最終話 「狂気の責任」
ギャオオオオオオォォン
完全に殺戮の狂気に取り付かれた異形の機械。
その姿はまさに悪魔に取り付かれた死のカタツムリと言うにふさわしい。
ズルズルと様々な色のパイプを引きずりながら軋んだ音を立ててその醜悪な全貌を薄明かりの中にさらす醜悪なオブジェ。
背後に金属で出来た巻貝のような段々のドーム。
そのドームのあちこちには二連装の機関砲塔があり、それぞれ朽ちた軍服を着た骸骨が射撃座に座っている。だがどの骸骨も長い年月で腐れ果てたのか、まともな姿をしているものは無かった。
その多砲塔戦車とも見紛う殻を引きずるのは、機械とも肉ともつかぬ醜悪な軟体。
その頭部には巨大な一つの赤眼を持ち、その横に二門の砲門とその下には深い闇を覗かせる空洞があった。腹部のキャタピラがこれが機械の一種であることをかろうじて示している。
赤眼の部分に中年の男の狂気の顔が浮かび上がると、少年達に向かって地獄の亡者を思わせる声で吠える。
「貴様らぁぁぁぁぁ。軍部の腰抜けどもがぁ。また我を滅ぼそうと言うのかぁぁぁぁ!!」
死のカタツムリは腹部のキャタピラをギチギチと鳴らしながら広間の中央に進み出る。
「くそっ!まだエレベーターはこんのかっ!」
ろくに整備されていなかった大戦中の昇降機は、どこかで引っかかったのか横島が降のボタンを押しても異音を響かせるだけ。
「えうぅぅう。奴が来ましたぁ〜。」
唯の悲鳴に振り返った横島は愛子にエレベーターの操作を頼むと死のカタツムリの前に飛び出す。
「貴様かぁぁぁ!!「キ号作戦」の素晴らしさを理解できぬ愚か者はぁぁぁ!!」
「なんやそれはっ!」
「愚か者がぁぁ!ガソリンを持たぬ我が国が勝つために我が考えた無限機関。霊を喰らって燃料と為す「炎式」を葬ろうとする売国奴めぇぇぇ!!」
「霊を喰うですって!!」
「なんてことを!!」
魔鈴とアリエスの叫びに応ずるかのように「炎式」に浮かび上がる顔は吠えた。
「愚物どもめぇぇぇ!資源の無い我が国を護るため、人を資源とするのは当たり前だろうがぁぁ!!七度生まれ変わってこの国に尽くす覚悟があるならぁぁ!魂魄まで捧げるのが当然だろうがぁぁ!!」
ギチギチと体を震わせて前進する炎式の銃座から骸骨の残骸がボロボロと零れ落ちる。
かっての部下をキャタビラでパリパリと踏み潰す音がコンクリートの広間に響き渡った。
「戦争中の兵器がなんで今頃動き出すのよ!」
愛子の口から出る日頃の彼女からは考えられない苦いものを含んだ声。
それは悲鳴にも近いものだった。
「完成した「炎式」を葬ったのは貴様らだろうがぁぁ。ここで貴様らを殺して次に来るものも殺し尽くせば軍部も我を認めるのだぁぁぁ!!」
「言っていることが無茶苦茶ですノー」
「殺させろぉぉ!!一人残らずボクの血肉となれえぇぇぇ!!」
悪魔の咆哮を上げる炎式の顔に装着された二本の砲門が魔鈴と愛子に向けられる。
「ギャハハハハハ!」
狂った笑い声とともにカタツムリの触角に似たそれから放たれるのは灼熱の炎。
「火炎放射機!!」
咄嗟に愛子を抱えて横っ飛びする魔鈴のいた辺りで炎は空気を焼きながら赤く爆ぜた。
「この野郎!」
少年の怒声とともに現れた光の弓から霊波の矢が放たれる。
狙い違わず炎式の赤い単眼を貫くはずだった光の矢の前に、ボロボロに焼け焦げた服を着た童女の霊が立ち塞がり、矢を胸に受け苦悶の表情を浮かべて消えていく。
「「「な…?!」」」
驚く少年達の耳に狂笑が響く。
「ギャハハハハハハ!ボクが溜め込んだ霊はこういう使い方も出来るんだ!!」
「霊を盾にしたって言うんですかいノー!!」
普段の温厚さをかなぐり捨てた虎の怒りの叫び。
それは激怒という言葉でさえ生温い魂の底からの憤怒の声。
「ギャハハ!空襲で死んだ奴らの霊をボクが使ってやっているんだ!そして…我の真の力はこのようなものでは無いっ!!」
炎式の単眼の下にある空洞が燐光を発すると轟音とともに血の色をした発光体を横島たち目掛けて吐き出す。
「くそっ!!」
横島が放った光の矢はまともにその発光体を貫くかに見えたが、光の先端に浮かび上がった顔が歯を剥くと矢を噛み砕いて突き進んできた。
「うおっ!」
自分に迫る赤い光の塊を紙一重でかわした横島の左手から弓が消える。
光はそのまま壁にぶつかると血も凍るような断末魔の叫びを上げて壁を噛み裂いて消えた。
「今のはなんですの…」
「ま…まさか…霊を弾代わりに…」
アリエスの声が震える。
隣で口を押さえる愛子の声にも恐怖と嫌悪が滲む。
「その通り。航空機や魚雷を介さずに魂そのものを弾となす…これが我が炎式の「獄炎砲」…キャハハハハハハ。そしてコレで死んだ奴はそのままボクのガソリンになるのさ♪」
「酷すぎですぅ……タダオくん?どうしましたかっ?!」
狂気の兵器を目の当たりにして涙を流す唯が左手を押さえて蹲る横島の異変に気がついた。
「みんな気をつけろ…あれは近くを通っただけで霊気を喰うぞ…」
そんなものが直撃したらそれこそ魂までもが喰われるだろう。
かといって攻撃すれば再び取り込まれた霊を盾にされのは目に見えている。
(打つ手なしか?せめて文珠があれば…)
心の中で歯噛みする横島の脳裏に蘇る白い布の感触…ポケットをまさぐると確かにそれはそこにあった。
(おキヌちゃんカンニンやぁ!今はこれしかないんやぁぁ!!)
手に取ったそれを口元に当ててスーハースーハーと深呼吸。
たちまち体に漲る霊気!
(くおぉぉぉぉ!人として何か間違った気もするが…これは美神さんのとは違った意味で効くうぅぅぅ!!)
確かに生脱ぎの逸品だし効果は抜群なのかもしれない。
除霊部員たちは少年の霊力源を知っているから気にも留めないが、炎式の方はそれほど柔軟ではなかった。
「貴様あぁぁぁ!婦女子の下穿きを食うと言うのかぁぁ!この外道がぁぁぁ!!」
「外道はあんたでしょ!たとえ変態だったとしても横島君は横島君よっ!あんたと一緒にしないでっ!!」
涙を流しながら毅然と言い放つ愛子をギロリと睨む炎式は再び哄笑する。
「キャハハハ。ムカツク妖怪だね。んじゃその外道の力で消えちゃいな!!」
子供じみた台詞とともに獄炎砲が愛子に向けて放たれた。
ギャァァァァァァ
亡者の叫びを上げつつ愛子に向かう霊の砲弾。
かわそうとする愛子の足がその表面に浮かんだ顔を見て凍りつく。
「近藤…さ…ん…」
迫り来る砲弾に浮かんだ近藤の口が声にならない言葉をつむぎ出す。
ニ…ゲ…ロ…
「愛子っ!!」
おキヌのパンティを嗅ぎながら横から彼女を庇おうと飛び出す横島が愛子にたどり着く前に、近藤の顔を浮かべた霊の砲弾は「グオォォォォ」と苦悶の叫びを上げると無理矢理進路を変え自らを生み出した炎式の胴体に命中した。
「ぬおぉぉぉぉ!!」
「ギャァァァア!!」
自分の放った弾に反逆されるとは思わなかったか、直撃を受けた炎式の悲鳴が広間に響き渡たる。
「近藤さん…」
「大丈夫か?愛子!無茶すんな!」
砲弾を避けようと倒れた自分をしゃがみこんで覗き込む少年にうずき返しながらも、愛子は横島の口元に当てられた小さな布製品にジトっとした視線を向ける。
返す声がかなり冷たい。
「ええ。大丈夫よ…。心配してくれるのは凄く嬉しいんだけど…そのパンツ…」
「こ、これは霊力を回復するためにっ!」
必死の自己弁護を弄する横島にますます疑いの視線を向ける少女だが、その視線には別の感情も含まれているのだろう。
なぜなら…
「ふーん…で、回復したの?」
「まだ文珠までは無理だ。さっき霊力喰われたのが無けりゃ…」
「あの…だったら…その…」と顔を赤らめつつ下を向く愛子の手はこっそりとスカートの下に伸びているのだから。
横島の気づかない彼女の意図を察した唯とアリエスが忘れられてなるものか!とばかりに会話に加わろうとした時、いつの間にか気配もなく少年の背後に立った魔女のお姉さんが大技を繰り出した。
「えいっ!」
「「「あ゛ー!!」」」
しゃがむ少年を自分のスカートの下に包み込むと言う魔鈴の掟破りに悲鳴を上げる少女たち。
突然、目の前に霊力回復の魔法?を見せ付けられた横島の声が魔女のスカートの中からもにゃもにゃと聞こえてきた。
「ぬおっ!すべすべでムチムチしててしかも黒いレースっ!!」
どうやら見ているだけではないらしい。
ほんのりと上気しつつ顔だけは冷静にタイガーに指示を飛ばす魔女。
「タイガーさん。横島さんの霊力が回復するまで奴の注意を引き付けてっ!」
「合点ですジャー!!」
額に大汗を貼り付けつつ苦悶する炎式の前に走り出たタイガーは大声を張り上げながらその前を走り回った。
「かかってこんかい!デクノボー!!」
「貴゛様゛らあぁぁぁぁ!よくもボクを傷つけたなぁぁぁぁ!!」
タイガー目掛けて炎を放つものの、火炎放射器の速度が今や野生と闘魂の力を目覚めさせた虎に追いつくはずもなく空しくコンクリートの床を焼き払うのみ。
「ボクを馬鹿にするなぁぁぁ!!」
業を煮やした炎式がタイガーを叩き潰そうとキャタピラごとその頭部を振り回す。
自分を潰そうとして床を砕いた炎式の頭部をさらりとかわし、がら空きになった頭部の触角にタイガー渾身のチョップが炸裂した。
グニャリと捻じ曲がった火炎放射機の根元から火があふれ出す。
「チクショー!」
悲鳴ともつかない声とともにタイガーの攻撃を避けようと頭を上げた炎式の頭部で炎の華が咲く。
「ギャァァァァァ!」
炎に包まれた頭部を狂ったように振り回して暴れる炎式から再び距離をとるタイガーに魔鈴が叫んだ。
「タイガーさん離れてっ!」
魔鈴の声と同時に妙にツヤツヤした顔色で鼻から流血しつつ、彼女のスカートを捲り上げて飛び出してくる煩悩少年。
のたうつ頭部と機械でできた殻の継ぎ目に向かって突進すると、霊波刀を発動させ思いっきり突き入れた。
「ギヤァァァァァ!!」
「もう一丁!!」
肘まで埋め込まれた霊波刀で出来た裂け目に、今度は左手を突っ込むと横島はジャンプ一番炎式から離れる。
「殺してやるぅぅぅ!!」
横島に向けて獄炎砲を放とうとした炎式の殻と頭部の境界で爆発音とともに火柱が上がる。
「ウギャァァァァァァ!!」
タイガーが破壊した火炎放射機と胴体で吹き出た炎は炎式の体を完全に灼熱の炎に包み込んだ。
「文珠ですの?!」
「いいえ。あれは私の火球の魔法です!」
どうやら火球の魔法とは焼夷手榴弾だったようだ。
「ボクは炎式だぞ!炎なんか効くもんかっ!」
のたうちつつも強がりを言う炎式に横島が向ける目は氷のように冷たい。
そして彼の意志を現すかのように炎式の体内に置き去りにされていた文珠が発動する。
「凍れ!腐れ外道!!」
『凍』の文珠が放つ絶対零度近い冷気は炎で炙られた炎式の外も内も瞬時に凍らせた。
「グギヤャァァァァァァァァ!!」
断末魔の叫びとともに凍り付いて動きを止める炎式の殻と頭部の境界に全霊力と必断の意志を込めた横島の霊波刀が叩きつけられる。
ズンと切り離された頭部が自分の方に倒れてくるのを見据えたタイガーがその霜で覆われた単眼にありったけの霊力を込めたカウンターのドロップキックを放った。
弾き飛ばされドドーンと大きな音を立てて床に転がる炎式の赤い単眼にひびが入ったかと思うと、それはあっさりと割れ、中から凍りかけた血にも似たドロドロの液体と体中にコードをつなげ軍刀を抱いた人と思しき腐った肉の塊を吐き出す。
それが狂気の殺戮兵器「炎式」の最期だった。
………
「終わったんですかいノー」と肩で息をしながらタイガー。
「まだです…。まだ囚われた霊が開放されてません。」
魔鈴の言葉に他の部員達も頷く。
「けど…俺もうカラッケツですけど…。」
魔鈴の力を借りて駆り立てた煩悩を全霊力に変換して青息吐息の横島。
気絶しないのが不思議なぐらいである。
「やっぱり上に戻ってGメンを呼んだ方がいいわね。」との愛子の言葉に唯がなにやら思いついたのかポンと手を打つ。
「携帯で連絡すればいいんでぅ!」
そう言ってポケットから取り出した携帯電話を覗き込むが、すぐに落胆した表情に変わった。
「えぅ〜。圏外ですぅ…」
「そりゃあ地下だからなぁ。コンクリも厚そうだし。」
亀裂のあるところまで行けば何とかなるかもとは思うが、霊力体力ともに限界の今の状態で引き返すのは危険だろう。
「そうですねぇ…せっかく年の割にあんなにおっぱいが大きいのに…」
「なんで乳が関係あるんですの?」
「それはですね…
♪チッチチッチ
…こういうことですぅ…はい。天野ですぅ。」
(年の割りにおっぱいが大きいと何かしら?)
「み、み、み、美神先輩いぃぃぃ。じ、実はですねぇ…」
(((圏外だったんじゃ…)))
今更って気もするが物理常識を無視した美智恵の能力に慄く彼らの前で、冷や汗をダラダラ流しながらも通話を終えた唯がクニャリと崩れ落ちる。
美智恵のプレッシャーは炎式より怖かったようだ。
「す、すぐ来てくれるそうですぅ…」とやっとの思いで声を出す唯に「うんうん」と同情の目で頷く一同。
「ともかくいったん外に出ませんかノー…」
横島と同じく霊力を限界まで使ったのか元気のないタイガーの声に皆が頷こうとした時それは起きた。
「待て…」と冥府から響くような声とともに炎式から吐き出された肉塊がユラリと立ち上がる。
体を覆っていた赤い粘液がドロドロと零れ落ち、その下から現れるのは軍服を着た腐乱死体。
「このまま貴様たちを行かすわけにはいかん…。」
溶けた唇から腐臭を撒き散らしつつ生ける死体は軍刀を抜いた。
「てめえが奴の本体かよ…。」
「俺か…俺は炎上寺…いや今は炎中佐だったか…。だがそんなことはどうでもいい…ケリをつけずに行かせはせぬぞ…。」
「今更、そんな刀で私たちを殺せるつもりですか?」
箒を構え霊力を集中しながら自分を睨みつける魔鈴に炎中佐と名乗った死体は肉の落ちた頬をゆがめた。
「ふん…貴様らに俺が倒せるか?」
「やって見るさ…」、「ですノー」と声を合わせて残りかすの霊力を纏う少年たちをジロリと睨む炎中佐は軍刀を抜き鞘を投げ捨てる。
「やっつける前に一つ聞きたいんだけどな…」
「何だ小僧…」
「なんであんな腐った兵器を作った。」
「…俺は南方戦線で地獄を見た…貴様に分かるか?敵と戦うことも無く飢えと熱病で倒れ逝く兵士達の無念の想いが…。燃料が無いために飛べぬ戦闘機にすがりつきながら、焼かれていく島々を見ているしかなかった将兵達の慟哭が…」
軍刀を正眼に構えながら炎中佐の呪詛を含んだ言葉は続く。
「…町を焼く火の雨を眺め届かぬ高射砲を濡らす血の涙を知らぬか…そんな将兵達の無念を晴らしてやりたいと思うのが間違いか?…」
「だからと言って魂を砲弾にしたり、民間人の霊を盾にしたり、不死の兵を作ろうとするなんてことが許されるはずが無いわ!」
愛子の言葉に炎中佐と名乗る生きた死体はわずかに動揺したのかその剣先が揺れる。
「だから…ケリをつけるのだ…」
「俺たちを殺してか?」
なけなしの霊力で霊波刀を形作る横島に炎中佐はニヤリと腐った頬の筋肉を笑みの形に動かす。
「違うな…殺すのは…俺だ!!!」
死体とは思えぬ素早さで炎中佐は逆手に持ち替えた軍刀を自分の腹に突き刺した。
ジュブリと腐った肉を貫く音とともに軍刀の先が背中に抜ける。
「ギャァァァァァァァァ!!」
断末魔の悲鳴は彼の腹から聞こえた。
ズルリと引き抜かれた軍刀の先に貫かれて腹から引き釣り出されたのは子供ほどの大きさの鬼。
「ボガード?!!」
刀に貫かれギャァギャア鳴く妖魔の姿を見た魔鈴の驚愕の声。
「あれって機械に取り付いて狂わせる妖怪じゃ!」
横島の言葉に答えず炎中佐は泣き喚くボガードを淡々と見つめるだけ。
「俺は間違ったと思ってはいない…だが…俺に間違いがあったとすれば…肉体と霊体、それと機械を結びつけるために…南方で手に入れたコイツを使ったことだ!!」
軍刀を一振りして突き刺さった小鬼を地面に叩きつけた炎中佐はその切っ先をギャアギャアと節操無く泣き喚く小鬼に向ける。
「なんでだよ!ボクたちは上手くやっていたじゃないか!」
「ふん…人の言葉を喋れるようになるとは…俺と融合しているうちに小賢しい知恵を身につけたようだな…だが…いつ俺が志願兵以外の魂を食えと頼んだ!」
呆然と見守る横島たちの前で軍刀が一閃しボガードの腕が切り飛ばされる。
「ギャァァ!」と泣き叫ぶ小鬼に容赦なく第二撃が加えられた。
「いつ…民間人の…子供の霊を食えと命じた!骸を兵にしろと命じた!」
次々の加えられる斬撃についにただの肉塊と化した小鬼を踏みつけ、生きる死体は横島たちに背を向けると炎式の殻に向かってゆっくりと歩み出す。
単眼から伸びていたコードが歩みにつれて引きちぎれる。
それと同時に彼の体を纏っていた腐肉がボタボタと落ち始めた。
「どこへ行くんですの?」
口元を押さえ目をそむけながらも聞くアリエスに炎中佐は振り向きもせずに答えた。
「ケリをつけると言ったろう…俺は間違っていたとは思わん…だが…兵たちの命を無駄に散らせたのだ…上官としてその責任はとる…」
背中を向けた死者の指が何かを引き抜く仕草を見せる。
次の瞬間、炎中佐は青白い炎の柱と化した。
焼け焦げていく死者が最後の言葉を吐き出す。
「貴様ら!今の世は平和なのか?!!」
「戦争そのものは無くなってないわ!でも、日本はあれから一度も戦争してない!!」
愛子の言葉に炎中佐は敬礼で答えるとゆっくりと崩れ落ちていった。
校庭の一角の芝生に呆然と座り込む除霊部員達。
彼らの目に映るのは赤色灯の光とあわただしく動き回る警官やGメンの姿。
霊力を使い果たした虎は木の下で大イビキをかいている。
そしてもう一人の少年は魔女の膝枕で夢の世界にいた。
「えうぅぅぅぅ。美味しいところを魔鈴コーチさんに持っていかれた気がしますぅ…。」
「ぐすっ…邪魔したいですけど…アレが…」とアリエスが目線で示したのは、優しい表情で眠る少年を見つめる魔鈴の横に置かれた筒。
相沢の二の舞はごめんだし…このまま指をくわえてみているのも癪だしとジレンマに懊悩するカッパの女王の後ろから彼らに近づく足音が聞こえた。
「ふえ?」と振り返ってみればブランド物のスーツをビシッと着こなしたロンゲの青年。
「あの…あなたはどなたですの?」と聞くアリエスにニコッと紳士の笑みを向けるGメン。自然な動作で手を差し出す。
「オカルトGメンの西条と申します。失礼ですがあなたはどなたたですか?」
「ああ、あなたが忠夫様の天敵の…」といきなり胡散臭い目で見てくるアリエスに
アイツはいったいどういう話をしてるんだと心中では歯軋りしながらも「ま、まあ…仲良しとは言えませんが…」と当たり障りの無い答えをかえすあたり流石に世慣れている。
「わたくしはアリエスと申しますわ。以後よしなに。」
完璧な礼儀にのっとった礼を返すカッパの姫様に「こちらこそ」とまた手を伸ばすが、握手を求めた手はあっさりと黙殺された。
どうやら彼女の中で自分は敵と言うか横島に害なすものと認識されているらしい。
唯も苦笑いでこっちを見ている。
(あいかわらず人外には好かれるねえ…)と苦笑しつつもあたりを見回した西条の目がある一点に釘付けになる。
「ま、魔鈴君!どうして君までここに!!」
驚きのあまり大声を出す西条に魔鈴はシッと指を唇にあて、自分の膝で眠る少年を目で示した。
「な、なんで!」
「私はこの学校の除霊部のコーチになったんですよ西条先輩。」
少年を起こさないように囁くような声の魔鈴の言葉にますます驚く西条。
「その…だからと言って膝枕ってのは…」と隠し切れない動揺を声に滲ませる西条に魔鈴はあくまでも穏やかな顔を向けた。
「横島さんは今日、頑張ってくれましたし、彼が居なければ私たちみんな死んでいましたし…」
「だから今は休ませてあげたいんです」とこっそり横の怪しい筒に手を伸ばす。
西条の後ろにいたアリエスが血相を変えて流れ矢が飛んで来ない位置に移動した。
「そうか…。いや事情聴取は明日でもいいさ。」
何やら殺気を感じた西条の腰が引ける。
「そうそう。さっき彼に頼まれていたんだが…」と西条はポケットから白いハンカチに包まった何かを取り出した。
その言葉に横島が飛び起きた。
「見つかったんか!」と掴みかからんばかりに迫ってくる横島に西条は黙ってそれを渡した。
「これは?」
「君の言った場所に行ってみたが、あったのはバラバラになった人骨とそれだけだ。」
「そうか…」
少年の顔に浮かんだ悲しみの色に西条は誰にも気づかれない程度の微笑を浮かべた。
「じゃあ明日の事情聴取はよろしく頼むよ。」
「あ、ハンカチは返さなくていいから」と振り返り、後も見ずに立ち去る西条にペコリと頭を下げて少年はハンカチを解く。
中から出てきたのは焼け焦げた古い角材の一部のようなもの。
あの場に居たものはそれが何なのかわかっている。
だから誰もが無言だった。
「横島くん…」
後ろからかけられた声に静かに振り向く少年。
彼の前に立つ愛子の手がおずおずと差し出された。
「それ…私がずっと預かっていていいかな…?」
「ああ。そうしてくれんか…」
少年の返答に皆が無言で頷く。
…そして除霊部員たちにメンバーが一人増えた。
除霊部員と秘密の部屋 完
後書き
ども。犬雀です。
とりあえずこれで「秘密の部屋」編は完結であります。
いやもうなんと言うか、相変わらず戦闘描写が苦手であります。
もし宜しければ「ここはこう書け」とか「こう表現せんかい!」とかご指導下さいませ。
結局、最後は文珠に頼っちゃったし…。
それはさておき…こういう展開で炎様には責任をとっていただきました。ムゴイ扱いでごめんなさいです。
えー。今回はかなり中途半端な終わりです。
炎式に喰われた霊たちのその後とか、旧校舎跡地をどうするとかほったらかしであります。
それは次作の「除霊部員と願いのかなう場所」(仮題)で全てではないけど書いていくつもりであります。
おしり机ですが元々こういう終わり方をするために出したキャラです。
元ネタは吉田戦車先生からなんですけどね。
それで愛子に必要以上におしり机と絡んでもらいました。
いや…最初に出たっきりですので忘れられると困るもんで(苦笑)
では次作でまたお会いしましょう。
追記
今回はレス返しはお休みさせてくださいませ。orz