードの時は瞬時に復活。
「すごいでござる。人狼の超回復も真っ青でござる。流石は先生でござる。」
「横島って妖怪の仲間に区分した方が良いんじゃない?」
「俺はにんげ「さっさとしなさい!!」・・はい。」
美神除霊事務所一行はデパートへと向かった。
「うん、スーツはこんなものかな? 着心地はどう横島君?」
「なんか着慣れないもんで少し窮屈なような。」
「まあ着ていれば慣れるわよ。後は裾上げね。
すいませーん! 裾上げお願いしまーす!」
係員が着て裾上げの調整をしている間も談笑している令子と横島。
「うぅー、美神さんずるい。」
「拙者の先生でござるー。」
「なーんか新婚さんみたいにくっ付いてるわね二人とも。」
少し離れたところで見つめる三人、あまりの仲の良さになかなか入っていけないでいる。
「じゃあ支払いはカードで、裾上げが終わったらまとめて美神除霊事務所に届けてね。」
「はい、かしこまりました。お買いあげありがとうございました。」
「げっ! みっ美神さんこれかなりの金額ですよ。・・・いいんですか?」
「いいのいいの、私からのお祝いなんだから。それに横島君にこんなに投資するのはたぶんこれっきりだろうしね。」
「投資って、俺は先物取引かなんかですか。」
「おぉ、鋭い! 正にそれよ。暴落なんかしないでね。」
「・・・・・・・・はい。」
つい先日はお金がもったいないと繰り返していた令子なのだが、ここにきて吹っ切れたように気前が良くなっているし機嫌も良い。
そんな令子の姿を見て横島も気持ちが軽くなるのを感じていた。
「次はっと、スーツ用の靴と・・・・うーん普段着を何着か・・・ね。行くわよ!」
何故か暗くなっている三人に明るく話し掛ける令子。
「「はーい(でござる)。」」
「はーい分かりました。お・く・さ・ん」
おキヌとシロは素直に返事をしたが、タマモはここぞとばかりに意地の悪い答えを返す。
「(ボッ!!!)なっ、何を言うのよタマモ。」
「「「「えっ?」」」」
一瞬で赤くなる令子の顔、返す言葉にも強さが無い。
「驚いた。美神がこんな素直な反応をするなんて。」
「みっかみさーん! やっぱ「時と場所を考えんかい!!」(ドゲシッ!!)・・ぐわぁー。」
「はっ、速い! 人狼の拙者が反応できないほど先生も美神殿も・・・・・・」
「うぅー、美神さんばっかり。私もがんばらなくちゃ。」
「(ツンツン)生きてるー横島?」
「たっ、タマモ。心配してくれるんなら不用意な発言は避けてくれ。命がいくつ有っても足らん。」
「あんたの回復力を見れば、命なんて一つでもおつりが来るぐらいだと思うわよ。」
「あーもう、みんな行くわよ。」
「「はーい。」」
「うっす(復活)。」
「ほらやっぱり。」
「それでは横島君の従業員への昇進を祝って・・・・・・・かんぱーい!」
「「「かんぱーい!!」」」
「ありがとうございます。」
ここは味と豊富なメニューで評判の日本料理店、買い物を終えた美神除霊事務所一行は夕食(宴会?)タイムとなっていた。
「この料理美味しいですね横島さん。」
「そうだねおキヌちゃん。おキヌちゃんのほっとするような味付けも美味しいけど、ここのもなかなかだね。」
「あ、ありがとうございます横島さん。私ここの料理を見習ってもっと美味しい料理を作りますね。」
「うん、楽しみにしてるよ。」
「はい!」
「美味い! このお肉とっても美味いでござる。」
「あー! この煮付けの油揚げ、味が浸みててとっても美味しい。」
そんなみんなの楽しそうな光景を見ながら、令子は一人日本酒を飲んでいた。
実際のところ、自分でも今日は浮かれ過ぎていると思っていた。
タマモにからかわれた時も、軽く流す事が出来ないのに自分自身が戸惑った。
いつも同じ格好をしている横島に色々な服を着せてその姿を見るのが楽しかった。
最初は単なるバイトだった。極度の女好きには注意が必要だったが時給250円でこき使え、節税(令子主観)の助けにもなった。
こんな奴は有能なバイトが現れたらいつでもクビにするつもりだった。
そんなセクハラ小僧に、自分はいつしかこんなにも頼るようになってしまった。
いつでも自分をリラックスさせて充分な実力を発揮できるようにしてくれる。
どんなに困難な状況でも、横島がいてくれれば最後はどうにかなるような気がする。
ふと考えるのは自分の前世。あんな別れ方をした二人があーーんな出会いをして、今のこんな状況にまでなるなんて。
人の縁てホント分からないわね。
そう令子は一人笑う。そこへ“スッ”っと徳利が差し出された。
「どうぞ美神さん。」
「ありがと横島君。どう、楽しんでる?」
「はい。料理も美味しいし、何よりみんなとこんな時を送れるのが本当に楽しいっす。」
「そう、よかったわ。」
「これも美神さんのおかげですよ。」
「(フッ)そんなんじゃないわ。私は横島君を正当に評価しただけだもの。
それに、・・・・・・・・・・・・今まで冷遇していた分をほんの少し返しただけよ。」
「美神さん・・・・・・・」
何やらいい雰囲気が漂い始めるが、
「せんせぃー! こっちでござるー!」
「よこしまー! こっちに来なさいよ!」
その雰囲気を邪魔するかのようにシロとタマモから声が掛かる。
令子と横島は顔を見合わせ苦笑いを浮かべる。
「ほらっ横島君、呼んでるわよ。主賓はみんなに感謝して回らなくちゃ。」
「はい、ではちょっと行ってきます。」
そう言って横島がシロ達の方に行く。
おキヌ・シロ・タマモの三人に囲まれ、何を言われているのか苦笑しながらも楽しそうな横島。
そんな四人を見ながら、
『今日の酒はずいぶん甘いわね。』
なんて事を思っている令子だった。
「じゃあ横島君、私達代行で帰るからここでね。」
「はい、分かりました。」
「ああそれと横島君、ちょっと・・・・・」
「なんすか美神さん?」
「これは今月の先渡し分よ、ちゃんと電車で帰りなさいね。」
そう言ってウインクしながら5万円を渡す令子。
「美神さん! ありがとうございます。」
礼を言う横島に令子はそっぽを向いて右手をヒラヒラさせただけだった。
「じゃあね横島君、おやすみ。」
「横島さん、おやすみなさい。」
「せんせぇー、おやすみなさいでござる。」
「おやすみ横島、また明日ね。」
「おやすみなさい美神さん。おキヌちゃんにシロとタマモもおやすみ。」
そう言って遠離っていく車を見送る横島。
車が見えなくなると駅の方へと足を向ける。
『今日は驚いてばかりだったけど、うれしかったな。』
アパートへの帰り道。横島は今日の出来事を思い返していた。
美神から渡されたランクBのライセンス。
正式な職員として契約した事、給料が信じられないくらい上がった事、免許の事、学校の事。
そしてあの一言
『頼りにしてるわ・・・・心からね。』
あの時の美神の笑顔、今思い出しても心が温かくなってくる。
おキヌ、シロ、タマモの三人も彼女らなりに祝福してくれた。
楽しかった買い物や夕食。
『ホントうれしかったな。』
横島は心の奥底で何かが顔を出し始めるのを感じていた。
ルシオラと想いが通じ、『アシュタロスは俺が倒す!』と誓った時に燃え上がった炎。
ルシオラを失い、とうに消えてしまったと思っていた。
真の目的を失い、ルシオラと出会う前のような暮らしを送ってきた。出会う前と変わっていないフリをしてきた。
霊能力者としての力は徐々に上がってきていたが、何にも全力で取り組めない日々。
そんな惰性で生きてきた日々が、今日突然変わった。
『頼りにしてるわ・・・・心からね。』
という美神の言葉と向けられた笑顔。
それが切っ掛けとなり、心の奥底で燻っていた小さな火が再び炎となって燃えさかり始めた。
横島という男、結局は女性を切っ掛けにしてしか変われない者なのだろう。
自分の事だけでは真剣になれないのに、女性に期待されると突然変わる。
女好きの面目躍如という事か。
『ルシオラ! 俺さ、やっとまた真剣になれるものを見つけたよ。
お前を失った時さ、何か一瞬で全て失ったと思ったけど、そうじゃなかったんだな。
なかなか見つけれなくて結構時間が掛かったけどさ、やっと見つかったよ。
これでまた俺、前に進んで行けそうだよ。
見ててくれよルシオラ! 今までの分を取り返すためにも俺頑張るぜ。
今度お前にあった時にさ、俯かずに正面からお前の顔を見て「俺頑張ってたぜ。」って胸張って言えるようにさ。
だからさ、それまで待っててくれよ。
なっ、ルシオラ。』
アパートまでの帰り道、見上げた月に彼女の笑顔が見えた気がした。
『あとがき』
どうも「小町の国から」です。
皆様、その3の感想どうもありがとうございます。
今回は『横島が変わる切っ掛けってやっぱり女?』という話でした。
多くの皆様が書いた作品を読みまして、その作中で横島は自分から変わろうとしていきます。
そんな中私は『横島が変わるんなら女絡みでだろ。』と考え、書いてみました。
皆様はどう思われるでしょうか?
今回の話の中で横島はもう18歳としたんですが、彼の誕生日が分かる話って有りましたっけ?
それと、夕食をとった店は魔鈴の店にはできませんでした。どうも彼女の店と油揚げが結びつかなくて。
オロチ様
横島にあんないちゃもんつけた奴が五体満足で日本に帰ってこられるような設定は考えておりません。
雑魚のオリキャラに名前を付ける好待遇もどうかと思い、“ある国”での作戦の流れを書いたところでも彼の不幸が書かれていないだけです。
これが名前なんか付いていたらどんな事になったことやら。
では、その5でお会いしましょう。
「小町の国から」でした。